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第26話 怪物教室

挿絵(By みてみん)



 そこは学生時代を思い出させる空間だ、教卓と黒板があり、少し低い位置に椅子と机が並べられている、要するに教室だ。


「なんだここは、教室かよ」

「そうです、よく知っていますね」

「なんでまたこんなもんを」

「それは絶者候補たちがまだ幼いからです、ギアも精神的には大人のようですが、肉体はまだまだ一個の歯車、生後一日です」


こっちの世界の知識も乏しい、トーシローのままじゃ役に立たねぇからありっちゃありだな。でだ、


「それでさっきから俺に睨みを利かせてきやがるこいつらはなんだ?」

「彼らが絶者候補たちです」


 そこには多種多様な姿をした奇妙な奴らがいた。分厚い眼鏡をかけた犬みてぇな奴、嫌味な笑みを浮かべてる花みてぇな女、睨みつけてくる翼を生やした女、微動だにしねぇ機械人形。その他有象無象が40名弱、人間離れした容姿だな。まるで怪物教室だ。


「ギアを含めたこの中から、絶者が誕生すると言われています」


 誰かに俺の仕事を横取りされてたまるかよ、俺のだ、この案件はもう俺の仕事なんだよ。となればだ、ここにいる奴らを全員ぶっ殺しちまえば、必然的に俺が絶者になることができるってわけだ。


 だが俺は一個の歯車だ、争うのは自殺行為、どうしたもんか。俺が算段を立てていると、花のようなガキが舐めきった口で話しかけてきた。


「なによ! そのちっこいのは!」


 ちょうどいい。ホネルトンが質問に答えた。


「彼はギア・メタルナイツ、あなた達と同じ絶者候補です」


 ホネルトンの紹介を聞いた花女が煽った。


「へぇ、こんな弱々しいスクラップが絶者候補ですってぇ?」

「誰だテメェ、花女」

「花女ですって! どうやら序列を教えてあげる必要がありそうね!」

「教えてくれよ花女」

「花女じゃないわ! メアリー・ロゼリアスよ」

「ならメアリーよぉ、この俺にどう世間の厳しさを教えてくれるんだ? ええ?」

「むっかぁ! ムカつくわ! こいつぶっ殺してやる!」


 メアリーは裾をたくしあげて俺に殴り掛かる、だが。


「やめなさい、骨拘束ボーンリストレイント

「むっんんーーっ!」


 俺を持っているホネルトンが魔法を唱えると、地面から無数の骨が出てきてメアリーを押さえつけた。狙い通りだ、レイにやったようにそうすると思った。


「一人目だ」

「んんっ!?」


 俺はホネルトンの手から飛び降りて、今できる最大の回転でメアリーの顔面に体当りをかました、メアリーは口を塞がれているため、叫び声をあげることすらできない。


「バカが安い挑発に乗りやがってここで死ね」


 俺のボディはホネルトンの出した骨を砕いてメアの顔の中心にめり込む、そのまま頭を潰して破壊してやる。


「そこまでです!」


 ホネルトンが俺を掴みあげる、自動車のタイヤ並に回転していたはずだが、骨の手はびくともしない、出した骨とは骨密度が違うようだ、ガッチリと握られた。


「チィ」


 俺は仕事の結果を確認する、メアリーの頭が陥没している、なかなかいい仕事をした。しかしこいつらは化物だ、これだけで致命傷にはならねぇだろう。俺は反撃を警戒する、メアリーの拘束は解かれている、だが俺に報復しようとしてこない、何故だ、何か狙いがーー


「ひぐ、えぐ、痛いよぉ!」


 ションベン漏らして泣きわめいてやがる、何が狙いだ、俺を油断させようとしているのか?


「医務室へ、誰かメアリーに付き添ってあげなさい」

「仕事か? 俺が行こう」

「ひぃ!?」

「ギアは教室にいてください」


 俺は椅子に乗ると前が見えない、机の上に乗った。次はどいつをやろうか。さっきの光景を見て、有象無象どもは目を合わせようとしねぇ、どいつもこいつも腑抜けばかりだ。


「ギアといったな?」

「なんだ羽女」

「私の名前はセギュラ・バーミリオンだ。羽女じゃない、誇り高き龍人ドラゴニュートだ」

「ドラゴンでもニートでもなんでもいいけどよ、何のようだ、そんなに俺が珍しいか」

「ふ、その好戦的な態度嫌いじゃないぞ。さっきの戦い見事だった、そんな体でよくメアリーを泣かせたな」

「殺すつもりだったんだがな、次はお前だ」

「歯車を倒しても私の武功は少しも積めない、それどころか恥だ、安い挑発にも乗らない、なぜなら私は誇り高き、龍の血族、龍人(ドラゴニュート)だからだ」

「ほぉ」


 こいつ、一丁前に業績を気にしているのか、花より断然いい、要注意だ。


「それでだな、ギア」

「(な)んだよ」

「私の部下にしてやる」

「は?」

「私が絶者になった暁には、お前を側近として雇ってやると言っている」

「断る、俺につけ」

「嫌だ、ギアが私の部下になれ!」

「ふざけるな、絶者は俺だ、お前が俺に力を貸せ」

「ぐぬぬ、平行線というわけか」

「ああ、交渉の余地なしだ」

「ならば雌雄を決するのみだ! 例え小さき者が相手だろうと容赦はしない」

「望むところだ」


 一触即発。こいつには不意打ちは使えない、ならば『手足』を使うまでだ。


「レイ、こいつを殺せ」

「畏まりました」

「ギアが戦うのではないか!」

「バカがあれは俺の親衛隊だ、つまり俺の手足も同然だ」

「そういうことなら、ならばその手足もいでやろう!」


 第2試合が始まろうとしたその時。


「む? おお!?」


 セギュラが崩れ落ちた、レイもだ、というか、クラスの連中もバタバタと倒れだしている。


 倒れていない者もいる、機械みてぇな奴と、いつの間にかガスマスクを装着している犬みてぇな奴、それにホネルトンに俺だ。


「じゃじゃーん!」


 教室の扉を勢いよく開いて現れたのはメアリーだ、メアリーに付き添っていたクラスメイトを無造作に教卓の上に放り投げる、こいつも動けなくなっている。


 メアリーの陥没した頭が治ってやがる。


「ギア!第2ラウンドよ!」

「泣きじゃくってたヤツがよく言うな」

「あれは生理現象よ! それに誰にも悟られることなく自然(ナチュラル)に毒液を撒き散らせることができたわ!」

「毒液? 液体······。ションベンか」

「お、おしっこじゃないわよ! 常温で気化する麻痺毒液よ!」

「毒か、道理で死人と機械と歯車とガスマスク犬には効かなかったわけだ」

「ホネルトン様、先に言って起きますけど、これは決闘よ、今度は邪魔しないでくださいね」

「わかりました」

「待て」

「なによ、まさか不意打ちでしか勝機がなかったの? いまさら遅いわよ!」

「いや違う」


 俺は視線を倒れているセギュラに向ける、こいつはいま麻痺っていて体を僅かに震わせることしかできない。


「弱った者から殺すほうが効率がいい」


 俺は机から転がり落ち、高速回転して、セギュラの首を狙って落ちた。動けないセギュラは躱せない、深々と刺さり、激しく出血する。


「貴方! 何やってるのよっ!」

「このクラスの奴らは言わば障害物だ、ハードルは飛ぶよりも撤去するほうが手っ取り早い」

「無茶苦茶すぎるわよ!」

「俺は普通のしごとをしているだけだ」


メアリーが仕掛けてこないうちに、まだまだやることがある。


「他も潰しておくねぇとな、魔力が切れないうちによ」


 俺の視線に当てられたヤツらが、怯えたように体を震わせる、一人ずつ喉を潰すのは手間だが、やるしかねぇ。


「おい、メア(リーまで言うのがめんどくさい)、こいつらの首をかっさばくの手伝え」

「なんで私が、ていうかメアって私のこと!? 私は貴方の敵で、それに皆はクラスメイトだわ!」

「何を甘いことを言ってやがる、ライバルは蹴落としてなんぼだろうが」

「く、狂ってる、貴方、狂ってるわ! ギアはここで倒しておかないとダメだわ!」

「バガが倫理観に囚われやがって」


 もう一度あの頭を潰してやる、今度は止めるヤツもいない、完全に息の根を止めてやる。高速回転で突っ込む、しかし横から衝撃を受けた。


「放しやがれ」

「······」


 俺を鷲掴みしたのは、機械みてぇな奴だ。結構な回転していたはずだが、びくともしねぇ、ガッチリとロックされている。


「キラーよくやったわ! そのまま抑えていてちょうだい」


 ちぃ、仕方ねぇ適当にボコられて、死んだフリをしてやり過ごすか、覚えてやがれ、死んだフリを死んでも成功させてやる。


「この魔物は実に興味深いポメ」


 今まで黙って事の成り行きを観察していたガスマスクポメラニアンが口を開いた。


「連れて帰るポメ」

「ちょっと! ポラニア、本気なの?」

「僕は無駄口は叩かないオスポメ。この魔物は面白い実験材料になるポメ」

「おい」

「なにポメ」

「その語尾をやめろ、やめればその分早くなるだろうが」

「無理ポメ、ソウルワードポメ」


 ポラニアは持っているラジコンのプロポを操作する、すると俺を掴んでいるキラーが動き出す。


「こいつ、ポメの機械か」

「ポメじゃないポメ、いいから行くポメよ」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、まだ私との勝負が終わってないわ!」

「知的探究心が勝ってしまったポメ、いまギアとやるというのなら、まずは僕とキラーが相手になるポメ」

「くっ……わかったわ、面倒はごめんだもの、でもギア、この顔の恨み、忘れないから」

「あとも残らねぇほど回復したくせにピーチクパーチクほざきやがって、後でもっとデカイの喰らわせて地獄に産地直送してやるから覚悟しとけよ」

「なによ! 無機物系で毒が効かないからって調子に乗ってんじゃないわよ! 貴方を殺す方法なんて他にいくらでもあるんだからね!」


 俺はポラニアの自室に連行された、わけのわからねぇ機材が大量に置かれている、自室というより研究室ラボだ。


「ここで待っているポメ」

「おい、俺に何の用だ」

「だから実験をするポメ」


 待っていろと言っても、キラーが俺を鷲掴んだまま放しやがらねぇ。この犬が一番ヤバかったか、見余った。ホネルトンも傍観を決め込んだのか、見にもこねぇ、どうしたもんか。


 少しして、ポラニアが、キラーより一回り小さな機械人形を持ってきた。


「おまたせポメ」

「なんだそれは」

「キラーのプロトタイプだポメ」


 キラーが成人サイズで、このプロトタイプは5歳児だな。拷問か、廃棄されるよりはマシだ。レイも麻痺ったままだし、時間を稼いでこいつを始末する作戦を練るしかねぇ。


「そのブリキで俺をどうするつもりだ?」

「ここを見るポメ」

「あん?」


 プロトタイプの胸の部分に凹みがある、見たことある形状だな、あぁ、俺の歯車の形と同じなのか。


「ここに君をハメるポメ」

「おいコラ最低限の説明をしやがれ」

「君のボディとなっている歯車は元々僕のものだったポメ、でも魔物化しそうだったからホネルトン様に預けていたんだポメ」

「本来はそこにはめ込むための部品だったってわけか」

「そういうことポメ」

「わかったさっさとハメろ」

「観念したポメか?」

「そんなところだ」


 今は言う事を聞いておくしか方法がないしな、キラーが俺をプロトタイプの凹みにハメた。


「うお」


 どういうことだ、視線がいきなり高くなった、こいつは一体どういうことだ。


「成功ポメ! やっぱりそうだと思っていたポメ!」

「はぁ?」


 視界の端にマジックハンドが映り込んでいる、俺の意思で動いている。


「ポメ、説明しろ!」

「僕はポラニアだって言ってるポメ。物質系の魔物は他の物質を取り込んで巨大化する事があるポメ」

「ほぅ、つまり俺は大きくなれるのか」

「でもそれは同じようなものでないと成功しにくいポメ」

「俺は歯車だから」

「機械の体を手に入れることができるポメ!」

「こいつぁいい、お前ポラニアとかいったか? 俺の傘下に加えてやる」

「その立場でよく言えるポメね、僕は絶者には興味が無いポメ、その体を研究させてくれるなら、君に協力してやってもいいポメよ」


 その言葉がどこまで本当かはわからねぇが、ボディの研究は是が非でも進めたい。利用してやる、最後に勝つのはこの俺だ。


「わかった、代わりにこの体を好きに使わせてやる」

「交渉成立ポメね」


交渉成立したところで、ホネルトンが研究室に現れた。


「授業中に抜け出してはいけませんよ、そろそろ帰ってきなさい」

「ホネルトン様ポメ」

「いまさら何を言ってやがる、今は大事な研究中だぞコラ」

「その体······すでに四肢も手に入れているとは、貴方は恐ろしい方ですね」

「ふん」

「ですが、これ以上の勝手は許しませんよ。教室に戻りなさい」

「断る、この犬と研究してる方が有意義だ」

「犬じゃないポメ、ポラニアだポメ」

「ほう、最高の英才教育を受けるチャンスを逃すつもりですか? 確かにポラニアはその歳ですでに機械工学の天才です、ですがさすがに魔法に関しての知識でいえば私のほうがまだまだ上です。どうしますか?」


 魔法、この世界で魔法を極めておいて損はねぇか。ホネルトンめ、この数時間で俺の扱いに慣れてきやがったな。


「わかった、ポラニア、戻るぞ」

「やっと名前で呼んだポメね、もちろん、僕はそのつもりだったポメよ」

「よろしい」


 教室に戻るとさっきまで床に伏していた連中が復活していた、レイも何食わぬ顔で教室の端で立っている、俺を見つけると歩いて後ろにつく。


 教室がざわめく、ものの数十分前までただの歯車だった魔物が、小柄とはいえ肉体を手にしているからだろう、こわばった緊張感のある表情だ、やっとそれらしい顔つきになってきやがったな。


「ギア!」


 俺に詰め寄ってきたのは、喉を引き裂いてやったセギュラだ、傷跡は残っちゃいるが出血は止まっている。


「お前、なんで生きてやがる」

「ホネルトン様が麻痺と傷を癒しくてれたのだ」

「なにぃ」


 振り向くとホネルトンは、その表情の読めない顔でこう言った。


「生徒が傷ついていれば治してあげるのが教師としての務めです」

「余計なことを」

「ギア!いまお前と話しているのはこの私だ!」

「なんだセギュラコラ、まだやんのか」


 セギュラは子供とはいえ、チンチクリンなブリキの体の俺よりデカい。それにこの体は不安定だ、そこまで強度はないだろう。しかし、ガキ一人ぶち殺すのにこれだけあれば十分すぎる、次は首を完全に切り落として、


「私の負けだ」

「はぁ?」


 こいつ何言ってやがる。作戦を立てるような奴には思えなかったが、これは一体なんの作戦だ?


「だから私の負けだと言っている」

「バカか?俺はお前が麻痺してる時を襲ったんだぞ」

「あれは私の経験不足が原因だ、それに同じ状況でギアは効かなかったではないか」


 それは体質だろうが、とツッコミたいが時間の無駄だ、こいつ本気で言ってるのか。


「もう一度言う、私の負けだ」

「利害が一致しないヤツは信用しねぇ」

「くっ! この分からず屋め! 私は負けを認めているんだぞ!」

「ふざけんなタコ助が、敵が擦り寄ってきてるのに油断なんてできるかよ」

「誰が敵だ! 真の敵は勇者だろう! この教室に本当の敵なんていないんだぞ!」

「私はギアの敵よ!」

「メアリーは黙っているんだ!」

「何ですって、セギュラ、いつから私に命令できるようになったのよ!」

「うるさい! 私のリーダーはギアだ、そのギアがメアリーに勝ったのだ、ならばメアリーは私と同格か、もしくは下だ!」

「なによその謎理論! 私は負けてないわ! 自然界のくだらないルールを知性の塊である私に押しつけないでくれる?」

「うるせぇぞてめぇら」


 口論していたメアとセギュラがビクリと肩を震わせて俺を見る。


 セギュラはイタズラのバレた犬の顔、メアはぐぬぬと歯噛みした顔で睨みつけてくる。


 この場合、後者の方が好感が持てる。そのうち滅多打ちにして従わせるか、殺すかは別として。今この状況では、その反応が相応しいからだ。


 表裏がない。わかりやすいのはいい事だ、時短に繋がるからな。解せねぇのは、前者だ、わけのわからねぇ自分理論を展開して俺を困らせる。これはダメだ、なぜなら時間の無駄だからだ。


 こうなっちまったのは仕方がねぇ、少し様子を見るか。


「わかった、セギュラは俺の部下だ」

「おお! わかってくれたか!」

「お前らみたいなのを理解した方が事が早く進むからな」

「む? 難しい話だな、種族間の問題か?」


 俺はセギュラを無視してクラスを見渡す、皆、目を逸らしたりする中、メアだけが頬を膨らませて睨みつけてくる。静かになった頃合を見計らってホネルトンが骨を鳴らした。


「さ、皆さん、静かになるまで5分かかりましたよ」


 それ一番ウザイやつだからやめろ。


「では、授業を始めましょう。今日は新入生のギアもいるので、おさらいから」


 こうして登校初日、生後1日目が終了した。




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