第49話 サンライト6
……あれから何日経ったのだろうか。ここには窓がないため今が何時なのかもわからない。俺はパロムに捕まって以降、ひたすら拷問を受け続けていた。
「げぼっ……」
口から出るのは緑色の液体。もはや俺は人と言えるのかも怪しい存在に成り果てていた。王国の情報は、ここに来る前に記憶処理を施して消してある。機密情報などは端から持ち合わせてはいないのだ。それでもパロムはひたすらに拷問を続けた、それ自身が目的なのだ。そして俺の超直感が告げている。次にパロムが来た時が俺の最後だと……。まぁ悪くない。ただ心残りがあるとすれば、一目でいい、成長したヒマリに会いたかった。
「来た……か」
ここからは見えないがドアの開く音がした、しかし不思議と死線が見えない。俺が困惑していると。
「オガサさん」
「レイラ……? どうして……ここに?ごほごほッ!!」
「酷い傷……いま治癒魔法をかけます」
「いや……その必要はない、それにそんなことをすれば君の立場も危うくなるだろう」
「私は大丈夫です。治癒魔法なんて火に油かもしれませんけど、朦朧とした意識ではお話もできませんので」
そういいつつもレイラはかなりの魔力を使って上級治癒かけてくれた。ぼんやりとしていた意識が覚醒していく、それと同時に鈍っていた痛覚も戻る。
「ぐッ!!」
「ごめんなさい」
「気にするな。要件はなんだ?」
「オガサさん、いえサガオさんって言うんですよね」
「ああ」
「隠しても気休めにもならないのでいいます。これから貴方はある実験の被験体となって死にます」
「実験か」
捕虜の扱いとしてはよくある最後だな。
「はい。パロムはあのキラーキラーに貴方の魂を憑依させようとしています」
「魂を憑依させるだと? そんなことをしてなんの意味があるのだ?」
「強者の魂を入れることによって、キラーキラーの戦闘能力の底上げをしようという試みです」
もしその実験が成功して、あのキラーキラーの軍団が健在だったと思うとゾッとするな。聖騎士大隊長の戦闘センスと、S最上位クラスのボディーを兼ね備えた機械兵軍団。
「貴方の成したことは偉大です。ただ」
「ただ?」
「ポラニアを殺さなくても良かったんじゃないかなって」
「……友だったのか?」
「はい。彼は純粋でした。結果的には人類の敵になると思います。でもいい子だったんです」
「……謝らないぞ」
「どうか謝らないでください。私の心が弱いから、人類が勝たなきゃ私みたいな人がたくさん出てくるから……。やっぱりサガオさんが正しいんです」
沈黙。少ししてレイラが口を開いた。
「これから貴方に呪いをかけます」
「もう実験とやらを始めるのか。分かったやってくれ」
「いえ、これは呪いと言っても。私の願いです」
「それは、どういうーー」
俺が聞く前にドアの開く音がする。レイラは小声で話した。
「時間がありません。じっとしていてください」
レイラは俺の頭を抑えて呪文を唱えた。
レイラに呪いをかけられたらしいが、俺の体は何ともない、失敗か? レイラが部屋から出ていき少ししてパロムが入室する。
「やぁ、お待たせ。準備に時間がかかっちゃってね」
「……」
「ふふ、じゃあ行こうか。最後の時だよ」
俺はパロムの私兵に担がれて、絶望工場内にある広い実験場に連れてこられた。中央には俺が破壊し損ねたキラーキラー1号機がある。
「これから君の魂はこのキラーキラーに吸収される。君はキラーキラーの頭脳となり人間を滅ぼす戦士になるんだ」
キラーキラーの胴体部分が開く、大口を開けた魔物のようだ。俺はそこに入れられる。今の俺に足掻く力はない。キラーキラーの口が閉じる、外からパロムの声が聞こえた。
「もっと遊びたかったんだけれど、ギアが早くしろって急かしてきてね。じゃスイッチオーン」
俺は激痛の後に死んだ。キラーキラーの中は処刑台だったのだ……。
「上手くいってね。スーサイドドラゴンに見つからないように……」
「システム起動。人間ノ魂ヲ感知。スキャン開始。……スキャン完了。吸収開始。……吸収完了」
「成功だ!」
意識が覚醒する。
「ぐっ……」
視線が高くなる。パロムの言う通りならば、どうやら俺はキラーキラーと一つになったようだ。
「うんうん、安定しているね。サガオ、聞こえるかな? 今から君の記憶をキラーキラーに内蔵された呪いの魔法陣を使って改ざんするよ」
パロムは心底楽しそうな声で続けた。
「記憶を全て消して、人間を殺したくて殺したくてたまらないように設定するよ」
「ふざ……けるな」
「もう話せるんだね。ポラニアは大変な物を残してくれたよ」
電流が流れるような感覚に襲われる。呪いの魔法陣とやらが俺の魂に干渉してきているのだ。
ぐっ! 忘れてしまう。このままでは俺は……殺戮兵器に成り下がってしまう。
「抗わない方がいい。心が壊れてしまうよ。もう諦めてさ、流されようよ。弱者を虐殺して、強者を蹂躙しよう!」
ぐっ、ああああっ! 俺は……俺は……。
ひ、
ヒマリ!
「うおおーーッ!!」
「まさか! あの呪いの魔法陣に抵抗できるはずがない!」
「システムエラー。主導権ヲ一時的二魂二移行」
「そんな馬鹿な!」
「うおおーーッ!! パロム!!」
意識を取り戻した俺はキラーキラーを意のままに操りパロムに拳を振り下ろす。パロムの私兵が盾となる、俺が私兵を潰しているその隙にパロムは距離をとった。
「まさか、そんな。いや、レイラか。そうか彼女か、あはは。そうか、レイラが何かしたんだね」
パロムは納得したように笑う。レイラが何かしたと言った。まさかあの呪いのことか?
「あはは、黙ってたって僕の目は欺けないよ。ふむふむ。君の魂には別の呪いがかかっているね。うーん、あ、見えた。魂を固定する呪いだね。なるほどそれで魂に干渉しにくくなっているのか」
パロムは私兵を潰されたのにも関わらず無邪気に笑う。
「でもただの呪いより呪いの魔法陣の方が強いよ? 時期に君の魂は完全に支配され記憶も消えて何も分からなくなる。一時しのぎにしかならないよ」
レイラ、ありがとう。今はそれで十分だ!
キラーキラーの操作方法が感覚で伝わってくる。ボディーに収納されていた4本の武器を取り出す。
「あはは!!こんな楽な戦いはないよ、僕は時間を稼ぐだけでいいんだからね、君の気力が果てるまで相手をしてあげるよ!」
そう言ってパロムは目を見開き羽を広げる。この体ならば、相手が九大天王とて後れを取ることはない!
「ファイヤ!」
目から放つのは極太の光の束。レーザー光線だ。ギアのものと比べれば雲泥の差だが、それでも十分すぎる威力だ。パロムは空を飛びレーザー光線を回避する。レーザー光線はすぐに収まる、ギアのように長時間の照射はできないようだ。壁に大穴が開く。そして俺の意識にノイズが走る。呪いの魔法陣がキラーキラーの主導権を取り返そうとしているのだ。
「動きが鈍ったね。もう限界?」
パロムは俺の目の前にいるのに、ぐ、体が動かない……くっ、苦しい!
俺は、俺は……。俺はーーッ!!
「ひ、ヒマリ!!」
俺は足裏から魔法の炎を吹き出して飛ぶ。もう、何がなんだが分からなくなってきている。俺は……何を……思い浮かぶのはヒマリの笑顔だけだ。俺はレーザー光線で出来た壁の大穴に向かって飛ぶ。
「逃げる気だね。そうはいかないよ」
パロムが立ちふさがる。
「邪魔だああーーッ!! 旋風裂閃!!」
俺は4本の腕を高速で回転させる。肩の部分が自由に動き、生前の俺が使っていたものよりも強力な技となっている。それを見たパロムは受けずに退いた、俺は穴から飛び出て、高速で飛行する。
俺は一体何を……ぐ、呪いの魔法陣の力が強い。俺の意識はいずれ消える。
その前に……いけない……ヒマリに……危険だ……会いたい……行ってはいけない。
殺セ、人類ヲ根絶ヤシ二セヨ。
俺の意識は混濁する。
「ヒマリ。いま行くぞ!」
俺は太陽の光を目指して飛んだ。
「なぜ俺を呼ばなかった」
「兄さんの力を借りるほどでもなかったよ」
「追わなくていいのか?」
「あれは追わないでいい。面白いことを思いついたんだ」




