第3話 魔物襲来
誕生日から三日後の早朝、見張り台から聞こえるけたたましい笛の音によって目覚めた。
「こ、これは」
緊急事態を知らせる笛の音だ、リズムによって大まかな理由が分かる仕組みになっている、このリズムは魔物の襲来を意味する、台所で朝食の用意をしていたセニャンが慌てて俺のところに来た。
「バーガー! 魔物や!」
「落ち着いてください」
笛の音はさらにリズムを刻み始めた、細かい情報を流し始めたんだ。簡単な暗号だ、慌てるな、えーと。
「魔物襲撃。青猪。数100頭以上。侵入済み……」
いまタスレ村を襲撃しているのは南の森に生息する猪型の魔物、青猪だ。硬く短い青い体毛で覆われていて、体高は1mを超える巨大な猪だ。1頭だけならさほど驚異でもないが今回は数が違った、100を超える群れが来た。すでに侵入されているようだ。ここの警備はしっかりしているから突進攻撃で柵が破壊されたのかもしれない。
至る所で戦闘音が聞こえる、畑に出ていたウィルがすっ飛んできた、その顔はいつものだらしないものではなく真剣そのものだった。
「ウィル! 魔物や!」
「わかっとるわい! ワイの棍棒寄越さんかい!」
「は、はいな!」
セニャンはオブジェと化していた棍棒を引っ掴んでウィルに投げ渡す、片手で受け取り転がるように家を飛び出していく。
「息子を頼んだで!」
「任しとき!」
セニャンは戸締りをしっかりして、鍋を被って包丁と鍋蓋を構える。
アイナは大丈夫だろうか、そう思い居てもたってもいられなくなる。俺はここでじっとしているだけでいいのか? 否、俺は勇者だ。
「待ちぃ、どこに行くんや?」
「俺も戦います」
「ダメや! アンタはまだ子供や、行かせられんで」
「でも、俺は勇者です!」
「その前にあたしの息子や! 今は大人たちを信じとき!」
セニャンの気迫に押され俺は押し黙る。レスバトルで完全論破された気分だ。ここで待って無傷でいることがウィルたちの願いなのは分かるが······。
「大丈夫や、ウィルは強いで、あの棍棒を振る見事なフォームに、あたしは惚れ込んだんやからな!お隣さんのお父さんも凄腕の弓使いや、アンタとアイナちゃんはしっかり守られてるんやで」
俺の不安そうな表情を見てセニャンはそう元気づけてくれた。そうだったのか、俺は知らずに守られていたのか。その言葉に安堵した矢先、ガラス戸を割ってウィルが飛び込んできた、血だるまだ、満身創痍だ。
「あっかーーん! 数多すぎるわ!アホか!」
「何してんねん! 気張りや!」
「もう三十路やで? 膝ガッタガタや!」
「父さん、ジッとしてください治癒をかけます」
「お、すまんな、お!」
しかしウィルはなにかに気づいて、割れたガラス戸の方に向かっていく。
「セニャン、バーガー下がっとき、怪我するでー」
「え?」
「奴さんや」
青猪だ、堂々とウィルが割ったガラス戸から入ってくる。で、デカい、体高1m以上あるじゃないか、データと違うぞ、体重だって100キロは超えてそうだ、額に深い傷が付いている。
「ワイと決着付けに来たんか! 律儀なやっちゃ!ぺ!」
ウィルは手に唾を吐いて棍棒を握り直す。よく見なくても分かるウィルは限界だ、青猪もそれを知ってかジリジリと詰め寄ってくる。
「セニャン! バーガーを連れて逃げるんや」
「わ、わかったで!」
セニャンは俺を抱えると数歩下がる。それを見た青猪がウィルを無視して襲いかかる。セニャンは俺を抱え背を向けて丸くなる。ま、まずい!
「アホか!ワイの目が黒いうちはなぁ! 家族に指一本触れさせるわけあらへんやろがい!」
あの巨体を打ち返した。なんて力だ、どこにあんな力が?
「一家の大黒柱ぁ、舐めんなや!!」
同時に傷口から血が吹き出す。
「あ、あんた!」
「おー、フラフラしよるわ、どや豚さんもう引き分けってことで逃げてくれへんか?」
「なに弱気になってんねん!」
「今ので力全部使い果たしてもうたわ、吹けば倒れるでぇ、だから、はよ逃げぇ」
ヘラっといつものように笑った。
「ブオオ!!」
青猪の目が血走っている、完全にブチ切れている。無慈悲な突進攻撃がウィルをーー
「······ッ! え?」
身構えたウィルは急に動きを止めた青猪を不思議そうに見つめる。青猪はゆっくりと傾いていきドスンと横に倒れた。
尻に矢が刺さっている、これはエルフ属の矢だ、エルフたちが使う矢は矢羽の色で種類がわかる。この矢の矢羽は紫色だ、紫色は毒草から作り出した毒を矢尻に仕込んである毒矢だ。
「大丈夫ですか!」
颯爽と現れたのはエルフ特有の軽装に身を包んだアイナだ、助けに来てくれたのだ。まるで勇者のような登場に俺はバンズの奥が熱くなるのを感じる。
「おおきに! 助かったでホンマ······イテテ」
「ウィルさん! ひどい傷、すぐに治療しないと」
「か、かまへん、薬草しゃぶっとれば動けるで!まずは魔物どもをどつき回すのが先や」
俺の治癒魔法も受けずにウィルはアイナと出ていってしまった。
結果からいえば青猪の群れを全滅させることには成功した、しかし被害は甚大だ。幸い死者は出ていないものの、村の主力たちが軒並み怪我をしてしまった。
「薬草だけじゃ足りない······」
アイナが頭を悩ませている。備蓄してある薬草だけではこの人数を捌ききれない。自然治癒では戦力が整うのに時間が掛かる。
「ウィル、しっかりしぃ!」
「セニャン······ワイはもうダメみたいや······イテッ! 怪我人を殴るなやー」
「アホなこと抜かすからやー!」
ウィルもふざけているが傷を負っている。またいつ魔物が襲ってくるかわからない以上こうしてはいられない、でもどうすれば?
「上薬草を取ってきます」
村人たちがざわめく、上薬草は南の森の奥にある。しかしそこに行くには単独では危険すぎる、装備を整えて集団で行くところなのだ。現在動ける戦力はアイナしかいない、彼女だけが抜きん出た弓さばきで射る敵全てを一撃で仕留めたからだ。
「アイナ、ダメよ、危険すぎるわ。隣の村から薬草を分けてもらってそれで」
「隣村の方が南の森より遠いです。その間に怪我が悪化したり、魔物が現れたりしたらその時は私だけでは皆を守りきれません」
アイナは母カレーナの言葉を珍しく否定した。アイナの視線の先には父イシルウェが横になって眠っている。彼の傷が特に酷い、魔物が襲来したときに南の森を監視する見張り台にいたのはイシルウェだった、あの笛を吹き続けてくれたのは彼だ。一番長く戦った彼は青猪に見張り台を倒されて突進をまともに受けてしまった。
村人たちの顔が暗いものとなる。怪我人のうめき声と僅かに励ます声が事の重大さを物語る。やれやれ、とうとう来てしまったか、ここは俺の出番だな。勇者として、否、困っているヒロインのために俺はやらねばなるまい。
「俺もついていきます」
「あんた何言ってるの、ダメに決まっとるやろ」
「女の子を一人で行かせるなんて、それはもう勇者でもなんでもないと思うんです」
「でもなぁ」
「セニャン、バーガーの好きにさせたれや」
「あんた······」
「バーガー、ワイがあの時、下ろしたのはなんでだと思う?」
下ろした? 俺は少し考えてピンときた。1歳の頃だ、アイナと仲直りするために俺はウィルに下ろしてくださいと言った。同じ部屋に俺を食べた相手がいるにも関わらずウィルは渋ることなく俺を床に下ろしてくれた。
「なんでですか?」
「信じとるからや、息子のお前をな。現に正解やったろ?」
俺とウィルのやり取りを聞いてセニャンも根負けしたのか俺を下ろしてくれた。俺の信じる息子を信じろ理論は強い。
「ええか、ヤバくなったらすぐ逃げるんやで、ええな? 逃げることは全然恥ずかしい事じゃないんやからな! 死んだらあかんで」
「はい」
「アイナちゃん、息子を頼んだで」
「はい! 絶対に守ります!」
俺とアイナは、村で一番速い馬を借り、母からもらったマントと父からもらった短剣を携えて、南の森に出発した。
タスレ村の南には広大な草原が広がっている。現在、そこを俺とアイナは馬に乗って移動している。俺はアイナの前にいる。振り向きたい気持ちに駆られるが我慢だ。話でもしてこの気持ちを紛らわそう。
「馬術の練習もしていたのか?」
「はい、夜にこっそりと。まさかこんな形でバーガー様にお見せするとは思っていませんでした」
「練習っていったて、まだ10歳なのに上手いもんだな」
「この子だからですよ。私みたいな子供でもちゃんということを聞いてくれます」
馬の名前はエ〇ナと名付けよう。
否否、この馬は確か村長の馬だ。名前はすでにあるはずだ。
「バーガー様、魔物です。こちらに気づいて後ろから追ってきています」
「あれは青猪か、まだ村の近くにいたのか」
「どうしましょうか? 足を射るだけでもこの子なら追いつかれることはないと思います」
「ダメだ、できる限り始末しよう。帰りも馬で帰れるとは限らないんだ、この遮蔽物がない草原に馬なしで出くわしたら勝機は薄い」
「わかりました、では毒矢で確実に仕留めます! バーガー様は危ないのでこのまま鞍にいてくださいね」
「え、何してんのぉ!」
アイナな俺を鞍の上に置くと、器用にも馬の上に立ったのだ。その射る姿勢は見事なもので、驚異的なバランス感覚を有していることがわかる。エルフ属は木登りも得意だというが、揺れる馬の上に立つ勇気を持っている者は少ないだろう。アイナの放った毒矢は青猪の眉間の中心に刺さり一撃で絶命させた。
「よし! 上手いな」
「ありがとうございます!」
「あの毒矢すごいな、一撃で仕留めるとはかなり強い毒なんだな?」
「はい、私のは毒草だけではなく毒虫の毒も使ってます。それらを凝縮して矢尻に仕込んでいますから熊もこの一本で倒せますよ。お肉はダメになっちゃいますけど」
それも森に詳しいエルフ属だからできることか、長所を活かしていて実に素晴らしい、俺もハンバーガーであることを活かせればいいのだが、どうすればもっと美味しくなれるのだろうかとか、そういうことしか思い浮かばない。
「森が見えてきました、このまま行きましょう」
「ああ、休まずに行けば半日で森の奥に行けるはずだ」
「はい!」
アイナは意気揚々と馬を走らせる。森の中は静かなものだ。小気味のいい馬の走る音のみが響く。出会った魔物もあの青猪1頭だけだった。
「森に来たことあるのか?」
「いえ、父から話を聞いたくらいです、でも大丈夫です、エルフ属は森で迷わないのが強みですから!」
「森においてエルフの右に出る者なしか」
「そうです、と言いたいところですが、私たち以外にもダークエルフという種族も森に長けているみたいです」
俺はルフレオの言葉を思い出す、ダークエルフは排他的な種族で特に呪術にも長けている種族だという。呪いか、おお怖い怖い、俺より呪われてる奴がいるならぜひ見てみたいもんだな。
ふと俺は女神のことを思い出し、木の枝や葉に覆われた空を見る。女神は俺の思考は読めるんだろうか? あのテレビのような監視スタイルならTPS視点でしか俺を監視できないと思うが。なんて上を見ているとアイナと視線が合う。
「あ、あの、バーガー様、私の顔に何かついてますか?」
「い、いや、空を見てた」
「空を? 森が深くて見えませんが、何か考え事ですか?」
「ちょっと神のことを」
「神ですか、バーガー様が信仰しているなんて初耳です、タスレ村ではそこまで流行ってないんですけど。ちなみにどの宗教ですか?」
「女神になるのかな、下僕みたいなもんだけどさ」
「女神? 聞いたことのない神様ですね。あ、勝利の女神とか、そういう意味ですか?」
あれ? 女神って有名な神じゃないのか? 唯一神とばかり。まぁ、村では信仰心の強いやつなんて王国から来た人が数人いるくらいだしな。
それに女神を信仰するなんて家族を人質に取られたとか、そんなことがない限り無理な話だわな、いるとしたら狂信者くらいなものだろう。ん?それなら一定層はいるのか······やだ怖い。
「まぁ、そんなところだ。む、あれは」
俺が見据えるのは、木々が鬱蒼と生い茂る空間だ。明らかに雰囲気があそこから変わっている。
「はい、あそこから森の奥になります。馬を放ちましょう、口笛で駆けつけるように躾てあるので、縛り付けるよりかえって安全です」
「わかった、ここからは歩きだ、肩に乗るぞ」
「はい!」
俺はアイナに優しく持ち上げられ肩に乗せてもらう。俺の短剣は使う時以外、アイナが持ってくれている。
「ん……乗り心地はどうですか?」
「うん、いい感じだ。俺、重くない?」
「ふふ、女子みたいなことを言ってるんですか、バーガー様くらいなら射撃にも支障は出ませんよ」
今更だが俺は戦う術を持っていない、短剣はあるが戦えるか正直不安だ、あの青猪と戦えと言われたら五分五分くらいだろうか。
どちらかというと今の俺はヒーラーだ、大事な薬草を3枚も挟ませてもらった。干し肉も挟んであるので多少動き回ったくらいじゃ薬草が萎びることもない。それとは別に解毒草も1枚だけ挟んである、念の為だ。
「済まない、カッコつけて来たけど今の俺にはまともに戦う術がない。回復役が精一杯だ」
「何を言ってるんですか! 私バーガー様が来ると言ってくれた時すごく嬉しかったんです。正直1人では心細かったので」
そう、だよな。危険な森の奥に1人で。村一番の弓の名手、先の戦いでも唯一無傷で戦いきったとはいっても彼女はまだ10歳の女の子なんだ、それなのに俺は何を弱音を……前世の過酷な筋トレの時ですら弱音なんて吐いたことないのに。
「ふっ、俺がアイナを1人で危険なところに行かせるわけないだろう、それに俺には父からもらった短剣がある、いざという時は任せておけ」
「バーガー様······、はい! 頼りにしてます!」
俺たちは森の奥に侵入した、魔物が住まう魔の森へ。森の奥は魔物が多い。これは集団狩猟が原則化されるのも頷ける。
「魔物発見、青猪です」
「よし、射れ」
「はい。命中。標的倒れました」
エルフは森でも目が利く、位置取りも素晴らしい、鼻のいい青猪よりも先に気づき先制毒矢で確実に仕留めていく、逐一俺に確認とってくるのがなんとも可愛らしい、おっといけないいけない、体が使えないなら頭を使わねば。
「矢の本数は大丈夫か?」
「はい、矢筒にはまだ10本残ってます」
アイナは矢筒を見ないでいった。矢の残りもちゃんと把握しているのか、さて10本を多いと見るか少ないと見るか。
「矢を抜いて再利用しよう、できるかな」
「毒矢には返しがついているので、短剣で肉を切り裂けば取れます。ですが少し時間がかかりますし毒が落ちて効果も薄くもなります」
「アイナ、焦る気持ちもわかるが、急いで矢が無くなったら元も子もない。俺たちは最低でも生きて帰らなければならない。少し時間をかけてでも矢を回収するべきだろう。ただ長居はするな死体の臭いを嗅ぎつけて別の魔物が来るかもしれない」
「はい!」
アイナは感心したように頷くと手際よく青猪の肉を切り裂き矢を回収する。一射一殺、そんなぬるい計算でいけば11頭の猪をい殺せる計算になる、完全に皮算用だ。アイナが作業をしている間、周りを見ていた俺は、青猪の隣に生えている毒々しい紫色をした草を発見する。
「バーガー様、気をつけてください、それは毒草です」
「森の奥にしかない草か、その毒矢の原材料の一つだな」
ふと俺の脳裏に一つの疑問がよぎった、俺に毒は効くのか? 俺には毒に侵される臓器がない。ルフレオいわく無機物系の魔物には基本的に毒は無効らしい、どれ挟んでみるか。
「あむ! むぐむぐ!」
「あ! バーガー様! そんなもの食べちゃダメですよ! 早くベーしてください!」
犬初心者の散歩かよ! こうやって拾い食いさせちゃうんだな。俺はアイナを無視して解析を開始する。女神の声が脳裏に響く『毒草から『毒』を検出、1回使用可能』どうやら毒に侵されずに使うことができるようだ。アイナは俺の口をどうにか開こうとあたふたしている。
「大丈夫だ、毒は効かないっぽい」
「ぽいって······、わからないで試したんですか、試すならせめて万全な状態でお願いします······」
「わ、わかりました、すんません、これからはそうします」
口調はさほど変わっていないが、割と本気で怒ってるっぽかったので、俺は反省することにした。いちよ解毒草挟んであるんだけどなぁ。それいうともっと怒りそうだから言わないでおこう。さて、新しい魔法を試すか。
「今ので新しい魔法を覚えた、どんな発動方法なのか試すから離れていてくれ」
アイナは3歩下がった。それでも不安なので、俺は、俺の後方にある木の影に隠れるように指示を出す。さてさて、どんなもんかね。さくっと試して先に進まなきゃならない。
「『毒』」
鈴が鳴るような小気味のいい女神の詠唱のあと俺は粘度の高い紫色の液体を吐き出した。俺の目がある方からだから前方で間違いない、結構出た、俺は萎びた毒草を吐き捨てる。
「凄いです!本当に毒魔法が使えました!」
これで毒バーガーの出来上がりだ! 俺は戦う術を一つ獲得したのだ。
「ここらの植物を村に持ち帰って栽培できないのかな?」
「できないそうです、魔力の濃度が高いところでしか育たないそうです」
「なるほどな、ならここに村でも作るか」
「魔力の濃度が高いところには、強い魔物が集まると聞きます」
「むぅ、ままならぬものよ」
少し離れた所で必要な時に潜るのがいいってことか。そんな話をしつつ俺は具材を確認する、さっきのとは別に毒草を1つ見つけて挟んだから薬草3つに解毒草と毒草が1つずつだ。マシな具材になっただろうか? 今の俺はベジタリアン毒殺バーガーだ。
毒使いの勇者とか新しすぎる。ハンバーガーに転生した時点で珍しいのに、これも女神の思惑通りなのか? いや、女神あいつは3D女神(3Dメガネをまともに使えない女神の略)だしな。予想外なことが好きそうだし案外楽しく視聴してくれているのかもしれない。
「バーガー様、青猪です」
「よし、射れ。にしても青猪多いな」
「命中。そうですね、本来の青猪はタスレ村の周辺ではこの森にしか生息していないはずです、数もこんな短時間で何頭も出会うほど多くないです、それが村まで来て、それが100頭以上の群れとなると、はっきり言って異常です」
「この森で何かあったのかな、もしかして魔王が攻めてきたとか?」
「その可能性はあります、100年間くらい魔王軍は大人しかったのでそろそろ大規模な動きがあってもおかしくはありません」
「気は抜けないな、ふむ、この森には他にどんな魔物が出るんだ?」
「肉食性の兎、殺人兎や、岩の皮膚を持つ岩狼なんかです」
兎も狼も、この森には入ってから一度も見ていない。青猪ばかりだ、生態系に変化が起きている、外来種でも入ったとか? いや青猪はここに元からいた魔物だ、じゃあパワーバランスが崩れたのは何故だ?
「バーガー様! ありました上薬草です!」
嬉しそうにアイナは森のひらけた場所を指さす、群生して生えている植物が目に入る、ってあれは。
「レタスじゃねぇかッ!!」
まんまレタスやん! スーパーに置いてある状態のそれやん! いやいや野生のレタスやぞ? もっとこう、どぎつい形しててもええんとちゃうの? レア感皆無やないかい!
「レタス? あれは上薬草ですよ! 早く取りましょう! 3玉もあれば村を救えます!」
「たった3玉でいいのか?」
「はい、葉っぱ1枚1枚が上薬草です。3玉と言いましたが、高価なものなのでできるだけ持って帰ります! お肉を巻いて食べるととても美味しいそうです!」
アイナは意気揚々とひらけた場所に出る。瑞々しい上薬草レタスが俺の眼前に広がる、うおお、早く挟みたい、ハンバーガーとしての俺の本能がそう叫ぶ。
そのとき俺とアイナはレタス畑を前にして完全に油断していた。
「ブオオオオオオオオオオオオオオ!!」
突如鳴り響くは獣の叫び声。俺たちはもっと考えなければならなかった、レタス畑が全く荒らされずに残っていた理由を、青猪が増えていた理由を、集団で村を襲った理由を。
俺たちが振り向くと、体高5mはある巨岩のような紫色の猪が立っていた。