第30話 チワワクエスト3
目の前にいる魔獣とやらは、どう見てもチワワにしかみえねぇ。五歳児体型の俺より背が低い犬、チワワ、本当にこんなのが九大天王の一角なのか?
「ぺっ」
「あん?」
俺はチワワが吐き出した赤黒いものを見る。レイが短い悲鳴をあげた。
「おいレイ、なんだあれは?」
「お······」
「お? なんだ?」
「おめめです」
「目玉か」
食事中だったか。
「お、おめめですよ!? おめめ! 目玉! 眼球!」
「(な)んだよ、知ってるっての」
「こ、怖くないんですか?」
「あぁ? 怖いってなんだ、今ここで出す話題か?」
「き、恐怖を知らないんですか?」
「舐めてんのか、知ってるに決まってんだろ」
「知ってるのと、感じないのとでは全くの別物だと思うんですけど」
「はぁ?」
「人でなしですねぇ」
「人じゃねぇからな」
とか、哲学的な事を話していると、いつの間にかチワワが足元にいた。俺に向かって背を向けて、後ろ足の片方をあげる、そして股から液体が出てきた。
ジョロロロロロロロロロ……
「お······」
「言い淀むな、今度はなんだ」
「オシッコですよ!ばっちいですね!」
「俺は電信柱か」
「でんしん?」
「何でもねぇ」
このチワワ、俺たちを敵として見ていねぇ、それどころかオブジェの一つとでも言わんばかりに俺に小便ひっかけやがった。
つまりこいつは油断している。不意をつくことができる。
俺が不意をつく算段を考えていると、
ゴシャッ!!
今まで聞いたことのない音が聞こえた、なんだ今の音はとても近いぞ、何か硬いものがひしゃげたような、
「ギア!」
「あん?」
ああ、俺の右腕をチワワが咥えてやがる、そうか引きちぎられたのか、見えなかったな。しかしさっきまで敵意がなかったのになぜいきなり、敵意を向けたからか?
ギャガッ!!
左腕も無くなった、チワワが咥えている。また千切られたのか、俺は立ったままチワワを見続けることしか出来ねぇ、俺の目じゃチワワの動きに反応できねぇ、足でも勝てる気がしねぇ、逃走することは不可能。ならば殺すしかねぇ。
「んぁ?」
俺の視線が一段低くなる、胸にはめ込んでいる歯車に視点が戻った、チワワはキラープロトタイプの頭部を咥えている。今度は頭を引きちぎられたのか、それで意識か胸にはめ込まれている歯車に戻ったと、ここからは慎重に敵意は封印する。これで俺を殺したと思わせることはできるんじゃねぇか?獣なら頭を取れば確実に殺せると思っていても不思議ではねぇからな。
俺はその場に倒れた、死んだフリだ。
シングルタスクからマルチタスクに思考を切り替える。敵意は向けない、仕事のことのみを考える。頭がクリアになっていく、パソコンを起動した時のような、世界が広がっていく感覚だ。
俺は同時に思考する。
今の俺たちでは手に負えねぇ、援軍が必要だ、幸い千頭の魔物がこの『犬小屋』にいる。紫猪が応援を呼びに行ってはいるが、それを待ってくれるほどチワワは甘くねぇ。別の方法を考えなければ。
レイは腰を抜かしてその場にへたり込んでいる。その表情は仕事に潰される新人の顔だ。レイに戦うように命令はできねぇ、確実にダルマにされる。無駄に兵を失うだけだ。
チワワはなぜ腕からちぎった? 頭も腕と大差なく引きちぎって見せた、最初から急所と思わしき頭をなぜ狙わなかった? 実に非効率的だ。
ああ、なるほど、あれが残虐ってやつだな。あの犬は魔獣だからなぶるんだ。くく、理解した、魔物は獲物をなぶるんだな、なら好都合だ。
だってよ、周りにいる千の兵士も漏れなく、
魔物なんだからよ。
作戦は決まった、俺は何もしねぇ。
さぁ魔獣の怖さを俺に教えてくれよ。
「い、いや」
「はるるぅ!」
案の定、チワワの次の目標はレイだ。
「や、やめて」
「わう!」
チワワの姿がブレる、同時にレイが10mほど吹き飛ぶ、体当たりか。チワワの様子を見るにあれでも軽く小突いたって感じか。痛いと人は悲鳴をあげる、もちろん訓練された軍人なら話は別だが、レイなら、洗脳を一部解除して感情を表に出せる年頃の女ならば、
「きゃああーーっ!!」
叫ぶ、なかなかの音量、何デシベルだ、やってくれる、いい仕事だ。周りが騒がしくなる、ざわざわって感じだ、あっという間に俺たちを取り囲む影。次々に集結する魔物ども、好物の人間の悲鳴を聞きつけて駆けつけた千の魔物どもだ。
これならどうだ、チワワの表情は以前として不敵な笑みを浮かべている、これしきへでもないってか。
俺は倒れたまま魔物に命令を下す。
「やれ! 魔獣チワワを始末しろ!」
魔物どもが雄叫びをあげる、開戦の合図だ。山を滑り降り、岩肌を駆け上がり、魔獣チワワに何千倍もの質量が襲いかかる。
それは戦いと呼ぶにはあまりにも圧倒的すぎた。そりゃそうだ、こりゃ力の差がありすぎる。
魔物どもがチワワに蹂躙されている。
牛人型魔物が振り上げた斧を、チワワはその腕ごともぎ取った。チワワの背後から、白骨化した魔法使いが火の玉を飛ばす、だがチワワが後ろ足で蹴り上げた岩が、まるで大砲のような威力で火の玉をかき消し、ついでに白骨化した魔法使いの骨を全身複雑骨折させる。岩で覆われた鬼のような魔物がチワワを押さえつけようとするも、チワワの『お手』により切り裂かれる。
ダメだまるで話にならねぇ、想像を絶する強さだ。これはダメだ、立ち退きも駆除も今は不可能だ、むしろ生きて帰還することが頭の仕事だ。
「うぷっ」
レイは口元を抑えてえずいてやがる。
「おいレイ動けるか」
「お腹が痛いです、それにこのスプラッタを見たら気分も······おえ」
「よし、立て」
「わー、体が勝手に立っちゃうー」
俺も立ち上がろうとするが腕と頭がないボディでは、それすらも難しい。試行錯誤してようやく立ち上がる眼前には魔物の死体の山が出来ていく。
「ど、どうしましょう······このありさまでは、うえ」
「逃げるぞ」
「え」
「死んだら仕事はできねぇ」
「やった! てっきり私もここで死ねと言われるんじゃないかと思ってました!」
「レイはパロムとのパイプ役だからな、みすみす殺すわけがねぇだろ(それにレイとは契約関係だ)」
「······」
贅沢に千の魔物を足止めに使い、俺たちは逃走する。
魔王め、こうなる事がわかってて俺をここに来させたな。戦力が違いすぎる、これじゃ仕事どころじゃねぇ。······いや、待てよ、俺の魔力を奴にぶつければあるいは、
完全に捨て身だ、命の保証もない。この鉱山を潔く諦めるってのも一つの手だが、それじゃ成長スピードが分からねぇ勇者に先を越されちまう。それに魔王からの信用もなくなるだろう、口だけ立派なゴミクズなんざ処分されて当然だ。戦略的撤退にはまだ早すぎる。
「レイ、やっぱり戦うぞ」
「ええ!? 逃げましょうよ! 今度こそスクラップにされちゃいますよ」
「奴に俺の全魔力をぶつける、魔法はそうだな、よしあの火球でいく」
「きっと当たらないですよー」
「当たらないじゃねぇ、当てるんだよ」
まずはシチューをあの場に留める。
「レイ、シチューの動きを止めろ」
「無理ですよぉ、千の魔物で襲いかかっても足止めにしかならないんですよ?」
「そうか、足止めはできてんのか」
「え、ギア、何を考えているんですか!?」
「ここから全魔力を放出する」
「いやいやいや、魔物たちも巻き込んでしまいますよ!」
「シチューに殺されるか、俺に殺されるかの違いだろ、ならば有効的に使ってやるまでだ」
「ひどい! 人でなし! おに! あくま!」
「なんとでも言え、なんにでもなってやる」
俺は暴れ回るシチューに標準を合わせる。敵意丸出しだが、周りにいる魔物どもも敵意を放っているからな、さっきみたく俺の体が引きちぎられるまで猶予がある。
どのくらいの威力になるか分からねぇが、全力でいいだろう。前みてぇに暴発しねぇように魔力をギュウギュウに詰めるイメージで俺は呪文を唱えた。
「火の玉」
俺の目の前に太陽のように光る火球が出現しただけだ。今度は爆発しなかった、失敗から学べたな。
「あ、ああ」
レイが言葉にならない声を出してへたり込む。
その間も火球は大きくなり続ける。
「おい、これは成功したのか?」
「分かりませんよ! こんなの! おっきすぎます!」
火球はどんどんでかくなる。シチューも魔物どもも戦闘をやめて俺に視線を向けている。
「ただ」
「だだなんだ」
「この魔法······火炎魔法の中でも上級の超新星にそっくりです」
メ〇を撃つつもりが、火力を間違えてメ〇ゾーマみたいな威力になっちまったってことだな。
「まぁいい、強力なことに越した事はねぇ」
「いやぁ、これは私たちも焼け死にますよ······すでにめちゃくちゃ熱いですっ!! 私だけでも逃げていいですか!?」
「ダメだ」
「そんなー!」
熱いのか、俺には感覚がねぇから
「考え直してくださいよぉ、その魔法を解き放ったら、私たち確実に死んじゃいますよー」
「ちぃ、キャンセルするにはどうすればいい」
「魔力の供給を止めるか、相対する同等またはそれ以上の魔法で中和すれば止められます」
「魔力を止めるだァ? どうやるんだ?」
「呪文の取り消しは初心者には無理です!」
口論している間にも火球はでかくなる、一戸建て並の大きさになっている。
「ああ、臨界点に達して飽和して暴発します! もうダメだぁ! 姉さーーん!」
なす術がねぇ、俺はこのまま自滅するのか。
上等だ。
「おいレイ」
「わ、私はあんなの止められませんよ!」
「バカ違ぇよ、俺の後ろに隠れてろ」
「え、優しい」
「優しくねぇ、死にてぇのか早くしろ」
「は、はい!」
「相対する魔法つったよな?」
「は、はい!」
「その相対する魔法ってのを教えろ」
「そんな即興で唱えるなんて、魔法適性も調べないと」
「ごちゃごちゃ抜かすな、焼け死にてぇのか」
「氷の玉です!」
「氷の玉」
俺が呪文を唱えると、火球の傍に氷の玉が生成された、よく溶けねぇもんだ。その氷球に魔力がどんどん吸われていくのが感覚でわかる、意識を氷球に向けて集中する、成長スピードが上がった。
「す、すごい、一発で初めての魔法を成功させた······ってこれ、形こそ違いますけど、氷雪魔法でも上位の絶対零度!?」
「おい、こっからどうすんだ」
「は、はい! えっと、相対する同等の魔法をぶつけて相殺するんです」
「ちぃ、まだ火球の方がデケェな」
だがそれも時間の問題だ、しかしその時間の問題が大問題だ。
「あ、あぁ、シチュー様が……」
「そこでずっと惚けてるわけがねぇか」
チワワがゆっくりとした足取りで近づいてきている、周りの魔物どもは殆ど殺されて、後から来た魔物も火球に怯えて近づこうともしねぇ。
「クソがこうなりゃ両方ともぶつけてやる」
「さっきより悪化してるじゃないですか!?」
シチューは火球も氷球も気にしていない。ヤバイか? いや、これしかねぇ。意識をシチューに向ける、すると火球と氷球がチワワに向かって落ちていく。
シチューの全身の毛が逆立つ、口を大きく開いている、何をする気だ。
「これは……さすがにダメだろ」
そう言って現れたのは、星形の頭をした魔人だ。ふらりと俺とシチューの間に入ってきた。
「おい邪魔だ退け、シチューの攻撃と俺の魔法を両方受けるぞ」
「君がギアか、噂通りの危険な……ん? 手が取れるどころか頭まで失っているじゃないか、なんて無茶を」
「避けろっつってんだバカが燃えて凍れ」
直後、魔法が星型魔人に直撃する、凄まじい熱が辺りを焼き尽くして焦土と化そうとする、だがそれを冷気がまとわりつき抗う。しかし火球の方が大きいまま放っちまったから、冷気は次第に消えていく、再び灼熱が俺たちを襲……わない。熱が消えただと。
「こんな危険な魔法を易々と使っちゃダメだろ、扱いきれないなら尚更だ、私がいなかったら君自身だって無事じゃすまなかったよ」
星型魔人の野郎、ピンピンしてやがる、あの熱をどうやって消した?
「そんな視線を向けないでくれないか、自己紹介がまだだったね、私は九大天王の一角、凝縮された星のディザスター」
ディザスターは悠然と立ち続けている、無傷だ。
「俺の魔法をどうやって消した」
「消した? その解釈は違うな、正確には消したのではない、吸い寄せたのさ」
吸い寄せただと、あの火球と氷球をか。
「レイ、こいつの説明をしろ」
「え、あ、はい。ディザスター様は九大天王の中でも最強の防御力を誇る魔人です」
「他には?」
「私が知っている情報はそれだけです」
能力までは知らねぇか、吸い寄せるだけじゃねぇだろ、どんな魔法を使ったんだ?
「おい、もういいからそこを退け、今はシチューの相手が先だ」
「ああ、魔獣チワワか、旧魔王時代からいる古株だね」
ディザスターの話もお構いなしに、シチューが俺に襲い掛かる。
「おっと、話の途中だよ」
ディザスターがそう言うと、跳躍して空中にいたシチューが上から殴られたみてぇに真下に叩き落とされた。
「重力魔法……」
レイが呟く。
「重力魔法だと?」
「はい、今のは重力魔法といって、重力を強くしたり弱くしたり、上級になると重力を発生させることもできます」
「なるほどな、その魔法を使って俺の魔法を吸い寄せたのか」
それでも疑問が残る、なぜ奴は無傷なのか。吸い寄せたってのが本当なら直撃したはずだ。
「別に隠すことでもないさ、周知の事実だからね。私は一つの星を凝縮して生まれた星型魔人なんだ」
「星を丸ごと一つだと」
「そうさ、こう見えてもこの体には凝縮された岩盤が何層にも重なっている、星だから熱にも寒さにも強いんだ」
桁がちげぇ、こんなのが、こんな生物がいるのか、星一つだと、その話が本当ならこいつは硬い硬くないの話を逸脱している。火球は凄まじかったが核兵器ほどではねぇ。核兵器でも地球の表面、薄皮のさらに上澄みの部分を局所的に焼くことしかできねぇんだからな。あんなちゃちな魔法が効かねぇわけだ。
「故に私は最硬の魔人、どんな攻撃でもビクともしないのさ」
「はるるるる!」
シチューが立ち上がっている、その視線は俺にではなくディザスターに向けられている。
「おい、そんな目を向けたらダメじゃないか、仲間なんだ、争うつもりなんて」
シチューら超重力もなんのその、脚力任せにディザスターに飛びかかる。魔物の体を豆腐のように切り裂いた爪がディザスターに当たる。
「落ち着くんだ、私と君では相性が悪いだろ、それに私は敵じゃないと言っている」
「がるぅ」
ディザスターは微動だにせず話を続けてやがる、だがシチューは諦めない今度は牙だ。
「躾がなってない、一から教える必要がありそうだ」
鉱山に居座る魔獣を追い払いに来たつもりが、九大天王同士のバトルが勃発しやがった。
「ふ、いかにシチューが私と同じ九大天王といえど、私と君とでは星と犬さ」
「え?」
「レイ、語らせておけ」
まぁ、あのディザスターの言うことも間違っちゃいねぇ、星と犬が戦って勝つのはどっちと言われりゃあ、それは間違いなく星だろう。あの硬さは確かなもんだ、シチューの攻撃力を上回っているのは歴然だ。その事実に至る頭がないのか、シチューはいまだに眉間に皺を寄せて抗っている。
がごん。
シチューの口が大きく開く、自ら顎を外したな。口の中が紫色に発光する、そして質量の法則を無視したものがずるずると出てくる。あれはなんだ、魔法か。その様子を見たディザスターが、初めて焦りを見せた。
「む! それはダメだろ! 何を考えているシチュー!」
「おいディザ(スター)、あの犬っころは何をしようとしてやがる?」
「その呼び方についての言及は後でするとして、あれは魔王砲だ」
「魔王砲?」
「シチューが旧魔王から預かったとされる最強の遠距離魔法さ」
「それが奴の切り札か、どれくらい強いんだ」
「魔王砲はあまりにも強力なため、撃つ時は下を向いてはいけないと言われている」
「どういう意味だ?」
「下に撃てばこの星を壊してしまう」
そんなに強力なのかよ、旧魔王、たしかイズクンゾつったか、とんでもねぇもんをペットに渡しやがって。
「じゃあどうするんだ、さっきの重力魔法でどうにかなるのか?」
「やりようはあるが危険だ、大丈夫、シチューの対策はここに来るまでに済ませてある、使いたくはなかったがね」
ディザスターはそういうと懐から袋と銀の皿を取り出した。
「なんだそれは?」
「友人から聞いた話だと、シチューはこれが好きらしい」
「これは」
「さ、これで仲直りだ」
俺はこの世界に来て、シチューに次いで懐かしいものを見た。
「ドックフードじゃねぇか」
この体じゃ匂いなんかも分からねぇが、あの形状、間違いねぇドックフードだ。
「おい、なんでそんなものを持っている」
「その友人の特技で召喚してくれたんだ」
まさかそいつも? ······いや今はそのことはいい。
「だがそれで食いつくのか? 目の前に敵がいるのに呑気に飯なんか食うのかよ」
「言われてみるとダメな気がしてきたな」
その言い合いを聞いていたレイが叫ぶ。
「二人とも!早くしないと魔王砲が発動しますよ!」
「そうだったね、これに掛けるしかない」
「ちぃ、そんなもんが上手くいくわけねぇだろ」
ディザスターは銀の皿にドックフードをよそう。カラカラと乾いた音がする。シチューは目を見開くだけで他に変化がねぇ、やっぱり失敗か。
「おい、この作戦は失敗だ、早く次の策を」
「待て! ギア、あれを見てみるんだ」
「あん?」
おもむろにシチューが口を閉じた、それと同時に魔王砲も崩れて消えていく、集まっていた魔力もシチューに吸収されていった。シチューの口から魔力の代わりに唾液が垂れ始める。
「作戦成功ですよ!」
「信じらんねぇ」
「まぁまぁ、ほらシチュー、君のご飯だたんとお食べ」
シチューが皿に食らいつく、皿ごと食ってるぞ。ドックフードと皿は刹那的速さでなくなった、シチューは小さな舌をしきりに出し入れしている。こちらを大きな目玉で見てきやがる、心なしか輝いて見える。
「ふ、それも計算のうち」
ディザスターはそう言うと、懐から新しい皿とドックフードの袋も取り出た。
「おかわりはまだある、いくらでも食べるがいいさ」
シチューは一心不乱に暴食している、そんなに美味いのか。
「おい、このドックフードを作ったやつはどんな料理人なんだ?」
「作ったのではない召喚だ、おっとあまり友人の手の内を明かすのはダメだな、彼は料理人ではないことだけは教えておこう」
微妙に口の軽いやつだな。
結論からいえばシチューは腹を空かせていただけだった。
胃袋が満たされて、今は籠の中で大人しく寝ている。まだどこに移動させるか決めてなかったな、まずは魔王の部屋に連れていくか。
シチューが魔王に無礼を働けば始末できて一石二鳥だ。メアたちのところに戻ると、ポラニアが真っ先に駆け寄ってくる。
「ギアのその格好、九大天王のディザスター様、それに大人しくなったシチュー様、聞きたいことは山ほどあるポメ」
状況をレイに説明させた。
「魔物たちがほぼ壊滅だと······」
セギュラが驚いたように目を見開く。
「だがその損失に見合ったものは手に入った」
「そう······だな。さすがはギアだ」
「あん?」
「同胞を殺されても感情のゆらぎが一切感じられない」
「ああ?」
目的を達成するための必要経費だろ。
「私はギアのそういうところに、ボスとしての素質を見出したんだ」
「なんだ?」
セギュラは勝手に納得して頷いている、こいつは本当に理解不能だ。メアが割り込む。
「なに自分の手柄のように言ってるのよ! すべてディザスター様のお陰じゃない!」
「メアはくつろいでいただけじゃねぇか」
「これは必要な休息よ!」
ポラニアが興奮気味に一歩前に出る。
「シチュー様はどうするポメ?」
「どかした後のことは考えてねぇ、とりあえず魔王のところにでも連れていこうと思ってる」
「その例のご飯を与えれば大人しくなるポメね?」
「ああ、間違いねぇ」
「なら僕のラボであずかるポメ!」
「危険だろ」
「大丈夫ポメ、ちゃんと例のご飯はあげるしお世話もするポメ」
捨て犬拾ってきたガキかよ、まぁどうでもいいか。
「好きにしろ、それにそういうのを決めるのは魔王だろ、魔王に直接言え」
「ありがとうポメ、さっそく魔王様に納得してもらうための書類作成に取り掛かるポメ」
本気だな、俺たちは帰路についた。損失もあったが将来的にそれを超える利益をもたらす、結果論だがいい仕事をした。
数日後、玉座の間。
『犬小屋』に行ったメンツが集められている。
「ということポメ」
ポラニアが一連の流れを説明した。
「ほう、あの獰猛なシチューを懐柔するとはな。渡した兵たちをほとんど使い潰したことは大目に見よう」
「ありがとうポメ、それで魔王様」
「なんだ?」
「シチュー様を僕のラボに預けて欲しいポメ」
「……構わん、もとより旧魔王の忘れ形見だ好きにしろ」
「ありがたき幸せポメ」
そういってポラニアは一歩下がる(すでに数百ページに渡る書類は渡してあったからな、あとはこういう公の場での許しを得るだけだった)。
俺の番だ。
「魔王」
「なんだ」
「『犬小屋』での採掘許可をくれ」
「好きにするがいい」
よし、これで魔鉱石を採掘できるようになった。
魔王はその話は終わったとばかりに俺の隣にいる九大天王に視線を向ける。
「ディザスター」
「はっ!」
「帰って早々だが、チョウホウ街に迎え」
「畏まりました。チョウホウ街ですか」
「そうだ、王国軍の侵攻がそこまで来ている、他の九大天王は別の任務にあたっていて手が出せない」
「あそこは広い上に入り組んだ作りになっていますから、あそこを落とされ拠点にされると痛い、この私が魔王軍の威厳を示して参りましょう!」
王国軍か、勇者に肩入れする邪魔者ってことろか。
「王国軍は強いのか?」
あの硬いディザスターや、魔王砲を持ったチワワを解き放てば済みそうなもんだがな。
「人は強い」
「強いか?」
あんな脆弱な肉体の人間が強いだと。飯、睡眠、排泄、その他もろもろメンテが必要な効率の悪い人間が強いだと、戯言だ。
「ギア、人間を舐めるな。奴らは我らにはない強さを持っている」
元人間の俺より、この魔王の方が人間を知ってるって感じだな。どうでもいいけどよ。
「まぁよい、そんな体になってまで奮闘したのだ、しばらく養生するがいい」
こんなもんパーツ取り替えりゃすぐ元通りになる。とか言ってもしょうがねぇな。報告は終わりだ、鉱山の整備に、採掘した鉱石の加工、鉄なら溶かす鉄工所も必要だ。やることは山ほどある。仕事が山積みだ。




