第5話 ジゼルとエリノア
転生してから12年が経過した。2年前の魔物襲来事件以降、村は平穏な時間を過ごしていた。変わったことといえば数日前に王国から聖騎士が10名が派遣されてきた。対応が少し遅い気もするが車のない世界だからな。それにタスレ村は王国領土の最南に位置している、王国に行くのに何ヶ月も掛かる。
正式には聖騎士10名と他2名らしい。まぁ俺には関係ないな、そんなことを考えて今日もアイナと鍛錬に励んでいると原っぱに2人の少女が現れた。
「本当にハンバーガーだにゃ」
一人目の赤髪の少女はなんと猫耳を生やしている、話に聞く獣人という種族だ、ルフレオから亜人の話は聞いている、というかエルフだって亜人に分類される。この世界に亜人差別はないと言っていい、魔王という共通の敵が長年いるからだ、ヘイトを全て魔王に向けてうまくやっているのだ。じゃなければハンバーガーなど受け入れられまい。
「マジで勇者? 君が勇者? 私は魔導師、名はジゼル」
二人目はもっと特徴的な口調をした青髪の少女だ、ゴーグルがくっ付いたカスタム三角帽子を被っている。マイク型の杖を口元に持ってきて話すタイプだ。というかこんな話し方を前に聞いたことがあるな。誰だっけ?
アイナが冷静に対応した。
「えっと、貴女たちは聖騎士たちと一緒に来た方たちですよね」
「そうだよ、ミーたちは王国から遠路遥々やって来たんだよ、ミーは獣戦士のエリノア、こっちは魔導師のジゼル、よろしくにゃ」
「二人ともよくタスレ村に来てくださいました。私はアイナ・フォルシウス、そしてこちらはバーガー・グリルガード様です。それでどうして二人はタスレ村に来たのですか?」
「ヘイヨー、聞きな俺はジゼル、ジゼル・ダグラス、魔法使いルフレオ・ダグラスの孫にして天才占い師チヨ・ダグラスの孫」
ああ! ルフレオの孫なのか! そう思うと途端に親近感が湧いてくる。容姿は全く似てないけど。
「いや、えっと、自己紹介もいいですけど、理由を……」
「急かすなエルフ、ビートはセルフ、どんどんどんどん!」
「あ!ミーが説明するね、ジゼルは興奮すると、ラッパーににゃってしまうんだ」
え、なんで興奮してんの? エリノアが代わりに説明を始めた。
「まず王さまからの言葉を伝えるね、心して聞くんだよ、おほん······『えー、にゃ前なんだっけ? 勇者でいっか。オオ、勇者よ、そろそろ一度顔が見たいので王国まで来てください、その猫とラッパーはお供として連れて行ってかまいまセーン、路銀を持たせてありマース、自由に使ってくだサーイ、えーそれでは会える日を王は楽しみに待ってまマース』だにゃ」
なんか軽くない?
「というわけだYO。王国行くから支度しな」
「そんな急に言われても、バーガー様······」
アイナは心配そうな顔で俺を見ている。この2年でさらに距離が近くなった気がする。わかってる君を置いていくわけないやろ。
「悪いがちょっと待ってほしい」
「もちろんだよ、そんにゃ急かすつもりはにゃいよ」
「仕方ねーな、待ってやんぜぇ〜イェー」
その日の夕食。
「奥さん、おかわりくださいにゃ」
「はいはい、ちょっと待ってな」
「ええなぁ、猫、なぁペット飼わへん? イテッ! なにすんねん!」
「アホか、エリノアちゃんは猫やない人や。それにペットって、アンタがゴブリンの擬人化みたいなもんやないか!」
「だれがゴブリンの擬人化やねん! 性欲以外おうてへんがな!」
「にゃはは! 勇者の家は賑やかで楽しいにゃ」
ゆっくり話そうと二人に家に泊まってもらうことにした、エリノアはすっかりグリルガード家に打ち解けている。しかしそれとは対極的に。
「なに?」
「い、いや、別に」
「なら見ないで」
冷静時のジゼルはシャイガールになるんだな、一人称も俺から私になっている、終始無言で黙々と食事を口に運んでいる、こっちの方が汐らしくて可愛いかも。
「バーガー様、見過ぎですよ」
「あ、すいません」
アイナは俺の隣に座っている、俺が心配だそうでアイナも泊まることになったのだ、お泊まり会は始めてだ。
「で、王さまはバーガーを連れてこいって、そういうことでええんか?」
「それで間違いにゃいよ、王さまも産まれた勇者がハンバーガーだって知って不安がっているよ、一度顔を出して安心したいんだにゃ」
「そか、そういうことなら仕方あらへんな、バーガー行けるか?王さまの命令とはいえ無理にとは言わんで」
「バーガー様······」
ポツリと呟いたアイナの声を皮切りに俺は交渉を開始する。
「いやぁ、この二人の実力も分からないからな、正直不安だなぁー」
「それは聞き捨てにゃらにゃいにゃ」
「エリーは座ってて」
「まだ立ってにゃいよ!」
「警戒は大事、バーガーは正しい」
「そうだけどにゃあ、じゃあ連れていけにゃいよ、お賃金もらえにゃいにゃ」
「俺も王さまに謁見したい気持ちはあるんだ、こういうのはどうかな、村から一番弓に長けている者を一人護衛として連れていきたい」
「せやな、女の子だけやとなにかとアレやしな。ワイがイシルウェはんに頼んでくるで」
「あー、男だと逆になぁあああ! 逆なんだよなぁああ! 紫猪を共に倒したことがある女の子がいいなぁああ!」
ウィルはいやらしく笑った。
「わかってるわい、ワイら長い付き合いやないか、二人の考えはわかってるでイシルウェはんに頼んでアイナちゃんを護衛にしていいか聞いたるさかい、安心しいや」
「父さん······ありがとうございます」
「おじ様、バーガー様、私からもお礼を……私から言い出さなきゃいけなかったのに」
「かまへんかまへん、まったく隅におけへん息子やなぁ」
「ああ、にゃんだそういうことか、コントに付き合わされたにゃーお賃金くださいにゃー」
翌日、ジゼルが村長と話をつけてくれた、瞬く間に村人たちに俺の旅立ちの話は行き渡り、今日がそのまま出立の日となった、善は急げだ。
「バーガー様、未熟者の娘ですが、アイナをどうぞ使ってやってください」
「滅相もないです、守ります」
「お言葉ですがバーガー様、守るのは私の仕事です!」
アイナの父イシルウェは、アイナを連れていくことを潔く承諾してくれた。
「ワイらからの差し入れはエリノアちゃんのリュックの中に入っとるさかい。次の村に行くまでの腹の足しにしてくれや」
「ありがとうございます」
「バーガー、タスレ村に帰るまで気を抜かへんようにな。あと風邪はひかへんとしても、子供とかネズミに齧られへんようにな、あとなあとな」
「母さん、大丈夫です、子供相手ならもう遅れはとりませんし、ネズミはエリノアが取ってくれます」
「ニャッ!? 今はもうやめたよ!」
「昔はやってたんかい!」
こうして、村の皆に見送られながら俺たち4人は旅に出たのだった。
俺たちは村を出てひたすら北に進んでいる。景色は代わり映えのないのどかな田舎道だ、日が陰ってきた、気づけば結構歩いたようだ。俺はアイナの肩の上でのんびりさせてもらっている。
「暗くにゃってきたにゃ、今日はこのぐらいにしておくかにゃ」
「街にはつかなかったな」
「街の前に村を経由するよ、王国まで数ヶ月掛かるから気にゃがに行こう」
そういうとエリノアは背中のリュックを下ろして手早く野営の準備を始める、手馴れているな。
「すまんが俺とアイナは村からほとんど出たことがないんだ」
「任せろよー、そのためにミーが雇われているんだ。勇者関係の仕事は払いがボロいから笑いが止まらにゃくにゃるにゃ」
「エリー、ヨダレたれてる」
「にゃひひ、これはこれは……」
この子路銀に手を出したりしないだろうな……、金銭感覚もろくに掴めてないんだ、ここは俺がしっかりしないとな。
エリノアは焚き火を作るとフライパンを取り出して肉を焼き始めた、日持ちするものは後にして生ものから食べるのは旅の基本なのだろう、エリノアは仕上げに香辛料を振りかけて4人に切り分けた、すごいな料理上手いな。
「俺ご飯食べないよ」
「ああ、そうだったにゃ、忘れてた、一人ハンバーガーだったにゃ、どうすっかにゃー」
「ところでエリノア」
「にゃに?」
「このお肉、何のお肉ですか?」
「何って魔物の肉だよ」
「え、魔物ですか?」
アイナが驚くのも無理はない、俺も魔物の肉は挟んだことないからな。青猪の時は血抜きが出来てないとか、毒矢が刺さっているとかで、全部燃やすことになってしまったからな。
「にゃんだ? お前ら食ったことにゃいのか、普通の肉より高価にゃものにゃんだよ」
「どんな魔物から取った肉なんだ?」
「これは暴れ鹿の肉だにゃ、食べると力が出る効果があるからアイナも食ってみるといい」
挟みたい······。バンズとしての本能がそう叫んでいる。俺の様子を察したのかアイナが俺に問いかけた。
「バーガー様、どうしたんですか? もしかして······挟みたいのですか?」
「ギクリ! いやでも大事な食料だしさ」
「ん? 挟むとどうにゃるんだ? やっぱり食うのか?」
「ふふん! バーガー様は挟んだものの力を引き出して魔法を使うことができるのです!」
俺の代わりにアイナが胸を張って誇らしげに答えてくれた。
「ホワイ? どうなってるのか気になるぜ〜イェー」
ジゼルが手をワキワキさせている、こ、興奮している、身の危険を感じた俺はアイナに抱き抱えてもらう。
「ダメですよ、中の魔法陣が欠けるとバーガー様は意識を失ってしまいますから」
「なるほど、だけどよ、よけいに、みたいぜ」
「お、落ち着くんだ、まだ旅は始まったばっかりだぞ、ゆっくり行こうじゃないか」
「······うん。わかった、見ないで」
「急に落ち着くな……」
「じゃあさじゃあさ、挟んでみてよ、食料は多めに用意してあるし、にゃんにゃら狩りしてきてやるからさ、勇者の実力を知っておくのも大事にゃことだよ」
「ああ、そうさせてもらう」
「ほい、気をつけてアツアツだよ」
「本望だ、ありがとう······あむっ!」
俺は鹿のステーキを挟む、すぐさま溢れる幸福感。余韻を楽しむのもほどほどに俺は解析を開始する『暴れ鹿から激怒の力を検出、1回使用可能』おお!草以外からもできるのか、魔物だからだな、普通の肉は体力が増えるだけだったから、これなら毒されてても青猪を挟んでおけばよかったな。それにしても激怒の力か、攻撃力上昇系のバフ魔法だったな、ルフレオが言ってた。
「にゃんだ、できたのか?」
「ああ、激怒の力が1回使える」
「ほぉー、能力上昇系の魔法は重宝するにゃ、ずっと挟んでおきにゃよ」
「ダメだ、傷むと使えなくなる」
「シビアだにゃ、さ、飯の時間だよー、ジゼルもいつまで立ってるの、座った座った」
「······うん」
ジゼルからの視線を感じつつも、その日は無事に過ぎていった。
翌日、村に到着した、村の名前はベツキャ村だ。兵士が警備する門を潜る、村の内部はタスレ村と大差ない、丸太製の柵に囲まれ、民家が転々としている、畑を耕す農夫が時折目に付く、見たことある人も多い、まだまだ田舎だ。
ベツキャ村の村長に挨拶に行く、ジゼルが事情を説明してくれた、そういった話をするのはジゼルの役目らしい、民宿を格安で紹介してもらった。すぐに移動しないのは旅慣れしてない俺とアイナを気遣ってのことだ。まだこの距離なら引き返すことも出来るからな、試されているのかもしれない。
「ミーは村の連中とやることがあるからちょっと行ってくるよ、すぐ戻るから三人は宿でゆっくり羽を伸ばしているといいよ」
そう言うとエリノアはリュックを背負ったまま出て行ってしまった、働き者だ、エリノアも頼りになる、細めだが引き締まったいい筋肉をしている。雇われているのもあるだろうが率先して行動してくれる。交渉はジゼルで実行はエリノアという分担か。
エリノアの言葉に甘えくつろぐことにした、もちろんくつろぐだけではない。
「ジゼル、色々聞きたいことがあるんだけど、いいか」
「なに?」
「お金のことなんだけど」
ジゼルはジト目で俺を見るが頷いてくれた、金銭感覚はちゃんとせねばならない。知識はあるが現場の相場を知る必要がある。こんな体だから財布もなかったし硬貨も持ち歩けなかったからお金と距離もあった。
「これがお金」
ジゼルがテーブルに置いた袋から硬貨を取り出して並べる、改めて見る硬貨に驚愕した。
「これがお金?」
「うん、お金」
「いや、硬貨に掘られてる絵だよ、マジなのかこれ?」
「王様を見たことがないの? これは王様の肖像画、描いたのは天才芸術家のオペペ・チロローン」
そういう次元の話じゃないぞこれは! なんだこの絵は……これは子どもが描いた絵より酷いぞ、こんなものが国の硬貨なのか!? へのへのもへじみたいだ、しかもこれ地味に硬貨の種類ごとに絵を変えている、なんだこの微妙なこだわりは、くっ、金貨が満面の笑み、銀貨がキリッとした真顔、銅貨はどこかもの哀しげな顔をしている、鉄貨に至っては泣いているじゃないか。
「ま、まぁ絵のことはいい、俺に芸術のことなんてわからないからな。問題は価値だ、価値を教えてくれ」
「まずこの鉄貨が1リリック」
「は?」
「え?」
え? じゃない!
「リリック?」
「歌詞、ワンフレーズ歌う」
なんか高い気もするが、そういうものなのか。
「じゃあ銀貨は?」
「銅貨は10リリック。銀貨は100リリック。金貨が10000リリック」
ダメだリリックが単位になっている、ラッパー換算しちゃう。
「私もタスレ村のことくらいしかわからないので、すみません」
「地元じゃ物々交換が主流だったからな、リリック単位以外の話もエリノアが帰ってきたら聞いてみるか」
「にゃんのはにゃし?」
「うおお、早いな」
「野暮用だったからにゃ、でにゃに話してたの?」
「金の価値についてだ」
「え、そんにゃことも知らにゃかったの、それはとんだ無知さんだにゃ」
「頼む、教えてくれ」
「はぁ、それくらいは知っててくれにゃいとこっちが損するにゃ、わかった教えてあげるよ、いいかまずこれがーー」
簡単な物価の話から始まって、徐々にヒートアップして詳しい話をしてくれた、こういうの得意なんだな。
「ーーで、王国に近ければ近いほど、物価は上がるから、こればっかりは買い物慣れするしかにゃいにゃ。というか勇者にゃんだから、そんにゃ事は気にしなくてもいい気もするけどにゃ」
「そういうわけにもいかない」
「安心してほしいにゃぁ、ちょろまかす奴が現れたら、ミーが腕ごと叩き落としてやるよ」
うん、俺勉強するよ。今の目マジのやつだもん。お勉強会はこうして終わり、翌朝、予定通りベツキャ村を出立した。次はマオタ街だったな。
ベツキャ村を出てから数日、踏み固められた道を進んでいるとすれ違う人が増えてきた。後ろからも馬車が通り過ぎることも増え始める、街が近い、今いる丘を下れば俺たちはマオタ街に到着する。
「ほらあそこがマオタ街だよ、お前らも早く来て見るといいよ」
先導していたエリノアが丘上から俺たちを呼ぶ、アイナが駆け足で登ると大きな街が眼下に広がっている。規模は村の数十倍ある。直進したとしても街を出るのに一日使いそうな感じさえする、それくらい丘から見た街はデカかった。いい景色だ。
「おおー!」
「わぁー!」
「いいにゃいいにゃ、二人とも田舎者っぽいいい反応だにゃ」
「バーガー様、はしたなかったですよね……」
「そんなことないさ、ほらエリノア責任もってフォローするんだ」
「えー、ここら辺に街はこのマオタ街しかにゃいから規模もちょっと大きくにゃっているからねー」
「そう言われると余計に恥ずかしくなります!」
赤面してるアイナも可愛い。
「たしかに大きな街だ、なんだか緊張するなー」
「勇者にゃんだからどうどうとしていればいいよ、さ、いつまでもこうしてたら夜ににゃるよ」
兵士たちも俺のことは聞き及んでいたらしく検問もスムーズに進み待たずに街に入れた、ハンバーガーである事が証明となっている、どんな偽造パスポートも俺の前では無意味だな。丸太で組まれた大きな扉が内側に上がっていく、警備も厳重になっている、街を囲む柵も柵というより城壁のようになっている。
「それじゃミーは街の連中に用があるから行ってくるよ」
宿をとるとエリノアはそう言い残して真っ先に行ってしまった。ベツキャ村の時もそうだったな、なーんか怪しい気もする、俺がいつまでもエリノアの背中を目で追っているとアイナが声をかけてきた。
「バーガー様、エリノアがどうかしたのですか?」
「ちょっと怪しいと思って」
「私もちょっと思ってました」
「ジゼルはなんか知ってるか?」
「知らない」
「そっか、じゃあ追うか」
エリノアを追跡することにした、方向感覚が抜群のアイナがいるので迷子になることは無いだろう。それにしてもエリノアはベツキャ村の時といい一体何をしているんだ。
エリノアはどんどん人気の多いところに向かって歩いていく、ふむやましいことをするなら人目を憚るはずだが俺の勘違いだったか。ん?エリノアは出店が並ぶ店の一角に硬貨を投げ渡して場所を買い取った、そして。
「さー! 買った買ったー! 今だけのグッドプライスだよー!」
人でごった返している通りでエリノアは露天に風呂敷を広げて商売を始めた。
「バーガー様バーガー様、あれはお店を開いているようにみえるのですが」
「う、うん俺にもそう見える」
「エリーは冒険者だけど、商人もやってる」
「なるほどな、俺たちが休んでる間に一稼ぎしていたってわけか」
エリノアは勇者を護衛して王都まで届けるという仕事をしている最中だ、副業はNGなのではないか。いや、まぁ、仕事はちゃんとしてくれているから俺からは文句ないけど、それにしても何売ってるんだろう、そっちの方が気になった。
「アイナ、あれ見えるか、エリノアの手元の商品?」
「んー、ここからだと人混みに隠れて見えません」
「まどろっこしい。見に行ってしまえばいい」
「あ、ちょっとジゼル」
ジゼルはスタスタと人混みに突っ込んでいく、その後をアイナが追う、俺を肩に乗せたままでも見事な体捌きで人混みを躱していく。
「さーさー! タイムセールだよー! 今しかにゃいよー!」
「エリー」
「にゃっ!? ジゼル、にゃんでここにいる!」
「エリーこそ。何してるの?」
「······にゃはは、これはそのー」
「エリノア、何を売ってるんですか?」
「げ!二人まで」
「これは······」
巻物だ、巻物が売られている。
「それ私が書いてエリノアにあげた。魔法巻物」
「にゃははー、ホントすんませんっした!」
ジゼルはジト目でエリノアをねめつけている。
「にゃ、にゃあ、ほんとに反省してるって、ホントマジで反省してるから、もうしにゃいから、だから許してほしよ」
「別に練習で書いたものだから売るのは構わない。それで値は?」
「それはそれはボロ儲けできるほどだにゃ」
「ならいい。エリーも大変だから」
「ほっ」
エリノアはジゼルの寛大な心で許された、これからも商売が続けられそうで胸を撫で下ろしている。
「その魔法巻物を使えば魔法が使えるのか?」
「使える。これに魔力を流せば。中に書かれた魔法陣に魔力が巡って例え使用者の適正属性外の魔法でも使える」
「マジかよ」
「でも書いていいのは王国魔道士の資格を持つ者だけ、例外は私のおじぃちゃんくらい、他の人が書いたら法律違反で捕まる」
俺でもわかるそれは高く売れる、しょぼい魔法であったとしても売れるだろうな、それだけの付加価値がある。エリノアが売りさばくのも頷ける、というかそれだけで人生安泰じゃないか。
「ジゼルから許可も出たことだし大々的に売りさばくことができるにゃ、結果良ければ全てよし!だにゃ!」
「······」
正義感の強いアイナの視線がエリノアに刺さる。
「アイニャ、そんにゃ目で見にゃいでほしいにゃ、バーガーの護衛に支障はきたさにゃいよ、それにね、さり気にゃく皆にも還元しているんだよ」
「何にですか?」
「あの魔物肉、美味しかったよにゃあ?」
「う。まさか」
「王様から貰った路銀じゃ、あんにゃ美味い物は食えにゃいにゃあ」
「このお金で買ったと言うのですか、で、でも、それだけじゃ」
「アイナ、ステイ」
なお食い下がろうとするアイナを俺は止める。
「バーガー様?」
「仕方ないさ、ジゼルも許しているんだ、何も問題は無い」
別に魔物肉をもっと挟みたいとかそんな邪な気持ちはないよ?あのパテのとりこになんてなってないんだからね!
「バーガー。胃袋を掴まれてる」
「え! 本当ですか! バーガー様!?」
「いやいやいや、アイナの薬草も美味しいよ?」
「あれはただ挟んでるだけじゃないですか!料理じゃないですよ!」
「ふふん、ミーの料理に勇者もイチコロだにゃ」
「……ッ!」
これで話はついたと思ったその日の夜、事件は起こった。
「ぐ、にゃんだこれは······」
「まさか、これほどとは」
「バガガガガガッ」
俺たち三人はアイナに追い詰められていた、テーブルに名状しがたき料理のようなものが晒し首の如く並べられている、これはモザイク必須だ。
「どうですか? おかわりはまだありますけど?」
「くっ!」
万能エルフかと思いきやアイナはメシマズ属性持ちだった!料理上手のエリノアに負けじと、その日の夜にアイナが料理をしだすと言い出した、俺もアイナの料理を挟んでみたことがなかったので軽い気持ちで承諾してしまった。
「これは食えたもんじゃにゃいにゃ」
「拷問に使えそう」
二人の素直な意見にアイナは「やっぱり」と呟いて悲しそうに肩を落としている。
「料理は習わなかったのか?」
「もちろん習いました、習いましたが、全く上達しませんでした」
人には得意不得意がある、決してアイナの努力が足りなかったわけではない、弓術や馬術を見れば他の追従を許さないほどだ、努力出来る子なんだ、だから分かるどんなに頑張ってもできないことはある。ならば俺はどうする?決まっているこの料理を挟むだけだ。
「あむっ! がっギ、ギャッ!」
「バーガー様! 何を! やめてください魔法陣を傷つけてしまいます!」
「大丈夫だ、問題ない!」
俺はそのままではツラすぎるので、気晴らしに解析を開始することにした『エラー、エラー、検出······で、きませ、ん。エラー······』おお、女神の声がおかしなことになってる! どうすればいいんだ、そうだ!
「ふんふんふんふんふんふんふんふんッ!!」
俺はひたすらに動き回る、部屋の中を飛んだり跳ねたり、力一杯叩きつけたスーパーボールのように縦横無尽に、とにかく動き回る。挟んだ固形物の魔力をカラッカラになるまで吸収して使い切る。
石ころ程度まで小さくなった石炭を皿の上に吐き出す。俺はギギギと手をつけない二人を見る、自分でも驚くくらいの低い声で言った。
「ジゼル、エリノア」
「は、はひ!」
「……なに?」
「それ食わへんのか?食ってええか?」
「ええよ!にゃ?ジゼル!」
「構わない」
エリノアとジゼルの分を挟んだ俺は再びがむしゃらに動く。最後には皿の上に3つの石炭が並ぶだけ、アイナは口元を抑えて涙ぐんでいる。
「バーガーは本物の勇者だにゃ」
「マジでスゲー。素直に尊敬」
2人から熱い眼差しを受ける、俺は心地よい達成感に包まれてこう言った。
「······薬草を······挟んでください······お願いします」
魔力切れだ。