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第36話 研修

挿絵(By みてみん)



 転生してから5年が経過した。ポラニアが30年かかると言っていた計画も、5年で最終段階に入っている。工場の建設が終わって以来、過労死する魔物もほとんどいなくなった。『勇者抹殺計画』は順調に進んでいる。


 肉体労働はよりハードになっている、ひたすら鉱石を掘らせては運ばせているからな。さらに逞しくなった魔物どもは、いつしか他部署から『ギア精鋭部隊』と呼ばれるようになった。他所からくる魔物の9割以上が辞めていく、死ぬ前に辞めるようになったのはレイの手配らしい、余計なことを。まぁ、それでも300頭を維持している。


 これも現代知識のお陰だ、現代では休みなんて概念はない、会社で寝泊まりして仕事をし続けるのが常識だ。この世界では驚くことに休みという概念が存在する、常識の違いはどうしようもねぇな、意識改革だ。


 俺の親衛隊はレイとセラ、とそのセラの親衛隊だった小龍ワイバーン部隊、そしてメアとメアの親衛隊だった植物系の魔物と人の姿をした魔物のメイドどもだ、それとこのチームの脳ミソのポラニア、こいつの親衛隊のキラーは今や俺のボディになっている。


 親衛隊と精鋭部隊、レイが言うにそれなりの戦力にはなったそうだ。それに加えて、この絶望工場(誰かがそう呼び始めて浸透させやがった)から生み出される兵器が揃えば、勇者殺しの準備は終了する。


 そんな順風満帆な時ほど何かしらあるもんだ。仕事と仕事の間のわずかな時間に魔王から呼び出しをくらった。


 魔王城、玉座の間。


「元気にやっているか?」

「あん? 世間話なら秘書レイとでもしてくれや。報告書は毎日提出しているだろ」

「そういうな、そろそろお主にも実戦経験を積ませてやろうと思ってな」


 余計なお世話だ。


「なんだ不服か、戦場に出られるのだぞ?」

「ああ」

「一度も戦場に出たことのない者が、勇者を殺せると思うか?」

「そう言われりゃ確かに一理あるな、何事も研修は大事だ」

「研修?」

「いや、何でもねぇ」


 研修となると何日か空けることになるな、まぁ俺のやってる仕事は特殊な技術なんて必要ねぇ誰にでもできる仕事だからな、いくらでも替えはきく。レイに予定を調整させるか。


「それでどこの戦場に行けばいい?」

「チョウホウ街だ」

「チョウホウ街といやぁ、あのディザスターがいる戦線か」

「最前線だ」

「ディザスターが行ってから5年経つよな、まだ戦争してんのか」

「ことはそう単純ではないのだ」

「どういうことだ」

「チョウホウ街にドワーフの神が住み着いてしまった」


 神か、魔王クラスの化け物が現れたわけか、でも前聞いた話だとそれはおかしいな。


「おい『神々の制約』はどうした、そのドワーフの神とやらは戦いに参加できねぇんだろ?」

「厳密には違うが、その認識で間違いない。そして奴は人と魔の戦いにおいて中立だ、だが中立故にこうして難航しているともいえる」

「中立故の難航?」

「ドワーフの神、ビルディーは現在『建設期』に突入している」

「その『建設期』ってのはなんだ」

「文字通り、建物を建てたくて仕方なくなる時期だ」

「無性に仕事がやりたくなる時期と似たようなもんか」

「お主にとってそれはいつものことだろう。その時期になるとビルディーは建築に没頭する」

「それがチョウホウ街で起きている戦争となんの関係があるんだよ」


 建築している場所を避けて戦えばいいだけの話だろうが。


「『建物を壊す速さより建物が作られる速さの方が速い』と言ったらピンとくるのではないか?」

「マジかよ」

「マジだ、街を破壊して蹂躙しようにも、建物を一棟倒せば、新たな建物が二棟建つのだ」

「なんてやつだよ」

「『創造神ビルディー』とまで言わしめるだけの実力はあるという事だ。奴にとってその程度のことは呼吸と同じらしいがな」


 話だけ聞けばとんでもねぇ野郎だ、うちにほしいな。


「障害はそれだけではない。これは戦争だ、王国の聖騎士たちがそこまで来ている、いかにギアでも手練の聖騎士相手では無理を通すのも難しいぞ」

「たく、話はわかった、俺一人か?」

「護衛をつけよう」

「護衛たぁ随分と良待遇だな」

「お主には期待しているのだ、それにここは魔界、道中も凶暴な魔物が襲ってくるだろう。そんなところであっさり死なれたら我が困る」

「それくらいで死ぬなら絶者でもなんでもなかったってことだろうが」

「自分にも厳しいのはいいことだが、生き残り強者の戦いを見るのも強くなる道としてはありだぞ」

「それもそうだな」

「ふ、コロコロ意見の変わる奴め」

「根底の部分は変えねぇよ、仕事の邪魔になるプライドなんてドブに捨てた」

「それでその護衛ってのはどれくらいつけてくれんだ」


 魔王軍には戦闘部隊が多数存在する、そしてそのどれもが強力だ。なかでも九大天王直属の私兵は一線を画すほどという、どうせならそういう奴らの実力も拝んでおきてぇところだな。と、予想していると、魔王はとんでもねぇことを抜かしやがった。


「2人だ」

「2人だァ? ピクニックじゃねぇんだぞ」


 それともなにか、その戦争ってのは5、6人でやってんのか?


「早まるでない」


 魔王が手を叩くと、俺の背後のドアがもったいぶって開かれた。


 現れたのはピンク髪の女と、全身鎧の漆黒騎士だ。


「失礼します魔王様」


 そういったのはピンク髪、いやアリス様だ。お上品な仕草で俺の右隣まで進んで魔王に向かって膝をつき、頭を下げた。


「……」


 漆黒騎士は無言で俺の左隣につく。


「まさかこいつらが」

「こいつらとは、酷い呼び方ね」

「アリス様とこの黒いのが俺の護衛か」

「そうだ、此度の実践では、その九大天王の2人がお主を護衛する」


 アリス様は知ってたが、この黒いのも九大天王なのか。俺がまじまじと漆黒騎士を眺めていると、なんと寝転がりやがった。これにはアリス様が怒気を含んだ口調で窘めた。



「ブラギリオン、魔王様の御前ですよ」

「マジだるいでござるー」


 ポラニア並にふざけた語尾だ、なんだこいつ見た目とギャップがありすぎるだろ。


「よい、我は実力主義、力あるものの振る舞いには寛容だ」


 やっぱこんなんでも強いのか。


「はぁ、ネス氏、マジ勘弁してほしいでござるよ。拙者には魔界アイドルロゴリスたんの握手会が控えているので候う」

「その事なら安心するがよい、この魔王城でロゴリスのライブを開いてやろう」

「マジっすか!? いくいく! どこにでも馳せ参じるでござるよ!」


 ブラギリオンは素早く立ち上がり、そして膝まづく。


「ギア、この2名では不服か?」

「いや、魔王の人選だ、間違いはないんだろうよ」

「そうか、ではいつ出立する?」

「今からだ」
















「え、今からですか!?」


 工場の外にこじんまりとあるプレハブ小屋で、レイは驚いたような声を上げる。


「おう、だから俺の仕事を誰かに任せたりとか、そういった予定の帳尻合わせ、任せたぞ」

「うわぁ丸投げだぁ。ギアの変わりですか、どれだけ人員割けばいいんだろ……」

「出来んだろ」

「はぁ、それは、まぁ、何とかしますけど、1人で行くんですか?」

「俺の方からは俺一人だけだ、ただ護衛としてアリス様とブラギリオンってのがついてくる」

「めっちゃ豪華な護衛ですね、無限のアリス様とオタクのブラギリオン様だなんて」


二つ名が『オタク』ってどうなんだオイ。


「九大天王が2人以上護衛につくのは魔王様が外出される時くらいなものですよ」

「VIP待遇だな」

「そうですよ、これで死んだら笑いものですね」

「なんだかな」

「あれ、珍しいですね、やる気ないんですか?」

「そうじゃねぇ、そうじゃねぇが、社会科見学しにいく気分だ」

「社会科見学?」

「いや、これも円滑な仕事のためだからな。勉強は苦手だが学ぶしかねぇ」

「なんだかわかりませんが、それだけ豪華な護衛がつくなら、そっちは安心ですね。こっちはなんとかするので気兼ねなく戦地を体験してきてください」


 そんな感じで引き継ぎは終わり、数時間後、再び玉座の間。


「もう準備は終わったのか」

「ああ、引き継いだだけだからな」

「そうか」

「ん? なんだ、言ってこいとか、言わないのか?」

「まだ2人の準備が終わっておらぬ」

「なんだと」

「そう責めるな、準備に1週間は必要と見越していたのだ」


 俺も舐められたもんだ、今からだって全軍くれりゃあ、そんなチンケな戦争なんぞより、直に勇者を殺しに行ってきてやるのによ、初日に言った通りにな。


 ま、そういうわけにもいかねぇのは重々承知だ。王国はヤワじゃねぇってことはわかった。策なくして落とせるなら一万年以上栄えているはずがねぇからな。この戦いも布石なんだろう。それくらいのことはホネルトンの授業やレイと話してて理解した。


 だが早いに越したことはねぇ。俺は出口に向かって歩き出す。


「どこに行くのだ?」

「ちょっくらハッパかけてくる」



 俺は魔王城から出て城下町を歩いている。


魔王城とそれを囲む城下町はやたらとでかい。生前の記憶でもこれに該当するものがねぇと言えるほどにでかい。


 一つの街をそのまま城にしたような、そんな荒唐無稽な巨大さを誇る城はさらに要塞のような城下町に囲まれている。余談だが工場建設の際、城下町の下にトンネルを通す工程が最大の難所だった。


 ガヤガヤと賑わう街、魔王国民には人型の魔族はいても人間は一人もいない。ここで暮らしているやつらはみな多種多様な人間以外の知的生命体どもだ。


 でだ、なんで俺がこんなところをほっつき歩いてるかっていうと『ここにブラギリオンがいる』と魔王に言われた場所がこの街の中にあるからだ。


「こうして見ると本当に人がいないんですねー」

「おい、なんでついてきた」


 俺の横にいるのはレイだ、物珍しそうに周りを見ている。周りの奴らも俺らを見ている、俺らっつーか亜人とはいえ人に分類されるレイをだが。


「これも見聞を広めるためですよ」

「結構通ったことあるだろうが」

「いつも大勢の魔物たちと一緒だったし、仕事中に周りなんて見ている暇ありませんでした」

「今も仕事中だぞコラ」

「じゃあそうですね、ブラギリオン様についてでもお話しましょうか」

「おう聞かせろ」

「相変わらずの切り替えの早さですね。はい、まず、ブラギリオン様は旧魔王がこの地を支配していたころからの古株だそうです」

「シチューと『同じ』ってことか」

「はい、それどころか役職も同じだったようです」

「ブラギリオンも元四天王か」

「はい」

「『魔獣』のシチューに『オタク』のブラギリオン、他にはいるのか、残留組は」

「いますよ、旧四天王では『魔術』のパロムがそうでした、ってブラギリオン様の『オタク』は自他共に認める事実ではありますけど、本当の二つ名は『魔剣』のブラギリオン様です」

「ふうん、で、あと1人はどうした? 四天王ってことは4人いるだろ?」

「はい『魔女』のスカリーチェですね、彼女は最後まで旧魔王と共に魔王様と戦ったかたらしいです。その後の消息は不明となっています、その時の戦いで戦死したとも言われていますけど、詳しいことはよくわかりません」

「だいたい旧魔王軍は取り込まれた形になったのか」

「ですねー」


 『魔獣』『魔術』『魔剣』『魔女』、そして『魔王』か。昔のほうがシンプルでわかりやすいな。


「魔界は実力主義ですからね、忠義のある魔物は死んだ魔物だけです、あ、ブラギリオン様のいるお店が見えてきました」


 地図を片手にレイは一軒の店を指した。


「本当にここか? 地図間違えてんじゃねぇか?」

「そんなはずはありません、店の名前も合ってますよ」


 レイの持っている地図を横から見る、店の名前は。


「魔界喫茶『冥土の土産』」


 喫茶店だよな。外装が、なんだこりゃ。入口の上にあるでかい看板には丸っこい文字で『冥土の土産』と書かれている、その横にはハートマークがついてやがる。しかも全部ピンク色に発光している。店の前には客引きをしているメイド服を着た魔族がいる。


「まぁどこだっていい、どこにいようと連れて帰るだけだ」

「入りますか?」

「当たり前だ」

「わーい」


 俺とレイは入店する。

 店内は外装とは打って変わって喫茶店らしい内装をしている。カウンターがあって、規則的に並べられたテーブルと椅子がある。


「いらっしゃいませ! ご主人様!」


 違うことといえば、ウェイトレスだ。客引きのメイドと同じ格好をしている。


「わぁ! 可愛いですね!」

(だー)ってろ。おいメイドども、ブラギリオンがここに来ているはずだ、どこにいる?」


 俺の発言に場の空気が一変する。あん? これは敵意か? メイドどもが俺を眼光鋭く睨みつけている。


「ブラたんにどのようなご要件で」

「仕事だから呼び戻しに来ただけだ、邪魔するってんならこのレイが相手になるぞ」

「そうそう私が相手だ、って何でですか! ギアの方が強いじゃないですか!」

「そう易々俺が戦えるかよ、立場考えろ」


 レイはそう言いつつも腰に差してある杖に手を伸ばしている。一触即発って感じの張り詰めた空気に、気の抜けた声が聞こえた。


「みんな何しているでござるかー、早くVIPルームに来るでござるよー」


 黒鎧に安っぽい飾り付けや、落書きを施されたブラギリオンが店の奥から出てきた。


「あれギア氏ではござらんか、ここで何を……」


 ブラギリオンは手のひらに拳を打ち、合点がいった様子で言った。


「ああ! 地下ライブを見に来たでござるね! 奥に案内するでござるよ!」

「おい、ちょっとまて」


 俺はブラギリオンに連行された、掴まれた腕がビクともしねぇ。







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