第64話 修行2
……夕方になった。
アイナはまだ帰ってこない。それもそうだろう、あれだけ疲弊していたんだ、一度寝たら丸一日起きなくても不思議じゃない。俺の方は動かなければ魔力の消費は抑えられる、だが薬草一枚じゃ、精々一日が限度だ。この薬草は昨夜挟んだものだから。もう少しで魔力を使い切ってしまう。
「カカカ。顔が青ざめてきたな、何かいい方法は思いついたか?」
「思いついた顔に見えるか?」
「さぁな、その魔力量ならもって数時間ってところか」
クロスケは呑気にしている。パンの生き死にがかかっているんだぞ……、マジでどうすればいいんだよ、動けないんじゃ、具材も探せない。
「ま、そう焦んなよ」
「これが焦らずにいられるか」
「なら今までの戦闘のことでも思い出したらどうだ?」
「どうしてそんなこと……」
「修行だぞ? 強くなるのに反省やらなんやらは必要なことだろ、俺は反省なんてしたことないけどな! カカカ!」
反省? そりゃあ反省することは多々あるさ。でもそれは不確定要素だったり、情報不足だったり、運否天賦だ。だがそれでも上手くやってこれていたはずだ。
「甘い顔してんな。自分のしてきたことを一生懸命に肯定している顔だ」
「なっ……」
「だいたいそういう時に限って無知のせいにしたりする。無知が許されるのは「とんだ無知さん」だけだ。お前は勇者だ、知りませんでしたじゃ許されねぇ」
「……俺に何が足りないっていうんだ」
「人に聞くのもいいがまだ時間あんだしよ、それも含めてよぉく考えてみるこったな」
わからない。現状を打破する作戦を今までの戦闘から見つけ出せと言うのか? 俺はいつも具材に頼ってきた、だがそれはハンバーガーとして当然のことだ。否、クロスケはそれが間違っていると言っていた。そうだ。他の人は具材なんて挟まない! 具材がなくても戦えるんだ。それに比べて俺は……いつも……。
「陰気臭ぇな、自己否定してる顔してンな」
「肯定するなって言ったのはクロスケだろ」
「それがダメだ。人に言われて変えるくらいのもンしかねぇッてことだ。カカカ」
「くっ」
ダメだ後手に回っては……。俺は生き残らねばならない!
「バーガー様!」
「アイナ!」
完全武装のアイナが現れた!
「バーガー様、遅れてごめんなさい。今お助けします!」
「アイナ来るな!」
アイナはいつもの冒険に出る格好で弓に矢を番える。狙いをクロスケに向ける。その状態でもクロスケは余裕があるようだ。凄腕の弓使いに狙わていることなど意に介さず、俺を見てギラギラと笑った。
「カカカ。情けなくねぇのか? 女に庇われてよ」
「くっ。アイナ、下がれ、危険だ」
「そうはいきません! もうじきバーガー様に挟んである薬草の魔力が尽きる時間です。早く新しい具材を挟まないとバーガー様が死んでしまいます!」
「あれはお前のメイドかなんかか?」
「う、うるさい」
メイド姿も見てみたいがな!
「まぁ、させねぇけどな。おいアイナ」
「なんですか」
「俺はこのバーガーをここから一歩も動かさせねぇ、どうする?」
「なら力ずくでも退いていただきます!」
「カカカ。そう来るか、嫌いじゃないぜ」
「じゃあ退いてください」
「そうはいかねぇな、俺を突破してバーガーを助けてみろ」
「今はバーガー様の命が掛かっています! 手加減はできません! 後悔しても知りませんよ!」
「殺す気で来ねぇと修行にならねぇだろうが、来いよ稽古つけてやる」
「はあぁ!!」
アイナは気合いを込めて矢を放つ。いやいや、アイナさん、その距離から矢を放ったら最悪死ーー
「カカカ」
「なっ!!」
「嘘だろおい……」
クロスケはアイナの放った矢を人差し指と親指で摘んで止めている。
「見えてる弓兵は怖くねぇ」
「……はあぁ!!」
アイナは次の矢を放つ。
「何度やっても同じだ」
無駄だ、またクロスケに矢を摘まれてしまった。
「お?」
クロスケのつまんでいた矢が爆発した。アイナは矢に爆発魔法の札を張っていたのだ!
「バーガー様、いま行きます!」
アイナは俺のこととなると暴走することがあるな。まて、煙の中に!
「アイナ! まだ来るな!」
「え! きゃあ!」
煙の中から飛び出して来た足がヤクザキックを繰り出す。アイナはもろに受けて蹴り飛ばされてしまった。
「こんなもんでダメージ負えるほどヤワじゃねぇンだよ」
無傷だと……。いや、僅かにクロスケの周囲に風が渦巻いている。周囲の風を魔力で操作して、爆風から身を守ったのか!
「オラオラ、愛しの勇者様が死ンじまうぞ?」
アイナとクロスケが対峙して数時間が経過した。アイナが様々な攻撃を仕掛けるも、クロスケはその全てを無効にする。
「ふあぁ。あくびがでらァ、もしかしてそういう作戦か? 悪いが俺はこの状態でもあと一週間は不眠不休で戦えるぞ?」
「……してください」
「は?」
「許してください」
「ああ?」
「バーガー様が死んじゃう…、私にできることなら何でもします……だから」
「命乞いか。愚策だな」
万事休すか……。とんでもない自体になってしまった。無理な修行でゲームオーバー、女神になんて言われるだろうか。……うん、絶対に笑われるわ。
ーーそれは嫌だな。
どうすればいい。……クロスケだって絶対に助からない方法で修行させるわけがない、死ぬとしたら俺の実力不足……、実力不足?
俺はクロスケの言葉を思い出す。『魔力ってのはこの空気中にも含まれている。目に見えねぇけどな。それを自分の魔力で操作して固めたり、動かしたりして、相手の魔法を凌ぐことができる』
そしてスカリーチェの言葉を思い出す。『ただの魔力操作っスよ。空気中にある魔力を足元に固めて上に押し上げているだけっス』
この世界は魔力で満たされている。上級者になればそれを操作して自分の力にする事ができる。俺は呼吸していないから気づかなかったが、この世界は魔力で溢れている。魔力なら挟めば使える。
「アイナ! もういい!」
「諦めないでください! 私が必ず助けますから!」
「諦めたわけじゃない!」
俺は薬草を吐き捨てる。
「バ、バーガー様! そんなことをしたら餓死してしまいます!!」
「スゥーー」
俺はこの世界に来て初めて呼吸した。否、俺はバンズだ。呼吸はしていない、所詮は生物の真似事だ。だが、空気をバンズの間に通すと、俺の魔法陣が僅かに反応しているのがわかる。
「スゥーー。ハァーー。スゥーー。ハァーー」
襲い来る虚脱感を我慢して俺は呼吸を続ける。
「スゥーー。ハァーー。ウゥッ!!」
「バーガー様ぁ!!」
走りよろうとするアイナの腕をクロスケが掴む。
「放せ!」
「いま奴は自分を越えようとしている、いくらお前でも邪魔することは許されねぇぜ」
俺は……俺は……。
俺はーー……。
俺は、俺は、俺はァ!
俺は勇者だ!!
無食材時特有の虚脱感が消えていく。そう、魔力が供給され始めているのだ。
「カカカ。やりゃァ出来ンじゃねぇか」
「スゥーー。ハァーー。スゥーー。ハァーー」
「バーガー様?」
「やつは今、空気を挟んでいる」
「空気を挟む?」
「そうだ。この世界は魔力で満ちている、強者はそれを利用する」
「そんなことが……」
「まぁ、今のやつは呼吸するので精一杯だろう。ほっといてやれ」
「スゥーー。ハァーー。スゥーー。ハァーー」
クロスケの言う通りだ。久々の呼吸だ。それに空気中の魔力は具材よりも少ないため吸い続けていないとすぐに魔力切れになる。
「最初はそんなもンだ。そのうち魔力操作を覚えてもらう。とにかく山は超えた。後の2日間、しっかりと慣れてもらうぜ」
クロスケはアイナを見る。
「お前は俺と稽古だ。バーガーは自力で何とかしたぞ。お前はどうする」
「私もその魔力操作を覚えます!」
「へっ。覚えれば魔法戦が格段にやりやすくなるぞ」
「お願いします!」
クロスケの稽古開始から2日が経過した。
「スゥーー。ハァーー。スゥーー。ハァーー」
「すーー。はーー。すーー。はーー」
アイナは俺の横で座禅を組み。目を閉じて瞑想している。クロスケは俺たちの10メートルほど先で胡座をかいている。手には小石を持っている。それを無音でアイナに投げる。前みたいに指で弾いた指弾ではなく、普通の速度の投擲だ。
「すーー。はーー。すーー。はーー」
アイナは呼吸を乱さず目を閉じたまま、クロスケの投げた小石を体を傾けて回避する。
「飲み込みが早いな、周囲の魔力の動きを敏感に察知してンな。エルフは魔法に長けているとはいえ、この短期間でできるやつなんざ見たことがねぇ」
「すーー。はーー。すーー。はーー。痛い!」
今度は命中した。
「カカカ。調子乗んなよ、まだ周囲の魔力にムラがあるぞ。上手い奴ぁ、こんなふうにその隙を付いてくる、しっかり魔力操作して身を固め続けろ」
「はい!」
「スゥーー。ハァーー。スゥーー。ハァーー」
「さて、バーガー。お前はどうだ?」
どうって言われてもな。こっちは必死だよ。呼吸をやめればすぐに餓死だぞ!
「ここまで出来ない奴はいない、お前は魔力操作が下手じゃなくて、できねぇみたいだな。挟んだもンから魔力を吸収できるとかいう特異体質のせいか?」
「スゥーー。なんとか、ハァーー。スゥーーできないのか、ハァーー」
「こればっかりはな、伸びしろが全くねぇ。才能がないとかそういうレベルじゃねぇ。不可能だ」
……ここまで断言されると落ち込みようがない。俺も魔力を操作して自力で魔法を使いたかったなぁ。
「だが、ほらお前は挟んだ物の魔法を使えるんだろ、試してみろよ」
「スゥーー。空気をか、ハァーー。」
「物は試しだ」
俺は意識を内部に集中する。大きく空気を吸い込んで解析開始だ。……なんの反応もないな。動物の肉や雑草を挟んでも何も検出できなかったし、それと同じことなんだろう。スカだ。
「どうだ?」
「スゥーー。ダメだ、ハァーー。スゥーー。何もない、ハァーー。」
「そうか。じゃ、そのまま瞑想を続けていろ」
そうこうして3日が経過した。アイナはこの3日間、ほとんど寝ずに俺と共に修行してくれた、飯も最低限だし、よく腹を鳴らして赤面していた。
「砂時計の砂が落ちきったな。一旦帰っていいぞ」
「……はい」
クロスケは全く疲れを見せなかった、それどころか、アイナが飯に行く間や仮眠を取っている間も俺の前から離れなかった。俺はゲームにハマって15徹したことがある、だからこのていど平気だったが、このクロスケも相当にやるようだ。
「お前眠くないのか?」
「スゥーー。眠いが、ハァーー。スゥーー。我慢できる、ハァーー。」
「そうか。クソも飯も要らねぇとなると案外そのパンの体も悪くねぇのかもな」
「スゥーー。どうかな、ハァーー。」
「カカカ。また明日な」
クロスケは跳躍して去っていった。ん? まて、明日と言ったか?
「バーガー様……これを」
アイナは力なく俺に薬草を挟んでくれた。
「今日は宿でゆっくり休もう。明日また何かやるようだしな」
「はい……とてつもなくお腹がすいてます、それに眠いです」
足取り重く宿につくと、クロスケに蹴り壊された窓が見えてきた。乱雑に板が打ち付けられている、荒っぽい仕事だ。宿の主人も保証金をたんまり貰ったらしく、特に文句はないと言ってくれた。ドアがあった場所を通り、部屋に入る。スーが餓死していた。
「おい、何やってんだよ」
「……一文無しなの」
「え? あれだけあったお金は? 王さまからもらったやつ」
「ぜんぶ使っちゃったの」
おいおいマジかよ……。
「バーガー様、宿屋の主人に料理を注文してきます」
「おう、たらふく食えよ、2人とも」
「よう! お前らおはよう! さっさと支度しろ!」
クロスケの声に起こされた俺たちは眠いまぶたを持ち上げる。窓の板が剥がされている……。クロスケは窓際に立ってギラギラと笑っている。
「おいお前ら、俺が敵だったら死んでたぞ!」
「は、はい……おはよう……ございます……」
アイナはなんとか立ち上がった。昨日の疲れ具合からみて夕方くらいまで眠っていてもおかしくはない状態だ。それが『太陽が登った瞬間』にクロスケが来たのだ。無理もない。
「カカカ。さ、学校に行こう。今日は普通に登校して授業を受けていいぞ、お前ら頭いいんだろ? 休んだ分、速攻で取り返せよ!」
なんだ今日は3日間動くなとか、ぶっ通しで戦えとか言わないのか……。
「ま、朝の修行はみっちりやるがな。ほらこれを飲め」
クロスケが手渡したのは小瓶に入った液体だ。赤い色をしている。
「これはポーションですか?」
「そうだ。体力を回復できる、奢りだ飲め」
「ありがとうございます」
アイナは小瓶をコクコクと飲み干した。
「ど、どうだ?」
「はい! 元気が出てきました!」
「おお、ポーションってすごいな」
たらふく飯を食っても一瞬では回復なんてしないからな。学校の訓練場に移動する、もちろんまだ生徒は俺たち以外誰も来ていない。
「3時間ってとこだな。その間だけ相手してやる」
「お願いします!」
「おう、じゃ掛かってこい」
「あの、どっちから?」
「ナメてンのか、2人まとめて掛かってこい!」
「わかりました!」
俺はパテ1枚と薬草を5枚挟んでいる。特に魔法が使える訳ではないが力はよく出る。
「おい、バーガー。これを挟んでおけ」
クロスケが指で弾いて俺に何かを挟ませた。
「もごもご、これは!?」
小龍の鱗だ!
「昨夜に倒した小龍の鱗だ。使えんだろ?」
この人、どこで何してたんだ。
「もちろん使える」
「おう、じゃあ手加減したらぶっ殺すから、そのつもりで来いよ」
「はい!」
俺は解析を開始する。『小龍の鱗から火炎の吐息を検出10回使用可能』
久しぶりのファイヤーバーガーだ! アイナはまだ遠距離だから弓矢を構えている。俺はアイナの肩に乗り耳打ちする。
「まず俺が近接戦闘を行う、隙ができていなくても射続けてくれ」
「わかりました!」
2人のコンビネーションを見せてやるぜ! 俺はウィルの短剣を構えクロスケに跳ね寄る。クロスケはいつものようにポケットに手を突っ込んでギラギラと笑っている。殺すつもりで、か。もちろん昨日まででクロスケの強さはわかっている、手加減をするつもりはない。俺はジグザグに跳ねて狙いを定めにくくする、サッカーのフェイントみたいなものだ。そんな俺の脇をアイナの矢が通り抜ける。クロスケはひらりひらりと、それを難なく回避する。
「だから見えてる弓兵は俺には当たらねぇって言ってんだろ、よっと!」
クロスケは一本の矢を叩き折る、その矢にはジゼルから貰った爆裂魔法の魔法陣が描かれた札が巻いてある。
ピンポイントで折ったということは「見えている」ということだ。なんて動体視力だ、俺にも元の体さえあれば……。クロスケは爆弾矢を後ろに放り投げる。魔法陣の魔法というものは、魔法陣がちゃんとしていないと発動しない、魔法が発動する前にああやって傷つけられれば魔力が巡らず不発に終わる。俺の魔法陣だってそうだ、再生性があるからと言っても傷つけばヤバい。
その間に俺はクロスケの足元まで移動した。まずはこのウィルの短剣でーーぬ!?
「バッガアアーーッ!!」
「バーガー様!!」
し、しまった!! 俺は今、空中にいる!! 空中で激しく回転している俺は、なんとか下にいるクロスケに視線を合わせる。クロスケは足を真上に振り上げていた、そう俺はサッカーボールのように蹴りあげられたのだ!
「ほう、見えているようだが、体が反応できてねぇぞ。カカカ。敵の懐で呑気にしてンじゃねぇよ」
俺は虚脱感に襲われる。ヒールが、具材がバラバラになってしまっている! 俺は急いで空気から魔力を得て落下に備える。
「はあぁ!!」
俺を庇うようにアイナが距離を詰める、その間も三度矢を射る。クロスケは狙われた部位を僅かに動かして回避する。アイナは細剣を抜き払い、鋭い突きを繰り出す、クロスケはついに両手をポケットから出す。
アイナの突きを僅かな動きで躱し、腕を掴んで無造作に背後に放り投げた。
「突風!」
アイナは悲鳴一つ上げずに、空中でクロスケに向けて風魔法を放つ。
クロスケは微動だにせずに体の表面に魔力を集中させて突風を防ぐ。そして落ちてきた無防備な俺をアイナの方に蹴る。具材もすべてだ、具材もバンズも合わさるように正確な連続蹴りを食らったんだ。アイナは俺を空中でキャッチする、そして着地して体勢を立て直そうとした時。クロスケの鋭い前蹴りがアイナと俺の目の前で寸止めされていた。
「1回死亡。カカカ。」
アイナは苦笑いしている、頬には冷や汗が垂れる。強すぎる……。
「元の位置に戻れ、反省してやり直せ」
これが3時間みっちり続いた。
「アイナさん、アイナさん?」
「は、はい!」
授業中にトレース先生に呼ばれたアイナは慌てて立ち上がる。
「この部分を読んでください」
「はい!」
俺は魔力さえあれば活動できる、夜になると眠くなるが割と平気だ。
だがアイナは生身だ。朝練にしてはハードすぎだ。前日もヘトヘトを越えてしごかれたからな。正しく修行なわけだが、当然眠くなる。それでもアイナは頑張っている。アイナは頑張り屋さんだからな、何か労ってやりたいところだ。休み時間になると同級生たちに囲まれる。もちろん話題は修行の事だ。
「あの猫さんだれ?」「いじめられてるの?」「すごい強かったね!」「今日も朝やってたよね!」
質問攻めだ。それもそうだ、この子らは知らないんだ修行の厳しさを……知らなくていいけどな。
「いじめられてないですよ、あれは修行の一環で、あの人はクロスケさんといってーー」
アイナは嫌な顔せずに質問を返していく、実際嫌じゃないんだろうな。アイナは人が好きなんだ。そうこうして昼休みになる。もちろん俺たちは食堂に向かう。食堂の料理にハマったっていう設定だ。
「アイナ、好きなだけ食っていいぞ」
「ですが、お金が」
「気にするな、しっかり食うのも修行の一環だろ?」
「そうですよね! お言葉に甘えさせていただきます!」
速攻で折れたな。素直でよろしい。
アイナは10人分の料理を注文する。そしてテーブル1つを占領して暴食を始める。この学校は全てが大規模だ。食堂もやけに広い。テーブル1つ占領したところで迷惑にはならないだろう。アイナはナイフとフォークを使って上品に食べる。毎度の事ながらよく入るな。アイナは華奢な体をしている、どこに収納しているというんだ。女性の神秘だな。
「バーガー様、見られていると食べにくいです」
「あ、ああ、すまん」
周りの人たちは沢山食べるアイナを変な目で見たりはしない。多種多様な人種が通っているこの学校だ、大食いキャラも沢山いるのだろう。と、俺はこちらに向かってくる人物を見てギョッとする。
「カカカ。よく食うじゃねぇか?」
「クロスケ!?」
そう、現れたのはクロスケだ。
「そう身構えンなよ、俺だって飯くらい食うぞ」
俺たちの横にどかりと座ると、背後から現れた聖騎士たちが料理を持ってくる。
「俺ぁ硬っ苦しいのは嫌いだがこういう待遇だけは好きだな。カカカ」
アイナがクロスケの料理を見て涎を垂らす。
「そのお肉なんですか?」
「小龍の肉だ。食うか?」
「食べます!」
「結構大物だ。俺も半分くらい食ったンだがまだまだあるぜ。おい! てめぇらここにいる奴らにも振舞ってやれ」
聖騎士たちは一礼すると去っていった。これが仕事なんだろうが、可哀想だな。
「なんだその面は、気にするこたァねェ。あいつらには小龍の希少部位を譲ってやった。俺からのボーナスだ。カカカ」
朝は修行、昼は授業、夜はまた修行。そんな日々が続く。アイナは家に帰れば風呂に入りご飯を食べて即ベッドにダイブする。それを察知したスーがアイナのベッドに潜り込み、絡みつくようにして眠るのが最近のトレンドらしい。王国に来てから3ヶ月、あれ以来修行を続けているが、未だに2人がかりでもクロスケに一太刀も与えられていない。俺たちだって成長していないわけじゃないんだ。動きもだいぶ良くなったし、連携だって以前に増して取れている。俺はチラリとスーを見る、スーの前髪の力を借りるか……。
魂の実体化の筋肉の精霊の力を借りれば……、クロスケに一撃入れられるかもしれない。しかし、毎回あれだけの魔力をスーから貰っているのも申し訳なくなる。スーは平気そうだが、もしかしたら我慢しているのかもしれない。
「なしでやろう。折角の修行だ、他の方法でも戦えなきゃならない」
俺は本を開いて鉛筆を咥える。文字だって頑張れば書けるんだ。その日は徹夜でクロスケに一泡吹かせる作戦を考えた。
夜が開ける。
「うぅ、バーガー様……おはようございます……」
まとわりつくスーを解きながらアイナが上半身を起こす。スーはグネグネと蠢き布団の中に潜っていった。
「おはよう、アイナ」
クロスケが来る前にアイナは起きるようになっていた。
「すぐに支度を終わらせますね」
「アイナ」
「バーガー様? これは?」
俺が渡したのは徹夜して書いた作戦だ。
「打倒クロスケの書だ。とても短い作戦だから登校中に読んで頭に入れておいてくれ」
アイナはポカンとしてメモ紙を見る。できたのはたった一枚のみだ、床には没案が書かれた紙が丸められて落ちている。没案というか、字が汚すぎて読めないから没になったのがほとんどだ。
「バーガー様……自分で文字を?」
「はは。汚いだろ?」
アイナは口をへの字に曲げて俺の書いた紙を抱きしめる。
「流石です、バーガー様」
「やめてくれよ。文字を書くことくらい、そのへんの子供にもできることだろ?」
「この作戦、かならず成功させましょう!」




