第50話 そして王国へ
「おいコラこいつはどういうことだ?」
最終実験があるって言うから来てみれば、キラーキラーの姿は影も形もなくなっていた。パロムはおどけて言った。
「あはは、逃げられちゃった」
「笑い事じゃねぇ、あのキラーキラーは最後の一機だったんだぞ」
「まぁまぁ落ち着いてよ。ボクの話を聞いてから怒る対象は決めてほしいな」
「あん?」
「ボクからも言わせてもらうけどね、実験は成功するはずだったんだよ」
「何言ってやがる、現に失敗してんじゃねぇか」
「失敗の原因は、君の隣にいるレイさ」
「なに、レイが?」
俺はレイに視線を向ける、レイは真っ直ぐに俺を見つめ返す、俺はパロムに視線を戻す。
「彼女がサガオに呪いをかけたんだ」
「呪いだぁ?」
「その呪いは魂を固定するっていうちょっと小難しい呪いで用途も限られたものなんだけど。魂を地縛霊化させるのが主な効果なんだ。でもその副作用で精神支配や記憶の改ざんなんかにも少し強くなるんだ」
「簡潔に話せ」
「つまりレイはボクの邪魔をしたんだ。サガオはキラーキラーの魔法陣に取り込まれて、戦闘能力と経験、そして魔力だけを供給するそういったパーツになるはずだった。でもレイがそのパーツに細工をして不備が生じたんだ」
「なるほどな。それで暴走して逃げ出したってわけか」
「そういうこと。まぁそれも一時的なもので時間が経てば継続する呪いの魔方陣のほうが勝ってキラーキラーは完成するけどね」
「そうか」
「ね? だから言ったでしょ? レイを完全に洗脳したままにしておけばこんなことにはならなかったんだよ?」
俺は再びレイを見る。
「おいパロムが今言っていたことは本当か?」
「はい。本当です」
「立場わかってんのか?」
「はい」
「チッ、理由はなんだ」
「可哀想だったから」
「はっ? それだけか?」
「はい。それだけです」
他人のためにそこまでするか普通。いくら同じ人類だとしても、それはいきすぎだろうがよ。これ見よがしにパロムがレイに近づいてくる。
「もう一度完全に洗脳し直してあげる。今度はもう目が覚めることはないけどね」
「……ッ」
レイは強くパロムを睨み返している。パロムへのトラウマは洗脳を利用して消してある。今思えばそのトラウマを消すのだってこういう時のために頼んできた可能性があるな。とかそのへんの話は後回しだ。
「行くか」
「え、ちょっとまってよ。彼女の話はまだ終わってないよ?」
「バカがキラーキラーが逃げたって言うなら、追っ手を出さねぇとならねぇだろうが、その話はそれからだ」
俺は実験場をあとにする。廊下を早足で歩きながらレイにさっきの話の続きをする。
「そろそろ詳しく話せ」
「見ちゃったんですよ、パロムの調査資料」
「調査資料?」
「サガオさんから吐き出させた情報が乗っている書類です」
「そこにはなんて書いてあったんだ」
「サガオさんには妹がいるそうです」
「それがサガオを助けた理由か?」
「はい」
「レイの生い立ちと被ったってことか?」
「そんなところです」
「生きたがってたレイが、それだけの理由で動くとはな」
「きっとサガオさんがキラーキラーを破壊してくれたからです」
俺は黙ってレイの次の言葉を待つ。
「私が協力して作った人殺しの道具を、使う前に破壊してくれたんです。……恩をどこかで感じていたんだと思います」
それはたまたまだろうが、レイのためにやったわけじゃねぇのはわかるはずだ。
「話は分かった。だがあのキラーキラーを諦めるわけにはいかねぇ」
「わかってます。もう邪魔はしません」
俺は絶望工場にある司令室に入る。そこにはメアとセラがいた、メアが苛立ったふうに怒鳴った。
「遅いじゃない! 何してたのよ!」
隣に立つセラがなだめた。
「落ち着け、慌てても何もならないぞ」
「落ち着いてる場合? ポラニアがやられたのよ!? ふざけないでよ!」
「私だって今すぐにでもここを飛び出したいさ!」
「落ち着けてめぇら」
俺の声に2人の視線が俺に注がれる。
「セラ」
「はッ!」
「追跡させてる小龍どもの位置はちゃんとわかっているか?」
「無論だ」
キラーキラーが逃走してから数時間が経過している、それでも俺が慌てねぇ理由はセラにあった。セラは部下の小龍たちとテレパシーで意思疎通ができる、それもかなり距離が離れていても位置を知ることができる。これを利用してキラーキラーの所在を掴むことができている。
「場所はそれほど離れていない。かなり蛇行して飛行している。その上たまに着陸して冬眠形態に入り魔力を回復している。飛行するための魔力を蓄えているのだろう」
セラは俺の言葉を待っている。
「よし、俺が行ってくる」
「無茶だ。キラーキラーのないギアではさすがに追いつけない」
「そうか。ならセラが行くか」
「それがいい、小龍たちと連携がとれる私が適任だ」
「なら命じる。セラ、小龍部隊を率いてキラーキラーを確保しろ」
「了解した」
「ちょっと待ってください」
「なんだレイ」
「たぶんサガオさんは王国を目指していると思うんです」
「どうして分かる?」
「妹に会いに行くと思うんです。今の彼は錯乱していると思うので、キラーキラーに支配されかけているという現状をあまり考慮せずに行動にすると思います」
「なら王国領土内にまで逃げられる可能性があるな」
「そんなことはさせない!」
「セラ、今は可能性の話をしている。それにキラーキラーの性能は小龍よりもずっと上だ」
「う、うむ」
「だから命令に付け加えろ。王国領土まで逃げられた場合。キラーキラーを破壊しろ」
セラが驚いたような声をあげた。
「な、ちょっと待ってくれ! キラーキラーを破壊しろと言うのか!?」
「ああ、そこまで行かれると回収は難しいだろ。だから秘密保持のためキラーキラーを破壊しろ」
「ポラニアの遺品を私に破壊しろと言うのか」
「ああ」
「……ッ。分かった、その場合は潔く葬ってやろう」
「損な役回りだが、それがセラの仕事だ」
「分かっている! 私は剣でその剣を振るうのはギアだ!」
セラはそう言って意気込んでいるが、正直セラにキラーキラーを仕留めきれる実力があるかと言われると不安が残るな。
「これを貸してやる。確実に破壊しろ」
「これはキルソード!?」
「プロトタイプだ。前にセラも使いたいと言っていたろ、それにこの剣なら退魔鉱石製のボディーを持つキラーキラーのボディを切り裂くことができる」
「本当にいいのか?」
「ああ、それだけ重要な仕事ということだ。プロトタイプじゃない完成したキルソードは俺が持っているしな」
「……ありがたく借り受けよう」
俺からキルソード・プロトタイプを受け取ったセラは扉の方に歩を進める。そして何かに気づいたのか、振り向いた。
「これも可能性の話だが」
「なんだ?」
「もし仮にだが、王国領土内で勇者と出会ったら」
「あん?」
「倒してしまっていいか?」
俺の目的は勇者を殺すことだ。俺自身が殺さなくても俺の親衛隊が殺せばそれで俺の仕事は達成される。少し前の俺なら俺が倒すと言っていただろうが、今となってはバカな話だ。仲間に仕事を任せられねぇで何が最高の仕事だ。
「構わん、殺せる状況下なら殺せ」
「もし勇者を倒せた場合、私が絶者になるがいいのか?」
現時点での絶者は他の絶者候補に勝った俺だ。だがそれはあくまで仮だ。勇者を殺した者が真の絶者だ。俺は絶者になるのが目的じゃねぇ。勇者を殺すのが仕事だ。そして勇者を殺して現実世界に帰って仕事を再開するのが当面の目標だ。
「いいだろう。殺せるもんなら殺してみろ」
「おお! ならば! 勇者を倒した暁には、ギアを婿として貰うぞ!」
「あ? ああ? そんなことをしてなんの意味がある」
「強い者の遺伝子を残す。これ以上の意味が番にあるか?」
「ねぇな。俺は無機物だが、何とかなるのか?」
「何とかさせる! だからいいな!」
「構わねぇが(それが済んでから現実世界に帰ればいいしな)。いつになく興奮してんじゃねぇ」
「あ、ああ、すまない。言質は取ったからな! では行ってくる!」
セラは駆け出して行った。
「婿……番……」
なにやらメアが呟きながら震えている。そして吠えた。
「私も行くわ!」
「飛べんのか」
「飛べるわけないでしょ!」
「じゃあ無理だろうが、海も渡らねぇといけねぇ可能性もあんだぞ」
俺の言葉にメアは黙る。セラの背中に乗せるのもありだが、いくら対策できるとはいえ、無機物のキラーキラー相手にメアは相性が悪い。
「あとはレイの処遇だな」
「レイが何かしたの?」
俺はメアにレイのしたことを説明した。途中でレイからも話を聞き、質問攻めにするメアに事細かに説明した。
「つまり逃げたのはレイのせいなのね」
「そういうことだ」
「はぁ、理解に苦しむわ。レイ、貴女、殺されるわよ」
「……やっぱりそうですよね」
「そろそろ魔王のところに行くぞ」
「はい」
レイはどこか諦めたように素直についてくる。玉座の間に立つとドアがのんびりと開く。部屋の中には玉座に座る魔王と、右隣にパロム、左隣にはグラップには立っている。
「話はパロムから聞いている」
パロムが手を振っている。準備万端らしい。
「なら話は早いな」
「そうだな、ギアよ。この始末、どうつけてくれようか?」
空気に鉛がまじる。キラーも退魔鉱石製のボディーになったからだいぶマシにはなったな。
レイとメアは冷や汗をかいている。特にレイ、顔が青ざめてやがる。俺は魔王に右腕を差し出した。
「オラ、早くしろ」
「どういうつもりだ?」
「あ? 部下の失敗の責任は上司が取るもんだろうが」
魔王は黙っている。パロムが横槍を入れる。
「そういうわけにもいかないよ。ギアは絶者なんだから、君は魔王軍の資産なんだ。レイラをボクに引き渡してくれれば、それで済むように話は進めてあるんだ」
「飲めねぇなぁ、そんな話はよ。俺の腕で不服なら両腕。いや、この本体の歯車を半分に折ってもーー」
俺が言い切る前にレイが俺の腕を掴んで引っ張る。見れば涙を流して首を横に振っている、なんのジェスチャーだ。
「つーわけだ。上司である俺に責任を取らせなきゃ、俺は絶対に納得しねぇからよ。だから好きなだけ俺から奪いやがれ」
「分かった」
魔王は俺に近づいてくる。そこからでも吹き飛ばせるんじゃねぇのか? まぁいい。歯車を傷つけられてこの世に留まってられるかは定かじゃねぇが、勇者を殺すまでは意地でも残ってやる。俺はレイをメアのいるほうに突き飛ばす、メアが受け止めるのを確認してから俺は魔王と目線を合わせる。
「おう、早くしろ。仕事がつかえてる」
「不問に付す」
魔王はそう言うと再び玉座に座る。俺が聞く前にパロムが聞いた。
「ネス様。どうしてですか?」
「パロムよ。キラーキラーを取り逃したのは他ならぬお主ではないか? ギアが責任を取るというのであれば、先にお主の翼からだ」
「それは……」
確かに、言われてみりゃそうだ。九大天王がいながらキラーキラーは逃げた。それは過失としか言えねぇな。
「ごめんなさい。ネス様」
「構わぬ。不問だと言ったのだ。それにパロムはギアに言うことがあるのではないか」
ん? 俺に言うことだ?
「ご存知でしたか」
「我を舐めるな。それこそ罪に値するぞ?」
「はっ!」
パロムは俺の前まで来ると。耳打ちする。
「ポラニアは生きているよ」
「なに、ポラニアが生きているだと?」
俺の言葉を聞いたレイが驚いた声を出した。
「そ、それは本当ですか!」
「ああ、本当さ。敵を騙すなら味方からってね」
「よかったぁ」
そうか、ポラニアは生きていたか。
「おいパロム。ポラニアに合わせろ」
「今は無理だよ」
「どうしてだ」
「生きていると言っても無傷じゃない。頭の半分、そして臓器は殆ど爆弾で吹き飛ばされている状態だ」
「それは生きているって言えるのか?」
「生きているよ。ポラニアは自身の体の90%を機械化していたんだ」
いつの間にそんなことを。
「機械のことは管轄外って前にも言ったよね。今は命を繋ぐだけしかできていないのが現状さ。あ、それとね」
パロムは懐から一枚の紙を取り出す。
「これ、ポラニアの体内から見つかったんだ。他の資料は爆弾で破壊されちゃったけど、これだけはポラニアが隠し持っていたみたい。ボクの弟子ながらに殊勝な子だね」
「なんて書いてあるんだ?」
「キラーキラーキラー。通称『神殺し』の設計図さ。
あれから数ヶ月。セラが帰ってこねぇ。
キラーキラーに返り討ちにされたか、あるいは勇者に滅ぼされたのかは定かじゃねぇが、仕事は失敗したようだ周りの雰囲気も暗いもんだ。ポラニアはずっと面会謝絶でどんな状態なのかも分からねぇ。キラーキラーも素材はあれど製造方法がわからねぇから作ることができねぇ。完全に手詰まりだ。打つ手なしとはまさにこの事だな。俺は引き出しに入れっぱなしにしていたポラニアの形見(死んでねぇが)を取り出す。
「ポラニアのやつ、こんなもの残していきやがって(死んでない)」
これはポラニアの体内から出てきた設計図だ。パロムが複製したあと原本を俺に渡してきた。キラーキラーキラー、通称『神殺し』とやらの設計図だ。これさえあれば作れるだろうと最初は思っていたが現実はそう甘くなかった。暗号化されている。ミミズが這ったような文字だ、解読は不可能に近い。
クソが勇者を殺すいい方法が思いつかねぇ。このキラーの機体も退魔鉱石を使っているから小型のキラーキラーとして見ることもできるが、やはりキラーキラーと比べると数段劣る性能だ。
「ギア」
元気なく俺を呼ぶのはレイだ。まぁこのプレハブ小屋にいるのは俺とレイくらいなもんだ。
「なんだ?」
「もう諦めましょうよ」
「何を言ってやがる」
「だってポラニアの状態も分からないし、セギュラも帰ってこないんですよ?」
「それくらいで諦めてたまるかよ」
「それくらいって、ギアにとって彼らはそれくらいの存在だったんですか?」
「そんなわけねぇだろうが」
俺の言葉を聞いてレイが肩を揺らす。
「例え俺一人になろうとも俺は勇者を殺す」
「どうしてそこまで勇者殺しにこだわるんですか?」
「(現代に帰って)仕事の続きをするためだ」
「仕事の続き? それにはどうしても勇者殺しを達成しないといけないんですか?」
「ああ」
そうだ。ガラクタの神に俺はこの世界に連れてこられた。他にどうしろというんだ、俺には仕事以外に何もねぇんだからよ。そんな葬式ムードのなかプレハブ小屋のドアが開かれる。ノックもしねぇとはどういう了見だ。
「ここがお主たちの玉座か? 頼りない壁で囲まれた狭い部屋だな」
現れたのは魔王だ。おいおい。勝手に出歩いてるんじゃねぇぞ。俺たちが返事をするよりも先に魔王が話し始める。
「そのままでよい。たまにはこうして散歩するのもよいな。玉座の間に詰めていても運動不足になるだけだからな」
「龍に運動不足っていう概念があるとはな」
「神龍ジョークだ」
「わかりにくいのは御免だな」
「そうか、まぁよい。要件を話そう」
魔王はそう言うと当たり前のように一番奥の席に座る(俺の席だ)。そういや護衛がついてねぇな、魔王城の中とはいえ、魔王が動く時は九大天王が最低でも2人はついてくるはずだ。俺の視線に魔王が気づいた。
「護衛のことか? 今はそれどころではないからな。他の仕事をさせておる」
「なんだ? 珍しく慌ただしいじゃねぇか?」
「わかったことがある」
「あん?」
「我の同胞の所在がわかった」
「はらから?」
「兄弟のことだ」
「兄弟いたのか」
「我は四人兄弟だ」
「で、その兄弟の居場所がわかってなんだっていうんだ?」
「我は三男でな。上の兄たちの所在はおおよそ見当がつくのだが、四男の居場所が不明だったのだ」
「行方不明だったのか。それでそれがなんか意味あんのか?」
「ある。四男、いや、不滅龍スーサイドドラゴンは現在王国にいる」
「王国って人間側のか?」
「それ以外にあるか。スーはそこにいる」
「おい。目的を話せ、話が見えてこねぇ」
「スーが人間側に加担する可能性がある」
「なに」
魔王の弟が敵になるだと?
「そのスーってのは強いのか?」
「強い」
「そりゃそうか。で、兄弟同士で殺し合うのか?」
「殺し合いにおいてスーほど秀でている者はおるまい。なにせ『死』そのものなのだからな」
「おいおい。どうすんだよ」
「だから迎えにいく」
「迎えにだと、王国に、どうやってだ?」
「この魔王城を飛ばしてだ」
「はぁ?」
「この魔王城は超巨大ゴーレムなのだ。旧魔王の遺産だが元四天王のパロムが起動できると言っていた」
「飛ぶのか? こんな馬鹿でけぇ国のような城が」
「飛ぶぞ。一万年前の大戦争時代の頃はよく飛んでいた」
なるほど。この城ごとなら全軍を引き連れて王国に殴り込みに行けるのか。
「勇者を殺せるじゃねぇか」
「まだ勇者の所在は掴めておらぬぞ?」
「王国を攻められて黙ってるやつが勇者なはずがねぇ」
「ふ、そうだな。スーに会いにいくだけのつもりだったが、ついでに人類の希望も消しておくか」
「よし、そうこなくちゃな。どれくらいでここをたつんだ?」
「わからぬが、まだ時間はかかるぞ」
「なんだよ、なら魔王がここに来なくてもよかったじゃねぇか」
「そうだな」
「まさか久しぶりに家族に会えるからって舞いあがってんじゃねぇだろうな」
「そんなわけがあるまい。スーに会えるからと言ってそんなことは断じてないぞ」
「どうだかな。まぁ今回は時間があって助かるな」
「ほう。せっかちなお主にしては珍しいな」
「なにせこっちは虎の子をぶっ壊されてんだからよ。急ピッチで勇者を殺せるもんを見繕わねぇとならねぇ。忙しくなるぞ、レイ」
「はい!」
待ってろ勇者、必ず殺してやる。




