第66話 修行4
「トマトだったっスか? たしか魔力草のことをそう呼んでいましたよね」
「それがどうした」
スカリーチェは平垣に登ると袋を取り出す。中から取り出したのは、赤くてまぁるい。
「トマトだ!」
「そうっス」
馬鹿な、トマトはあの伝説山にしかないはず、それがなぜ
「私が魔力草の種を持ち帰ったのを覚えてないっスか?」
思い出した! そういや種袋をもって帰ってたんだったな。でも疑問が残る。
「まだ早くないか?」
あれからまだ数ヶ月しか経っていない。実が取れるのはおかしくないか、それにあんなまん丸で真っ赤な実にはそうはならないはずだ。
「そんなに珍しいっスか? かぷっ」
スカリーチェは俺たちの目の前でトマトをかじる、中から汁がこぼれる。なんとも妖艶な食し方だ。
アイナとスーが喉を鳴らす。
「ど、どうやって育てた。こんなに早く実を付けるものなのか?」
「そんなわけないじゃないっスか、独自の製法っスよー、そーれじゃ私はこのへんでー」
スカリーチェは平垣から飛び降りて向こうに行ってしまった。
「アイナ、先に行っててくれ! 俺もあとから追いつく!」
「バーガー様!?」
「スーを頼んだぞ!」
俺は隻腕となった筋肉の精霊に、空めがけてフリスピー移動させる。
どこだ! どこにいった? たぶんスカリーチェは俺に話があって誘いに来たんだ。
「ここっスよ」
「なに!?」
ここは空中だぞ! って、それは!
「空飛ぶほうきか!」
「おおー、よく知ってるっスね。こいつはとんだ博識さんっス」
スカリーチェはほうきに2本の足で立ち、クスクスとわらっている。
「ほうきって跨るんじゃないのか?」
「え、そうなんスか? 他の魔女の常識なんて知らないし、知ったこっちゃないっスよ」
そう言ってスカリーチェは片足立ちする。体幹いいな。
「こんなことして魔女ってバレるだろ」
「問題ないっス、私は四天王っスよ? つまり魔王軍最強の魔女っス、隠蔽魔法なんてお手の物っス」
ああ、俺はとんでもないやつを王国に招き入れてしまった。だがどうしてもこいつを悪いやつだと思えない自分もいる。それはいまだに危害という危害を加えられてはいないからだろう。話した感じもどこか変だが、コミュニケーションが取れないというわけじゃない、話せば分かってくれそうなやつという印象を受ける。
「バーガーはチクらずにいてくれているみたいっスね」
「他にどうしようもないだろ」
「クスクス、どうしようもあると思うんスけど」
「例えば?」
「アイナを見殺しにする」
「そんなことできるわけないだろ!」
「それで他にも諸々被害は出ますが、私は殺せるっスよ。何せいま王都には三騎士が2人もいるんスから」
「じゃあ聞くが俺は殺さないのか? 敵なんじゃないのか?」
「私は魔王様の言葉にしか従わないっス、逆に言えば命がなければ私は普段通りに暮らスだけっスよ」
「じゃあ、俺が魔王を倒せばーー」
最後まで言えなかった。俺がスカリーチェに握りつぶされたからだ。
「あははははははははは!!! 無様じゃのう! 本当に無様じゃ!」
白い空間で腹を抱えて笑うのは女神だ。
「俺、死んだのか?」
「あはははは!! そうじゃよ! 握りつぶされたのぉ!」
「……やっちまった」
そりゃあ、いま思えば気持ちは分かるが、瞬間湯沸かし器かよ……いや、言いすぎたのは俺だ。魔王は敵だが、スカリーチェからすれば崇拝する主君だ。それを悪く言われれば怒るのは当然のことか。
「ぷはははははははは!! さ、呼ばれておるぞ、戻るがよい……ふふっ! あはははは!」
俺は光に包まれて変えた。
「ここは……」
どこだ? やけに薄暗い、水滴の落ちる音だけがする。俺はどうなった?
「起きたっスね」
ロウソクに火が灯る。それでも暗い、スカリーチェの姿がやっとみえる。
「……スカリーチェ、さっきはすまなかった、俺はーー」
スカリーチェはこちらにゆっくりと近づいてくる。手に持っているのは……針だ。
「まて、それで何をするつもりだ!」
「針串刺しの刑っス」
そういうと俺の体に針を突き刺す。
「いってぇええええ!! むぐっ!!」
「一本くらいで喚かないでほしいっス。まだまだあるんスから」
「ンンーーッ!!」
スカリーチェは俺の隣に箱を置く、その中にはみっちりと針が敷き詰められている。
「ちょっとやそっとじゃ死なないみたいっスから、たくさん罪を償えるっス」
その後も情け容赦ない針刺しが続く。俺はバンズだが痛覚は健在だ、それに針がいくら細いとは言っても俺の体も小さいためとてつもなく痛い。しばらく俺のうめき声が部屋に響いた。
「もう刺すことろがないっスね」
「……もう……いい、だろ……」
俺は剣山バーガーになっていた。何度も失神した、失神する度に痛みで起こされた。
「なに言ってんスか、次は火あぶりの刑っスよ」
そういうとスカリーチェはロウソクを持ってくる。
「嘘だろ? ……なぁ、おい!! ンンッ!!」
「しーっス」
「ンンンンンンンンンンンン!!!!!!」
こげぱんにされた……。これじゃゆるキャラだ。
「本当にしぶといっスね」
「……許して、くれ」
ここまでか……。俺が諦めかけたその時、スカリーチェの背後から物音がした。
「ああ、来ていたんスか」
スカリーチェはにんまりと笑った。誰だ? 部屋は薄暗く、少し離れた位置にいる人物を特定することは難しい。影が喋った。
「計画が全て水の泡になるじゃねぇですか!」
独特な言葉遣いだ。それに声からして女性。それも若い。
「しょうがないっスよ、バーガーは魔王様をバカにした、地獄を見て、それから死んでもらうっス」
スカリーチェは俺に向き直ると、次は小瓶を取り出した。
「酸っス」
俺を流動食にしようってのか。影から声がした。
「だーかーらー、いまそいつ殺されたら困るって言ってんのです!」
スカリーチェは無視して俺に酸をかけようとする。
「やめろっつってんだろです!」
影から何かが投げられた。あれはナイフか? スカリーチェは後ろも見ずに左腕を後ろに回す、飛んできたナイフを指で挟んで止める。影の人物は舌打ちをする
「なにしてやがるです! みんなも止めろです!」
なに!? 気配がさらに3つ増えた!? それぞれがただならぬ気配を発している。ひとつの影から諭すような声がした。
「スカリーチェ。貴女こそ魔王様を殺すおつもりですか」
その言葉にスカリーチェの手がピタリと止まる。周りからは「そーだそーだ」という本当にそう思っているのか怪しい便乗ボイスも聞こえる。驚いたことに全員女性の声だ。
「……わかったっスよ、殺さないっス」
「やっとわかりやがったですか、あたしらも暇じゃねぇんですよ!」
4人の気配が離れていく。残ったのは俺とスカリーチェだけだ。
「さ、見せたいものがあるっス。行くっスよ」
いつものスカリーチェに戻っていた。
「ヒールが焼けてて動けない」
「ああ、そうっスね。薬草を挟んであげるので治療するっス!」
俺が回復する、歩き出した。
「これを見てほしかったっス」
薄暗い通路を進んだ先に、見たことのある光がみえた。この光は伝説山の地下にあった石が放つ光と酷似している。部屋に入る。
「これ全部トマトか?」
そう、眼前に広がるはトマト! トマト! トマト!
「見ての通りっス」
「やっぱり早すぎるだろ」
スカリーチェが持っていったのはトマトの種だ。さっきも言ったがこんなに早く育つわけがない。
「魔力草は魔力を吸って育つっス、私の魔力を吸わせて成長を早めたっス」
なるほど、魔力草特有の生態というわけか。俺は治癒したヒールでトマトに近づいてみる。うん、瑞々しいトマトだ、たっぷりと魔力を溜め込んでいる。
「で、ここはどこなんだ?」
「王国の地下っス。私の工房っスよ」
「そんなものいつ用意したんだ」
「元々ここに住んでたっス」
「王都民だったのか」
「そうっス、魔王様を崇拝する人間は大勢いるっス」
オショーの言っていた、裏切り者か。その最たる例が、このスカリーチェというわけか。
「で、なんで地下の秘密基地でトマトを作ってんだ?」
「秘密基地じゃらないっス、工房っス。魔力草、トマトは私の好物っスから、地下でも育てられるように品種改良したんっスよ」
どんだけトマトに情熱を注いでんだよ。なんだかスカリーチェがいつもの調子に戻ったお陰か、色々気になってきたぞ。
「さっきの連中はなんだ?」
「わかるっスよね? 言えないっス」
「だよな」
なら、レベルを下げるか。
「スカリーチェはなんで歳を取らないんだ?」
「歳は取ってるっス。若作りっスよ、知らないんスか? トマトは美容にいいんスよ」
プラシーボ効果にもほどがあるだろ!
「俺にこれを教えてどうするつもりだ?」
「これを使えば三騎士とももう少しいい勝負ができると思ったっス」
「どうして協力する」
「言えないっス」
確実にその魔王の命令だな。さっきの人たちも言っていたが、前の魔王は生きているっぽいし。どうなってんだか。
「とにかくバーガーには強くなってもらわないと困るっス。ここの魔力草を出荷するようにするっス、利用するっス」
「……わかった、意図はわからないが、トマトは本物だ。使わせてもらう」
「それでいいっス。あ、お土産に一つ挟ませてあげるっス」
そんなこんなで工房をあとにした。工房の場所は教えられないということで目隠しされて移動させられた。遅れて教室に到着すると、トレース先生が教室前でオロオロしていた。
「トレース先生」
「ああ! バーガーさん!」
相当困っているのだろう。俺を見るや駆け寄ってきた。
「待っていました」
「何しているんですか? 授業中では?」
遅れてきた俺が言うことでもないけどさ、
「それが……」
トレース先生が口ごもる。なんだ教室に何かいるのか? ああ、分かったぞ、さてはゴキブリでも出たな。
「ふっ、トレース先生、ここは俺に任せてください、すぐに片付けてあげますよ」
「え? バーガーさん!?」
俺はドアに体をねじ込んで開く。さぁ、気を取り直して勇者らしい行いをーー
「……」
クゥがいた。ゴキブリなどいなかった、教卓に立っている。
「な、何してるんだ」
「授業」
黒板にはビッシリと文字が書かれている。
「席につけ」
「え、なんであんたが」
「席につけ」
「はい」
俺はアイナの元に跳ね寄る。
「バーガー様、その魔力草は」
「スカリーチェからーーうぶっ!!」
チョークがアイナの机に突き刺さる。
「私語厳禁、次は当てる」
俺たちはコクコクと頷いた。話を聞くと、どうやらクゥの修行というのは俺たちに四六時中付きまとうことらしい。最初のセクハラも俺たちの力量を測るためにしたそうだ。いや、揉みしだいてましたよね、どこをとは言いませんが。それでもクロスケよりは命の危険もないし、軍人の厳しさを叩き込んでくれるいいスパルタ修行だとは思う。アイナは根性がある、ついていける。
手始めにクゥは全ての授業をジャックした。他の生徒も巻き添えである。トレース先生は教室の外で右往左往して困り果てていた、彼女にも生活がある。校長先生が上手いことやってくれる事を祈るばかりだ。
肝心の授業内容だが、とてつもなくわかりやすい。この一言に尽きる。生徒たちの質問に答え、さらに閃かせ応用させるように仕向けている。聞いているだけで賢くなったような錯覚に陥るほどだ。さらに実技では、魔法がまだ使えなかった生徒が使えるようになった。そのやり方はというと、生徒の腕を掴み、そこに魔力を流し込むといったものだ。魔力の循環を良くしたとか言っていたが医者顔負けの芸当である。
もちろんアイナにもとことん教える。今日だけでトレース先生が1ヶ月かけて教えるはずだった内容を全て終えてしまった。それほどにハイペースに、でも何故かストンと落ちるように、生徒たちは実力をつけていった。
その日の夜、宿。
「……」
ここにまで付いてくるのかよ!? クゥは俺たちの宿屋に入ってきた。同じ部屋に泊まるという。もちろん俺たちに拒否権はない。今はアイナの髪をとかしている。
「まずは身だしなみだ、それなりにやっているつもりだろう。だがまだ甘い」
クゥの髪はとても綺麗だ、細く艶のある髪には手入れが行き届いている。驚いたことに床につきそうなほど長い髪を、今日一日、まったく汚さずに過ごしきってしまった。無駄のない完成された動き。天才という言葉が陳腐になるほどの、まさしく神から愛された存在だ。あ、神というのは女神のことではない。なんかそこら辺の神、いやスーでもないけど、とにかくもっとちゃんとした神だ!
荷物もいかにも執事って人が持ってきている。執事部隊が到着するとまず初めに部屋の改造から始まった。なんと壁を取り除いて隣の部屋と合体させてしまった、この宿屋の主が心底かわいそうになってくる。まぁお金は貰えているからいいのかもしれないが、思い入れとかをまったく気にせずに改造を施していく。執事たちも熟練者たちのようで、瞬く間に元から一つの部屋だったかのように仕上がった立派な家具も持ち込まれ、ロイヤルな一室となった。
「住むところから考えた方がいい。環境を変えるのはいつだって我々人族だ」
早朝。
「やーやー!」
アイナの朝は早い。宿屋の前で素振りをしている。もちろん俺も付き合う、ウィルの短剣を振り回す。いつもと違うことといえば、この場にクゥがいることだろう。俺たちの朝練を眺めている。というか俺たちが起きた時には完璧に支度が終わっていた、朝に強すぎるだろ。
「ストップ」
そう言ってクゥはアイナに近づくと、テニスコーチが振り方を教える容量でアイナの手首を掴む。
「こう。さっきの少し高い」
「はい!」
ミリ単位での微調整。クロスケとの戦いでアイナの剣筋は鋭くなった。クゥはそれをさらなる高みに昇華させようとしているのだろう。本能のまま戦ったからな。これからは知的にもならないといけない。アイナは素振り、または突き、さらにここまでの旅でエリノアが使った剣技の真似をした。その都度、クゥから調整が入る。
ん? というか、俺の修行は?
「バーガーはこれを使いなさい」
クゥが手を上げると執事が現れた、魔法と疑うほど早い、よほど訓練された執事なのだろう、どこからともなく現れた。執事は木箱を持っている。
「お嬢様、このような物を持ち出しては……」
「構わない」
クゥの言葉を聞いた執事はキビキビした動きに戻る。たぶん言ったら聞かないんだろうな。執事が開けた木箱からは見慣れた剣が出てきた。
「Mソード!?」
伝説の剣、Mソードだ。
「おいおい、Mソードは王城の保管庫で厳重に保管されてるはずだろ?」
「だからスタンに盗らせた」
クゥの視線は執事に向けられる。スタンっていうのはこの人のことか、って、執事になんてことさせてんだよ、てかよく盗めたな。もう、許可くらい取れよ。王さまなら一言でOKしてくれるだろうに。
「それを常に使いなさい」
「え、でもこれは」
魔力切れするし、盗まれる可能性もあるしで、あんまり持っていたくない。それに俺以外の人が触ると重くなるから扱いもめんどくさい。
「武器は使い込まないと馴染まない。それが伝説の剣なら尚更だ、肌身離さず持っていなさい」
「わ、わかった」
すごい説得力だ。俺は木箱から伝説の剣、Mソードを咥え出す。鞘も重いはずなんだが、重さをほとんど感じない、これもMソードの力か。重力を操作しているのかもしれない。試しにMソードを解析してみると『Mソードから勇者斬を検出。1回使用可能』とでた。
魔力の回復が終わり、勇者斬が使えるようになっているな。
「スタン。バーガーの相手をしなさい」
「かしこまりました。お嬢さま」
スタンは恭しく礼をすると俺に向きまた礼をする。
「わたくし、スタン・フロード。お嬢様の執事をさせていただいております」
「俺はバーガー・グリルガードだ。あんたが稽古を付けてくれるのか?」
「わたくしのできる限りの範疇になりますが」
相手は年老いた白髪の老人だ。真の力を解放していないとはいえMソードは神クラスの武器。下手に当ててしまえば殺しかねない。
「では、バーガーさま、打ち込んできてください」
「いいのか?」
「ええ」
スタンは腰の剣を抜き払う。本当にやる気のようだ。もし当たりそうになったら寸止めすればいいか。
「行くぞ!」
俺は最短距離で跳ね寄る。そして体をよじりMソードをスタンに向けてーー
「なっ!」
スタンの持つ剣の先が俺の眉間の数センチ先にある。
「はい、ではもう一本。見えているようですが、体が反応していません」




