第25話 社畜転生
「あ?」
気づけば暗闇の中にいた、目の前にあったはずのパソコンの画面も見えねぇ。ついに目がイカレちまったか?それを否定するように、天からスポットライトが差し込んだ、中心に現れたのは人形だ、人形が言葉を発した。
「待っていました」
「誰だてめぇ」
「テメェとは、とんだ挨拶です」
「ここはどこだ、俺は会社にいたはずだぞ」
「はい、いました、ですから、会社に転生トラックをぶつけて、倒壊させていただきました」
「転生トラックだぁ? どこの会社だ!」
「会社も何もありません、貴方は死んだのですから」
「死んでる場合じゃねぇんだよ、俺がいなかったら仕事はどうなる」
「死後ですら仕事を気にしているのですか? 重度のワーカーホリックです」
「ボケが無駄話してる暇なんかねぇんだよ」
俺は人形を殴ることにした。殴る直前に気づいたが殴ったら警察に捕まって仕事ができなくなる、クソ手が止まらねぇ。
「ふれるな」
「お」
人形が俺に手を向けると、見えない何かに突き飛ばされた、ゴロゴロと転がったが何故かどこも痛くない、起き上がると目の前にくそったれの人形がいた。
「手加減をしたとはいえ、私の神通力で傷一つつかないなんて、なんという精神力です」
「あ? じんつう……なんだって?」
「お願いです、私の話を聞いてほしいです」
「バカが俺が人の話を聞く時はクレーム対応時だけだ!」
「······これ程ですか。魔法の鏡に精神最強と言わしめるだけはあります」
「仕事だ、仕事をさせろ!朝までに仕上げなきゃならねぇ仕事が残ってんだよ!」
「まぁいいです、どのみちやるしかない状態に追い込めばいいわけです、いいです? よく聞いてください。女神を名乗るものが様々な世界に人間を転生させています、それを止めてほしいです」
「仕事の依頼は上のもんに言え」
「簡単に言えば、勇者を殺してきてほしいです、本命は女神を名乗る者です、ですがそれはとても難しいです。ささ、行ってください。勇者を殺せば元に戻します」
「ふざけんじゃーー」
俺は闇に包まれて消えた。
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「しゃかいのーはぐるまぁー、しゃかいのーはぐるまぁー」
気づけば俺は盛大に産声をあげていた。オギャっていた俺を遠くから見つめるアホズラがこっちに近づいてくる、なんだこいつ、骸骨が服着て歩いてやがる、葬儀屋が雑な仕事をしたのか?
「貴方が予言の魔物ですか?」
「あ? 死人が喋るんじゃねぇよ」
「すでに言葉を解し発するとは、素晴らしい才ですね。おっと自己紹介がまだでしたね、私はホネルトン。魔王軍で九大天王の一角を務めています」
九大天王だぁー? それに魔王ときたか、俺はガキの頃しかゲームに触れたことねぇから詳しいことはわからねぇが、魔王といやぁ、ド〇クエの話か? 九大天王ってのはなんだ、どの役職に該当するんだ?
「貴方の名前は?」
「めぐ……」
俺は危うく自分の名前を言いそうになった、どう見てもここは日本じゃねぇ、転生したのを気取られても面倒だ。
「バカがなんで産まれたばかりの奴に名前を聞くんだ?」
「そうでした、じゃあ私が名付け親になってあげましょう······。ギア・メタルナイツ。なんてどうでしょうか?」
なんだその長い名前は、ふざけんなもっと短いのにしろ。早く書ける名前にしろ、あ行の名前にしろ、タイピングする時間を削れるあ行にしろ。俺は抗議しようと体に力を······って、なんだ、体が動かねぇ、どうなってやがる。
「鏡を見ますか? 産まれたばかりで簡単には動けないでしょう、ほら」
ホネルトンが持つ手鏡を俺は見る、んだこれ、歯車か? 手のひらサイズの歯車に、目がついてやがる。
「さっき名前を聞いたのにはわけがあって、無機物系の魔物はたまに生前の記憶を持って産まれる場合があるのです」
「生前の記憶だと」
「そう、ギアも死神から逃れた怨霊だったはずです、それが古い歯車に取り憑いて魔物化したのです」
なるほど、そういう風に解釈しやがったか。
「そして、貴方は予言の魔物なのです」
「予言の魔物だぁ?」
「勇者と同時に生まれる、勇者と相対するもの、勇者の反語、絶望をもたらすもの、人呼んで絶者」
絶者、それが俺の役職か。
「以前、大規模な儀式を行いました、そこでそのように予言されました、貴方には絶者になれる可能性があります」
あの人形といい、このカルシウムといい、俺は流されている、だが気になることは聞いておくか。
「それで俺の仕事はなんだ?」
「勇者を殺していただきたいのです」
仕事が被っちまったな。
「おい、てめぇ」
「ホネルトンです」
「ホネ」
「ホネルトンです」
「チッ、ホネルトン、その勇者を始末する仕事、やってやる」
「おお、その気になってくれましたか」
「それしかねぇみてぇだからな、それで納期は?」
「納期? 面白い言い方ですね。勇者を殺していただけるなら、いつでも」
バカが納期が人を駆り立てるんだよ。
「現状を教えろ」
「もちろんです。ですが、ものには順序があります」
「どういうことだ?」
「まず、ギアには魔王様と謁見していただきます」
「魔王と?」
社長と会うようなものか、まぁいいだろう。勇者を倒すなら、それなりの準備がいるだろう、できるだけ予算を出させてやる。
「わかった、早く連れてこい」
「私たちが行くのです、魔王様の準備が整うまで、こちらで待機ですよ」
「まどろっこしい、これだからデカい組織はウスノロって言われんだよ」
その待っている間がもったいねぇ、俺は体の具合を調べることにした。最初は毛ほども動かせなかったこの体だが、慣れてきたのか、起き上がって転がる事ができるようになった。
「なんだこれは、どういう原理で俺は動いてるんだ?」
「無機物系の魔物は魔力で駆動します、宿る魂が魔力を生み出しているのです。実質、永久機関のように動き続けることが可能となっています」
「飲食や、睡眠は?」
「残念ながら必要ございません」
素晴らしい体だ、これなら365日、不眠不休で働くことができる。
「ふふ、そうか、睡眠いらずか、飯もいらねぇ? ククク、ハハハ」
「嬉しそうですね、生前の記憶でも蘇りましたか?」
「少しな、以前は睡眠と飯に苦労させられたからな、排泄もないんだよな?」
「もちろんです」
「そりゃあいい」
俺は体を転がして部屋の中を動き回る、不思議と目が回らない、歯車としての基本性能か。
しばらく動いていると、体の動きが鈍くなる。
「あん? 体が動かねぇぞ」
「魔力が尽きてきたのでしょう」
「エネルギー切れか、充電するにはどうすればいい?」
「充電? 魔力は何もしてなければ自然に回復します、もしくは魔力を他者から奪うか、あるいは注いでもらうか、はたまた補給するという手もありますね」
「ふん、手っ取り早く回復させろ」
「わかりました」
ホネルトンは、床に転がっている俺を拾い上げてテーブルの上に乗せる、そして白骨化した手をかざす、青い光が手から発せられる、その光は俺に吸い込まれて消えた。
「何をした?」
「私の魔力を分けました、もう動けるはずですよ」
「どれ、お、動けるな」
だがこれだと寝る必要がなくても、じっとしてないといけない時間が発生するな、これはさっさと手を打たないとならねぇ。
と、その時、ドアをノックしてホネルトンよりも小さな骸骨が部屋に入ってきた。
ホネルトンに耳打ちをして去って言った。
「魔王様の準備が整ったそうです、参りましょう」
さて、魔王がどんなもんか、品定めしてやる。
黒を基調とした広い廊下をホネルトンか歩いている、俺はホネルトンに持たれて移動している。途中、メイド姿のヤツや、黒い鎧を着たヤツが対面から来た、でホネルトンを見るや、壁際に移動して通り過ぎるまでそのままでいた。
「あいつらは何をしているんだ?」
「彼らは躾てありますので」
なに非効率なことを偉そうに。
「チッ、無駄なことを」
「体面を保つためです」
「それを無駄だと言っている」
「手厳しいですね、さ、着きましたよ。玉座の間です」
大きな扉の両端には犬に羽が生えたような奇妙なデザインの像が置いてある、こりゃ待ち合わせ場所にうってつけだな。
俺たちが着くのを待っていたかのように、大きな扉が勝手に開かれる。って、······おっせーな、自動ドアならもっとキビキビ開きやがれ。真正面には鮮血のように赤い絨毯が続いている。その奥には、巨大な椅子、アレが玉座か、そんであそこに座っているのが魔王ってわけか。
魔王の容姿は黒髪のガキだ、若いな、角が生えている以外は、ただの人間に見える。
「ギア、ご挨拶を」
「おう、俺はさっき産まれたばかりのギアだ、勇者を殺してきてやるから、ありったけの装備を俺に寄越しな」
「ギ、ギア! 魔王様に向かってなんて事を!」
ふん、魔王だか、なんだか知らねぇが、俺がやるべき事は仕事のみだ。じーっと見てきやがって、さっさとしろ、この反応の悪さも、体面を保つためとか抜かしやがったら、ただじゃおかねぇ。
「我は魔王龍、ダークネスドラゴン」
なんだ、あいつが喋っただけで場の空気が変わりやがった、空気が鉛のように重くなりやがった。
「ほう、我の魔力に臆せぬか、して、お主に名をつけたのは誰だ?」
「そこの白骨化死体だ」
「ホネルトン、手を差し出せ」
「ハッ!」
魔王に言われるままに、ホネルトンは右腕の袖を捲し上げる、どこまで脱いでも骨なんだな。なんて、俺が呑気に構えていると。
「ッ!!」
ホネルトンの肘から先が吹き飛びやがった、吹き飛ばされたホネルトンの右腕が壁に当たり軽い音を立てた。
「我は寛大だ、これで手打ちとしよう」
「はっ、有難う御座います!」
脅しのつもりか、ならくだらねぇ。
「おう、ならこの言葉遣いに対する対価は支払ったってことでいいな、オラ、さっさと装備に資金、そして人材を寄越しやがれ」
「ふむ、勇敢なのはいい事だが、蛮勇は身を滅ぼすぞ」
鉛の空気がさらに重くなる。
「蛮勇? 結構じゃねぇか、仕事を最速で最高にこなすのが俺のDNAに刻まれた唯一の行動原理だ」
「ギア! 失礼がすぎますぞ!」
「うるせぇな、次は首を吹き飛ばすぞコラ」
「斬り飛ばす場所を決めるのは魔王様です、まだ支払える部位があるうちに……」
「よいホネルトン、これも絶者らしい振る舞いとすれば、勇者殺しも少しは期待できるやもしれぬ。他の絶者候補と顔合わせをさせよ」
「他にもいるのかよ」
「王国の占い師のように優秀な占いではなかったのでな、この季節に魔王城内で生まれた魔物たちは皆、絶者候補というわけだ」
社内でもライバルがいるのか、潰さねぇとな。
玉座の間から出る、ホネルトンが乾いた咳払いをした。
「ギア、魔王様が寛大な方でなかったら、いまごろ私たちは肉片も残らずに消されていましたよ」
元々骨しか残ってないだろ、なんてツッコんでる時間はねぇ。上手いこと魔王に話をそらされちまった、次に会ったときは、もっと資金や物資の話をしよう。
と、一つ損失を出しちまったな。
「ホネルトン、その腕は治るのか?」
「治ります」
「なら早く治せ」
「なりません、魔王様がお与えになった罰なのですから。魔王様の許しが出るまで治すことは許されません」
真面目なやつだな、まぁ上司との約束ごとは大事だからな。にしても不便で仕方ねぇだろ。
「俺を他の絶者候補のところに連れていけ」
「いずれは挨拶をしにいきますが、今はまだやることが残っています」
「なんだ? 書類にサインでもするのか?」
「いえ、ギアの下僕を1人用意しました」
「下僕だと?」
「厳密には絶者の親衛隊、ギアにはまだ一人しかつけられませんが、魔王様から信頼を勝ち取れば自ずと増えることでしょう」
「ホネルトンじゃダメなのか?」
「私は九大天王、魔王軍の幹部として、やることが沢山ありますから、ですが安心してください、彼女は魔王軍の中でもトップクラスの実力者ですから」
エリートか、百の凡人より一人の秀才だ、話は早そうだ。
「ここがギアの部屋になります。自由に使ってもらって構いません」
ホネルトンが部屋という空間は、部屋と言うにはあまりにも広いロイヤルな部屋だ、部屋は広いに越したことはねぇ、文句はない。と、奥に誰かいやがるな、同居人か?
「おい、そこのお前、誰だ?」
「ああ、彼女こそ、ギアの親衛隊ですよ。もう一度言いますが、現在ギアにつけられる親衛隊は一人と決まっています。大切にしてくださいね」
「······」
部屋の隅で立っているのは、褐色の女だ、髪色は銀、耳はとんがっている、それに右目に眼帯だと、モニターちゃんと見れんのか?
「そんなにマジマジとみて、ダークエルフは初めて見ますか?」
「おう、説明しろ」
「ダークエルフとは呪いに長けた亜人です」
「なるほどわかった」
「まだ説明が」
「いらねぇ、こいつから直に聞いたほうが色々早い、おい、ダークエルフ、名前を教えろ」
「······」
「無視か? 上等だコラ、上下関係はハッキリさせとかねぇと気がすまねぇぞ」
その様子を見たホネルトンがダークエルフに近づく。
「ああ、そうでした、まだギアを主人と登録していませんでした」
「あん? 主人だと? どういうことだ」
「彼女は洗脳してあるのです」
洗脳、そういうものもあるのか。
「薬漬けにしたのか?」
「いえ、九大天王の一角である、パロムという科学者が魔法を使って洗脳しました」
魔法ね、関係の無いことだと思って疑問にも思わなかったが、ここは異世界だったな、魔法とかいうインチキくせぇ代物がまかり通ってる世界だ。
「なら、さっさと主人登録を済ませろ」
「わかりました」
ホネルトンがダークエルフの頭に左手を添えて魔法を唱える。
「洗脳操作」
ダークエルフが僅かに震える。
「終わりました、ギアを主人として認識するようになりましたよ」
ホネルトンが手を離すと、ダークエルフは俺の方を向く、感情のない声を発した。
「ご主人様、なんなりとお申し付け下さい」
「ご主人様というな、文字数も多くて効率が悪い。ギアと呼べ」
「はい、ギア様」
「様もいらねぇ」
「かしこまりました、ギア」
「それで名前はなんて言うんだ?」
「レイラ・クラヴィッツ」
「長いレイでいいな」
「仰せのままに」
「これで初期設定も済んだ、絶者候補どものところに行くぞ」
「畏まりました」
レイは俺を持つホネルトンの後ろをついてくる。ボケーっとしたツラしてやがんな。
「あんなので役に立つのか?」
「それはもう、一言命じれば、その命が果てるまでどんな命令も遂行しようとするでしょう」
「にわかには信じがたい、試運転が必要だな。おいレイ」
「はい、なんでしょう」
「この死に損ないの骨を殺せ、俺ごとで構わん」
「畏まりました」
「ギア! 冗談がすぎますよ!」
「何言ってんだ、俺は本気だ、不良品かもしれねぇから、試運転をするのは当たり前のことだろ、早くやれ」
ホネルトンは俺を左手で持ったまま背後のレイに向き直る、右手は魔王に切断されていて使えない。さぁ、どうするんだ? 九大天王の実力見せてもらおうか。
レイのやつは、腰に差していた漆黒の杖を構える。あれで殴るのか?
「闇の雷撃」
黒い雷が俺たちを襲う、なんだありゃあ魔法かよ、魔法か。
「骨剣」
床を突き破って、誰のどこの部分かもわからねぇ骨製の剣が出現する、それが避雷針の代わりを果たす、黒雷から逃れる。レイが次の手を打つ前に戦いは終わった。
「骨拘束」
レイの足元の床、天井、壁から骨の手がいくつも出現する、あっという間にレイを拘束した、口にも骨の指が入り、魔法を唱えられないようにしている。魔法を使うには呪文の詠唱が必要なようだ。
「ふぅ、危なかった。さ、彼女の実力はわかったでしょう、命令を解除してください」
「チッ、さっきの命令は取り消す」
俺の声を聞いたホネルトンが骨の拘束を解除する、レイはすくっと立ち上がると何事も無かったように、そこに佇んでいる。
九大天王に手を出すってことは、洗脳されているってのはあながち演技じゃねえってことか。魔法も武器として使える、いいテストプレイだった。
「ギア、他の絶者候補と出会っても今みたいな事はしないでくださいよ」
「おう」
時と場合によるな、隙あらば味方でも始末してやる。勇者を殺すのが絶者ならば、絶者になるのはこの俺だ。




