第45話 サンライト2
「ま、ぞく」
「魔族が勇者になれるわけがないって? そうだな、だが俺は魔族じゃない」
俺は魔法道具の仮面とマントを取り人間の姿を見せる。
「ひ、と?」
「そうだ、魔法道具って言っても分からないだろうが、これを使って魔族に化けているんだ」
そろそろ見回りの奴らが来るころだな。
「ちょっと檻を傾けるぞ」
俺は檻に細工をする。少女は不思議そうにそれを眺めている。
「よしっと、じゃあ自害……じゃわからないか? えっと自ら死のうとするな。その刃物は戦いに使え最後まで足掻けばなんとかなるもんだ」
そう言って俺は貨物車から出た、明日は大仕事になる。
翌日、朝食も終わり、装備の点検を終えた俺たちは再び針山を登り始める。山頂まで登ったところで、俺たちはある建物を見つけた。
魔王軍の監視塔だ、それを見た皆が顔を歪める。
酷い有様だ。塔はボロボロだ、壁には幾つも大穴があけられている、至る所に争った形跡が見られる。動けないでいるメンバーに声をかけた。
「これだけ暴れたんだ、魔獣の痕跡が残っているはずだ」
鋼鉄製の大きな正門はひしゃげていて開かない。俺は破壊された城壁の穴から中に入る。死体が転がっていると思いきや、一つもない。魔獣が食ったのか? いや、ここが襲われたのは1ヶ月以上前のことだ、他の魔物が食べた可能性もある。ふむ、そういえば他の魔物も姿を見ないな。魔力濃度が高い土地だ、それなりの歓迎があってもおかしくないのだが。広場にいる魔族の剣士が声をあげた。
「已むを得ない。人間を囮に使うぞ、準備しろ」
そうくるよな。
俺はそれとなく全員の位置を把握する。誰一人として生きては返さない。女の子を餌に使おうなんてやつは任務抜きにしても生かしてはおけないからな。冒険者たちは準備を進める、どうやらこの監視塔を戦場に選んだようだ。持ってきた罠もここにすべて設置するつもりだ、俺はその隙に外周にちょっとした細工をする。
準備を終えると、監視塔の内部にある広場の中心に少女が連れてこられる。魔族の戦士が横についている。少女は鎖で繋がれている、地面に打った杭に結ばれる。
「いい声で泣けよ、そうしないと魔獣が来る前に死んじまうからな」
少女は不安そうな顔で当たりを見渡している。俺を探しているのだろう。
魔獣をおびき寄せるのに人の悲鳴は効果的だ。魔族の剣士はいつもの剣ではなく、鞭を握っている。
「こいつでお前を殴る。できるだけ大きな声で叫べ」
少女はそれでも周りをキョロキョロと見渡している。その様子を見た魔族の剣士が怒鳴る。
「無視しやがって! こいつを喰らえ!」
おおきく振り被られた鞭が少女をーー
ーー襲わない。
「な、なんだ、と」
魔族の戦士の頭が胴体から切り離されて地に落ちる、遅れて体も崩れ落ちる。どよめく魔族たち、少女は魔族の戦士の返り血を浴びてもぼんやりとしている。事態が飲み込めていないのだ。魔族の弓使いが叫んだ。
「オガサだ! 人間のところにいる!」
魔族の戦士を斬り殺したのは俺だ、素早く駆け込んでズバッと斬ってやった。俺は剣で少女の鎖を斬った。
「そこの檻の中で待っているのだ。あの中は安全だ絶対に出るんじゃないぞ、今からこいつらを始末してやる」
周りから怒号が聞こえた。魔族の弓使いが高台から俺を指さした。
「裏切ったのか!? オガサ!!」
「見ればわかるだろ、お前たちは全員ここで死ぬんだ」
俺は片足で地面を強く踏みつける、同時に魔力を大地に注ぐ。監視塔の外に仕掛けた5本の剣を触媒としてペンタゴン型の結界が発動した。これは俺の得意技だ。
「この光の壁からは出られない、俺を殺さない限りな」
本当は触媒の剣を抜けば解除できるんだが、こう言うとだいたい引っかかる。さらに俺は檻の底に貼っておいた魔方陣の札を起動させる。これも結界だ、半球形の結界が少女の入った檻を包み込む。これで少女の安全を確保できた。
「さて、やるか」
俺は剣を捨てて、袖から双剣を抜いた。
約10分後。
「ひーふーみー、これで全員だな」
冒険者たちを全員斬り殺した俺は、少女のところに戻った。
「待たせたな、なかなか骨のある奴らだったんだ」
「あ、りがと」
「礼が言えるのか、上等だな」
俺が檻の結界を解こうとしたその時。
「なんだ」
咆哮が聞こえる。これは魔獣の遠吠えだ。
「血の匂いを嗅ぎつけてきたのか、このペンタゴン型の結界は蓋がないからなぁ、次はつけるか」
少女は再び不安そうな顔をする。
俺は檻に張られた結界に手を突っ込んで(術者の俺だけは結界の影響を受けない)少女の頭を撫でてやる。
「俺にはお前くらいの妹がいるんだ。だからってわけじゃないが、俺の命をかけてお前を全力で守ってやるからな」
俺は監視塔を駆け上り屋上に出る。
「なるほど監視塔だけあって山をすべて監視できるようになっているな。む、あれか」
俺が見つけたのは真っ赤な獣。
奴の周囲に生えている針の大きさから推定するに、体長5メートルほどか。太い四肢に裂けた大きな口。向こうも俺を見ている。
「まさか魔獣チワワ? いや、魔獣チワワは小型魔犬だ、あれじゃあ室内で飼うことはできない」
だとしても魔獣チワワの眷属だ。魔獣チワワの眷属ともなるとSクラスの中でも上位に位置する可能性が高い。そのレベルまで来ると奴らの仕掛けた簡易罠など意味をなさないな。
「Sクラス上位を相手にしたことはないな。久しぶりのガチの戦いだ」
魔獣は一体一体が個性を持っている。あるていど有名になれば魔獣チワワのように通り名がつくが、あの真っ赤な魔獣はいままでに報告がない。新参か、もしくは目撃者を皆殺しにしてきたか、どちらにせよ油断ならない相手だ。どう迎え撃つか、もちろんこの結界を利用しない手はない。
魔獣がこっちに向かってくるのを確認した俺は、監視塔から降りて城壁を登る。同じタイミングで魔獣も城壁前まで来ている、あの距離からもうここまで来たのか、なかなか速いな。魔獣が吠えた。
「バウッ!」
結界がガラス細工のように割られた。
「なに、結界でも高位の五光結界をあっさり破っただと、まさか」
こいつは結界を破壊する咆哮を使えるのか、だとすると……俺は振り返らないが、きっと少女を囲っていた結界も割られている。そして気づいたことがもう一つある。こいつの赤色はすべて血だ。全身を血で濡らしている、不思議と乾くことがない、ここまで走っても黒くならず、いまかぶったような鮮血だ。
「ブラッドハウンド、と言ったところか」
ブラッドハウンドは鼻をひくつかせる。そして口角をあげる。視線は俺の先。
「あの少女を狙っているのか、こんな男より女を狙うのは分かるが、随分と気の早いことだな」
ブラッドハウンドは俺に視線を戻しまた吠えた。
「バウッバウッ!」
こいつの咆哮には注意が必要だ。
だがもう割られる結界はない。だとすると他の効果が?背後から水の音が聞こえる、水の音だと?俺は城壁から跳躍し、監視塔2階にある踊り場に飛び移る。
ブラッドハウンドから距離を取って全体を見渡す。
「なんだこれは」
さっき始末した冒険者たちの傷口から、血が意志を持ったように吹き出し宙を漂っている。地面についていた血も新鮮な色を取り戻し宙に浮いた。
ブラッドハウンドの固有魔法か、血を操る魔法……そうだな、血液魔法と名付けてやろうか。少女は無事だな、檻の結界が割られているが問題ない。
そしてブラッドハウンドの魔法だが、生きている者の体内の血液は操作できないようだ。できるとしたらすでにやっているはずだ。俺は少女の元に駆け寄る、周囲は浮遊した血液が無数にある。少女を檻から出してやると怯えたようにすがりつく。優しく少女の頭を撫でてやる、そしてギムコ村に置いてきた妹を思い出す。
「守るものさえあれば俺はどこまでも強くなれるのだ!」
城壁に登ったブラッドハウンドが俺たちを見下ろす、そして吠えた。
「ババウバウッ!」
ブラッドハウンドの特殊な咆哮のあと、俺たちの周囲に浮かんでいる血が動き始める。血は鋭利な刃物となり俺たちを襲う、俺はスキルを発動させた。
「旋風裂閃!」
この技は荒れ狂う暴風をイメージした俺の十八番といえる技だ。双剣を装備していないと本来の力が発揮できないが、こうして発動さえすれば格上の剣士でさえ容易に倒すことができる。俺は鋼鉄のように硬い血液と剣を交える。一瞬にして周囲に漂っていた危険な血を叩き落とす。今だ!
「ここは血で囲まれている、今から外に出る、しっかり捕まっていろ」
俺は少女を背負うと跳躍する。監視塔から出て針の森を駆け抜ける。ブラッドハウンドは俺と並走している。血は空を飛びブラッドハウンドに纒わり付く。なるほど、ブラッドハウンドが血濡れているのはそういう理由か、他者の血を纏い武器にする、これ以上血を纏われるのは厄介だ。ここで倒さなければSクラス突破も考えられる。ブラッドハウンドの体が蠢く、血が鋭利な触手を形成してが俺たちに襲いかかる。
この双剣は聖剣ではない、聖剣は聖騎士だと公言して回っているようなものだから王国に置いてきた。現在、使用している双剣には聖なる加護は一切宿っていない。この武器は現地で調達した物だ、つまり魔界産の双剣だ
。俺は双剣に魔力を注ぐ。
「地獄の炎」
俺の呪文に呼応して双剣の刃が黒く燃える。この双剣も魔法道具なのだ。お陰で王国から持ってきた金をほとんど使ってしまったのは内緒なのだ……
双剣から発生した地獄の炎が血の触手を焼き払う。元来、魔法で発生させた炎は消えにくい、理由は通常の炎とは違い魔力を燃料に燃えているからだ。そしてこの黒い炎は内部で魔力を循環させているため、なおのこと消えにくい。さらに魔力に引火する性質もある。血とはいえ魔力を大量に含んでいるのだろう、よく燃える。
ブラッドハウンドは触手を自切する、ここは針山だ。放っておいても山火事にはならないだろう。さて俺の背中には力の限り抱きついている少女がいる、この子を振り落とさないようにしつつこの怪物と戦わなければならない。
「童話の勇者は誰一人として見捨てなかった!」
10日後。魔界、城下町。
俺は冒険者ギルトの扉を開く。入るやいなや居合わせた冒険者たちが俺に視線を向ける。俺はできるだけ暗い顔をして(変装してるから気持ちの問題だが)受付に向かう。いつもの受付嬢が待っていた。
「おかえりなさい!」
「ああ、ただいま……」
俺はそう言ってドガっと大げさに椅子に座る。
「クエストは成功されたんですか?」
「ああ、証拠は外にある」
「他の方々は?」
「死んだ、皆、魔獣にやられた、未確認の魔獣だった、Sクラス上位はあるだろう」
「そう、ですか」
受付嬢は一瞬だけ暗い顔を見せるも慣れているのだろう、再びいつもの表情に戻る。
「ではその魔獣の素材をお見せください、それでクエスト終了となります」
「それなんだがな、ちょっと外まで来てもらえるかな?」
「え? 構いませんが」
俺は受付嬢を外まで連れていく、魔族たちがざわめいている、魔物などは怯えて姿も見せない。受付嬢は道の真ん中で座っているものを指差して言った
「あの……これは?」
「魔獣、名をブラッドハウンドと言う、俺が名ずけた」
そう、道を塞いでいたのは先日まで死闘を繰り広げていた大型魔犬ブラッドハウンドだ。なんか戦ってたら腹出して勝手に服従した。
「えっと、そのブラッド……」
「ブラッドハウンドだ」
「ブラッドハウンドの背中にいるのは」
「人間だ、他の冒険者たちの奴隷だったが、もう主人もいないのでな、俺が貰い受けることにした、何か問題でも?」
「いえ、遺品などの管理は基本的に冒険者ギルドでは行っておりませんので」
「そうか、それで俺はSランクの冒険者になれるのか? 討伐していないのだが」
「なれます、それは確定です」
「そうか、じゃあ君とギルドにいる奴らに飯でも奢ってやるか。死んでいった彼らの勇姿という土産話があるからな」
俺が城下町に潜入してから1ヶ月が経過した。俺は魔界でSランク冒険者となり名前も売れだした。『魔獣使いのオガサ』『血濡れ犬の主人』なんて呼ばれている。まぁ、ここまで一気に有名になれたのは手懐けたブラッドハウンドのお陰だ。
冒険者ギルトに報告したあと、ブラッドハウンドに纏っていた血を全て捨てさせた(なんと言葉が通じる)、嫌がると思ったがそんな素振りもなくブラッドハウンドは血の武装を捨てた。スポンジのように血を吸っていたのだろう2メートルほどのサイズになり少女を乗せるのにはちょうど良くなった。そして驚くことに。
「主ジン」
白い毛並みになった大型魔犬が人の言葉を話したのだ。
「お前喋れたのか」
「ミンナノ言葉ヲ聞いテオボエた」
さすがは魔犬だ。
「じゃあ、いま疑問に思っていることを聞いてもいいか?」
「ナンナリと」
「なぜ俺に服従した」
「主人ヲ探してイタ」
「主人を?」
「魔犬、ミンナ主人を探してイル」
地獄の番犬と言わしめた魔獣チワワが旧魔王に従ったのもそのためか?
「それで俺を主人と認めたのか?」
「認めタ、主人、俺より強イ」
「俺よりさらに強いやつが現れたらどうする? そっちにくら替えするのか?」
「しない、魔犬はミンナ忠犬」
なるほど初めてあった自分より強い奴が俺だったのか。
「なら俺にすでに主人がいたらどうする?」
「俺はアクマデ主人に従う、主人の主人、関係ナイ」
「そうか」
これはいい、このままこいつを持ち帰るだけでも収穫になる。だが俺は魔王城に入ってみたい、いや、スパイとして諜報活動をしなければならないのだ。
「一つ命令していいか?」
「ナンナリと」
「その少女を死んでも守れ」
「承知シタ。……主人」
「なんだ」
「俺カラも一つ頼ミごとがアル」
「頼みか、なんでも言ってみろ」
「……名前ヲつけてほしい」
「名前? ブラッドハウンドって呼んでるだろ?」
「ソレは、違ウ。ソレは、種族名ダろう?俺は俺ノ名前を決メテほしイのだ」
「ブラッドハウンドって名前はスって出てきたが、仲間につける名前となると悩むな。
「おい、少女、こいつの名前を決めてくれ」
「わ、たし、からも、たのみ、いい?」
「え」
「わ、たしの、なまえも、きめて、ほしい」
「ええーー。……参ったなこれは」
戦いより苦戦した。




