第37話 ロゴリスの正体
魔界喫茶『冥土の土産』その地下1階。
薄暗いなか階段を下ると、短い通路が続いている。破れた張り紙や、壁の傷を見るに年季の入った建物だということがわかる。
門番のように立ちふさがる屈強な体つきをした鬼の魔族がブラギリオンを見るや表情を柔らかくする。ブラギリオンは片手をあげてそれに応える、門番が問いかけた。
「失礼ですが、その後ろのもの達は?」
「なに拙者の連れゆえ、安心してくだされ」
「わかりました、お通りください」
ドスの効いた声のわりに紳士的な振る舞いだ。
「彼はロゴリスファンクラブナンバー2、ロゴリス親衛隊のオニシュゴ氏でござる」
「ロゴリスって誰だ?」
「何を言っているでござる! 魔界アイドルでござるよ! 知らないんでござるか?」
「知らねぇな」
「むぅ、誰しも最初は初心者、なに、気を張らずについてくるでござるよ、見て聴けば心でわかるでござるゆえ」
「ついてくるもなにも引きづられてんだが」
「ギアが駄々をこねる子供のように連れていかれている」
「レイ、実況してねぇで止めろよ」
「無理ですよー、あ、命令しないでくださいよ。私じゃどんなに頑張っても止められないので」
「ちぃ」
つきあうしかねぇか。
「ねぇギア、せっかくなので楽しみましょうよ、アイドルは私も興味ありますよ」
「レイが興味あろうと関係ねぇだろうが」
言い争っている間にもブラギリオンはドアを開き部屋の中に俺を連行する。部屋に入ってやっと開放された、体を動かして動作確認、よしどこも壊れてねぇな。
「ここがライブ会場か?」
「そうでござる」
「地下なのに広いですねぇ」
やけに広いな、上の建物より余裕で広い。
「ここのオーナーが周りの建物の持ち主に頼んで地下を拡張させてもらったそうでござるよ」
「努力の方向性を間違えてるぞ」
「努力に間違いなんてないでござるよ」
「仕事に関する努力以外は怠慢だ」
隣の筋肉デブが話に入ってきた。
「お堅い方ですなぁ」
「(な)んだてめぇ」
俺は筋肉デブの胸ぐらを掴みあげる、俺の倍はある体が宙に浮く、筋肉デブは悲鳴をあげた
「うほぉ」
「これこれギア氏、やめるでござる、ライブ前は喧嘩禁止でござるよ。大丈夫でござるか、ミソゴリラ氏」
そう言われたミソゴリラはズレたメガネの位置を直して立ち上がる。
「うほ! ……大丈夫、僕を持ち上げるなんて、うっほッ、すごい力うほぉ」
ゴリは頬を染めている。
「彼は絶者、ギア氏でござるよ」
「うほおぉ、噂の絶者!どおりで強いわけですなぁ。いやぁ、その重厚なボディ、よく見せてくだされっほぅ」
「ひき肉にすんぞコラ」
「まぁまぁ、ミソゴリラ氏はカラクリ好きゆえ、許してくだされ」
「うおぉ、美麗だ!」
「きゃあ」
人混みをかき分けて、これまた背のでけぇ人型の狼が現れた、レイの前まで来ると崇めるようにしてひれ伏す。
「今度はなんだ」
「ユーカミ氏、レイラ氏が困っているでござるよ」
「うおお! これは失敬失敬! 俺は美しい女性に目がなくてな! 眼福ぅ!」
「美しいだなんてそんなぁ、へへへ」
レイの奴はまんざらでもねぇ顔してやがる。
「食っちまいたいくらい可愛い!」
ユーカミは口を大きく開いて涎をダラダラと垂らす。
「おっとそこまでだよ、ユーカミ」
またしても新顔だ、カラフルな羽をした派手な鳥人間だ、翼型の腕を優雅にはためかせユーカミを制止する。
「ぎぐぐ、すまねぇ、ソルトリ」
「まったくだ。そこの君は無機物系の魔物だね、それと……へぇ、ここらじゃ珍しいね、ダークエルフだ」
ソルトリはまじまじとレイを見る。
「彼女はレイラ氏でござる。隣のギア氏の親衛隊を務めているでござるよ」
「ほっほー、それは高名な方だ。私はソルトリ、何かあれば私に言ってください、力になりましょう」
「ありがとうございます、でも大丈夫ですよー」
レイはそう言って俺の方を見る。洗脳の件はソルトリじゃ救えねぇな。
「ロゴリス親衛隊勢揃いでござるな」
ミソゴリラが興奮気味に言った。
「うほ! ファンクラブナンバー1からナンバー5まで揃うなんて平和って素晴らしいうほ!」
「みんなもファンクラブ会員なんですか?」
ユーカミが胸を張った。
「うおぉん、そうだ、俺がナンバー3、ソルトリがナンバー4、ミソゴリラがナンバー5、5番までが幹部だ、そして」
「親衛隊隊長、ロゴリスファンクラブナンバー1が拙者でござるよ」
九大天王が親衛隊やってるファンクラブってなんだよ。
「ん、そろそろライブの時間だよ」
ソルトリがそう言うと、連中は最前席に移動していく。
「レイラ氏たちも来るでござるよ」
「でも場所の予約とかしてませんよ?」
「最前席のチケットを持っていた方が、さっき丁度2名死んで席が空いたんでござるよ」
「なんで死んだんですかぁ、なんだか縁起悪いんですけどぉ」
「行くぞ最前席に」
「ええ、なんで乗り気になってるんですか」
「ライブ終わるまでブラギリオンを動かすのは不可能と判断した。なら何事も経験だ楽しもうじゃねぇか」
ガヤつく場内。薄暗い照明。ステージにだけ、天井から強い光が当てられている。
ガツンと響く音がする。マイクのハウリング音だ。
現れたのは身の丈ほどあるギターを背負ったガキだ。何つったかなあの格好、ゴスロリだったか。どっかの国の姫みてぇな格好だ。にしても機能性もクソもねぇ格好だな。
「……なんだかボロボロですね」
レイの言う通りだ、やけにボロボロだ。服は所々破け、全身傷だらけだ、そういう衣装にしちゃ過激めだな。その格好を見てファンどももざわめき始める、そりゃそうだギターには血がついているし、額からは鮮血が滴り落ちている。
「今日は私のライブに来てくれてありがとう」
へぇ、こいつ始めるつもりか、このままやるってのか。ファンどもからヤジが飛んだ。
「また喧嘩かー!」
「そうよ。ライブの景気づけに競魔(競馬のようなもの)やったらぼろ勝ちしてね、帰りに賊に襲われたのよ」
ブラギリオンが小声で言った。
「拙者たちロゴリス親衛隊は、オフの時のロゴリスたんとは関われないでござる、そういうふうにロゴリスたん自身に誓わされているでござる」
その握る手からはギリリと金属の擦れる音がする。
「全員このギターでギッタギタにしてやったけどね」
一瞬の間のあと歓声があがる。
「んじゃお喋りは終わってからね、それまで貴方らに意識あったらの話だけどね」
こうしてライブが始まった。さてどんなもんか、俺は歌なんざ聴かねぇけどよ。せっかくだからな、多文化を知っておくのも悪かねぇ。演奏が始まる。
これが歌か、歌詞は陳腐でギターもぶっ壊れてる、だがなんだ、このファンどもの異様な盛り上がりは。レイが薄く口を開いてポカンと演奏を眺めてやがる。
ブラギリオンなんて変な踊りをしだした、光る細長い金属の棒を両手に持ち、二刀流で振り回している。歌に合わせて呪文の様なものまで詠唱している。
時間が経ち観客の興奮はピークを迎える。
いつの間にか俺たちの後方では殴り合いの喧嘩が始まっている。ガタイのいい魔族が暴れてる様はなかなかの見物だ。
「始まったでござるな。ユーカミ氏、ミソゴリラ氏」
「うおぉん! 任せろ!」
「うほっ! うほほ!」
ユーカミとミソゴリラが乱闘に加わる。
だがただ暴れるだけじゃねぇ、危険な魔法を止めたり、力でねじ伏せ沈静化させている。強いなこいつら、親衛隊名乗るだけはあるってことか。
数名の魔族がステージに上がろうとしている(警備の魔族はとっくにぶっ飛ばされている)。
「ソルトリ氏」
「はいよ」
ソルトリが低空飛行して、登る魔族を素早い動きで弾いていく。一度倒れてしまえばこれだけの大乱闘、踏まれてそれどころじゃなくなる。歌は続く。
ブラギリオンが踊り、ロゴリスが歌う。
ギターとマイクを振り回し鮮血が宙を舞う、観客もぶっ飛ばされて宙を舞う。
俺はただそれを観て聴いていた、これがライブか。
最終的にロゴリスも喧嘩に加わり、1時間ほどのライブは終了した。そしてその帰り道、鼻息荒くレイが言った。
「すごいライブでしたね!」
「ああ、なかなかだったな」
「あれ、もしかしてギア感動しているんですか?」
「いいものを見たらいい気分になるもんだろ? 当たり前の事じゃねぇか」
「ギアって人でなしのくせに、たまに人間っぽいことを口にしますよね」
「うるせぇな」
ブラギリオンはロゴリス親衛隊どもと別れたあと、満足そうにして俺の前を歩いている。
「実にいいライブでござった! 今度の握手会に参加できないのは無念でござるが、魔王城内で開かれるライブはとても楽しみでござる!」
あれを魔王場内でやるきか、城の魔物どもが暴れたとなったら抑えられんのかよ。そんなこんなでトコついてると、後ろから誰かが追い抜いてきた。
「ロゴリスさん!」
レイの言う通り現れたのはロゴリスだ、血相を変えて俺を睨みつける。
「んだコラ」
「なんで貴方がここにいるのよ!」
「あ?」
現代にいた頃、クレーム対応にて様々なイチャモンをつけられてきた俺だが、存在そのものでキレられたのはこれが初めてだな。
「あ、え? 気づいてないの!?」
「てめぇいい加減にしろよ、ライブが良くても、それとこれとは話は別だぞコラ」
「……てっきり知ってて冷やかしに来たのかと、てかライブよかったんだ」
「何をわけのわからねぇことを、マジでいい加減に」
「あれ! もしかして」
レイがロゴリスの顔をまじまじと見つめる。どうしたってんだよ。
「メアリーですか?」
「そ、そうよ! 本当に気づいてなかったの!」
こいつメアリーかよ、髪の色が違えば長さも違う、それにいつものメイド服じゃねぇからわからなかった。
「ブラギリオン、知ってたのか?」
「だから言ったではござらんか、オフのロゴリスたんとは関わらないと、その正体も言いふらさないでござる」
そういう意味かよ。
「最悪だわ、自分からバラしちゃうなんて」
「隠してたのか?」
「別に隠してなんかないわ、ただ貴方に知られるとは思ってなかっただけよ。ああいうの興味無いのかと思っていたから」
「野暮用だ、メインじゃねぇ、そこのブラギリオン連れて帰るのにつきあっていただけだ」
「素晴らしいライブでしたよ!」
レイがメアの手を取り激しく降る。
「そ、そう? 人にもあの良さがわかるのね」
「歌に国境は無いですよ!」
「それもそうね、悪かったわ」
メアは頬を染めて頷く。
「で、なんでついてきてんだ」
「魔王城が一緒なんだから当然でしょ! ていうかギアのほうこそブラギリオン様になんの用なのよ!」
「野暮用だっての」
「どうせ説明するのがめんどくさいだけじゃない! レイラ、私にも教えなさいよ」
「え、私がですか?」
レイは俺の方を見る。
「別に教えたって構わねぇ、こっちも隠し事ってわけじゃねぇしよ」
「本当に説明するのがめんどくさかっただけなんですね。分かりました説明します」
レイが今回の任務の概要を話す。メアの顔は話を聞くにつれて険しいものとなる。説明が終わると同時に叫んだ。
「ずるいわ!」
「あぁ?」
「アリス様と旅をするなんて、私だってしたことないのに!」
「旅つったって遊びじゃねぇんだぞ、これも仕事の一環だ」
「それでもよ! ああもう! しかもなんで魔王城でライブする取り決めが私抜きで決められてるのよ!」
「ロゴリ……メアリー氏、拙者としては是非魔王城でライブを開催してほしいでござる」
「ブラギリオン様は黙っていてください、今の私はメアリーです」
「う、うぅ……わかったでござるよ」
「おい、そんな言い方ねぇだろ、仮にもブラギリオンは九大天王だぞ」
「貴方に態度でとやかく言われたくないわよ!」
「バカが俺の普段の行いとは話は別だろうが」
「言ったわね! 言っちゃったわね!」
「もー、2人とも喧嘩はやめてくださいよー、ほら魔王城に着きますよ」
メアのやつは足を止めて俯いた。
「おい、行かねぇのか?」
「……くわ」
「あ?」
「私も行くわ! その戦場に!」
「はぁ、ふざけんな、仕事はどうする」
「そんなものいくらでも都合つくでしょ」
「ふざけんな、レイなんとかなるか?」
「えーっと、メアの仕事は……仕事?」
「メアにふってた仕事はなんだ?」
「たしか自宅警備でしたね」
「自宅警備ぃ?」
「そうよ! これほど誇らしい仕事もないわ!」
「マジでふざけんなよてめぇ」
「な、なによ! 魔王城を警備することがどれだけ大事なことかわかってないの?」
「ちぃ、それもそうだな。警備に一人穴が空いてもなんとかなんのか?」
「誤差の範囲かと」
「ちょっとレイラ、人を誤差扱いしないでくれる!」
「おい、それだと旅に行けなくなるぞ?」
「誤差よ! 私なんかが消えても魔王城は不落だわ!」
「そんなことないでござるよ!」
「ブラギリオン様は黙っててください!」
「おい、九大天王に向かってーー」
ループした。
駄弁っていると魔王城に着いた、ブラギリオンは支度を済ませると言って自室に戻っていった。
俺はレイを連れて(メアは勝手についてくる)。もう一人の旅の護衛であるアリス様の元に向かった。
「今日言われて今日出立なんてありえないわ」
「早いに越したことねぇだろ」
「準備をしっかりしなきゃ足元すくわれるわよ」
「旅支度はレイに任せてある、だろ?」
「はい、急げと言われたのでやっておきましたよー。ギアは食料、衣類といったものが要らないので準備が楽でした」
「メンテ用の工具一式は忘れんなよ」
「もちろんです、予備のボディパーツもポラニアが準備してくれているので安心してください」
「いい仕事だ」
「ありがとうございます」
メアは腕を組んでそっぽを向く、いつも機嫌が悪いよなこいつ。
魔王城内をしばらく歩く。
九大天王は部屋や屋敷を魔王城内にいくつか所有しているが、アリス様は魔王に近い場所に住んでいる。それは魔王を守るのが目的だそうだ。のはずだが、
「アリス様の部屋はまだつかないのか?」
「いくらなんでも遠すぎますよね」
一向に着く気配がない、それどころか同じ道を延々と歩いてる気がしてきやがる。メアが冷や汗をかいている。
「おいメア、どういう事だ」
「……アリス様のスキル『無限回廊』が発動しているわ」
「どういうスキルだ」
「詳しくは分からないけど、同じ道をループさせたりするスキルよ」
「防犯にはもってこいだな」
だから魔王の近くに住んでいるのか、守備側の九大天王ってことか。
「私だけなら魔力を感知してスキルを解いてくださるんだけど」
「おいそれって俺が嫌われているみてぇじゃねぇか」
「嫌われてるかはさておいて、非常に困ったわ、ここから出られなくなったわ」
「何とかならないんですか」
「最悪の場合、餓死するわ」
「ええー、そんなの絶対に嫌ですよー」
「俺は無機物だから平気だな」
「もーなに自分だけ助かろうとしてるんですか、いざとなったら食べますからね」
「歯車なんて食ったら腹壊すぞ、つーか俺だって急いでんだ、ちょっと荒療治だが、魔法を使うぞ」
俺は右腕を突き出して砲台の構えをとる。通路の壁に穴を開けて脱出してやる、迷路の必勝法だ。
「まって!」
「火の玉」
メアの制止を振り切って俺は魔法を発動する。壁に穴が開く、部屋でも通路でもいい、どこかに繋がっているはずだ。
「ああもう! 危ないから穴から離れて!」
「(な)んだこりゃ」
壁の穴の先には無限の闇が広がっていた。