第27話 プレゼン
生まれて変わってから初めての夜。
ホームルームで話し合った結果、教室内での戦闘行為は禁止となった、そんな約束を守る必要も無いんだが、それだと本格的に九大天王を敵に回すことになる。
初日の成果はギリギリノルマを達成したと言える、本当は今日中に勇者を殺したかったが、どんな仕事もいきなり結果は出せねぇってことだ。メア以外の絶者候補は俺に協力的、または不干渉を貫いている、これなら始末せず、手駒として使役してもいい、ま、演じてるだけかもしれねぇから十分に警戒はするがな。
俺はいま自室で休まされている、休む必要はこの肉体にはないんだが、他の奴らに合わせろとホネルトンがうるさいから今日のところは承諾してやった。そんなことを考えていると、横から視線を感じた。
「(な)んだよ」
「······」
俺にメンチ切ってんのはレイだ。目つきが悪いだけだが、就寝中(寝てないが)も見られているとさすがの俺も気になる。
「お前は寝ないのか」
「最低限の睡眠は取っています」
そういう風に設定されてんのか、洗脳されてんだよな、元はどんなのだったか、使う手駒のことを知っておいた方がいいかもしれねぇ、それに、元の方が仕事ができるかもしれない。今のレイは指示待ち人間、俺がいない時は突っ立ったまま、それじゃ余りにも効率が悪すぎる。
「おい、洗脳の解き方を教えろ」
「この洗脳は複雑なため、術者のパロム様以外は完全に解くことはできません」
またパロムか、九大天王の一人とか言ってたな、つまりこの魔王軍の幹部。こういうことまで出来るということは、仕事のできるやつのようだな。派閥争いもあるだろうが、そいつの協力を得ることができれば、勇者殺しの成功率が格段に上がるはずだ。
意図は分からねぇが、こうやって洗脳した駒を俺に渡している以上、表立った敵対はしてこないと考えるべきか。監視の役目もあんだろうな、俺ならそうする。
「ですが、部分的に洗脳を緩めことはできます」
「部分的にか、どうやるんだ?」
「主人登録をした人物が『洗脳解除』と唱えれば、洗脳によって抑えられている一部機能が取り戻せます」
「ほう、それで洗脳を掛けなおすにはどうするんだ?」
「『再洗脳』と唱えるだけです」
「そりゃ魔法の呪文だろ、魔力が必要じゃないのか?」
「必要です、ですが一度掛けられている魔法なので、それ以降は殆ど魔力を消費しません」
「よし、洗脳解除」
「······」
呪文が効いたのか、レイはハッとした顔をする、そして俺を見るや飛びついてきた。
「た、助けてください! お願いしますッ! 何でもします! 私を助けてください!」
なんだこいつ、さっきまでの凛々しい姿とは打って変わって、すがりついてきやがった。表情は崩れ涙を流し、キラープロトタイプのボディをぐわんぐわん揺さぶってくる。
「放せ、揺らすな」
俺がそう言うとすんなりと離れた。
「か、身体が勝手に離れちゃう、洗脳が残ってる?……助けてください!」
「おう、考えてやる」
「あ、ありがとうございます!」
「だからまずレイの素性を教えろ」
「えっと、レイって私の名前ですか?」
「そうだ、お前の名前だ、長いから短くした」
「短くしたって……私にはレイラ・クラヴィッツという両親からもらった大事な名前が……」
「めんどくせぇな、自由になったら家族と好きなだけフルネームで呼び合えよ」
「は、はい!」
「経緯を話せ、わかりやすく端的に話せ」
レイは一歩下がる、表情は暗いまま話し始めた。
「私は魔王軍に攫われてここに連れてこられました」
「それで」
「ダークエルフは珍しいので、殺されずに洗脳されて今に至ります」
「それなりに短くていいぞ、気に入った」
「ありがとうございます。あ、あの、私には姉がいて、姉の元に帰りたいんです」
「そんなことは聞いてねぇが、なんだ親はどうした?」
「魔王軍に攻められた時に、姉以外の家族は皆······」
「口ごもるなよ、殺されたのか?」
「はい」
「そうかそれは災難だったな」
「棒読みですね」
「棒読みになってたか、悪かったな」
「この悲しみがわからないんですか?」
「ああ」
「ああって······家族を失えば貴方だって」
「というかな、俺を呼ぶときはギアと呼べって言ったろうが、敬称は要らねぇ、まさか洗脳されている間の記憶はないのか?」
「はい、ぼんやりしていてほとんど覚えていません」
「そうか、少し考えさせろ」
「は、はい」
これは洗脳したままのほうが良さそうだ、目を離した隙に逃げられでもしたら、上から管理不足と言われるだろう。
「洗脳したままにする」
「え!?」
「姉の元には返さねぇ、死ぬまでここで働いてもらう」
「や、か、帰りたいんです!」
「バカがそれじゃダメだ、逃げるだろうが」
「に、逃げません! 逃げませんから!」
「口ではなんとでも言えるんだよ、確証がねぇ限りはな、今すぐに洗脳し直して、てめぇが死ぬまで洗脳は解かねぇ」
「そんな······あんまり、です」
とはいっても、レイのポテンシャルがわからねぇ以上、チャンスを与えるべきか、夜は長いからな。
「最後のチャンスだ、『洗脳していないほうが利用価値がある人物』だと証明して、俺を説得させてみせろ、3分で」
「たったの3分ですか!?」
「ああ、夜は長い、3分も時間を割いてやる。いいな?」
「わ、わかりました!」
レイにとって正真正銘これがラストチャンスだ、俺を説得できなければ、また木偶の坊に戻ってもらう。レイは困った顔で考えている。普段(洗脳されている状態を普段というのもおかしな話だが)の様子とギャップがある、年相応の必死に言い訳を考えるガキの様だ。
「思いつきました!」
「別に挙手しなくてもいい、なんだ」
「私はダークエルフです」
「んなこたぁ知ってる」
「ダークエルフは呪いに長けています、その力でギアをお手伝いできます」
「アホがそんなの洗脳時でもできるわ」
「ええ」
「次」
「ええっと、あ······こ、この体を好きにしても」
「くだらねぇ、それ以上言ったら洗脳するぞ、それにそれもやろうと思えば洗脳時でもできるだろうが」
「うぅ······」
「次」
刻々と時間は過ぎていく、3分とは言ったが時計がねぇから大体だ。
「洗脳時にはできない事······洗脳時には······」
あのふざけた提案以降、レイは視線を落としてブツブツと呟いている、どうやらダメなようだな。
「時間だ、もう目覚めることはねぇ」
「ま、待ってください!」
「あん?」
「思いつきました!」
「ちぃ、ラストアンサーだ、しっかりプレゼンしてみろ」
「はい! あのですね······」
急に自身たっぷりな表情で俺を見ている、俺はブリキの玩具みたいな容姿だから、ベットの高さを足してもレイに見下ろされる形になる。
「洗脳されている時って、術者のパロムか、主人登録した人からの指示しか受け付けませんよね」
「そうだ、よく知っているな」
「パロムにこの呪いの制作を手伝わさせられていて大まかな事は想像できます」
てめぇで作った呪いをてめぇに使われたら世話ねぇな、俺の中のパロムの株がまた上がったな。
「それで? その指示待ち人間になった傀儡がどうした」
「そこです、洗脳された人は指示がないと動けない、つまり無駄な時間が発生しやすいと思うんです」
「そうだな」
「洗脳を完全に解いてくださいとは言いません······一部、命を受けていない時に、術者または主人登録している人に対して損のない範囲の行動しかできないように設定してもらって構いません、そして指示を受けていない時はギアのために行動します!」
「なかなかいい提案だ」
気づいたか、それこそ俺が悩んでいた事だ。洗脳された兵士の有効活用法、洗脳して条件を設定できれば、さらに有効的に使うことができる。
「行動の設定はできるのか?」
「できます、洗脳し直した後に、設定したいことを命令するだけでいいです」
「ふぅん、ならよ、別にレイの意識を残しておく必要もないよな」
「え!? ど、どうしてですか!」
「あ?その設定の時に、命令がない時は俺のためになる行動をしろって設定しておけばいいだけの話だろ?」
「そ、そうですが······や、やだ! か、帰して、姉さんのところに!」
「いい案だった、というわけで洗脳し直す」
「待ってくだ」
「再洗脳」
傀儡に戻した。
数分後。
「あ、あれ? 意識が、ある······?」
レイは不思議そうに自分の手のひらを見ている。なにをそんなに驚いていやがる。
「当たり前だろ、仕事に報酬は付き物だろうが」
「え? え! えぇー?」
レイはまだ困惑した様子だ、なんだこいつめんどくせぇな。
「いい案を出したのはレイ、お前だろう、ならその家族のところに帰りたいって報酬と意識は消さないでほしいって報酬は支払われて当然の権利なんだよ」
「じゃ、じゃあ帰してくれるんですね!」
「バカが誰が帰すかよ」
「ええ!? わけわかんないですよー」
「まだ早いって話だ、洗脳は一部解いたままにしてやるが、帰すのは俺の仕事が終わってからだ」
「ギアの仕事?」
「勇者を殺すことだ」
「勇者を······殺すっ!?」
「ああ」
「ああって、そんな当たり前のことのように言われても」
「別に人を殺したいってわけじゃねぇんだが、仕事だからな」
「仕事だからって······そんなこと」
「よく聞けよ、契約内容はこうだ」
レイを洗脳し直して設定した内容は、
その1、ギアを裏切るな。
その2、ギアの命令には絶対従うこと。
その3、呪いは残したまま、意識と体の自由だけ取り戻す。
これだけだ、システムはシンプルな方がいい、わかりやすいからな。レイに説明した。
「あ、ありがとうございます!」
「よし最後の仕上げだ」
「え? これは?」
俺が差し出したのは、レイの意識がないときに用意した液体の入った小さなコップだ。これで俺の仕事仲間に相応しいか見定めてやる。
「猛毒だ、飲めば死ぬ、飲め」
「え、い、嫌です! あ! か、体が勝手に!?」
意識と体の自由は返しても、命令を受けている間はその限りじゃない、意識もそのままか、実験の第一段階クリアだ。
「飲みたくない、でも飲んじゃう、死にたくな……んく、ごくごく」
レイはコップの液体を飲み干す、顔には絶望が張り付いている。
「その顔やめろ、真顔でいろ」
レイは完全洗脳時の表情を作る。
よし完璧だ、洗脳がしっかりできている、実験の第二段階もクリアだ。これにて実験終了。
「よし、命令を解除する」
「がはっ!! げーっ!!」
レイは喉に指を突っ込んで胃の中の液体を吐き出す。
「おい、やめろ、床が水浸しじゃねぇか」
「だ、だって、毒が、がはっ!おえぇー」
「あれは嘘だ」
「え、嘘······」
「ただの水だ、洗脳が効いているか確認したかっただけだ」
「な、なんだぁ、よかったぁ」
レイはその場に座り込む、目には涙が浮かんでいる。
「おい休んでる場合じゃねぇぞ、さっそく仕事だ」
レイを採用したそのあと、俺は魔力を回復することにした、昼間に魔力切れになったら、メアリーあたりに殺されるからな、あとこの時間ほっつき歩くとホネルトンがうるさそうだ。すでに異世界に来てから2日目に突入しているが、まだまだやることが山積みだ。
「持ってきましたよ」
「おう、開いて見せろ」
「はい」
レイに持ってこさせたのは、ホネルトンの授業で使っていた教科書だ。
そう、やれることとは勉強だ、俺は運動も勉学も普通だからな、学習にも時間を費やさなければならない。
すでに俺はキラープロトタイプから下りている、あの体を動かすより、この体で動いた方が魔力の消費量が違う感じがするからだ。
にしても一つ気になることがある、異世界なのにも関わらず、この世界の文字は何故か日本語で書かれている、どういう事だ。まぁわからないことを考え続けるほど無駄なことはない、そういうのは哲学者や、科学者に任せるのが効率的というものだ、受け入れた方が早い。
計算やら言葉は、元の知識でも十分に足りると判断した俺は、歴史の教科書をレイに開かせる。歴史は元の世界の知識ではどうにもならないからな。まず元の世界と大きく違うこと、それは魔力という概念の存在だ、この世界の住人どもは、まるで空気のように魔力に囲まれて暮らしている、それを利用した魔法やらなんやらは、元の世界に無いものでとても便利だ。
そのせいか、逆に機械関係はお世辞にも褒められたものではない、大砲はあるが小型化がまだされていない、拳銃すらない。それすらも魔法でなんとかしちまえるからな、そういう機械関係の文化が発達しないのは魔法のせいだろう。たしかにそんなもの作らなくても魔法で済む話だが、俺は機械の体を操る事に長けている、この長所は伸ばさなきゃならねぇ。
どうにか機械や兵器の開発を発展させなければならない、唯一の可能性があるとすればこのキラープロトタイプを開発製造したポラニアか。ポラニアは俺のこの体に興味がある、ギブアンドテイクだ、明日にでも話をしてみるか。話がそれたな、そして肝心の歴史だが、こいつら戦争ばかりしてやがる、人と魔と龍、それらがどうやら仲が悪いらしい、その長い戦争でどれだけ魔法が進化したか、これも学ばなければならない。
「レイ」
「なんですか?」
「レイは魔法を教えられるか?」
「教えたことは無いですけど、それなりにはできると思いますよ」
「そうか、俺に魔法を教えろ」
「わかりました、今日はもう遅いので明日にでも」
「今だ、明日やろうはバカ野郎って格言を知らねぇのか」
「知らないですー、けどわかりました······ふあぁ、教えたいけど眠いです、あ、でも洗脳されてるので勝手に教えだします、これ楽ですね」
「はん、それで最初は何から教えてくれるんだ?」
「そうですね、まずはギアの魔力総量から見てみましょう」
「魔力総量?」
「はい、魔力総量を超えた魔法を使うのは危険なので、魔法を教える際は最初に測るんです」
「どうやって測るんだ?」
「そうですね、この部屋にあるかなー」
そう言うとレイは部屋を漁り出す、引き出しを2つ開けたところで、石を取り出した。
「ありました、これです」
「その石っころはなんだ?」
「魔力測定石と呼ばれている鉱石です」
「これがか?別段変わった様子はないが」
「これに触れて魔力を流すと石が輝きます、その光の強さでその人の魔力量がわかります」
「なるほど、試しにやってみろ」
「はい、ふん!」
レイの右手に握られた魔力測定石が輝く、取り替えたばかりの豆電球ていどには光ってるな。
「それは強いのか?」
「自分で言うのもなんですが、それなりに強いです」
「よし、俺に乗せてみろ」
「はい」
レイは俺に魔力測定石を乗せる、魔力を流すか、何となく感覚でわかるが、念じるようなものだな。まずは軽くやって見るか、石に集中する。部屋が真っ白になった。
「目がああああああああ!!」
レイの叫び声が聞こえる。真っ白になったのは部屋が光で満たされているからのようだ。
ちぃ、これではレイが失明する、俺は魔力をさらに絞る、魔力測定石もそれに比例して光が弱くなっていく。
「レイ、今のはどのくらいだ?」
「は、はひ、今まで見たことないくらい強い光でした」
「おい、そっちは壁だ。目を休めろ」
「あ、はい」
レイは左目に手を当てて、なにやら魔法を掛けている、しかし意味がないようだ、諦めたのか目を閉じて自然回復するのを待っている。
そんなに魔力があるのか、だが、生まれてすぐに一度魔力切れになっている。俺の魔力量は少ないと思っていたが、これはどういう事だ?
「おい、魔力は成長とともに増えたりするのか?」
「は、はい、成長していくと体力がつくように、魔力もついていきます」
なるほど俺はいま成長しているのか、ながらく大人をやっていたもんだから忘れていた、子供は成長するんだったな。
「それと魔力の強さは精神力の強さでもあります」
「ほう、つまり俺の精神力が尋常ではないってことか?」
「尋常ではない、どころではないというか······比べるものがないほどに強い光だったので」
その言葉を聞き。ふと疑問が浮かぶ。
「俺は魔王より強いのか?」
「んー、魔王様の魔力総量は見たことがないのでなんとも言えません」
「魔王にこの石を持たせてみるか」
「そんな失礼なことをしたら殺されてしまいますよ」
「ちぃ、比べる定規がねぇとどんなものがイマイチ実感がわかねぇ」
「魔王様を定規代わりに使わないでください」
俺の魔力が尋常じゃないスピードで増加し続けていることはわかった、あとは魔力を使いこなせるかどうかだ。
「それだけの魔力があれば九大天王にだってなれますよ」
「俺は絶者にならなきゃならねぇんだよ······で、どっちが偉いんだ?」
「うーん、微妙な立ち位置ですよね、多分ですけど、絶者は魔王様の右腕に相当するかと」
「特別枠ってことか、いいじゃねぇか」
魔力の量はわかった、レイのいうことが正しければ、魔力が多ければ大体の魔法は使える、俺はレイが使っていた魔法を思い出した。
「闇の雷撃つったか、あれを教えろ」
「あ、洗脳されているときに魔法を使ったんですね、そうですね、しっかり訓練すれば使えると思いますよ」
「おう、できるだけ早く覚えたい、どうやって魔法を習得するんだ?」
「簡単です、呪文を唱えると使えます」
「それだけじゃねぇんだろ?」
「はい、厳密には個人によって使える属性の適性によって変わります」
「火が使えるのに、水が使えねぇみたいな設定の話か、俺はどうだ、何を使える?」
「どうでしょう、でもいきなり闇属性と雷属性を併せ持つ闇の雷撃を習得するのは難しいです」
「ならほら、メ〇とか〇ャドとかの簡単な呪文から教えろ」
「メ〇? 〇ャド? 聞いたことのない魔法ですね」
「火を出したり、氷を作ったりだ、あんだろ?」
「よく知ってますね、生前はきっと博識さんだったんですね」
「まぁな、まずは手始めに火の魔法から教えろ」
「ここではちょっと、室内ですし、ギアの魔力から考えると制御できないかも」
「呪文を教えろ」
「火の玉です。って洗脳されてるから答えちゃった!」
火の玉か、長いな。メ〇を見習え、2文字は最も簡略化された上にギリギリ意味が伝わる優秀な文字数だ。まぁいい唱えてみるか。
「火の玉」
部屋が吹き飛んだ。




