第65話 修行3
学校の訓練場に着くと、クロスケが平垣から飛び降りてきた。
「来るのが見えたからここで待ってたぜ」
「まだ夜の部類だろうに、なんでそんなに元気なんだよ」
「この体になってから夜行性になってな、カカカ」
「この体?」
「言ってなかったか? 俺は元人間だ」
「な!?」
聞いてないよ、そんな大事なこと。アイナが質問した。
「どうして獣人になったんですか?」
「好きでなったわけじゃねぇよ。呪いってやつだな」
「呪い……獣人になる呪い?」
「違う。獣人じゃなくて、俺のは猫になる呪いだ」
「でも獣人になっています」
「耐えているからな」
耐えられるものなのか!?
「ちなみに三騎士全員呪われてるンだぜ? 面白いだろ! カカカ!」
全然面白くないんですけどぉ!
「無駄話しちまったな。オラ、切り替えていけ、始めンぞ」
「……はい!」
3分後。
「バッガアアーーッ!!」
「バーガー様!!」
「頑張りは認めるが、実力が伴ってねぇ」
これでもダメなのか……。俺たちが打ちひしがれている姿を見てクロスケはギラギラと笑った。
「なぁおいそろそろ使ったらどうだ?」
「な、何をだ?」
「奥の手だよ。あンだろ? マテリアなんとかかんとかってヤツがよ」
「魂の実体化だ!」
「そうだ、それだ。使えよ」
「そ、それは……」
「俺はよォ、手加減するのは好きだが、されるのは死ぬほど嫌いなンだよ」
「わかった、やるよ。でもスーの前髪を挟まないと使えないんだ」
「スーサイドドラゴンのか? そういうことなら任せとけ」
クロスケは跳躍して瞬く間に視界から消える、そして数十秒して帰ってきた、スーを抱えて。
「こいつだろ? ほら挟め」
「スー前髪貰うぞ?」
「なんなの! こわいの!」
「どーどー、怖くないよ、後で甘いもの沢山食べさせてあげるから」
「あまあまなの! わかったの! とくべつにゆるしてあげるの!」
「ありがとう」
俺は前髪を毟る。
「準備は終わったか?」
「ああ、行くぞクロスケ。『魂の実体化』」
女神ボイス詠唱の後、筋肉の精霊が出現する。使う度にわかるが、やはりこの筋肉の精霊だけは他の魔法と比べて別格すぎるな。
「それがお前の切り札か」
「そうだ!」
「ククク、カカカ!」
「どうした?」
「面白ぇなぁ、Sランク上位、いや、頑張れば突破できるかもしれねぇな」
突然のクロスケからのお墨付きだ、つまりクロスケに勝てるかもしれない!
「行くぞ! クロスケ!」
「なんだ? それを使ったら気も大きくなンのか?」
俺はクロスケに躙り寄る。慎重にいく、筋肉の精霊ならクロスケの動きにも反応できるはずだ。
「カカカ、大胆ななりして動きは随分と慎重だなおい、来いよ。射程距離内だろ?」
「言われなくてもやってやるさ! 筋肉の精霊!!」
「ウオオーーッ!!」
筋肉の精霊が繰り出したのは挨拶がわりの壁ドンパンチだ! クロスケの顔面を捉えーーられない!
スルンと滑るようにクロスケの顔から拳がそれた。俺の動体視力は見ていた、クロスケはポケットから手を抜き流れるような動きで筋肉の精霊の拳をいなしたのだ!
「さぁ! じゃんじゃんこい! 殺り合おうぜェ!」
「ウオオーーッ!!」
筋肉の精霊の壁ドンラッシュ! 壮絶なラッシュ対決だ! 拳と拳がぶつかり合う! 分厚い壁に穴を開ける威力を持つ壁ドンパンチを相殺するとは!
「アアアアーーッ!!」
「シャッ!!」
クロスケは筋肉の精霊のパンチを利用して高速スピン、そのまま回し蹴りを脇腹に繰り出す。筋肉の精霊は脇を締めて腕で回し蹴りを防御する、ドシィと重い音がする。クロスケはさらにそこから腕を蹴り逆回転、さらに追撃の蹴りを喰らわせる。凄まじい衝撃に筋肉の精霊が押される、俺自身も筋肉の精霊のオーラに包まれているため多少浮いたままオーラで地面を抉る。
「やるじゃねぇか! 面白ぇ! 面白ぇぞ!」
「戦闘狂かよ!」
筋肉の精霊に俺を投げさせる、フリスピー移動だ。目標はクロスケだ! つられて引っ張られる筋肉の精霊がその速度を乗せたパンチを繰り出す。クロスケはヤクザキックで対抗。衝撃波が生まれる。すかさずクロスケの足を掴み、振り上げ地面に叩きつける。成功! しかし地面の方が抉れる。
「カカカ! 地面より俺の方が硬ぇよ!」
クロスケは体を捻る、掴んでいる筋肉の精霊もそれにつられて回転する。
「お返しだぜェ!」
今度はクロスケが足を振り下ろす。筋肉の精霊が地面に叩きつけられる。
「俺だって、精霊の方が硬いぞ!」
クロスケの足を離すわけにはいかない、離せば強力な蹴りがくる!
「なら死ぬまで掴んでろッ! 『帯電』」
「グアアーーッ!!」
し、痺れる、こ、これは電気だ、このままじゃバンズが焦げてしまう。筋肉の精霊は力の限りクロスケを上に放り投げる。
「はぁはぁ……魔力のオーラに包まれていなかったら……魔法に強くなっていなかったら……一瞬で焦げていた」
そう考えるとゾッとする。焦げたパンなんてマスコットにしかならない。俺は上空を見上げる、クロスケは落ちてこない。スカリーチェがやっていた空気中の魔力を足元に寄せ集めて空中に留まっている。
「いいセンスだ。だが魔力操作できねぇンじゃ。こういった局面は辛くねぇか?」
「近づいて殴ればいい!」
俺はまたフリスピー移動をしてクロスケに詰め寄る。
「そうやって対抗するか、面白ぇ」
「喰らえ! 最初はグー!! ジャンケン!!」
繰り出すは『一人ジャンケン』。引きこもり時代に暇すぎてやった、どちらかに手心を加えない限り勝負のつかないエンドレスバトルだ! それを相手に向けて突き出す。拳のグーだけでなく、手刀のパーに刺突のチョキ、それらがランダムに繰り出される!
「あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょおおおおおおおおおお!!」
激しい空中戦だ。俺はクロスケと戦いながらも自分と戦っている。俺とクロスケは落下しながらラッシュ対決を繰り広げでいる。俺は自由落下していくし、クロスケも足元を固めるのをやめて俺の落下に合わせる。クロスケは空中を蹴り横に飛ぶ、俺も負けじとフリスピー移動して追う。激しい空中戦だ、クロスケと筋肉の精霊がぶつかり合う度に空気が震える。今回はパテも挟んである。パテは魔力効率が抜群にいい、挟んでいるだけで筋肉の精霊の稼働時間を大幅に伸ばすことができる。だからクロスケとのラッシュ対決も思う存分できる。
「アイナ!」
「はい!」
アイナは矢を放つ。汚いとは言わせない、クロスケのやばさは俺たちがよく知っている、手加減なんてしていられない!
「かかっ! はははははははははは!!」
クロスケは高らかに笑う。いつもよりも楽しそうだ。それは何より、もっと楽しくしてやる! 俺は挟んであるパテを解析する。
『混合肉を確認。
悪魔カンガルー、
ストレート魚、
拳箱から、
鬼の拳を生成、1回使用可能』
そうこれは小龍の群れと戦った時に使った魔法だ、あの強烈なパンチをクロスケに喰らわせる!
「『鬼の拳』」
筋肉の精霊の右手が真っ赤に染まる、雄叫びを上げてクロスケに右ストレートをお見舞する。クロスケは両手でガードする、そのまま振り抜き地上に向けて叩きつける。地面が削れ砂埃が舞う、それでも勢いは死なず壁に激突、瓦礫を飛び散らせる。俺は着地して体勢を立て直す。さすがにやりすぎってことはーー
「はははははははははははははははははははは!!!!!」
高らかな笑い声と共に瓦礫が吹き飛ぶ。
「ククク、カカカ、ああ〜」
砂煙の中からキラキラとしたものが見える。あれは……。
「俺に抜かせたなァ」
黄金の大剣だ、クロスケはどこから取り出したのかわからないが、黄金に輝く大剣を持っている。
「さぁ! まだまだ続けようぜェ!!」
ギラギラとした狂気が迫る!
クロスケは俺に向かって歩きつつ、黄金の大剣を肩に乗せる。聖騎士大隊長からは各自聖剣を持っている、あの大剣も聖剣なのだろう、気をつけねば。俺は魔力を吸いきりカラカラに干からびたパテを吐き出す。ぶっちゃけると今の鬼の拳で多少なりともダメージを与えるつもりだった、そこからさらに追撃をと考えていたが、あの様子じゃ付け入る隙はなさそうだ。パテを失って残りはスーの前髪の魔力と数枚の薬草のみとなってしまった。こんなことならパテを倍にしておくべきだったな。いや、さっきのパテも昨日の残りだった。他のはすべてスーとアイナに食われてしまったんだった。
「なにボーッと突ッ立てる? 行くぞ行くぞ行くぞ!!」
クロスケは黄金の剣を振りかぶる。……ちょっとまってなんだ? 空気が振動している。
「これは耐えられるかァ?」
このプレッシャーは!? なんかやばい!
「アイナ! 逃げーー」
「遅せェ!!」
くっ! 筋肉の精霊よ! アイナを死守しろ! 筋肉の精霊がアイナに覆いかぶさる、アイナは本体の俺に被さる。黄金に煌めく魔力が俺たちをーー襲ってこない。
「え?」
恐る恐る目を開けると、そこには白が広がっていた。
いや、白い空間に来たわけじゃない、俺はアイナの腕の中にいるのだから。
これは髪か、真っ白な地面につきそうなほどに長い髪が俺たちを庇うようにしてクロスケの黄金を遮っている。
「なんのマネだ? クゥ」
「……」
クロスケの黄金の大剣を真っ向から剣で止めている。あんなことして剣が痛まないのか? それだけ2つの剣が業物ということか。にしてもこれまた綺麗な白い剣だ。
大剣を上から受けてもブレない、クゥと呼ばれた人物の腕力を証明するのには十分な証拠だ。クロスケもクゥって人も細身なのにどこにこんな力を隠し持っているんだ。
「おい、また黙りか? 今の俺を邪魔するってことはよォ……決闘するか?」
「……」
クゥと呼ばれた少女は返事を返さずにクロスケを見つめ続けている。そんな少女を見てクロスケはブルブルと震えた。恐怖? 否、違うこれは武者震いだ!
「カカカカッ! やべェ、我慢できねェ」
今にも決闘が始まりそうな雰囲気に俺は声をかける。
「やめろクロスケ! そんな小さな子をいじめて楽しいのか!!」
クロスケが返事を返す前にクゥの体がピクっと反応する。クゥは大剣を跳ね除け、俺の眼前にピタリと剣先を合わせる。
「小さい? 私がか?」
俺は動けなかった。これは紛れもない殺気……。返答を間違えれば確実に殺される。
「カカ! こいつは小さいことを気にしてるからな。その事に触れると誰彼構わずにたたっ斬っちまうぞ」
「わ、悪かった」
クゥは剣を鞘に収める。殺気もそれと共に消える。というか喋れるんじゃないか。
「この方は何者なんですか?」
アイナの機転の利いたフォローだ、クロスケが答えた。
「あん? こいつは月白騎士のクゥだ。こう見えても俺と近い歳だ」
あんたの歳もその毛に覆われててよくわからないんだけどな、まぁあの言い方から察するに、それなりには歳食ってるんだろうけどさ。この人が三騎士の一人なのか。
「こいつは胎児化の呪いを受けてンだ、だからこんな姿になっている。本来なら胎児にする呪いだが、俺同様に耐えている」
化け物ぞろいだな。
「チッ、やる気なくしたぜ。それにクゥが来たってことは俺はお役御免ってわけだな」
クロスケは手を頭の後ろに組んで学校の出口へと歩いていく。
「待ってくれ! 修行は!?」
「あー、俺はクゥが来るまでの『繋ぎ』だったンだよ。そもそも俺は弟子取るなんてガラじゃねェ、それは体験したお前らがよく分かってるだろ? でもまぁなんだ、お前らが思っている以上にお前らは成長した。安心しろ、カカカ」
そういうとクロスケは跳躍して去っていった。残されたのはボロボロの俺たちと、無言のクゥだけだ。
……スーはベンチで眠っている。
ポツンと残された俺たち。き、気まずい。クゥがアイナを見つめてくる。
「なんでしょうか。私に何か、きゃ!」
「アイナ!」
クゥはアイナの体をまさぐる。アイナよりも背も小さく華奢だが、クロスケのあの一太刀を止めるほどの力の持ち主だ。アイナがしっちゃかめっちゃかにされている。
「離し……や、ん。バーガー様ぁ」
「やめろ! クゥ!」
アイナの涙声に俺は筋肉の精霊を使って止めに入る。
「ウオッ!?」
筋肉の精霊の腕が吹き飛んだ。
切断された右腕が少し遅れて地面に落ちる。クゥは抜刀していて振り抜いたあとだった、ゆっくりとした動きで白い剣を腰に収める。
「離してください! バーガー様の前でこんなこと……あぁ!」
突然クゥはアイナを解放した、アイナは力なくその場に膝を着いた。
「大丈夫か、アイナ! ってうおお!!?」
クゥは今度は俺を鷲掴みにする。そして顔元に近づけて、むにむにといじり出す。
「くっ! やめろ! 食べ物で遊ぶんじゃない!」
クゥは俺の弾力を確かめたりバンズをめくったりしている。生まれた時にもやられたが、今はアイナの前だ。それに純粋にこの人怖い! クゥはバンズの隙間に指を入れようとして、手を離した。クゥは不思議そうに自身の指を見つめている、それから俺に視線を戻す。
拾い上げて、クゥは口を大きく開ける。待て待てまてまてまて!! 落ちた食べ物を口に入れるんじゃない! って違う! やめて! 助けて!
「バーガー様に触れるな!」
アイナが細剣を抜き、突きを繰り出す。
「くっ!」
クゥは剣すら抜かずにアイナの刀身を素手で掴んで止めた。ビクともしないとわかったアイナは細剣を離して弓矢を構える。クゥはアイナの細剣を回転させて柄を握る。そして手首だけの力で投擲、アイナの弓を弾き飛ばした。それでもアイナは矢を掴んで襲いかかる。今度は矢を持つ手首を掴まれて捻られる、クゥの力に抗えぬまま組み伏せられる。圧倒的強さだ、俺は食われるしかないのか?
「分かった」
クゥはそれだけ呟くと、俺たちを解放した。
「え?」
「お前たちの強さが分かった。個人では聖騎士隊長以上、聖騎士大隊長以下、二人で聖騎士大隊長ちょっと以下」
それだけいうとクゥは学校の方に歩いていく。呆然としたあと、少しして俺とアイナはヒシッと抱き合う。
「バーガー様ぁ! 怖かったです!」
「俺もぉ!!」
緊張の糸が切れた俺たちは訓練場から動けない。しかしアイナの胸の中で抱かれているおかげでメンタルが急速回復する!
「2人ともなにしてるの?」
起きたスーが眠そうに瞼を擦りながら訪ねる。
「いや、なんでもないさ。なぁアイナ」
「は、はい!」
「ふーん? そんなことよりっ早く甘いものをたっくさんよこすの!」
「それは覚えてるのかよ……」
しかし、何だったんだ? クゥが最後に言ったのは、俺たちの今の強さか? だとしたら聖騎士大隊長、オショーよりは弱くて、聖騎士隊長のキッドより強いのか。そう考えると成長したと言ったクロスケの言葉も頷ける。
「あのクゥって人が俺たちの本当の師匠なのか……」
「クロスケさんの話を聞く限りではそうみたいですけど」
アイナは言いよどむが、意を決したのか口を再び開いた。
「あの人怖いです」
「ああ、俺もだ。いただきますも言わずに食べようとするやつなんて嫌いだ」
「そういうことではないです」
「……そうだな。勝てんのかな、なんなのに」
「……頑張ります!」
そういうアイナだったが、どこか悲しそうだ。絶対に勝てない相手、どえらい壁にぶち当たった時はだいたいこんな顔になるんだろうな。生前、過酷な筋トレに明け暮れていた時もそうだった。伸び悩み、葛藤した。でも続けたから現代最強になれた。
「やってやろう。三騎士を超えるんだ!」
「はい!」
俺達が気を取り直したところで、アイナが平垣の上あたりを見て口元を抑える。俺もすぐに視線を向ける。そこにいたのは、
「やぁやぁ! やってるっスね!」
「スカリーチェ!」
現れたのはスカリーチェだ。平垣に上半身を乗せている。
「何の用だ」
「随分な物言いっスね。2人が修行しているからちょっかいをかけに来ただけっスよ」
「思いっきり邪魔しに来てるじゃないか」
「バーガー様、行きましょう」
「あ、ああ」
「ちょっと待ったっス」
「なんだまだ何かあるのか?」
「トマト」
俺はそのワードを聞いて硬直した。