第48話 サンライト5
任務開始から3年が経過した。俺はスパイ活動も程々に、俺はキラーキラーの完全な破壊を目論んでいた。1号機だけを破壊しても時間稼ぎにしかならない、設計図や、製作者が残っていてはまた作られてしまう。完全破壊には機体、製作者、設計図、この3つを破壊、抹殺しなければならない。それもほぼ同時にだ。ここは敵地、順番に破壊していけばどれかが残ってしまう。それでは意味がない。この2年で広い魔王城内の構造は全て覚えた、それに加え兵の配置、九大天王たちの大まかな動き、そして破壊対象の位置までも把握した。キラーキラー軍団完成まであと僅かとなっている。完成してしまえば退魔合金で守られた核を破壊することは難しくなる。幸いなことに全てのキラーキラーが絶望工場の同じ格納庫に収納されている、そして最終工程は核の調整となっている、つまり完成するその瞬間まで核は剥き出しのままなのだ。核の破壊には爆弾を使うことにした。爆薬とダリアの血液魔法を合わせた強力な遠隔爆弾だ、小石程度の量でも核を破壊するには十分な威力を出せる。現在のキラーキラーの数は機密なので把握していないが、これだけあれば足りるはずだ。最初にそこを確認するから、爆弾が足りなければ日時をずらしてもいい。格納庫に侵入するのはリスクが大きく、最低限の回数にした方がいい。そして製作者だが絶望工場内の研究所にいる。名をポラニア、絶者候補の1人だ、設計図もそこにある。決行は今夜。
「ダリア」
「ハイ」
コスモにバレないようにダリアを呼び寄せる。
「打ち合わせ通り俺の合図があったら爆弾を遠隔起爆させろ」
「承知シタ」
「それと起爆は魔王城の外からでも可能か?」
「問題ナイ」
「そうか、なら俺が作戦に行ったと同時にコスモを連れて城から脱出しろ」
「その後ハ?」
「お前たちもお尋ね者になるだろう。この魔界でコスモを守ってやってくれ」
「主人ハ、死ヌつもりカ?」
「死ぬつもりはないが、俺の特異体質がそう告げている」
俺の特異体質、それは『超直感』。簡単に言えば何かに気づける能力だ。作戦を決行しようと念じるだけで俺の周りが死の気配で充満するのだ。
「俺モ及バズながら、お供ヲ」
「ならない。コスモを守るのが、ダリア、お前の使命だ」
「デスが……承知、シタ」
反論しようとしたのだろうがダリアはそれを飲み込んでくれた。
「感謝する友よ」
月が雲に消える。道具の点検を終えた俺は、ベッドで眠っているコスモに目をやる。できることなら、この子を王国まで連れて行ってやりたかった。だがこの子を救っただけでは意味がない、元を正さねば第二第三の彼女がうまれてしまう。それに生きてさえいれば、俺にできなくとも彼女を救い出すチャンスが来るかもしれない。今はそれに賭けるしかないのだ。次にベッドの横で伏せているダリアを見る、ダリアは起きていて俺を見ている。血を吸った毛は真っ赤に染まり、出会った時と比べれば小さいがそれでも魔王城から脱出するには十分な血液をその身に纏っている。
「もう行かれるノですカ?」
「ああ、行ってくる。コスモを乗せてやれ」
「ハッ。バウッ!」
ダリアは血の触手で寝ているコスモを持ち上げる、そして背中に括り付ける。
コスモの夕食には睡眠薬を仕込んでおいた、明日の朝まで起きることはない。
「俺が出て10分後に窓から脱出しろ」
「ハッ」
俺は急ぎ足で絶望工場に向かう、キラーキラーの数より爆弾の方が多くない場合は作戦を中止することになっている。その場合は俺がダリアに別の合図を送る手はずになっている。ここだな。1時間もしないで格納庫に到着した。見張りはいるがギアの精鋭部隊でも魔物の方なので物の数ではない。
俺は正面から疾走して、相手が声を上げ反応を示す前に気絶させた。まだ殺すわけにはいかない、作戦中止の場合は、こいつら2匹は勝手に居眠りをしたとしてギアの制裁を受けてもらうのだ。俺は魔物の腰についている鍵を取って、格納庫の錠前を解錠する。これは……。
圧巻の風景だ。50機のキラーキラーが並べられている、これで全てだろう。爆弾は足りる、残りの爆弾は設計図の破壊に使える。俺は胸の部分が開かれたキラーキラーたちに爆弾を仕掛けていく。よし、作戦の第一段階は終わった、次は製作者と設計図の始末だ。俺が踵を返すと入口に立ち塞がる一つの影がある。
「ここで何をしている?」
ギアの親衛隊の1人、龍人のセギュラ・バーミリオンだ。
俺はすぐに行動にでる。もう作戦は止められない、不測の事態は想定済みだ。俺は一直線に走り距離を詰める。マントの下から双剣を取り出しそのまま斬りつける。
「むっぐあッ!!」
セギュラは剣を構えることはできたが俺の攻撃を完全には受けきれず鎧に切り傷がついた。一撃でこのくらい、ならば。俺は双剣による連撃を繰り出す。五手でセギュラの剣を弾く、鎧の傷の部分をさらに深く切りつける。手応えでわかる、刃が肉体にまで達した。
「ぐぅ!!」
距離を取ろうとするセギュラの足の甲を踏む、柄頭でセギュラの顎を突き上げる。セギュラはその場に倒れる。意識はない、思いっきりやったからな。殺すこともできるが今は1秒でも時間が惜しい。俺は全速力で走り出す。見えた。あそこがポラニアが篭っている研究所だ。俺は壁に張りつく、中の様子は直感でわかる。ポラニアと……この感じ、やはり九大天王の一角。魔獣チワワがいる。化け物ぞろいの魔犬の中でも最強と言われている小型魔犬だ。こいつを相手取るのは死を意味する、だが事前に情報は掴んである。俺は懐から袋を取り出す。この袋の中にはドックフードといって魔犬の大好物が入っている。シチューはこれに目がないという。餌でどうにかなるのかと言われれば怪しと思うかもしれないが、ポラニアが実験に失敗して死にかけている時も、食事を優先したという話を聞いたことがある。そして本来ならば、シチューの弱点とも言える物が入手できるわけがないが、ここにきてダリアの存在に助けられた。ダリアもシチューと同じく魔犬だ、だから俺は所有する魔犬に褒美をあげたいと、兵士たちとともにいる時や、誰かと話す時にしつこく言い続けたのだ。するとその甲斐あって入隊1年記念の祝の席にて、同僚たちからドックフードをプレゼントされたのだ。心苦しいが、俺はスパイ、裏切りを買って出る者だ。
俺はドアを開けてドックフードをばら撒く、すると凄まじい勢いでシチューが駆け寄ってくる、そしてガツガツとドックフードを貪る。夢中だ。俺が入っても気にせずに食事を続けている。
「シチュー様、どうしたボメ? ポメ?」
ポラニアと目が合う。俺の殺気の篭った目に、ポラニアは堂々とした態度で言った。
「やる気ポメね。かかってくるポメ」
一歩も引かずにペロッと舌を出した。
「……」
俺はポラニアを背負っている。何か仕掛けてくると思ったが難なく倒すことができた。ポラニアはまだ生きている、失神させただけだ。同時にやらなければならない、それがこの任務を成功させるための条件だ。俺は研究所の奥に移動する。山のように積まれた書物を乱雑に調べる。あったキラーキラーの設計図だ、この部屋ごと爆破すればポラニアと設計図をいっぺんに始末できる。俺はポラニアを縛り上げる、そして部屋の至る所に余った爆弾を仕掛けていく。
準備は整った。俺は窓から出て壁を登る、絶望工場の屋上につくと合図の魔法を発動させる。
「花火」
俺の手から放たれた火球が空で弾ける、夜空に炎の花が咲く、足元から幾つもの爆発音が聞こえる。絶望工場が大きく揺れている、ダリアが俺の合図を見て爆弾を起爆させたのだ。これで作戦終了だ。
当初の目的とは違うし、王の命にも逆らってしまった。だが俺は役目を果たした、最良の選択をしたと俺は胸を張って言える。ここからは、成功するかは一か八かになる。
「ギアを殺す」
逃げ切れないのが分かっている、だから俺は今できる最大を考えた。九大天王は無理だ。ならばギアなら、勇者を殺し絶望をもたらすと言われている絶者のギアを屠れたならば……王国側が有利になるはずだ。
ギアはどこだ? ギアの部屋はこの施設内にあるが、俺の仕掛けた爆弾は局所的なものだ。狙ったものは破壊できるが、その他には効果が薄い。
悩んでいる時間もない。ギアの部屋に行くか、いなければ、一人でも多く魔王軍の戦力を削るだけだ。俺がそう決めて行動に移そうとした時、直感が働く。俺は前方に大きく飛んだ、俺のいたところに何かが落ちてくる。
「馬鹿なッ!!」
俺が見たのは信じられない光景だった。
「キラーキラーだと!?」
1機のキラーキラーがそこにいた。
なぜキラーキラーがここに? 全て破壊したはずだ。
「てめぇかコラ」
ドスの効いた声がする。
「お前がギアか」
「バカが質問は俺から一方的にすんだよ、この爆発はてめぇがやったんだろ」
俺は黙る。あの声は間違いない、こいつがギアだ。
「他のキラーキラーと通信がとれねぇ、格納庫のキラーキラーどもを破壊したな?」
キラーキラー同士で交信することができるのか。
「別の場所にしまっていた1号機には気づかなかったのか?」
「そのキラーキラーが最後の機体か?」
「同じこと言わせんじゃねぇ、まぁ、もういい」
キラーキラーは4本の腕にそれぞれ武器を持つ。大剣に大槌に大槍に大斧、本来ならば両手で扱う武器を軽々と持っている。
「聞きてぇことが山ほどあるが、拷問は専門外だ。捕まえてパロムのところに連れていってやる」
キラーキラーの4本の腕が別の生き物のように動く。俺は超直感を発動させる。死線が可視化される。距離を詰めたキラーキラーは連撃を繰り出す。その剣筋は未熟だが、その一振一突きが一撃必殺の威力を有している。俺はキラーキラーの連撃をすべて回避する、下手に受ければ工場から突き落とされかねない。
「ちぃ。ちょこまかと。チョイレーザー」
出力を抑えたレーザー光線が連撃に加わる。なに、死線をくぐるのは慣れている。俺は双剣に魔力を巡らせる。
「地獄の炎」
黒い炎を纏った双剣でキラーキラーの胴体部分を斬りつける。
「バカが魔法が効くわけねぇだろうが」
キラーキラーの機体には傷一つついていない。そうか退魔鉱石製のボディなのか、キラーキラーには魔法が効かない。だが俺はキラーキラーに密着したまま離れない、距離を取れば高出力の範囲攻撃、レーザー光線の的になるだけだ。それにまだ俺は剣技を試していない。俺はスキルを発動させる。
「旋風裂閃!」
『旋風裂閃』とは、そもそも双剣を使った連続大回転斬りのことだ、その技に俺の特異体質『超直感』を足して、相手の隙を確実に狙える技に昇華させているのだ。
キラーキラーは俺の技を4本の武器をクロスさせて受ける。俺の双剣とぶつかり火花が散る。直感に従い狙った箇所に剣を打ち込む、武器を4本とも弾き飛ばすことに成功する。勢いよく飛ばされた武器は工場から落ちる。よし、キラーキラーといえど無手ならどうにかなるかもしれない。
「ちぃ」
キラーキラーは背中から刃の部分がない剣の柄を取り出す。あれはなんだ? 一体どういう意味が?
「キルソード、展開」
俺は驚愕した。キラーキラーの持つ柄の鍔の部分から光が溢れだしたのだ。
その光は刀身となる。刀身を魔力生成する魔法か? いや違う灰色の光からは魔力を感じない。
「なんだそれは」
「うるせぇ」
キラーキラーは腕を1本だけ使い、横薙ぎに振るう。先程の戦いを覚えていないのか? この程度の攻撃、容易く回避……!? 死線が伸びーー。仮面の一部が砕ける、マントはズタズタに引き裂かれる。これは。あのキルソードという剣、刀身が自在に変化するのか。
「お、あたったな。これもかわすと想定していたんだが……ん? てめぇ、人間かよ」
「そうだ。人間だ」
「そうか、王国からの死客か。ちょうどいい、対人の調整がまだだったんだ」
聖剣と鎧がないとはいえ、聖騎士大隊長クラスである俺と戦えるギアは間違いなく人類の脅威となり得る存在だ。なんとしてもここで倒さなければならない。そのとき、屋上の床を破壊して人影が飛び出す。
「セラか」
セギュラだ。もう覚醒したのか。
「ギア! ポラニアの研究所から火が! キラーキラーたちもすべて破壊された!」
ギアが生まれてから積み上げてきたものをほとんど破壊した。これは精神的に立ち直れない、この隙にキラーキラーの中にいるギアを始末する。
「そうか」
ギアはその一言だけで済ませた。まさか、他にも何か用意してあるのか?俺と同じ考えなのだろう、セギュラが吠えた。
「ギア! 私たちの計画はおしまいだ! なぜ平気なんだ!」
「バカが」
俺は次のギアの言葉を聞いて戦慄した。
「また仕事ができるじゃねぇか」
嘘を言っているようには聞こえない。ギア……こいつは狂っている。やはり倒さねばならない、絶対にこいつだけは王国の地に踏み入れされるわけにはいかない!
こいつを使おう。個別に作っておいた特製の爆弾だ。いくら退魔鉱石で作られたボディーといえど、これを至近距離で爆発させれば、きっと、
「うおおーーッ!!」
俺は今持てるすべての力を足に注ぐ、キラーキラーがキルソードを突き出す。もはや躱す必要もない、俺は胸を貫かれながらも、キラーキラーと肉薄する。
「なんの真似だ」
「一緒に地獄まで来てもらうぞ! ギア!」
俺はボロになったマントを脱ぎ捨てて腰に巻かれている爆弾に手を伸ばす。
「それは爆弾か」
「そうだ、お前はここで終わりだ!」
「やってみろ」
俺は右手で爆弾を起動……
右手がない。
「なに!?」
「いやぁ、危なかったねぇ」
俺はなんとか首だけを動かして振り返る。白鳥型魔人がそこにいた。
「やぁ、初めまして、ボクはパロム、九大天王さ。そして君の隣にいるのが僕の兄、グラップ」
いつからそこにいたのだろう、俺の真横に鴉型魔人がいる。手に持っているのは俺の腕だ。
「やってくれたね。1号機以外のキラーキラーの破壊。その製作者ポラニアの抹殺。設計図まで丁寧に処分してあるね。君の命一つにしては十分な損害だね」
パロムはゆっくりと俺に近づいてくる。
「この世に生まれたことを後悔させてあげる」




