第51話 トランテス王国
トランテス王国。王城城門前。
華やかな王都を抜け、城門に着くや否や、門番が駆け寄ってきた。
「その姿、勇者さまですね」
「もちのろんだ」
俺が偽物と疑われないのはハンバーガー生命体は俺しかいないと言うことと、ここまで送り届けてくれたジゼルとエリノアがいるからだろう。ただ、アイナとヒマリにはノータッチというわけにはいかないようだ。訝しんだ目で2人を見ている。
「失礼ですが、そこの御二方は?」
「連れだ」
「お連れの方ですか」
「入れないか?」
「王城に入れるのは許された者のみです」
俺を肩に乗せているアイナは「しょうがないです。近くの広場で待ってますね」と小声で言ってくれた。
だがダメだね。
「そういうわけにもいかない。このメンバーだからこそここまで来れたのだ」
「ですが」
「彼女はエルフのアイナ・フォルシウス。俺の幼馴染で弓の名手だ」
「フォルシウス……あのフォルシウス家の、ですか」
「あのってなんだ」
「フォルシウス家は王国に使える貴族の家系です。勇者様の幼馴染というとタスレ村住在ということですね」
アイナは貴族だったのか。
「ああ」
「となると、フォルシウス家次男、イシルウェ・フォルシウス様のご令嬢ということでよろしいでしょうか?」
「えっと、アイナどうなんだ」
「はい。合っています。私はイシルウェ・フォルシウスの娘。アイナ・フォルシウスです」
聖騎士は「しかし」と、疑問を口にする。
「私の記憶が定かなら、イシルウェ・フォルシウス様の目の色は青眼だったはずです」
ん? 確かにイシルウェの目の色は青だったな。だがアイナの目の色は、
「アイナ様の目の色は真紅、これはどういうことなのでしょうか」
「見た目で判断するつもりか?」
「いえ、そのような。……こほん、分かりました、アイナ・フォルシウス様の入場を特別に許可しましょう」
「……俺から言っといてなんだが、そんなこと勝手に決めていいのか? 後で怒られないのか?」
「問題ありません」
なんだこの自信満々な態度は、急に態度を変えたぞ。
「そこの少女はこちらで一時的にお預かりいたしましょうか?」
聖騎士の視線はヒマリに向けられている
「その必要も無い」
「まさかこの方も」
「いや、この子は貴族の子供ではない。聖騎士の妹だ」
「聖騎士の妹ですか」
「うむ、サガオ・サンライト、と言えば伝わるかな」
「もちろん伝わりますとも、ではこの子がヒマリさんですか」
「知っているのか」
「彼は口を開けば妹のことばかり話していましたからね」
ヒマリは赤面している。
「じゃあ彼女も通っていいか? どうしても彼女の口から国王様に伝えなければならないことがあるんだ」
「はいどうぞ。今から城門を開きます。少しお待ちください」
「ありがとう」
聖騎士が門の上に合図をする、すると大きな城門がゆっくりと開いていく。エリノアが両手を頭の後ろに組んで闊歩する。
「ミーが口出しするまでもにゃかったにゃー」
「こんなすんなり通しちゃってあの門番大丈夫なのか?」
エリノアの後ろにいるジゼルが答えた。
「あの人は特異体質。幻術を見破る看破の魔眼を持っている」
「なるほどそれで俺たちが偽物じゃないってわかってたのか」
「そういうこと」
ジゼルがその後に「割と誰でも通す」と言っていたような気がしたが気のせいだろう。
門番一人とってもレベルが高い。王国に来たって感じがするな。まぁ、それ以上にこの絢爛豪華な城をみれば一目瞭然だがな。
ちなみにスーは宿屋で寝ているので置いてきた、置き手紙してあるから、ちゃんと留守番してくれるだろう。お菓子も置いてきたしな。モーちゃんはというと懐いているとはいえ魔物なので、王都にはまだ入れていない。国王からの特別許可もしくは、魔物使いがいない場合は連れてこれないそうだ。さすがに国民を不安にさせるようなことはできないのでモーちゃんには説明して納得してもらった。高めの金を払ってジゼルが選んだ預かり所に置いてきた。少しのあいだ寂しい思いをさせてしまうな、あとで美味しい干し草を持っていこう。
王城内を白い鎧を纏った聖騎士たちがキビキビと歩いている。今まで見てきた聖騎士たちよりも強そうだ。たまに貴族っぽい人が聖騎士をつれているのを見かけた、ドラマなんかで見るドッロドロの派閥争いがここでもあるんだろうか。俺とアイナとヒマリが周りを見ていると、エリノアがアイナを小突いてくる。
「エリノア?」
「3人はもっと堂々としていればいいよ。あんまり周りをキョロキョロしてると舐められるよ」
「そ、そうですよね」
「そうだよ。王様はあれにゃ人だけど、ここは王城だにゃ。貴族たちもいるし、勇者を利用しようとしてくる輩にゃんて五万といるんだ、ちゃんとしてにゃいと簡単につけ込まれるよ」
「はい! ありがとうございます!」
「うん、それでいい。お、あの壺高そうだにゃ! にゃん!」
ジゼルがエリノア尻尾を掴む。
「にゃにをする! 尻尾をつかむにゃんて! ぜったいにゆるさにゃい! ぜったいににゃ!」
「キョロキョロしない」
「あー! にぎにぎしちゃだめにゃの!」
そうこうしていふと、前を歩く聖騎士が歩を止める。この扉の向こうに王様がいるのか。
「どうぞお入りください」
俺たちは開かれた扉の中に入る。王様か、現代にいた頃はそんなお偉いさんには会ったことがない。まぁ、人間そのものと会う機会がほとんどなかったんだけどな。
「ぐー、ぐがー」
王冠を被った刺々しい髪と髭だらけのおっさんが爆睡している。えっと国王様の部屋だよなここ?
「なぁエリノア」
「にゃに?」
「王さまはどこだ?」
「にゃにを言っているんだ? あれが王さまだよ」
王さまなのかーい!
いやね、えらい豪華な椅子に座ってるなって思ったよ? でもさぁ、勇者が来たんだよ? 普通寝なくなくなくなーい?
「王さま。起きてください!」
隣にいる銀髪の女性が王さまを起こす。
「むふぉ!? え、なーに?」
「勇者が来ましたよ」
「え、業者?」
「勇者です」
寝ぼけてんだろ!
「はぁ、これだから人族は……シャッキリしてくださいよ」
「ごめんごめん、人族代表してごめんなさーい。えーっと、勇者はー」
王さまは俺たちを見る。そして一言。
「マジでハンバーガーだ……」
うん、ここに来るまでに数百回は言われたよ。さて、挨拶しておくか。
「お初におめにかかる! 俺はバーガー・グリルガード!」
「シャベッタアアアアアアアアアアアア!!」
うん、それもここに来るまでに数百回は言われたよ。
「えーっと、バーガー」
「はい」
「ここまでの旅、お疲れ様でしーた」
普通だな。
「じゃ、魔王倒してきーて」
「はい?」
呆気にとられた俺を見て王さまは笑った。
「むっふぉ。王さまジョークでーす」
「は。はは」
わ、笑えない。
「私は、ダオ・トランテス。この国で王をしていーる」
と言いつつ王さまは俺の周りに視線を向ける。
「ジゼルにエリノア、お疲れピーポー」
「お疲れピーポー」
「うむ。クレア、この者たちに報酬を」
クレアが2人に小さな箱を渡している、その箱自体がかなりの値がしそうだ。
「その箱はチップです。裁縫箱にでも使ってね」
エリノアが小声で「速攻で売り飛ばす」と言っていたが務めて無視する。王はさらに視線を動かす、その視線はアイナに向けられる。
「その者は!!!!」
「王さま、声がデカイよ」
「ああ、ごめんごめん。それでそこの者は?」
「俺の幼馴染です」
「ほーん、で、付き合ってるん?」
「え」
俺とアイナは石のように硬直する。石化魔法か!?メデューサ系王さまなのか!?
いや、そんなわけない。アイナの肩から熱が伝わってくる。
「初心だなぁ。むふぉふぉ、ごほごほ!」
「王さま!?」
「いや、唾が気管に入っただけじゃ」
紛らわしいなおい。
「で、後ろのパツキンの少女も幼馴染なん?」
あんたもパツキンじゃないか!
「この子はサガオ・サンライトの妹。ヒマリ・サンライトです」
「おお! サガオの妹か! 噂はサガオからこれでもかと聞いているーぞ!」
どんだけ妹のこと話まくってんだよ。気持ちは……わかるけど。ヒマリは俺たちの横に出てくる、ずっとタイミングを見計らっていたのだろう。よし、話すか。
「王さま、その件で話があります」
「るぇ?」
俺はギムコ村であったこと、そしてサガオのことを話した。
「そうか。サガオが死んだか」
クレアが冷たい視線を向けて俺に尋ねた。
「勇者様、サガオはダークエルフについて何か話していなかったか?」
「いや、何も」
「そうか」
「なんでダークエルフなんだ?」
「サガオが話したという呪いの魔法陣の件で気になることがあってな」
「気になること?」
「うん。呪いは私たちダークエルフがもっとも得意とするもの。何か関わりがあるのかと思って聞いただけだよ、気にしないでくれ」
ダークエルフは排他的な種族で、滅多なことでは人里に姿を表さないらしいが、この人がジゼルが前に言っていた変わり者のダークエルフか。
「ヒマリよ」
王さまは玉座から立ち上がりヒマリの目の前まで移動する。この王さまガタイいいな、中々の筋肉だ。この俺の目に適う筋肉は数少ない、ぜひその服を脱いで裸の王さまになっていただきたいところだ。って、その事はあとだ。ヒマリは一生懸命に王さまを見上げている。
「君はどうしたい? なんのためにここにきたんだ?」
いきなり優しい口調になったな。
「私は……」
ヒマリはチラリと俺たちを見る。俺たちはしっかりと頷いてやる、ヒマリはそれを見て王さまに視線を戻す。
「私は聖騎士になりたいです」
「サガオと同じ聖騎士にか?」
「はい」
「それは仇を討つためか?」
「はい」
「素直でよろしい。その心は守護の心だ」
守護の心? 復讐心が? ヒマリも疑問に思ったのか、首をかしげている。王さまはその様子を見て優しい笑みを見せる。
「少し説明しようか。いいか、聖騎士たちは言わば人類の守護者だ。彼らは人を守るために存在する。だがこの強豪犇めく群雄割拠の世の中では完璧に守りきるということは難しい。守りきれない事の方が多いくらいだ。そういう失敗した時、今の君の心が大事になってくる」
ヒマリが理解できるようにか、王さまはゆっくりと話す。
「優しいだけでは耐えられない。この世界は残酷だ。多数を助けるために少数を切り捨てねばならないこともある」
「恨まない憎しまない心は負けることのない、圧倒的強者のみが持てばいい」
「その復讐心で敵を討つのだ。慈愛などいらない。私は敵に同情して殺された者たちをたくさん見たきた。そして復讐心を持った者がたくさんの敵を討ち滅ぼしたのも見た」
「それが個人的な恨みでもいい。それが人を守る力になるのであれば」
ヒマリは頷く。
「それでヒマリはどのくらい恨んでいる。兄を殺した奴らを」
「一回殺したくらいじゃ足りない」
ヒマリの口から出た声とは思えないほど低い声だ。王さまがヒマリの本音を吐き出させたんだ。
「そうかならば聖騎士になるしかない。それが一番にして唯一のサガオの仇を討てる方法だ」
王さまは玉座に戻る。
「君を聖騎士に任命しよう。今から君は聖騎士だ」
「ありがとうございます!」
「うむ。では詳しい話はまた後ーで」
「はい!」
「さて、勇者ーよ」
「はい」
「君のことを聞かせてくーれ」
俺は話した。転生したことを除いて今までの話を、かいつまんだこともあるから1時間もかからなかった。スーのことも内緒にしたしな。話終えるころ異変が起きた、聖騎士の1人が扉を開いた。
「失礼します!」
クレアが冷たい言葉を口にした。
「ここは玉座の間、ノックもしないとはどういう了見ですか」
「緊急事態です!」
その様子に王さまが口を開いた。
「申してみよ」
「不滅龍、スーサイドドラゴン様が城前にいらっしゃいました!」
「お菓子を所望するの!」
俺たちが城門につくとスーの声が聞こえた。留守番頼んでたのになんで来ちゃったんだ。
「もっとお菓子を僕にわたすの!」
「ただいま用意しています」
門番の看破の魔眼を持つ聖騎士が冷静に取り成している。なんでスーが不滅龍だとバレたんだ?俺たちに気づいた門番が駆け寄ってくる。
「勇者様」
「なんだ?」
「スー様が呼んでおります」
「あー」
「お菓子で釣ったら洗いざらい話されました」
「あーー」
俺は無言で体重移動してアイナをコントロールする。スーの元までいくと頭に飛び乗る。
「バーガーなの! ほら! バーガーが来たの! お菓子をーー、もきゃあ!」
俺は全力でバンズのヒールの底を蠢かす。
「やめてほしいの! くすぐったいの! もきゃあ!」
ちょっと喜んでじゃねーか!
少しして王さまが到着する。
「バーガー、これはどういうことでーす?」
「あー、説明しますはい」
俺たちはスーを連れて玉座の間に戻った。
さっきと違うことといえば、スーが加わったことと、護衛の聖騎士の数が大幅に増えたことだろう。なんとも気まずい雰囲気だ。俺は隠していたことを話した。
スーは兄のドラゴンカーセックスのイタズラによって王国領土内に転移させられたということ、敵意はなくむしろ旅では何度も助けられたこと、そして最後に混乱を招かないように忍んでいたことも説明した。俺の話を一通り聞いた王さまは髭を撫でる、それから「そういうことか」と呟いた。
「スー様が私たちに神の力をお貸しくだされば、人類の勝利も確かなものになりますーね」
「それはないの、僕は……戦わないの」
「そうですか、やはり『神々の制約』に触れますか」
「違うの! これは僕の確固たる意志なの、僕は戦いたくないの」
スーのいつも八の字に傾いた眉毛が更に傾く。『神々の制約』ってなんだ? 俺は小声でジゼルに聞いた。
「『神々の制約』ってどんな制約なんだ?」
「簡単に言えば神はその力を悪いことに使ってはならないっていう掟」
そんな決まりごとがあったのか、でもやっぱりスーはそれ抜きにしても戦いたがらないだろうな。この旅の中でもスーは殺されることこそあったが殺すことは一度もしなかった、それどころか魔法は使ってもそれを攻撃には使わないという徹底ぶりだ。
「分かりましたスー様。無理を言ってしまったこと、お許しくださーい」
「うん、ゆるすの」
「王国にはいつまでご滞在される予定ですか?」
「うーん。どうしようバーガー」
「もうバレちゃったしな。大々的に動けるし、聖騎士たちにお願いすれば早く故郷に帰れると思うぞ」
「レスたちのところに帰りたいけど、ここも楽しそうなの」
「王さま、しばらくスーが滞在しても大丈夫ですか?」
「もちろんだとも。スー様、好きなだけ滞在してくださーい」
これでスーのことは王さまに任せて大丈夫そうだな。
「それでバーガーよ」
「はい」
「お主たちはどうする?」
「まだ決めてないですが、しばらく滞在してそれからタスレ村に帰ろうかと思ってます」
「え、帰るん?」
「顔を見せに来ただけのはずですが」
「ふむ、やっぱり帰ってもらっては困る、めっちゃ困ーる」
「ふぇ?」
「タスレ村の者たちには伝えておく、バーガーよ、この王国で勇者としての責務を全うしてほしい」
「勇者としての責務ですか」
「そうだ、分かるだろーう?」
わからないよぉ。お家に帰ってスローライフを満喫したいよぉ。
「勇者であるバーガーは、魔王を討ち滅ぼす使命を帯びている」
王さま今度は本気だなぁ。……タスレ村の人たちには言ってくれるらしいし、魔王を倒すまで、ここで暮らしてもいいかなぁ? でもアイナの意見も聞かないとな、アイナがホームシックになるなら断らないといけない。
「バーガー様」
アイナは俺を見ている。俺の頬に手を当てると呟いた。
「私は大丈夫です。どこまでもお供しますよ」
よし、魔王ぶっ殺そう。ここでアイナと愛の巣を築き上げ、そのついでに魔王を倒し、そして平和をゲットするんだ!
「わかりました、王さま」
「おお、わかってくれたーか」
「はい、必ずや魔王を倒します」
「うむ。それだけ小さな体で、それだけの覚悟を持っているとは、やはりお主は紛うことなき勇者ですーね」
王さまはウキウキで2つの紙を取り出す。
「それは?」
「勇者としてのスキルを磨くのに適した場所が2つありまーす」
2つか、ここが運命の分岐点か。
「1つは『聖騎士』として私の聖騎士軍団に入ること、言わずもがな、最高の訓練設備、最新のアイテムが随時支給される。効率で言えばこっちがおすすめでーす」
「なるほど、もうひとつは?」
「もう1つは『冒険者』でーす。様々なクエストをこなし、Sランクの冒険者にもなれば聖騎士の実力者とも対等に渡り合えるようになりまーす。無論、安全は聖騎士より保証されない、はっきり言って危険でーす、だがそれを乗り越えればオリジナルの強さが身につくでしょーう」
うーん、悩むなぁ。聖騎士か冒険者。ジョブとしては聖騎士の方が国営だから安定した生活が遅れそうだ。ってなんでそんな庶民目線で見ているんだ! 俺は勇者だ! 勇者目線でものを見なくては!
「俺はどっちに入ればいいんだろうか、アイナはどう思う?」
「私が決めることではないと思いますが、私は冒険者になってみたいです」
「よし、冒険者になろう」
あれ、でも学校とか通わないのかな?
「冒険者だな、分かった。手続きは冒険者ギルドで行うといーい」
「王さま」
「なんですーか?」
「学校には行かなくていいんですか?」
「もちろん、学校にも通ってもらうもらいまーす。それらは後で説明しまーす。今日のところは帰ってまた来るがいいでーす」




