第29話 チワワクエスト2
「で、なんでてめぇらがついてくんだよ」
玉座の間の前で俺は文句を言う、魔王と謁見するメンツは俺とホネルトンとレイ、その三人でいいと思っているからだ。なのに玉座の間の前には六人もいやがる。
「許可が降りたなら、私だって魔王様にお会いしてもいいはずだわ!」
まずはメアだ、こいつ芸能人に会う感覚でノコノコ付いてきやがった。
「私はギアの部下になった、ついていくのは当然の理だろう」
これはセギュラだ、いつにも増して意味のわからん理由だ。
「ポメ!」
これはポラニアだ、賢いんだからなんかしゃべれや。
ホネルトンが骨を鳴らした。
「魔王様は以前、多少の増減なら気にしない、と仰っていたので今回も大丈夫でしょう」
「そういう問題の話じゃねぇんだけどな」
この俺の発言に過敏に反応したメアがからんでくる。
「ならどういう問題よ、一人だけ抜けがけしようなんてそうはいかないわよ」
ちぃ、意外と核心を突いてきやがる。
「皆さん行きますよ、くれぐれも失礼のないように。礼儀作法は種族で違います、それは魔王様も理解してくださっています、ですが誠意は伝えるように、特にギア、いいですね」
「ああ」
各自、適当な礼をして玉座の間に入る、一日ぶりだ。構成は昨日と一緒か、魔王は玉座に座り、退屈そうに頬杖をついている。
「魔王様、お忙しい中、貴重な時間をーー」
ホネルトンの前口上を魔王は片手を上げるだけでやめさせた。
「挨拶はよい」
「はっ」
「して、見れば絶者候補が並んでおるようだが、なんの用事できた?」
静まり返る空間、さて謝るか。
「魔王、昨日の事を謝りに来た」
「ほう、お前は昨日の蛮勇者ではないか」
「蛮勇者じゃねぇ、絶者だ」
「絶者になるのはこの私よ!」
「おい、うるせぇぞ、空気読めよ」
「何よ!」
メアが口を挟んだところで、空気が鉛のように重くなる。メアが小さく悲鳴をあげた。
「ほら、魔王の前でみっともねぇ真似するから怒っちまったぞ」
「だ、だって」
鉛のように重い空気が徐々に軽くなっていく。
「少し脅かしただけだ、子供のすることよ。してギア、いま謝罪と言ったか?」
「ああ、謝りたい」
「狙いはホネルトンの右腕といったところか」
「そうだ」
「素直だな、だがそれはお前の身から出た錆ではないのか?」
「そうだ、だから謝罪にきた」
「ふむ、ならばまずは言葉遣いからだな」
「わかっています、これで宜しいでしょうか?」
その発言を聞いた周りの連中が、目を見開いて俺を見やがる。こいつら俺をなんだと思ってるんだ。
「むぅ、なんか気持ち悪いな、前のままのほうがいい気がする、どうだホネルトン?」
「え? あ、はい、魔王様のおっしゃる通りでございます」
なんでだよ。
「お前だけはその気概に免じて、そのままの口調でいることを許そう」
「お言葉ですが魔王様、気持ち悪いと、そう仰いましたよね、魔王様」
「その言葉遣いをやめろと言っているッ!!」
なんで怒鳴るんだよ魔王様。
「なんか気持ち悪いから、前のままでよい」
「わかった、魔王」
まぁ魔王が言うんだからな。
「じゃあ、ホネルトンの右腕を治していいんだな?」
「ああ、別に構わん、この間は虫の居所が悪かっただけだからな。そうだ我が治してやろう、ホネルトン、右腕を向けよ」
「はっ、失礼します」
ホネルトンは失った右腕を魔王に向ける、それを見たメアが小声で俺に話しかける。
「やっぱりあの右腕はギアがやったのね」
「ああ」
「それで謝りに来たのね」
「ああ」
「なら私の顔に頭突きしたことも謝りなさいよ!」
「嫌だ」
「なんでよ! それでチャラにしてあげようって言ってるのに!」
こいつは何を言ってるんだ。そうこうしている間にも話は進む、ホネルトンの右腕に魔王が手を向ける。
魔王の手のひらから黒煙が放たれる、それは断面に触れると右腕の形になる。
「できたぞ、どれ、動かしてみよ」
「はっ」
ホネルトンは新しい漆黒の右腕を動かす、握ってみたり、肘を曲げてみたり、適当に動かしている。少ししてホネルトンが魔王に向き直り。
「以前よりも動かしやすくなりました、ありがとうございます」
ホネルトンはその場に膝まづいて頭を垂れる。魔王は満足げに頷く。
「うむ、我の魔力から作った右腕だ、我のために使え」
「はっ! 必ずや!」
へえ、そのほうが強くなるのか。なら全身黒くしてもらったらいいんじゃねぇの?
「他に用はあるか?」
「ある」
「申してみよ」
「魔鉱石を採掘してぇんだ」
「魔鉱石? そんなもの勝手に掘りに行けばいいではないか」
「チワワが邪魔で採掘できねぇんだとよ」
「あの純悪魔獣か、旧魔王の置き土産……ふむ」
魔王が目を細める、何かあるな。
「その旧魔王ってのはなんなんだ」
「そのままの意味だ、前任の魔王、名をイズクンゾ・ダークロードという」
「それを聞くまではてっきり魔王が立ち上げた会社だと思ってた」
「会社? まぁよい。我は神龍、そもそも魔の者たちとは根本的に違う生き物だ」
「じゃあそのイズクンゾってのが、元祖魔王、創始者ってことでいいんだな」
「ん、そうだ、世界を手に入れることしか考えていない、自分の欲を満たすためならどんな事でもする、魔王の名を欲しいままにした男よ」
そんな奴が易々と魔王の座を明け渡すか? っと今はそんな事はどうでもいい、今は魔鉱石だ。
「話がそれちまったな、その置き土産の犬をなんとか出来ねぇか?」
「あれはイズクンゾにしか懐かぬ忠犬、それ以外には狂犬だ、退けたければ殺すしか方法はないだろう」
「なら始末するしかねぇな、九大天王だろうと邪魔してくるなら敵だ」
「問題がある」
「なんだ?」
「我はこの世界の理に深く干渉をする事はできぬ、やるのならば許可こそ出すが手は出せん」
ちぃ、ハンコ押しか。
「わかった、俺らで駆除してくるぁ」
「手は回しておいてやる、手厚くな、絶者の腕前見せてもらおう」
異世界出張三日目の朝、俺は初めて魔王城以外の異世界を見た。想定はしてはいたが、見たことねぇ景色がこれでもかと広がっている、見慣れたものが一つもねぇ。
眼前に広がるは要塞のような城下町、終わりが見えないほどに広い。空は灰色の雲で覆われている、全体的に薄暗い。多種多様な魔族が何人も行き来している。
振り返れば巨大な城がそびえ立っている、魔王城だ、カラーリングは黒と金、ところどころが脈打つようにぼんやり光っている。どれも規模が元いた世界とは段違いだ。城自体が一つの国として成り立つな。と、周りを観察していると、メアが甲高い声を出した。
「さぁ行くわよ!」
「だからなんでてめぇらまでついてくんだよ」
またしてもメア、セギュラ、ポラニアの3人がついてきていた。
「なんでって、手柄をみすみす貴方に渡すわけないじゃない」
「私はギアの部下だからな、戦いに向かうのなら私も共に行こう」
「勝手に出歩かれたらデータが取れなくて困るポメ、それにシュチュー様のいる地質を調べておいて損はないポメよ」
隣にいるレイに視線を向ける、俺にしか見えない角度でウインクされた。いや何も意思疎通できてねぇからな?
「ホネルトンは来ねぇのか」
「さすがに無理ポメ、ホネルトン様は新人育成を魔王様より承っているポメ」
「そうか、だが俺たちだけでどうにかできるもんなのか?」
「いまさらなことを聞くポメね、不可能ポメよ」
「不可能ってことはねぇだろ」
「ギアは九大天王の恐ろしさを知らないからそんな口がきけるポメ」
あのほわっとした骨オヤジがそこまで強いとは思えねぇけどな。魔法は大したもんだが、まだ本気を出していないってことか。
俺たちが門前でダベっていると、急ぎ足でホネルトンの使者の骸骨魔法使いが駆け寄ってくる。
「来たポメね」
「あん?」
「兵の準備が整いました!」
骸骨魔法使いがキビキビした動きでそう言う。
「兵だ?」
「魔王様が好きに使っていいと、魔物を1000頭ほど用意してくださったポメ」
1000ね。多いとみるか少ないとみるか。とにかくこれでやってみろってことか。
むしろこれだけの兵力を、たかだか一頭の小型犬なんぞにぶつけるってのは、さすがの俺でも酷な話だと思うぞ。
そんな考えも魔獣チワワを前にもろくも崩れ去ることになるとは今の俺は知る由もなかった。
「魔獣チワワ。旧魔王、イズクンゾが率いた魔王軍において四天王だった犬。魔王が新しくなり、旧魔王軍も新たな魔王に鞍替えをしていく中、魔獣チワワは頑なにそれを拒んだ。魔獣チワワの功績は数え切れず、幾多の戦場を旧魔王とともに散歩したと言われている。見知らぬ人を見れば吠え、軍靴の音を聞けばまた吠えた。魔王が帰宅すると嬉ションしてしまうこともしばしばだったという、小型魔犬なので完全室内飼いが可能とされているが、魔王は断固として散歩したという。旧魔王の愛犬、それが魔獣チワワ……だポメ」
「おい、いまその変な語尾つけなくても喋れてたよな?」
「ノーコメントポメ」
「こいつ」
現在、馬型魔物が引っ張る馬車に乗っている。馬車に乗車しているのは、俺の他に、レイ、ポラニア、セギュラ、メアの五名だ。呑気にチワワトークしていたが、後ろを振り返れば千の魔物が百鬼夜行ならぬ千鬼夜行をしている。どいつもこいつも凶悪そうな顔ぶれをしているが、暴れもせずに俺たちについてきている、これもホネルトンのいう躾ってやつの賜物か、ならば俺も考えを改めなければならない。外を眺めていたメアが振り向いた。
「いきなり魔獣チワワと戦えなんて無茶な話だと思うわ」
「何を弱気なことをいってやがる。そんなものやってみないとわからねぇだろうが」
俺の言葉に、腕を組んで瞑想していたセギュラも話に加わった。
「ギア、メアの言うことも頷ける。城下町より先に出ることなど今まで無かったのだからな」
「なんだ、城から出たことすらない初心な姫様だったのか?」
「むきーー!! そういう貴方だって生まれて数日のくせに生意気よ!」
「初めてでもどっしり構えてりゃいいんだよ、魔王だって無理な事を頼んだりしねぇだろ」
とまぁ、そんなこと言っても楽観視はしてられねぇ、普通にチワワの餌として扱われている可能性も考えておかないといけねぇ、だがそうだとしてもここで仕事は果たしてやる。
「そういや、お前ら歳はいくつなんだ?」
「レディに向かって歳を聞くなんて失礼よ」
「メアリーが3歳、セギュラが10歳、僕が5歳ポメ」
「ちょっとポラニア! なに勝手に答えてるのよ!」
「どうせ調べようと思えばいくらでも調べられるポメ」
「もう」
「思ってたより若いな、ポラニアとメアは犬と植物だから成長の早さは人間とは違うとしてよ、セギュラは10歳で大人なのか?」
とてもじゃないが10歳には見えねぇ、10代後半くらいの見た目してやがる。
「龍人は戦いに長けている種族だ、早く大人になり、長く若い姿でいられる、二十歳まで急成長して、そこから成長が緩やかになるんだ」
「そいつはなかなか合理的な進化を遂げたもんだな」
メアが目くじらを立てて俺に顔を近づけた。
「というか、私たちのことを若いって言うけどね、貴方のほうが若いんだからね、生後3日なんだから」
「3歳児に歳のこと言われたかねぇよ」
「むきぃ! 3日児のくせに! 3日児のくせに!」
数日が経過した。
「着きました、ここが魔鉱石の採掘場、通称『犬小屋』です」
レイはそう言うと、馬車の扉を開き俺をエスコートする、今の俺はさながら保育園の先生に扱われる5歳児だ。
俺はデフォでキラープロトタイプの胸の凹みにハマっている、歯車の時より燃費は悪い感じはするが、3日も経ち魔力が膨大になったため、全く問題ない大丈夫と俺が判断した。馬車内でメアやセギュラに襲われた時のためにも常にこの状態でいたほうがいいだろうしな。
ポラニアが魔物たちに指示を出して積荷からキラーを取り出させる、ラジコンで操作して不具合がないか確認している。
「このキラーってのは強いのか?」
「Aクラスはあるポメ」
「Aクラス?」
「周りにいる魔王様から頂いた魔物がBクラスだポメ」
ほーん、周りのこいつらよりは強いのか。
「俺のこのボディは?」
「Cクラスだポメ」
だろうな、なんたって試作機だからな。キラーの方は青年くらいの背丈がありやがる。
「キラーには、ここの魔鉱石ほどではないポメけど、それなりに硬度のある金属を使っているポメ」
ポラニアと話しているとセギュラが近寄ってくる。
「本陣を動かす前に斥候を出してみてはどうだ?」
「斥候ってなんだ」
「偵察部隊のことだ、魔獣チワワは小型魔犬だと聞いている、やつの戦い方は知らんが、その身体的特徴を活かした奇襲も視野に入れて、警戒しなくてはならないだろう」
「なるほどな、戦闘なんてしたことねぇからな。セギュラは指揮とれんのか?」
「無論だ、絶者候補として、集団戦におけるノウハウも熟知している」
「絶者になるのはこの俺だ」
「その通りだ、私に勝ったのだからな」
「わかってりゃいい、なら任せる、魔獣チワワを見つけたら真っ先に俺に報告しろ」
「はっ」
しかしあんなやり方で勝ったと言えねぇな、魔鉱石で新しいボディを手に入れた暁には、もう一度セギュラと戦い、正々堂々と公衆の面前で倒してやろう。
視線の端にいる花に視線を向ける、メアはビーチパラソル型の葉っぱを日除けがわりにしている、そしてこれまたどこから生えてきたか分からねぇビーチチェア型のアロエに寝そべっている。
「おいコラ何サボってやがる」
「はぁ、これだから素人は困るわ」
「何を言ってやがる」
「こんな岩肌むき出しの場所で植物型の私が頑張れるわけないじゃない」
「ならこのパラソルとか椅子の葉っぱはなんなんだよ」
「これくらいはできるわよ、でもこんな環境じゃこれが精一杯よ、索敵も何もできないわ」
「ちぃ、もう馬車の中で休んでろよ」
「嫌よ、せっかくの外なのに、見て回らなきゃ勿体ないじゃない」
この野郎、完全にバカンス感覚だ。
草木が一本もない茶褐色の岩肌を持つ山々のふもと、ここからが採掘場『犬小屋』だ。レトロな採掘場だな、レールが洞窟に続いている、トロッコで魔鉱石を運搬していたのか、だがそれも錆び付いちまってる、設備も整えなきゃならねぇな。
この山のどこかに魔獣チワワがいる、見つかるのも時間の問題だ、千頭の魔物が隈無く探しているんだからな。俺が魔物たちの様子を観察していると、紫色の猪みてぇな魔物が走り寄ってくる。
「なんだこいつは」
隣にいるレイが答えた。
「紫猪ですね、どうやら魔獣チワワについて何か言いたいことがあるようです」
「言葉は話せねぇのか」
「賢いですが上手く発音ができませんので、ついて行ってみてはどうでしょうか?」
「そうだな」
俺とレイは紫猪の後をついていく。岩の影に何かある。これは······。
「糞か」
「ウンチですね」
「魔獣チワワの糞ってことか?」
「そのようですね、かなり小さなウンチですので間違いないかと」
俺は転がっている石を掴んで糞をつつく。まだ乾燥していねぇところをみるに、この糞は新しいものだ。この近くに魔獣チワワがいる、俺は辺りを見渡す、鉱山の端っこに小さな洞窟を発見する。
「おい、あの洞窟は見たか?」
「いえ」
「レールが通ってねぇな、他のはレールが通っているってのに」
「言われてみれば妙ですね」
レイは魔鉱山の地図を取り出して確認する。
「やっぱり無いです、あの穴は地図にはありません、小さすぎるからかな?」
「あそこが魔獣チワワの巣だな」
「えぇ、やだ」
よく見ればこの穴の至る所に爪痕がある。まさか掘ったのか、この鉱山の岩肌を、
「おい猪、兵を集めろ、魔獣チワワの住処を見つけたと兵隊どもに知らせてこい」
「ぴぎ!」
紫猪は短く鳴くと駆け出していった。
「順調ですね」
「馬鹿言え、まだ住んでるかもしれねぇ巣穴を見つけただけじゃねぇか」
「ですが、こうなれば、巣穴を取り囲んで消耗戦にも」
「待て」
「え?」
何か聞こえる、これは唸り声、甲高い犬の唸り声だ。
音の発信源は小さな洞窟の中からだ。
「ぐるるるるるる」
チワワだ、この世界に来て初めて親近感のわくものにであった。犬飼ったことねぇけどよ。
「ヴァアンッ!!」
鳴いたのか? 大気が震えている、レイは痛そうに耳を塞いでいる、この程度の音で何をひるんでやがる。魔獣チワワはレイの様子を見て、鼻を鳴らして軽快に歩き出す。
九大天王の一角、魔獣チワワが俺の目の前にいる。




