第58話 怪物の眠る森4
ニードルハックは右腕を前に突き出す。聖騎士たちが俺たちの前に立って盾を構える。
「棘散弾砲」
ニードルハックの腕についている棘が勢いよく飛び出す。盾に守られていなかったら誰かしらが被弾していただろう。
「あの魔人は棘を自在に操ります、お気をつけください勇者様!」
「ありがとう!」
ニードルハックの腕に棘が生えてくる。無尽蔵ってわけじゃないだろうが、そう簡単に棘が尽きることはなさそうだ。
「今度はミーたちの番だよ」
「鋭利!」
ジゼルがエリノアの掲げる剣に強化魔法をかける、阿吽の連携だ。
「バーガー様! 私たちも行きましょう!」
「ああ!」
「にゃら!」
エリノアの剣をニードルハックは何のためらいもなく腕で受ける。硬質な音を響かせて2人の動きが止まる。鍔迫り合いだ。
「ぐにに、けっこう硬いにゃあ!」
「ふん、お前は他の奴とは違うようだな」
エリノアがニードルハックの動きを止めてある間にジゼルが側面に回る。
「火の槍!」
炎属性を持つ魔力生成された槍がジゼルの手に握られる、腕を引き絞り投擲する。少女の力だがそこは魔法、炎の加速だ、かなりの速さでニードルハック目掛けて飛ぶ。ニードルハックは左手の棘を飛ばす、火の槍は何発か耐えたが、数に推されてニードルハックに到達する前に爆発して消滅した。
「放て」
「はい!」
アイナがエリノアの背後から矢を放つ、エリノアの頭部をかすめてニードルハックに命中する。
「腕のいい弓兵がいるな」
「ちょっとビビったけどにゃ!」
矢の刺さった棘が抜け落ちる、そしてまた新しい棘が生えてくる。出血はみられないか、あの棘を何とかしなければならん。しかしニードルハックも黙ってはいない。
「こちらからもいくぞ」
「にゃ!?」
ニードルハックは徒手空拳でエリノアとやり合い始めた、あの棘の鱗が鋭利な凶器と化している。速いな、それでもエリノアは受け続けている。
「甘い」
ニードルハックはエリノアの折れずの剣を弾きとばすと、超至近距離の近接戦を仕掛けてくる。
エリノアには有効打がない、ギリギリで受け流しているがキツそうだ。
「アイナ援護できるか?」
「あれだけ速いとエリノアに当たる可能性があります」
エリノアがどんどん押されていく、そしてニードルハックはエリノアの手首を掴むと背負い投げをする。エリノアは地面に叩きつけられる直前に体をよじり、四肢を使い着地する、と同時にエリノアの顔面目掛けてニードルハックの踏み付けが迫る、間一髪エリノアは地面を強く弾くことで後退しそれを回避する。立ち上がった直後にニードルハックはエリノアに詰め寄る、立て直す前にニードルハックの手のひらがエリノアの腹部に当てられる、次の瞬間エリノアが吹き飛ばされた。
……あの技はなんだ?
ジゼルが呟いた。
「魔人組手」
「なんだそれは」
「旧魔王が使ったとされる武術」
なんたってそんなものをあの魔人が?
「この程度か人間どもは」
ニードルハックは俺たちを睨みつける。取り囲む聖騎士たちは怯みこそしないが攻めあぐねている。
「む」
ニードルハックが大きく飛び退く、元いた場所に旋風が発生する。背後から声がする、オショーだ。
「お待たせしましたぞ!」
よし時間稼ぎ完了だ。聖騎士大隊長も来て、形成はこちらに傾いたはずだ。だがニードルハックは逃げない。オショーを見て言った。
「お前がこの群れのボスか」
ニードルハックはオショー目掛けて駆け出していく。
「チーターズとの戦闘を見ていなかったのですかな?」
オショーの周りに旋風が発生する、ニードルハックはそれすらもお構い無しに突っ込んでいく。
「まかさ聖鎌のスキルに耐えようと言うのですかな」
「物は試しだろう」
「そうは行きませんな、真正面から破られるほどカマさんの風は甘くない!」
「ぐっ!」
ニードルハックが大きく吹き飛ばされる。鱗も傷だらけだ。
「くく、俺の鱗を貫通させるまでには至らぬようだな」
「まだ直接このカマさんの浄化を受けていませんぞ」
「『今』の俺にはまだ早いようだ、だが今のでわかった」
「何がです」
「もう少しだということがだ」
ニードルハックは振り返り走り出す。
「逃がしてはなりませんぞ!」
聖騎士たちが追う。
「無駄だ、俺はあのすばしっこい魔人を食った。速さで追いつけるものはここにはいない!」
また逃がしてしまう、今の俺の具材ではどうすることもできない。命の危機がない限りは魂の実体化は使いたくない。いざと言う時にアイナたちを守れないのだけは避けねばならない。諦めかけたその時。
「逃げられると思っているのかにゃ?」
「む!?」
エリノアだ、茂みから飛び出してニードルハックと肉薄する。
「なんだまたお前……なんだそれは!」
「根性、底力、執念、逆境、不屈、同時発動ッ!」
エリノアが拳でニードルハックを殴る、両腕をクロスさせてガードするもガードが弾かれる。
「にゃおら!」
ガードの剥がれたボディにエリノアの鋭い突きが突き刺さる。
「ぶオッ!!?」
ニードルハックは腹を抑えて後退する。
「さっきの攻撃、にゃかにゃか痛かったにゃ。キラーキラーの攻撃に比べればたいしたことにゃいけどにゃあ」
「……ぐ、なるほど。傷を負うほどに力を増すのか」
ニードルハックがここにきてダメージらしいダメージを受ける。
「仕方あるまい、俺も手の内を明かそう」
「にゃに?」
そう言ったニードルハックに変化はない。
「はっ、虚仮威しにゃんてミーには効かにゃいよ」
「そろそろ聞こえるころだろう」
エリノアが耳を動かす、そして叫んだ。
「バーガー!! 魔物の群れが迫ってきてるよ!!」
「なんだと!!」
エリノアが叫んだあと、森の奥から数えきれないほどの咆哮が聞こえる。
「これがお前の技能か!?」
「ふ、まだ逃げる俺の相手をするか?」
「くっ!」
エリノアは俺たちのところに戻ってくる、ジゼルがすかさず治癒魔法をかける。
「ごめんバーガー、逃がしちゃった」
「いい判断だった、今は奴の技能が気になる、わかるか?」
「わからにゃい、ただモンスターの群れがもう少しで来るよ」
「なんでこんなタイミングで、迎え撃つぞ、オショー」
「無論ですぞ、引き返すわけにも行きますまい。全兵力を持ってして迎え撃ちましょうぞ!」
「わかった!」
「勇者様たちは安全なところに……と言いたいところですが、お力をお借りしてもよろしいか?」
「ああ、俺の戦いをまだ見せてはいなかったな!」
「勇者様の戦いが見られるとは、長生きはするものですな……来ますぞッ!」
「おお!!」
茂みから現れたのは多種多様な魔物たちだ。勢いよく飛び出して、俺たちに襲いかかってくる。俺とアイナのところに来るのは銀色狼の群れだ。一体ではBクラス下位の魔物だ。だが群れている場合はBクラス上位に入る。
「射ますか?」
「頼む!」
「はい!」
アイナが次々と銀色狼を射殺していく。しかし数が数だ、1頭が抜けてくる。
「俺がやる」
「お願いします!」
アイナは視線を遠くに戻し次々に矢を射る。信頼されてるな、これは負けられん! 俺はアイナの肩から降りて全力で跳ねる、銀色狼の目前で魔法を発動する。
「『火炎の吐息』」
銀色狼が木っ端微塵に吹き飛ぶ。後方にいた銀色狼も巻き込んで木々を薙ぎ倒す。
それを見ていたオショーが驚きの声をあげた。
「なんと! そんな魔法も使えるのですか!?」
「ああ、火炎草を挟んでいたんだ」
俺は萎びた火炎草を吐き出しながらそう言った。
魔物の群れは100頭近くいた。その全てを倒し終え、現在は点検の真っ最中だ。死者は出ていない、これだけ鍛えられた聖騎士たちがいるのだ、この程度なんてことはない。魔物の死体をいじっていたジゼルが俺を呼んだ。
「バーガー」
「どうした?」
「これを見て」
「これは……」
魔物の背中に刺さっているのはニードルハックの棘状鱗か。
いつ刺した?
「他の魔物にもこれと同じものが体のどこかに必ず刺さっていた」
「どういうことなんだ?」
「もしかしたらニードルハックは特異体質なのかもしれない」
「特異体質、ヒマリのようなか?」
「そう。だけどヒマリとは全く別の能力。たぶん棘で刺したものを操作できる」
「操作だと? どうしてそんなことがわかるんだ?」
「棘の刺さっている部分に僅かだけど魔力の痕跡が見られる。たぶん魔物が生きている間は全身にその魔力が張り巡らされていたと思われる」
「それで魔物たちは自爆めいた特攻をしてきたのか」
「その可能性がある。あの棘には注意が必要」
「一発も被弾できないわけか」
「そういうこと。あの魔人は特に危険。Sクラス中位はある」
「オショーに報告しておくか」
行こうとする俺を呼び止めた。
「バーガー」
「なんだ?」
「あの魔人は魔人組手を使う」
「ああ、言ってたな、旧魔王が使ったっていう」
「うん。旧魔王と何らかの関係があるかもしれない」
「思ってたより重要人物ってわけか、討伐せずに捕まえて本人から直接聞いてみたいな」
「それは危険。倒すつもりでやらないとこっちがやられる」
「わかったよ、とにかくこの森には何かがあるってことだな」
ニードルハックが最大でどれほどの魔物を操作できるのかはわからないが、このまま進軍していくしかないだろう。早くしないとまた駒を増やされてしまう。
他の魔人は不気味なほどに姿を見せない、なんだこのざわつきは、俺の中の小麦粉が不安がっているのか? それとも俺自身か? 否、断じて否。俺は勇者になったんだ。こんな体でもアイナを守り仲間を救えるはずだ!
怪物の眠る森に入って一週間が経過した。森に終わりは見えない、それどころかさらに背の高い木々が生え、その葉で空を覆い隠している。薄暗い中、ランタンを片手に進軍は続く。予定通りであれば、そろそろ伝令係が王国に到着している頃だ、彼らに何もなければいいんだが。ニードルハックの姿はあれ以来見ていない。魔物も魔人も音沙汰無しだ。
「バーガー様……あれ」
「またか」
代わりと言わんばかりに魔物の死体を頻繁に見つかるようになった。
「また齧られてますね」
そう、全ての死体に齧られた後が残っているのだ。
「ニードルハックだな」
「ですね」
「これだけ食べれば傷も治っているはずだ」
「でもバーガー様。少しおかしくないでしょうか?」
「なにが?」
「なんで全部食べないんでしょうか?」
言われてみればたしかにそうだ。やつは完食しない。一部だけを食べている。
これだけ大きな魔物だからな、物理的に食べきれないのも理由だと思うが、俺が疑問に思っているとジゼルが補足した。
「魔物や魔人には魔力が固まっている部位がある」
「そんなところがあるのか」
「種族や個体によって場所も構造も違う。それらはコアと呼ばれている。言わば急所」
「コアか、それが魔力の源ってわけか?」
「大まかに言えばそう。そしてこれまでの魔物の死体にはコアがなかった」
「つまりニードルハックは旨みの詰まった部位だけを食べているって言うのか?」
「そういうこと。これだけ食料に恵まれていればそうなるのも納得」
俺は焦りを感じつつもどうしようもない現実に打ちのめされる。
「次にニードルハックを見つけたら魂の実体化を使う。確実に倒すんだ」
「お腹すいたのー」
「んもぅー」
後からスーの定型文が聞こえる。あれだけ食って太らないんだから神の体って便利だなって思う。アイナはちゃんと食った分運動なり勉強しているわけだしな。ああやって懐いてくれているがスーがいつまでも俺に前髪を提供してくれるとは限らない。神は気まぐれだ、それは女神を見て唯一学んだことだ。『めっちゃ焼いたヤツ』も、これといったいい合成ができていない、試行回数が圧倒的に足りないのだ。だが合成魔法についてわかったことが一つある。旨いと強い魔法が出る、これは事実だ。それを聞いた時のアイナの表情はなんとも言えなかったが、旨い料理を目指せば自ずと俺も強くなれるってわけだ。やっとバンズらしいことが判明したのだ。
怪物の眠る森に入って10日。延々と続く森の風景に変化が起きる。
「山ですね」
斜面が行く手を阻む。オショーが前に出る。
「ふむ。視界が悪い、突風!」
オショーの掲げたカマさんから風が発生する。
木々をなぎ倒して広場を作る。
「たしかにこれは山ですな」
「こんなところに山なんてあったのか」
「どうでしょう、100年前の情報はほとんどないので」
「何かあるよな?」
「でしょうな。調べるためにもここに拠点を起きましょう」
そう話していると聖騎士たちの隊列が騒がしくなる。
「どうされました?」」
俺たちが騒ぎの場所に駆け寄る。聖騎士の一人がバカ笑いをしていた。
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
「どうされた! 気をしっかり持ってくだされ!」
オショーの呼びかけにも応じずに聖騎士は狂ったように笑い続ける、ジゼルが聖騎士に近づく。
「何かに掛かっている」
「何か? 魔法ですかな?」
「わからない。幻覚あるは精神異常を起こす魔法」
「魔物の仕業か? ですがここは隊の中心、魔物などどこにもーー」
オショーの言葉を遮るように別の場所からも叫び声が聞こえる。
「ぎゃあああああああ!! いっああああああああああああ!!」
「向こうからもですな。今度は叫び声が」
それを皮切りに次々と聖騎士たちが発狂していく。それを聞いたジゼルが叫んだ。
「ここは危険! 何らかの魔力異常が起きている!」
「わかりました! 総員退避! 後退してください!」
オショーの指示で隊は山から1キロほど下がる。下がった途端に発狂する者は出なくなった。だが、発狂した者は意識が混濁したままだ。
「私が見てくる」
そう言ってジゼルが発狂者たちのところに駆けて行く。当然のようにエリノアもついて行った。
「これはどういうことなんだ?」
「さぁ、私もこんなことは初めてですなぁ」
「あの山に近づくと何か精神異常が引き起こされるってことか」
「発狂した者たちは魔力が比較的少ない聖騎士たちでした」
「……魔力が関係しているのか、あの山に入って探るしかないのか」
「それしかありませんな。確実に何かがありますぞ」