第34話 花咲く乙女2
「ふむ、いい余興だ」
玉座に比べれば数段劣るが、それでも立派な椅子に腰掛けている魔王龍ダークネスドラゴンは頬ずえをついて会場を眺めてそう言った。
ここは工場前にある増築予定地、今は更地だ、そこに特設の決闘会場を用意した。メアの決闘申し込みから翌日、その話を聞きつけた魔王が見物に来た。周りには工場建設に携わった魔物どもが300、賑やかしとして十分の仕事ができる。
「前回のギアとセギュラの決闘は見逃してしまったからな。今回はしっかりと絶者候補たちの実力を見るとしよう」
魔王は悠然とした態度だ、ホネルトンが俺から見て魔王の右横に立っている。それと左側に立っているのは誰だ、ピンク髪の青いメイド服を着た女だ。あの位置からするに、あの女も九大天王か?
「おいレイ」
今回は審判ではなくセコンド役をやっているレイを呼びつける。
「はいなんでしょう!」
「あの魔王の横にいるいかにも如何わしい飲食店のウェイトレスやってますって格好したアイツは誰だ?」
「······失礼極まってますよ」
「いいから答えろ」
「はいはい、レイの辞書によればあれは、あの方は『無限』のアリス様ですね」
「九大天王か?」
「はい、よくわかりましたね」
「ホネルトンの反対の位置に立ってるからな、魔王の護衛か」
「それもありますが、それ以上にメアのことでしょう」
「メアのことだと?」
俺は決闘場の反対側でこっちを睨み続けているメアに視線を向ける。
「なにみてんのよ!」
「おい、あのアリスってのはお前の知り合いか?」
「次、呼び捨てにしたら、試合開始前に攻撃するわよ、アリス様と呼びなさい」
「魔王の前で騒ぎはゴメンだ、で、アリス様とメアの関係は?」
「貴方で言うところのホネルトン様と同じ関係かしら」
「踏み台か」
「親よ! ホネルトン様を踏み台としか見てなかったの!?」
親?
「アリス様はメアの親なのか、ぜんぜん似てねぇな」
「たしかに血の繋がりはないけど、親も同然よ!」
血ではない固い絆で結ばれた家族ってやつか。けっ、血が繋がってる方が手続きが楽だろうが。
「メアリー」
「アリス様!」
メアは今まで放っていた殺気を完全に消して、俺たちのところに来たアリス様に膝をついて頭を垂れる。
「この戦いに勝利すれば、絶者はメアリー、貴女よ」
「······ッ! 必ず勝ちますわ!」
アリス様はメアに一声だけかけると、俺の方を向く。
「貴方がホネルトンの子ね」
「血の繋がりはねぇ」
「人間みたいなことを言うのね、私たち魔族に血なんて関係ないわよ。貴方はホネルトンの魔力を得て産声をあげ、そして名前を貰った、それだけで十分に寄り添う価値が出来るのよ」
「けっ、弱者の戯れ言だな」
「強いのね」
アリス様はさらに俺に近づき、耳元で俺にしか聞こえない声で呟いた。
「メアリーは私が育てていた花が魔物化したもの、花だった頃は、私の魔力を吸って育ち、魔物化した後は名前も与えた」
「それがどうした」
「もしメアリーを殺したら貴方もこの場で殺すわ」
露骨な脅しか、堪らねぇな。
「踏み躙ってやる」
「本当に強いのね」
「早く出てけ、このあと魔王に工場見学させるんだからよ」
アリス様は決闘場から一歩出て振り向く、その顔は至って普通の、俗に言う美女特有の男どもを虜にする微笑みに戻っていた。
俺たちの様子を見ていたホネルトンが、魔王に話しかけた。
「準備が整ったようです、さっそく審判に試合開始の合図を」
「必要ない、我の目が、この戦いの決着を見逃すはずがあるまい」
「はっ、これは失礼いたしました!」
「よい、では2人とも準備はよいか?」
「待ってくださいポメ!」
ポラニアが工場から掛けてくる、なんだあの背負ってる包みは。
「魔王様、止めてしまい申し訳ないポメ」
「構わん、どうしたのだ?」
「これをギアに」
「ほう、良かろう渡してやれ」
「ありがとうございますポメ」
ポラニアが俺に駆け寄る。
「ギア、これを使うポメ」
「こいつは」
包みを解くと一振りの剣が現れた。
「ドワーフの見よう見まね&僕の技術&加工した魔鉱石を使った『キルソード・プロトタイプ』だポメ」
ポラニアから渡されたキルソード・プロトタイプは俺の手にしっくりと収まる。
「その剣は持ち主の精神力をオーラとして纏うポメ」
「オーラ? 魔力じゃなくてか?」
「魔力ではなくオーラポメ、そうとしか言い表せないポメ」
「まぁ使えばわかるだろ」
「精神の強さがそのまま斬れ味になるポメ、ギアなら期待大ポメ」
「魔法よりは確かか、てか決闘に試作品を渡すか普通」
「プロトタイプだけど実戦に耐えうるはずポメ」
「そっか、ありがとよ」
「気にするなポメ、僕とセラからのお祝いだポメ」
セラもこの剣の制作に携わったのか、俺は振り返りセラを見る。
「私の龍の炎で鍛えた金属だ、本当は私が使いたいくらいだぞ!」
「おう、ありがとよ」
「ふっ!」
俺はキルソード・プロトタイプを何度か振り回して動作を確認する。
「そうだポメ、キラーのメンテナンスの時に背中に魔力磁石を付けておいたポメ、鞘がなくても納刀の真似ができるポメ」
背中にキルソード・プロトタイプを当てるとガシッとくっついた。こいつはいい。
そんないい雰囲気を、あいつの怒鳴り声がぶち壊す。
「仲良しこよししちゃってホントバッカみたい! 絶者になるのはこの私よ!」
「バカが絶者はこの俺だ」
場が煮詰まったのを確認したのか、魔王が一言。
「試合開始」
その声は普通のトーンのはずだが、不思議と会場全体に響き渡る。俺とメアは同時に動く。
「火の玉、氷の玉」
右手に火球、左手に氷球を魔力生成する、それらはまたたく間に俺の魔力を吸って巨大化していく。レイから聞いた話じゃ、基本的に植物系の魔物は火にも氷にも弱い。キルソード・プロトタイプの出番もなく、跡形もなく終わらせてやる。
「そう来ると思っていたわ!」
メアはそう言うと『巻物』を取り出した。
「なんだその巻物は」
「魔法巻物よ!」
「魔法が入ってんのか、なんの魔法だ」
「教えるわけないでしょ!」
「そりゃそうか」
魔法巻物、前にレイからそんな話を聞いたな、適正魔法外の魔法でも使えるとか、ここは警戒して魔法を解除するか?しかしどうやって魔王城からろくに出たことのないメアが、人間界の王国魔道師しか作成できないという魔法巻物を持っているんだ。そうか、ゲーティーから買ったのか、奴なら持っていてもなんら不思議じゃねぇ。たった一人にこれだけかき乱されるとはな、次会ったら確実に始末する。
「ふ、どんな魔法が入っているかわからないでしょ!恐れなさい!」
魔法の種類は覚えきれねぇほど多い、個人によって派生させたりオリジナルに昇華させている場合もあるからだ、だが尻込みしてちゃ仕事は終わらねぇ。俺の魔力の方が圧倒的に上だ。質より量? 量より質? 質と量があれば何も警戒することはねぇ。俺は高濃度の魔力の塊をメアに放った、炎にしろ氷にしろ、どちらに対応しても片方は喰らう算段だ。
「掛かったわね! 貴方なら臆せず攻めてくると思っていたわ!」
「あん?」
メアの持つ魔法巻物が銀色に輝く、メアの前に出現したのは鏡でできた盾だ。一体なんの魔法だ、なに、鏡の盾に触れた炎の玉と氷の玉が跳ね返ってきやがった。
「魔法を跳ね返す魔法か 」
「鏡の盾よ! 高かったんだから、貴方の技を存分に味わいなさい!」
「ちぃ、なんて熱量と冷気だ、こんなものを人に向けて撃つんじゃねぇ」
「誰の魔法だと思ってるのよ!」
俺は相殺するために腕をクロスさせて、相対する魔法をぶつける。
「氷の玉、火の玉」
火の玉には氷の玉。氷の玉には火の玉だ。
魔法がぶつかり合い爆発相殺、水蒸気が会場を満たす、前が見えねぇ。俺は周囲の魔力を乱雑に渦巻かせ霧を払う。巨大な花が咲いていた。
水蒸気の消えたあと、メアの姿はどこにも無く巨大な花だけが残っていた。花を観察する、茎も葉もねぇ、肉厚な花弁を5つ持つだけの5メートルはある巨大花。
これもラフレシアか、この間の花罠の時と同じだが、サイズが違ぇ。身構えるも、ラフレシアに動きはねぇ、時間稼ぎか。すると会場がざわめき立つ、周りを見渡す。魔物たちが苦しんでいる、決闘場に近い魔物から次々に倒れて、口から泡を吐いている。こいつは。
「臭いか」
「その通りよ!」
ラフレシアの中からメアが現れた。
「生の肉体を持たない貴方にはわからないでしょうけどね、この覇王花の放つ悪臭はどんな生き物でも失神させるわ!」
「俺には効かねえってわかってんだろ?」
「毒は効かないけど臭いならって薄い希望に掛けたのよ!」
「仮にも絶者候補が希望にすがるんじゃねぇ」
「なんとでもいいなさい! 勝つためなら手段は選ばないわ!」
それは共感する。
「おい、花をしまえよ」
「嫌よ、もしかしたら効いているのに我慢している可能性だってあるじゃない!」
「ねぇって」
「この臭いはどんどん広がっていくわよ、放っておけば魔王城全域に広がるわ!」
さすがに不味いんじゃねぇの? まだ魔王の所にまで臭いは届いてねぇみてぇだけどよ、臭くて気分を害されたら面倒だ。アリス様が叫んだ。
「結界を! 試合場に結界を張りなさい!」
魔王の周りに控えている魔法に優れた魔物どもが、決闘場に半球状の結界を張った。このドーム型の結界なら臭いが外に漏れる心配もねぇ。
「魔王様! 申し訳ございません! 私のメアリーが」
「ん? 我は気にしていないぞ、なかなか良い香りではないか」
「魔王様の寛大なる器に感謝いたします!」
「本当にいい匂いだぞ」
その様子をホネルトンは頭蓋骨を歪ませて見ている。それでも言葉を発することはしない。メアに視線を戻すと、さっきまでの様子とは打って変わり、笑みを浮かべている。
「ふふ」
「あん? 何がおかしいんだ?」
「計画通りにことが進むと、どうしても笑っちゃうわよね」
「笑わねぇよ、予定通りくれぇでよ」
「ふふ、ふふふ、なんとでも言いなさい、貴方はもう食虫植物に捕えられた哀れな虫同然なのよ」
「あの結界を発動させたのはメアの親のアリス様。つまり『狙って結界を発動させた』こういうことか?」
「そういうこと、手はず通りよ」
「そうかよ、なら次は何をする気だ?」
「さっきから聞いてばっかりね、カウンターが怖くて攻めてこれないのかしら?」
「そうじゃねえが、ま、攻めあぐねているのは否定しねぇよ」
「へー、素直ね」
「いつも素直だろうが」
「それもそうね」
と、まぁ時間稼ぎはこのぐらいでいいだろう、装填完了だ、俺は秘密兵器を使うことにした。キラーの口元を覆っている面を外す。生物でもないのに面の下には口がついていた、全ての歯が犬歯のように尖っているデザインだ。
「な、なによそれ! なにをするつもり!」
「教えるわけねぇだろう、ま、すぐにその体で理解させてやる」
俺は勢いよく口を開き『弾』を発射する。
「そんなもの!」
メアは再び魔法巻物を使い魔法を発動させる、また鏡の盾だ。
きっとメアは『同じものを持っているなんて思わなかったでしょ』と、俺を笑うつもりだろう。だが、俺の発射した弾はよ。
「キャア!!」
俺の発射した弾は、鏡を割ってメアの右肩を深く抉った。
「ぐ、あぁ······、痛い、い、今のは一体なに? ······鏡の盾で跳ね返せない魔法はそんなにないはず、まさか高位の魔法?」
残念ながら高位魔法の習得は死ぬほど難しい(時間をかければ習得できるだろうが、凡人の俺には3年では無理だった)。
メアは俺の撃ち出した弾を拾う、そして目を見開いて叫ぶ。
「これただの鉛玉じゃない!」
「正解、まだまだ撃つから全部拾って確認しろよ」
そうメアの言った通りあれは鉛玉だ、魔力なんて一切宿ってねぇ『犬小屋』以外でも掘れるそこら辺にある鉱石だ。口の仕掛けは、ポラニアに見せた銃の模型を、ポラニアなりにキラーに組み込んだ結果だ。
鉛玉をカラクリで口に装填して放つ、連射はできねぇが、こういう魔法だよりの世界では不意打ちとしては使えるもんだ。
鏡の盾が切り札なわけがねぇ。なぜなら結界で俺を囲むことと、あの盾とでは相乗効果もクソもねぇからだ。鉛玉を装填してメアに向かって撃ち続ける、防御ができないと知ったメアは横に走って鉛玉を回避する、ち、当たらねぇ、偏差射撃は苦手なんだよ、一発目も頭を狙ったが当たらなかった。他にすることもねぇし、偏差射撃の練習がてら撃つ。
囲んでいる結界は物理にも強いな、鉛玉当てた程度じゃひびも入らねぇ、数十人で張ってる結界だからな、それなりに強いんだろう。とか、考えていると俺の視界が傾く。
「あ?」
「そろそろね」
「なんだ?」
地面がうねっている。まるで生き物、腸の内部みてぇな脈打つ感じだ。
「さぁ、地獄の植物園の準備は整ったわ!」
決闘場の地面(土製)を突き破り、植物の芽が次々に芽生える。その成長スピードが尋常じゃねぇ、またたく間に様々な植物に成長していく。これが切り札か? 結界で囲んだ意味は別段ねぇな。ん?
「なんだ、体の動きが鈍くなってやがる」
「呼吸しない貴方は、確かに毒ガスも無酸素状態も平気だから強いわよ。でも呼吸しないってことは『空気の変化に鈍感になる』ってことでもあるわ」
「大気になにか混ぜやがったな」
「『相手の長所を短所に』これは私の親、アリス様の言葉よ」
「こりゃ、ずいぶんと女々しい格言だなオイ」
「アリス様をバカにするな!」
俺の挑発に乗ったメアは指揮者のように腕を振る、植物どもがそれに共鳴して蠢く。キラーの機体の動きがさらに悪くなる、錆びついたようだ。今の俺は、皮膚の感触も痛みも何も感じねぇから、見た感じ機体の表面がざらついたりしているわけじゃねぇ。だとしたら、お?キラーの体が勝手に動く、ギギギと機体を軋ませている、俺の視界の隅に映ったもの、それは。
「キノコか」
機体の関節部分から、キノコが生えてやがる。それが駆動部に挟まってキラーの動きを抑制してやがんだな。
「普通なら胞子が拡散しちゃってキラーの内部まで入らなかったわ、結界を張った時点で私の勝ちだったのよ」
「なるほどな、こりゃまともに動くこともできねぇな」
キノコは俺の全身を瞬く間に覆い、完全に俺の動きを封じている。
「ちなみにそのキノコは金属から栄養を得る珍しい種類よ」
「俺のことは研究済みってわけか」
「そうよ、3年間、貴方のことを思い続けてきたわ」
「大胆な告白だな」
「え? あ······、か、勘違いしないでよ! そういう意味で言ったわけじゃないんだからね!」
「冗談に決まってんだろ」
「へ、へー! 貴方でも冗談言うのね! でもキノコは緩めないわよ、負けを認めて降参するのなら話は別だけど?」
「負けも認めねぇし、降参もしねぇ、そして勝つのはこの俺だ」
「そう、ならこのままキノコの苗床になって朽ち果てなさい!」
チッ、ダメだピクリとも動かねぇ、キノコっていうのは名ばかりでこいつは鋼のように硬ぇ。口から鉛玉を発射しようにも内部でキノコが詰まったのかうまく駆動しやがらしねぇ。試合を観戦しているアリス様が魔王に問いかけた。
「どうでしょう、私のメアリー・ロゼリアスは」
「うむ、己の弱点を克服する強さを持っておる、あの魔獣チワワを手懐けたギアをこうも完封するとは」
「ありがたきお言葉」
それを聞いたホネルトンが骨を鳴らす、アリス様はこれ見よがしに煽った。
「あら? ホネルトンの絶者候補はたいしたことないんですのね」
「アリスさん、そうピリピリしないでいただきたいものです」
「んふふ、応援している我が子が活躍しているのを見て興奮しない親がどこにいますか」
「それと私を煽るのは別の話ですが、それにまだ試合は終わってはいませんよ」
「勝つのはメアリーよ」
「結果に従います、ここで負けるようであればそれはそういうことなのでしょう」
魔王はそのやり取りを聞いているのかいないのか、ただひたすらに試合場を眺めている。今のところその表情に大きな変化はない、驚かせてやりてぇが、こうもキノコだらけじゃどうにもな。
……待てよ、キノコか。昔やったゲームを思い出した、試してみるか。俺はありったけの魔力をキノコに注ぐ、魔力を吸ったキノコは、今でも加速度的に成長していたが、さらに脅威的な速度となり肥大化していく。
「え!? キノコがこんなに成長するなんて、ちょっと想定外ね、何をしようとしているかわからないけど足掻いても無駄よ! もう諦めなさい!」
「バカが無理でもやるんだよ」
すでに俺の機体は鋼のキノコで覆い尽くされている。丸い球体のようになり、それでもキノコは成長をやめない。
「······まさか、潰す気?」
「そのまさかだ」
「その前に自重で貴方が潰れるわよ!」
「試してみねぇとわからねぇだろ、追い詰められた最後の俺の足掻きを喰らって死ね」
俺の魔力を吸った金属キノコは急成長を遂げる、またたく間に結界内部を埋め尽くす。
「メアが結界を利用するなら、俺はさらにそれを利用するまでだ」
「くっ、ぐううーー!! も、もう無茶苦茶よ!」
メアは結界とキノコに板挟みにされて苦しそうに呻き声をあげる。
「キノコを解け、植物なら菌類でもメアの魔力で操れるんだろ?」
「誰が解くものですか! きゃあ!」
俺はさらに金属キノコに魔力を注ぐ、はち切れんばかりのキノコがさらに密度を増していく。
「くうぅーー!! 苦しい! ち、ちくしょう!」
メアが怒鳴るとキノコがボロボロになって朽ちていく。どうやら調整が効かないらしく、俺の内部に蔓延っていたキノコまでも枯れたようだ。動けるようになると急いで結界に近づく、魔力を注いだ右腕で結界を殴る。
結界がガラスのように砕け散り、周りのざわめきがよく聞こえるようになる。客が臭いで倒れない、悪臭はラフレシアを金属キノコで潰したから消滅したようだ、臭いって言っても魔法だからな、物理的なもんだったら臭いがこびりついて取れなかっただろう。
そして俺はアリス様を怒鳴りつけた。
「おいコラ勝手なことしてんじゃねぇぞ、これは俺とメアの決闘なんだからよ、結界なんて張ってんじゃねぇ、部外者は立ち入り禁止なんだよ」
アリス様は小さく舌打ちして、片手をあげる。俺の忠告も無視して再び結界を張るつもりらしい。
「よさぬか」
不思議と会場に響く魔王の声がアリス様の動きを止める。
「はっ! ですがしかし」
「これより手出し無用だ」
「はっ!」
アリス様はそれ以上講義せず、決闘場を見つめるだけだ。
「存分に戦闘に浸れ、若人よ」
邪魔はこれ以上ねぇらしい、これで思う存分戦える。
「結界を破ったくらいでいい気にならないでよね!」
「ああ」
ピンチなのには変わりねぇ、全身にガタがきてやがる、金属キノコに栄養を吸われてボディの質が落ちている。
「しょうがねぇ、使うか」
俺は後ろ手に剣の柄を握り、引き抜いた、キルソード・プロトタイプには傷一つついちゃいなかった。待ってましたと言わんばかりにポラニアが解説を開始した。
「そのキルソード・プロトタイプには魔鉱石の中でもさらにウルトラレアメタル、退魔鉱石を使用しているポメ、魔法を弾く性質があってその上めちゃくちゃ硬いポメ、あとキノコにも強いポメ!」
「解説どうも」
「退魔鉱石は精神力はよく通すポメ」
俺は両手でキルソード・プロトタイプを握りしめる。精神力ね、魔力の使い方は大体掴めてきたが、ここで精神力の話が出るとはな、どうやんだ?
「そうはさせないわ! 鎖蔓!」
俺がコツをつかむ前に、メアの両手から鎖状の蔓が出現する、その蔓は素早く俺の両手を雁字搦めにする。こんなもの力ずくで引きちぎってやる、俺は魔力を両腕に込める。バギンと植物が千切れた音とは思えねぇ音を出して蔓が千切れた。
「まだよ! 棘芝生!」
俺の足元に棘の芝生が生える、これも鋼鉄並の強度があるな、キラーの足と擦れて金属音を発している。
生身の足だったら余裕で貫かれていただろうな、機械の体様々だ。俺は棘の芝生を踏みしめ、ひしゃげさせながらメアに詰め寄る。
「どうした次の手はねぇのか? 出し惜しみしてんじゃねぇぞ」
「くっ、強酸蝿取草!」
メアが呪文を唱えると、5mはある巨大な食虫植物が出現する。大口を開けて俺にかじりつく、溶ける音がする、長く噛まれていればキラーの機体でも持たねぇだろう。
「氷の玉」
凍結された食虫植物は、バラバラと砕け散る、酸も凍って機体が溶けるのが止まる。
「種子大砲!」
メアの横に生えた1m級の蕾が大砲のように種を吹き出す。剣で受けけ、弾いた、進む足はもちろん止めねぇ。メアの目の前に立つ、天高く剣を振りかぶる、振り下ろせば決着だ。
「負けを認めるか?」
「認めないわよ!」
「そうかよ」
精神力か、ま、魔法を扱うよりは慣れてるわな。精神論ってことなら、ようは気合いってこったろ。俺は強くこう念じた。
『メアをぶった斬る』
「え? なに、よ······それ」
キルソード・プロトタイプから放たれる灰色のオーラが天を突き刺した。雲が散り散りになり、オーラの先は俺の目じゃ確認できねぇ。
「んだこれ、長すぎだろ。使いもんになるのかよ、プロトタイプだからそこらへんの調整が上手くいってないんだろうな、これは課題だな」
メアは目を見開いて足を震わせている。まるで怯えてるみてぇじゃねぇか。俺は剣を振り下ろした。
俺はキルソード・プロトタイプを最後まで振り下ろせなかった。いや、感情論とかじゃねぇ、物理的にだ。
「どういうことだ、魔王」
俺の前に現れた魔王は、キルソード・プロトタイプの刃を掴んでいる、ピクリとも動かせねぇ。剣の一番鋭利な部分を掴まれて血を一滴も垂らしていねぇ。
「決着がついたからだ」
「あん? 決着だァ? 何言ってやがるまだメアは負けを認めてねぇぞ」
「見てみよ」
俺はメアを見る。
「立ったまま寝てんのか」
「違う、気絶したのだ」
「なんでだ?」
「認めようではないか、メアリーは圧倒的な力を前にしても一歩も引かなかった、気絶こそすれど、その振る舞いは間違いなく本物の戦士といえる。それを失うのは魔王軍にとっても大きな損失だ、その意味はギアもわかっているだろう?」
「わかっちゃいるが、それよりも俺が絶者になるほうが大事だ、魔王軍がどうなろうと知ったこっちゃねぇ、俺は勇者を殺せればそれでいいんだよ」
「頑固者よ。だがお前はそのままのほうがいいのだろう、お主が暴走するたびにこうして止めればよいのだからな」
「ちっ、端からそれなりの覚悟を見せれば誰も死なせるつもりはなかったってことかよ、で、この勝負、俺の勝ちでいいんだな?」
「もちろんだ、これを見てお前の勝利に異を唱える者はおるまい」
「俺の勝ちなら、もう戦う理由もねぇや」
俺はアリス様を見る。特に表情に変化はねぇな。一応アリス様に確認をとっておくか。
「メアはもらっていくぞ」
「ええ、もちろん、ただ」
アリス様の表情は一切変わらねぇが、雰囲気が変わったのが分かる。
「あのまま魔王様が止めないで、貴方がメアリーを斬り殺していたら、貴方は私に殺されて死んでいたわ」
「どうかな」
それを聞いていた魔王が少し口角を上げて優しい口調で言った。
「ふっ、真っ先に動こうとしたのは、アリスではないか、我が動いたのを見てやめたのだろう?」
「······はい」
アリス様も止めるつもりだったのかよ、確かにその方が勝った俺を殺すよりもその後のリスクも少ねえし、メアも死なずに済むか。こいつら身内にとことん甘ぇな。
「ま、水刺されちまったけどよ、余興は終わりだ。工場を案内するぜ」
「ふむ、実に面白い、有意義な余興であった。……いい加減刃を収めよ」
「あ、わりぃ」
アリス様は俺の発言に眉を動かす。
「先程から思っていましたが、魔王様に対するギアの言葉遣い、無礼かと」
「構わぬ、絶者とは魔王の隣に立つ者のことだ。もっとも我に近い者のことを言う、勇者を殺す大義を背負い、絶者として認められた今、最低でも九大天王と同格として扱うつもりだ」
「はっ! 魔王様のお心のままに!」
「同格だとよ、よろしくなアリス様」
「同格なら様付けはよしてちょうだい」
「そういうわけにはいかねぇ」
「どうして?」
「どうしてもだ(メアが怒るからな)」
その様子を見てホネルトンが骨を鳴らして笑った。
「すべて私の頭蓋骨のように丸く収まりましたなぁ」
アリス様はホネルトンを無視して俺に向き直る。
「ギア、さっそく頼みがあるのだけれど、メアリーを医務室に運ぶから手伝ってちょうだい」
「断る」
結局、連れていかれた。