第41話 スターライト3
私は逃げる。広場は戦場と化している。空から降り注ぐ無数の岩石鬼。それを地上の聖騎士たちが様々な魔法で迎え撃っている。
岩石鬼は魔法に弱い。落下の隙を狙って魔法を当てれば一撃で倒すことも可能だ。だけど数が多い。どうしても着地を許してしまう。そこからは白兵戦。魔法という明確な弱点があるとはいえ岩石鬼はAクラスの魔物。聖騎士の剣を受けても平然と戦い続けている。
「剣に属性付加魔法をかけろ!」
聖騎士たちの大声が聞こえる。大隊長はロイしかいないと思うけど。指示を出せる隊長格は何人もいるらしい。緊迫した情報が多すぎて。ズキズキと痛む両腕に治癒魔法をかけるのすら忘れて私は走り続ける。とにかく逃げ出したかった。こんな場所からは一刻も早く離れたい。
「どこに行こうというのかしら?」
現れたのは南瓜型魔物。うねうねと動く根っこが足の役割を果たしている。高速で動き私の前までくるとピタリと止まる。魔物の声にしてはやけに品がある。その疑問はすぐに解消される。南瓜の一部が開き中からピンク髪の女が現れたからだ。
「御機嫌よう、青髪のお嬢さん。もう一度訪ねますわ、どちらに向かおうとしているのかしら?」
女は髪をかきあげて優雅な足取りで私の前に立つ。そしてしゃがみこんで目線を合わせてくる。
「乗せてあげるわ、こんな戦場からは早く抜け出して私の屋敷にいらっしゃいな」
ピンク髪の女の目が光る。かきあげられた髪からいい匂いがする。私の意識は徐々に鈍って……いく。か。かんがえられな。い?
「お茶会を開こうと思うの、理由はそうね、新しい友達の歓迎会。美味しい紅茶もいれてあげるわ、ここでの悲惨な体験談を聞かせてちょうだい」
ピンク髪の女が舌なめずりをする。あれ。わからない。あ。手を引かれている。ついていって。いいの? わからな……い。た。すけ。
「世界を滅ぼす星殺し……」
背後から聞いたこともない呪文。振り返るとルフレオが立っていた。ピンク髪の女は私を突き飛ばして距離をとる。一連の動作がとてつもなく速い。少なくとも人の動きではない。気づけば意志がハッキリしている。ルフレオは吹き飛ばされた私を支えている。その体は老人なのにガッチリしている。
「どうして貴方がここにいるのかしら? 御老公」
ルフレオは呪文の詠唱をやめて。にこやかな笑みを見せる。
「ほっほ、ワシのことを覚えとるやつがおるとはのぉ、出会った敵は片っ端からくびり殺すように心がけておるのじゃが」
「まだボケてるわけじゃないでしょう? 己の世界の小ささを知りなさい」
「ほっほっほ、相も変わらず世界は広いのぉ」
怪しい術を使う敵を前にしてもルフレオは慌てた素振りを見せない。さらには世間話を始めた。
「お主の名はなんというんじゃ?」
今そんな事を話している場合じゃ。と思う気持ちもあったけど。こうもすんなりと話し出されてしまうとこっちも話すしかない。
……名前。私のことをブルーと呼んでいいのはスターライトのメンバーだけ。
「名前はない……」
「そうか、ほれ、これ、お主のじゃろ?」
「あ」
ルフレオが手に持っているのはゴーグルがつけていた防塵ゴーグルだ。私はルフレオから防塵ゴーグルを奪い取る。
「こらこら、そう慌てるでない、盗ったりせんわい」
「これは私のじゃない」
「そうか、間違えちゃったのぉ」
「でも大切な人のもの」
「ならよかった」
私たちの会話を女はこれまた穏やかな表情で見つめている。
「そろそろいいかしら?私も暇ではございませんの」
「なんじゃ、いつでもかかってきて構わんかったんじゃぞ」
「魔力を渦巻かせておいて、その言い草はないんじゃなくって?」
「ほっほ、気づかれておったか、こりゃ参ったわい。のぅ『無限』のアリス」
「その程度、教養の一つですわ。空を覆う真紅のルフレオ・ダグラス」
アリスと呼ばれた女はルフレオをそう呼ぶ。ルフレオが杖を掲げ詠唱を始めた。
「静寂を破りし者、その御霊、空より来たれり」
ルフレオの詠唱と同時にアリスも右手を前にかざし詠唱を始める。
「狂い極まれ、常世に混沌を!」
「怒りの隕石巨人」
「狂った大悪魔」
雲を割って降臨したのは20メートルはある隕石の巨人。そして地表を割って現れたのは魔力再生された黒い泥を纏っている大きな悪魔。巨大な怪物同士が殴り合いを始める。その足元では。
「ほっほ、隕石魔装、『グローブ』」
ルフレオの両手に隕石が衝突する。ミス?いや。その隕石は形を変えて拳を覆う篭手となった。
「さっそく本気を出す気かしら?」
「ワシはいつでも本気じゃよ、ほっ!」
ルフレオが右手で正拳突きを繰り出す。放出された魔力の塊がアリスを襲う。アリスはそれを片手で弾く。その刹那的な速さの間にルフレオは間合いを詰めていく。
「隕石直撃!」
ルフレオの拳がアリスの腹部にヒットする。アリスは踵で地面を抉りながら後退させられる。衝撃で背後にあったビル群が粉々に砕け散る。
「ほー、硬いのぉ」
「こほっ、やりますわね」
口から垂れる血を拭うもアリスの表情は変わらない。アリスが殴られてから南瓜が騒がしい気がする。
「私も行きますわ。『黒舞踏会』」
アリスの纏っているドレスが黒く染まる。両手には魔力生成された黒い鉄扇が握られている。私にも分かる魔力の上昇。それを見てもルフレオの様子は変わらない。
「またこうして戦場で相見えるとはの、前にあった時と見た目が一切変わっとらんな」
「そういう貴方は見るも無残な姿になられましたね御老公。人の寿命は少々短すぎるのではなくって?」
「まぁそういうんじゃない、なかなかいいもんじゃぞ、人というのも、刹那の中に永遠を見ることができるからの」
「無限に生きれば永遠も同義ですわってそんな種族間の感性の違いを言い合っても埒が明かないですわ。いきますわよ御老公」
「お主と踊ったらおばぁさんに叱られるかもしれんな」
「ご心配には及びませんわ、すぐに逝かせてさしあげます、わっ!」
アリスが地面を蹴り一瞬にして距離を詰める。繰り出されるは鉄扇による舞のような攻撃。全ての動きが連撃となり一切の隙がない。というかもう私の目では追えない。ルフレオはそれを受け続けている。魔法使いなのにガンガンに近接戦闘をしている。拳と鉄扇が接触するたびに火花が散る。そして私は異変に気づく。あれは何?
2人の周りに影の様なものがいくつも湧き出している。その影の水たまりから魔物が現れる。影人間だ。Bクラスでも上位の魔物だ。
「皆で舞うからこそ、舞踏会と言うのですわ」
影人間たちが鋭い爪でルフレオに襲いかかる。ルフレオは一撃で影人間を仕留める。だがその拳の一振り分。差がついてしまう。そしていくら倒しても影人間は次から次へと影の水たまりから湧き出してくる。
あんな激しい戦闘を長時間続けるのは無茶だ。
「……ッ!」
私は歯噛みする。戦うことができない自分の力のなさに心が押しつぶされそうになる。そのとき声が聞こえた。
「これ、そんな顔をするでない」
顔を上げる。今のは確かにルフレオの声だ。あんな戦いをしていて私に話しかける余裕があるというのか。ルフレオは呪文を唱えた。
「隕石!」
降り注ぐいくつもの隕石が影人間たちにピンポイント直撃する。隕石の威力は凄まじく一撃で絶命させていく。影人間を際限なく生み出していた影の水たまりにもヒット。クレーターに変える。アリス自身は飛び除けて回避する。
「その精密な魔力さばき、賞賛に値しますわ」
アリスは不敵に笑う。大技を破られたというのにまだ余裕があるようだ。
「魔法使いは複数の敵と同時に戦えんとな」
「じゃあもう少し趣向を凝らしてみましょうか」
アリスの視線は私に向けられる。微笑をたたえたその表情とは裏腹に冷たい視線が私に突き刺さる。
「防衛戦はいかがかしら?」
アリスは私に向かって右手を向ける。
「いかん! 逃げるんじゃ!」
「消化液」
アリスの右手から放たれたのは生物を溶かし殺す酸魔法。オレンジ色の液体はとても速い。避けきれない。
「隕石盾!」
空から急降下する隕石の盾が私の前に突き刺さる。消化液を受けてドロドロに溶けて消える。間一髪だった。
「まさか卑怯だとは言わないわよね、御老公」
「戦争に汚いもくそもないわい」
この戦い。私が足を引っ張ってしまっている。私はどうすれば……。
『南瓜を狙うんだYO』
「おばぁちゃん!?」
今の声は確かにおばぁちゃんのものだった。お告げを受けた私は叫んだ。
「南瓜を狙って!」
「なっ!」
アリスは驚いた顔をしている。ここにきて初めて見る表情だ。ルフレオは頷くと呪文を詠唱した。
「隕石槍!」
降ってきた隕石の槍をルフレオは素早く引き抜き南瓜の魔物に向けて投擲する。隕石の槍はぐんぐん加速していく。
「硬化!」
アリスは南瓜型魔物に硬化魔法をかける。南瓜型魔物も根っこをうごめくかせて防御態勢をとる。それでも隕石槍の威力は殺しきれない。根っこがブチブチと引きちぎれ、ボディに大きな穴が空いた。
「中に誰かいる」
こちらを見ている。ここからじゃよく見えない。けどアリスが乗っている人を庇ったのは確かだ。
「防衛戦はどうかのぉ?」
ルフレオは口角を歪ませる。
「その南瓜の中におる者は余程の重要人物とみた」
「どうかしらね」
「九大天王が率先して守る者など魔王以外におったかのぉ」
「私が部下思いなだけよ。そっちの子供は貴方の家族かしら?」
「さぁのぉ、人を守るのもまた人の役目じゃからなぁ」
探り合いだ。互いの弱みが別にある以上。そこにつけこもうとするのは当然のことだ。でもアリスの弱みがあの馬車の中にいる人物なのはまだ分かる。だけどルフレオが私を守る理由が分からない。私の命より。九大天王を倒せる可能性を高めることを取ってもなんら不思議ではないはずなのに。
「そう不思議そうな顔をするでないぞ」
「え」
まただ。いつの間にかルフレオに様子を見られている。
「ワシはな決めたんじゃ」
「何を?」
「もうワシの目の前では誰も死なせないと、あのとき誓ったのじゃ。……のぉ、ばぁさんや」
あ……。分かった。
この人が。おばぁちゃんの言っていた人だ。
「おじぃちゃん」
「なんじゃあ!?」
唐突な私のおじぃちゃん呼びに。ルフレオは驚いた声を出す。
「『お告げ』のおばぁちゃんが言ってた人って貴方?」
ルフレオはアリスを無視して私の顔を見る。目を見開き驚愕の表情を浮かべている。
「ああ、そうじゃ。ばぁさんの遺品を整理していたら遺書が出てきての、ここに来て青い子に会えと予言されていたのじゃ」
「そっか。なんでそれを先に言ってくれなかったの?」
「それはお主が逃げたからじゃ、それで、ばぁさんとは会ったのか?」
「ううん。会ったことはない。だけど声はずっと聞こえてた」
「そうか、そうか」
『この声は2人に聞こえてるぜぇ』
「おお、ばぁさんや」
「おばぁちゃん!」
『じぃさん、俺はあの日に死ぬ運命にあったんだぜ。だから気にすることはないんだぜ、つーか気にしたら殺すマジで」
「ああ、わかったよ」
『でも仇は討てよマジで、王国にまだそいついるからYO、探し出してぶち殺して俺の墓前に連れてこいYO』
「あ、ああ、わ、わかったよ」
『お嬢ちゃん』
「は、はい!」
『こんな世界でもお嬢ちゃんの生き残っている世界では最良の未来を選んだんだぜ。だけど辛い思いをさせてしまったぜ、許してほしいぜ』
「ううん。おばぁちゃんのお陰で今の私は生きている」
『もう分かってると思うけどYO、そのナイスなグランドガイがお嬢ちゃんに合わせたかった人なんだぜ。分かるだろ?』
「うん。分かることが分かる」
『オーライ。じゃあそろそろジョーブツすっから後ヨロシク。あ、そうだ』
「ん?」
『ジゼル。それがお嬢ちゃんの本当の名前だYO』
「それが私の名前……」
『ブルーって名前はスターライトのメンバーだけが呼んでいい名前だって、そう思ってるだろ? だから名乗りに困った時はその名前を使うといいYO』
「ありがとう」
『あと、よかったらYO。俺にガチ惚れしちゃって、このままだと他に女も作らねぇで孤独死する運命にある哀れなじぃさんの家族替わりになってくれYO』
「わかった。養子になる」
『オーライ、いいアンサーだYO。今日からお嬢ちゃんはジゼル・ダグラスだYO。ヒップでポップな名前だYO』
戦局は変化する。隕石の巨人が潰れる。重力魔法だ。泥の悪魔が両断される。聖騎士の剣技だ。
召喚魔物の巨体が消える。現れたのは2人の男。
「居なくなったと思えばこんなところにいたのか、勝手に出歩いたらダメだろ」
ディザスターがアリスの横に着地する。当然のように無傷だ。
「ルフレオ様、まさか貴方様が来ているとは」
ロイは剣を構えたままルフレオの脇に立つ。前を向いたまま話した。
「なぜその子供が外に出ているのですか」
「この子は悪くないんじゃ、ワシが保証する」
「ですが! ……分かりました、ルフレオ様が言うのであれば確かなのでしょう」
ロイは無理やり納得したようだ。ディザスターはこちらを見て少し驚いた声を出した。
「そこにいるのは空を覆う真紅のルフレオ・ダグラスか。これまた珍しい、まだ戦地に出てくるとは、人の体でよくそこまでやるものだな」
「ほっほ、それは賞賛と受け取っておこう」
ルフレオがロイに小声で話す。
「ディザスターはワシの天敵じゃ。ワシの火力を持ってしても奴に傷一つつけることすら叶わん」
「それでしたらお任せ下さい。私にはやつによく効くマスター・ド・ソードがあります」
両者構えている。アリスがクスクスと笑いだした。
「なぜ笑うんじゃ?」
「まだ勝てると思っているなんて滑稽ですわ。遊びはもうおしまい、魔界で十本指に数えられる戦力が2人も揃ってしまったのですから」
「ワシの記憶が確かなら、お主は戦闘力だけでいえば九大天王最弱じゃったはずじゃろ?」
「一言多い御仁だこと、総合的に見れば私が優れていることは火を見るよりも明らかですわ」
「それで遊びを終わりにしてどうするつもりじゃ?」
「ちょっと見に来たつもりでしたのに、御老公がいるのでは話は別ですわ。貴方が死ねば我々の勝利はより確実なものとなる。こちらも本気でいくことにしましょう」
「そうか、なら人間らしく最後まで足掻くとするかの」
ここでアリスは「あ」と思い出したように言った。
「そうそう、さっき、九大天王は2人と言ったけれど、訂正させてもらうわ」
南瓜型魔物の一部が再び扉のように開く。そこから金属の擦れ合う重厚な音を立てながら漆黒騎士が降りてきた。
「馬鹿なブラギリオンだと!?」
九大天王最強『魔剣』のブラギリオンが現れた。




