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第46話 サンライト3

挿絵(By みてみん)


 よくよく考えてみればここまで名前も決めずに少女少女と呼び続けていた方がおかしいのだ。ともあれ片方ならまだしも(片方ですらままなってない)2人いっぺんに名前を決めなくてはならないというのは至極大変なことだ。


「俺は剣の才はあってもそういった名前を決める脳はないのだ」

「な、んでも、いい、オガサ、きめた、なまえに、する」

「俺モ」


 うーん。あ、そうだ、ここで俺は閃く。死んだ両親がヒマリの名前を決める時に候補にしていた名前がいくつかあったな。


「コスモ」

「こ、すも?」

「俺の妹につけようとしていた名だ、それをやろう」

「あり、がと、こすも、こすも」


 少女、いやコスモは嬉しそうに呟いている。ブラッドハウンドからの視線が痛い。


「分かってる、そうだな男の子が生まれた場合の名前もあったな、確かダリア」

「ダリア、覚エタ」


 2人の名付け親になってしまった。

 まぁ、王国に帰ったらこの2人を養子にするのもいい。……まだ結婚すらしてないんだがなぁ。それに少女とはいえヒマリと同い年くらいだ。親子というより年の離れた兄妹だ。って、コスモには帰るところはないんだろうか?


「コスモ」

「な、に?」

「今更な質問だが帰る家はあるのか?」

「な、い、むら、やかれた」

「そうか、じゃあ養子にするか」

「よ、うし?」

「俺の家族にするってことだ」

「……ッ!!」


 コスモは顔を真っ赤にして首を縦にブンブンと振る。


「主人」

「ああ、ダリアも家族だ」


 なんだこいつら可愛いな、これでまた帰る理由ができたな。



「さて、そろそろ行くか」

「ど、こに?」

「先日、魔王軍に入団希望書を送ったのだが、二つ返事で許可が降りた、今日の夜からは、魔王城のベッドで眠ることになるぞ」


 コスモの顔が暗いものとなる。


「嫌か?」

「ま、おうじょう、こわい」


 確かに人間なら死地と言っても差し障りないだろう。そんな地獄の底に向かおうというのだから怯えないわけがないか。


「そうか、嫌ならダリアと一緒にここで留守番を」

「それは、いや」


 いつになくコスモの口調が強いものになる。


「……ダリア、俺が言った事、覚えてるよな?」

「ハイ、少女、コスモヲ死んでも守れ、デス」

「そうだ、魔王城でもそれは変わらないからな」

「ハッ」

「よし、それじゃあ悪の総本山にいっちょ侵入と行くか」


 魔王城にはあっさりと入れた、強さ至上主義が主流な魔界では強さこそが身分証明なのだ。魔王軍の新兵として俺は侵入する。ここからは程々に活躍しつつ諜報活動に勤しまなければならない。連れてきた人間のコスモと、大型魔犬のダリアについて入隊の際に何度か質問されたが、Sランク冒険者という肩書きのお陰で特に何も言われなかった。形式上、人間は趣向品として、魔獣は武器として扱われた。不服な話だ。もちろんそれには意を唱えなかった、そこで感情をあらわにするようなら、そもそも俺はこの任務を任されていないのだ。


 一般の新兵よりも、多少優遇され俺たちには個室があてがわれた(通常は魔王城の端っこにある大部屋行きだ)この優遇は当然といえる、血を纏えばSクラス上位はある魔犬をつれているのだ、九大天王直属の兵士とも遜色ない、十分な実力があると判断されたのだ。


 魔王場内でも中部あたりに来れたのは有難い話だ。魔王城の中心部分に近づけば近づくほど情報は密度を増し、その価値を高めていくのだ。ふと、窓から見える魔王城の中心部分にそびえ立つ二つの塔に目がいく。


 ここからまだ距離があるのにも関わらずその存在感を伝えてくる。片方の塔は俺のいる建物同様な作り、つまり黒を基調とした重厚なデザインだが、もう一つの塔はこの魔王城にはそぐわない灰色だ。たぶん鉄板か何か硬い金属を打ち付けたままで外装を彩らなかったのだ。


「急いで作ったのか? 情報によれば塔は一つだったはずだが……」


 まぁいい、変化があるということはそこに何かあるということだ。いずれ赴いてみよう。


「ら、くにはいれた」

「入隊試験も無しで入れるのは有難いが、誰でも入れるような場所にはどこにでも転がっている情報しかないもんだ」

「ど、うするの?」


 珍しく仕事のことでコスモが聞いてくる。俺が王国の人間でここにスパイに来たことは2人には説明済みだ。やはり気になるのだろう。


「ここで働いて魔王城攻略の鍵でも握れればおさらばするつもりだ」

「わ、たしも、てつだう」

「ダメだ、これは危険な任務だ、それに誰が聞いているかわからない、この話は禁止とするのだ」

「わ、かった」


 コスモはしゅんとしている。


「でも、気持ちは嬉しいぞ、ありがとう」

「う、ん」






 任務開始から1年が経過した。

 俺は魔王城で軍人をやりながら情報を集めている。


 軍の規模やら、配置などそういったものをどんどん記憶していく。紙媒体に残さないのは些細なミスを無くすためだ。俺の頭が覗かれない限り、俺がスパイであることは露呈しないのだ。まぁコスモを拷問にかければ一発でバレるがダリアが四六時中ついてまわっているから、いきなりバレる心配もないだろう。さて、今日はいつもの修練以外にもやることがあるのだ。



「ギア・メタルナイツ……勇者と対になる絶者」


 この1年間この人物の話を聞かない日はない。九大天王と同格もしくはそれ以上の扱いを受けている人物だ。さらには、まだ若いらしく齢10年弱だという。


「こんな人物を隠していたとはな、このことだけは必ず王さまに伝えなければならない」


 俺は1年間、軍人としての務めを果たしつつ、このギアという人物についての情報を集めていた。とは言っても得られるものは数少ない、あまり激しく動けばそれだけ見つかるリスクが増えるのだ。まずギアは無機物系の魔物らしい。だがみるみる進化して今では魔人化はしてないものの魔人のような姿をしているという。ギアのこれまでの功績ははっきり言って異常だ。


 魔獣チワワの巣食う魔鉱山、通称『犬小屋』を奪還(戦死者多数、ギアも負傷したが叫び声一つあげずに生還、その時の年齢なんと0歳)。『犬小屋』からここ魔王城までのトンネルを開通、魔鉱石の加工工場及び研究施設の建設(死者多数)。魔王城の隣にある灰色のタワーもギアが建設したものだ。ギア以外の絶者候補を一騎打ちで倒し傘下に加える、純粋な戦闘力も高い。


 あの聖騎士大隊長にして激辛聖剣剣、マスター・ド・ソードの使い手、マスター・ド・ロイ、そして攻撃魔法特化型の魔法使い、空を覆う真紅メテオレインのルフレオ・ダグラスがいたチョウホウ街の戦争に参加、なんと傷一つなく帰還する。そして現在も何やらやっているらしい。


「調べねばならならないな」


 ギアの幹部になるか? いやそれでは近すぎる。そうだ、ギアは精鋭部隊をもっているらしいな、その半数が『犬小屋』にいると聞いた、初めはそれを見に行くか。



 俺は休日を利用して『犬小屋』に赴いた。

 コスモとダリアも一緒だ。彼女らがついていきたがったっていうのもあるが、魔王城に残しておくよりはそのほうがいいと判断した。


「ここが魔鉱山『犬小屋』。上質な魔鉱石が採掘できる魔力濃度の高い鉱山か」


 草木が一つも生えていない岩肌がむき出しの灰色をした山脈だ。

 俺は適当に石を拾い上げる。


「これは……」


 驚くことにこんなちっぽけな石にも魔力が詰まっている。ここでとれる鉱石を使って生み出される魔法道具マジックアイテムはどれも一級品になる事だろう。


「ドワーフがこちら側についているのが幸いか」


 俺は採掘場に向かう。その道中、掘っ建て小屋を発見する。


「休憩スペースか? 少し除いていくか」


 俺はコスモとダリアを止めて掘っ建て小屋に入る。簡素な作りだが中は意外と暖かい。


「あれ? 誰ですか?」


 現れたのは、これまた驚くことにダークエルフの少女だ。いやエルフ系の年齢は見た目では判断できない。というか会ったことがあるような……いやないな、だが雰囲気がどことなく誰かに似ているような。


「えっとー、聞こえていますか?」


 おっと、沈黙はまずいな。


「ああ、すまない、こんなところにダークエルフがいるとは思わなくてな」

「色々わけありなんです。それで貴方はどなたですか?」

「俺は軍人のオガサだ」

「ああ、オガサさんですね」

「俺を知っているのか?」

「はい、軍の名簿には一通り目を通してありますので」


 このダークエルフ、何万といる新兵の名前まで覚えているのか。


「それで、ここに何を?」

「休日でな、興味があってここに来た」

「興味、ですか、観光なら早く帰った方がいいですよ」

「どうしてだ?」

「ここは地獄です」

「地獄か、ここは魔界だからな」

「いえ、そういう比喩ではなくて、直喩です」

「そんなにか、それはなおさら見てみたいな」

「えー、観光案内できる暇がないので、ついてくるくらいならいいですよ、来ますか?」

「ああ頼む」

「分かりました。あ、私はレイラ・クラヴィッツです」


 俺は声が出そうになるのを必死に抑えた、内面パニックだ、表には一切出さない。レイラ・クラヴィッツ。クラヴィッツという名前とダークエルフエルフ、その2つのキーワードに該当する人物を俺は知っている。唯一協力的なダークエルフで王国魔導師のクレア・クラヴィッツだ。この仮面とマントを俺にくれた人だ。


「少し待っててください、まだ患者が残っていますので」

「患者?」

「はい」


 俺はレイラについていく、掘っ建て小屋の奥に魔物たちが横になっている。酷い傷だ、普通なら致命傷だが並々ならない生命力だ。


「彼らはどうしてこんな怪我を? この付近で戦争は起きていないはずだが」

「えっと仕事のしすぎです」

「すまないが意味がわからない」

「ああ、すいません、彼らは仕事をしてこうなりました」

「仕事をして?」

「はい、仕事です」


 レイラはそれで納得しろと言わんばかりに話を打ち切って彼らの治療をーー始めない。



「楽になりますからね、催眠班!」


 レイラが呼ぶと、別室からフードを深くかぶった魔物たちが現れる。彼らはなれた手つきで杖を倒れている魔物に向けて、催眠術をかけていく。


「怪我の治療はしないのか?」

「治癒班は随時現場を回っていてここまで下山できるほど余裕がありません。ここでできるのは催眠術をかけてハイにしてあげることくらいです」


 催眠術をかけられた魔物たちは一斉に起き上がり掘っ建て小屋から飛び出していく。痛みを感じなくなる催眠術を掛けたんだ、それでも傷は消えないばかりか自己管理すらできなくなってしまったぞ。


「死ぬぞ」

「死にますね、でも彼らなら治癒班のところに自力でたどり着いて助かるかもしれませんし、もしかしたら再生力が勝つかもしれません」


 レイラはどこか諦めているような口ぶりでそう言うと掘っ建て小屋から出ていく。俺は迷う、俺の正体を明かしてレイラを助け出したほうがいいのだろうか。クレアはレイラの存在こそ言わなかったが、このために俺たちに協力した可能性が高い。きっとレイラは攫われてここに連れてこられたのだ。だが引っかかる、先程の一連の動きは冷酷としか言えない。彼女が魔王軍側に与するとなると話は変わってくる。俺の任務は重大だ。それは、それは分かっているが……。


「きゃあ! 可愛い!」


 俺が掘っ建て小屋から出ると、レイラがコスモとダリアを見て興奮している。


「この子たちオガサさんの連れですか?」

「ああ、嗜好品に武器だ」

「そんな酷いこと言わないでくださいよ!」

「そうだな、すまない」

「いいです、それでこの子噛みますか?」

「命令すれば噛む」

「じゃあしないでください、触ってもいいですか?」

「ああ、構わないぞ、いいなダリア」

「仰セのママニ」

「わーい! 毛もっふもふっ!!」


 レイラはしばらくダリアの毛を堪能する。


「なぁ、仕事はいいのか?」

「これは必要なことなんですよ、癒せる時に癒す、ここで生き延びるための術です。この子は噛みますか?」

「か、む」

「噛まない」

「じゃあ触りますね、よしよし、人間の女の子だぁ!!」


 コスモとダリアを両腕に収めてレイラは、にへらと笑っている。


「ふぅ、さぁ、行きましょう」


 レイラは真面目な顔でそう言うとてきぱき進んでいく。……前言撤回だな。



 大きな蜥蜴の魔物の背に乗って、俺たちは90度近い岩肌を登る。背には人数分の椅子があり、命綱をつけてはいるが、なかなかにスリルがある。


「コスモ、怖くないか?」

「だ、いじょ、ぶ」


 横に座るコスモは俺にしがみついている。


「ダリアは大丈夫か?」

「問題ナイ」


 ダリアは後ろから俺にしがみついている。

 ちゃんと座っている方がいいと思うのだがな。


「ここが採掘場です」


 『犬小屋』の中腹まで登ると、そこはまさしく地獄だった。


「これが『犬小屋』……」


 これがギアの精鋭部隊。


 様々な魔物が忙しなく動き回っている。ピッケルでガムシャラに岩肌を叩いている。トンネルの奥からは岩の崩れる音、爆発音も頻繁に聞こえる。違うトンネルからは大量の煙が吹き出している、中から魔物たちが慌てて出てくる、背負われたものはぐったりしている、治癒班と思しき魔法使い系の魔物たちがテントから飛び出してすぐさま治療に取り掛かっている。


 向こうの方では紫色の煙が吹き出している、あれは毒ガスだ、近づけば毒に犯されてしまうが魔物たちは怯まない、なれた手つきで口元に布を巻き付けて飛び込んでいく。敵もいないのに、まるで戦争の最前線にいる気分にさせられる。


「今日は平和ですねー」

「平和だと!? これがか!?」

「はい、お天気もいいですし、今日は死者が少なそうです」


 死人が出るのが当たり前の仕事、それを奴隷階級にやらせたりするのならばまだ分かる、だが実際にやっているのは絶者の精鋭部隊だ。


「兵が惜しくないのか? 奴隷くらいいくらでもいるだろう?」

「『奴隷なんか仕事の邪魔だ』ってギアが申し入れを拒否しているんです」

「なんだそれは……まるで仕事の方が命よりも大事だと言わんばかりだ」

「ですよねー、あ」

「む!」


 山頂から何かがこちらに向かってくる、あれは巨大な百足ムカデの魔物、Sクラスの千足サウザンドレッグという魔物だ。レイラは勢いよく笛を吹く。


「総員戦闘態勢! 総員戦闘態勢!」


 今まで作業をしていた魔物たちは、これまた素早い反応を見せる。


 隊列を組むもの、岩肌に忍び様子を窺うもの。正規の軍人とはまた違った戦闘態勢をとっている。だが俺には分かる、これは合理的な戦術だ。生き残ることに特化した、個人個人の能力を最大限に活かす戦い方なのだ。


「オガサさんたちは危ないので避難していてください」

「いえ、せっかくなので見ていこう」

「構いませんけど、はぁ、魔界の人は危ないことがホントに好きなんですねー」

「レイラさんは避難しないのか?」

「私も戦えますし、あの程度ならすぐに終わりますよ、よく見るやつです」


 たしかにあれくらいなら俺でも倒せる。俺は聖騎士大隊長クラスの実力がある、役職こそ聖騎士大隊長の下の聖騎士隊長だが、その方が動きやすいからという理由だけでその座に残っている、副隊長には悪いことをしている。さて、ならばお手並み拝見といこうか。



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