第23話 キラーキラー5
「バ、バーガー様、どうしましょう!矢が射れません!」
「ちょっと待て、いま考え」
「考える時間など与えはしない!」
「くッ! すまないアイナ、急加速するぞ!」
「は、はい!」
セギュラの追撃を、最大速度を出して逃げる。今からでも下に行きエリノアたちのところにアイナを置きに戻るか? 否、あそこはあそこで小龍たちと戦闘中だ、危険なのはどこも一緒だ。いい考えが浮かばない。俺が考えていると、アイナが意を決したように呟いた。
「バーガー様······」
「どうした!」
「いままで、ありがとうございました······足でまといになるくらいならっ!」
「お、おい! ちょっと!?」
アイナはしがみついていた手をほどき、落ちた。
「クハハハハ! なんだ? 私に殺されるのが怖くて自害を選んだか! あがッ!?」
アイナは落下しながらも、爆弾矢をセギュラの頭に命中させた、鎧越しとはいえあの爆発は堪えただろう。
「なんだ! 今のは! 自害なら見逃してやろうと思ったが、空中で身動きできない貴様をなぶり殺しにしてやる! あがッ!」
またしてもセギュラの頭部が爆弾矢を受けて爆発する、しかしセギュラはものともしない。そんなことはどうでもいい! 速くアイナを助けに行かなくては!
「貴様ぁ! よくもやってくれたな! いま八つ裂きに」
「させるか!」
「ほう! 勇者め、私と速さ比べか? 面白い!」
セギュラは額の面の部分を下にスライドて目を隠す。
俺とセギュラは真下に急速降下する、魔法での無茶苦茶な加速なので、先に落ちたアイナにも追いつくことが可能だ。だが隣にはセギュラがいる、大口を俺に向ける。
「火炎の吐息!」
「ぐあっ!!」
筋肉の精霊が腕をクロスして吐息を防御する、腕が千切れはしなかったが、反動で大きく吹き飛んでしまった。
「クハハハハッ! 私が龍の特性を持っていることを忘れたのか!」
「なろぉ!」
体勢を立て直した俺は魔力を翼に込めてセギュラに急速接近する。
「壁ドンパンチ!!」
「あぐあッ!」
お返しにセギュラの腹部を殴る、硬い金属音がして、今度はセギュラが横に吹き飛ぶ。
腹に風穴を開けるつもりで殴ったが、やはり生身の体のときより弱い、だがこの隙にアイナを救える。
「今のはめちゃくちゃ痛かったぞ!」
「なに!」
もう復帰したのか、こいつ純粋に強い!
アイナが地面に激突するまでもう猶予はない、俺はセギュラを無視することにした。
「背中を見せるとは臆したか勇者! 背中を向けた敵に攻撃するのは気が引けるが······火炎の吐息を喰らわせて、あぎッ! またぁ!!」
アイナの矢がまたヒットした、なんという精度だ。爆弾矢を使い切ったアイナは、覚悟を決めたように目を瞑る。
そんな覚悟は要らない!!
アイナのおかげで背中は気にしなくて済む! 頼む! 間に合ってくれ!
「うおおおおおっ!!」
筋肉の精霊の腕の中には······俺は恐る恐る目を開ける。
「バーガー様······」
筋肉の精霊はしっかりとアイナを抱えている!地面スレスレでアイナを救うことができた!アイナは地上に下りるとへたり込んでしまう。
筋肉の精霊に俺を抱えさせてアイナとの目線を合わせる、そして叫んだ。
「どんな理由があっても絶対に死ぬなッ!!」
「は、はいっ!!」
アイナを怒ったのは生まれて初めてだ。俺を思っての行動なのだろうが、死なれたら元も子もない。
「よくも! 二度ならず三度までも!」
セギュラが怒りの形相で突っ込んでくる。
「アイナはここで見ていてくれ、勇者の戦い方を教えてあげよう」
「はい! バーガー様!」
「ヌゥううんッ!!」
俺は全魔力を注ぎ、真上に急上昇する。セギュラは目を見開いたが、すぐに不敵な笑みを見せる。
「速さ比べの次は硬さ比べか! 面白いぞパン!」
「パンじゃねえ! バーガーだ!」
「ぐぼおっ!?」
筋肉の精霊の額がセギュラの顔面に激突する、セギュラは勢いよく血を吹き出してのけぞり返る。痛む素振りはまったく見せない、セギュラは俺から視線を外さない。なんて根性だ、ならば行くぞ!俺は大きく拳を引き絞る。セギュラはギョっとした顔をして、両腕で防御姿勢をとる。
「壁ドンラッシュ!」
今出せる全力の拳をセギュラに次々と放つ、一撃放つたびに著しく魔力を消耗するのがわかる。だがまだまだぁッ!!
俺は真上に殴り進む!
「トルネード壁ドンパンチ!!」
「ぐぅうう! いい加減にしろッ! ぐほあッ!」
抵抗しようとするセギュラの腕を弾き、胴体に拳をヒットさせる、この朱色の鎧は相当な硬度を誇っている、小龍の鱗よりも断然硬い、しかしダメージは蓄積する!
「ぐあ! ま、まずい! むおッ! ガッ!このままではっ! ぶッ!」
もう少しだ! もう少しで倒せる! その時、体がだるくなった。
「なっ!?」
この感覚は魔力切れだ……ハンバーガーの魔人が消えていく。それを見たセギュラは高らかに笑い出す。
「クハハハハハッ! 魔力切れとは情けない! もうおしまいか! ならば引導を渡してやろう!」
セギュラは背中に背負っていた朱色の鞘から剣を抜き払う。無骨だが立派な剣だ、さぞ斬れ味がいいんだろうな。この高度ではアイナの矢もジゼルの魔法も届かない。
具材も魔力を吸いきって、めっちゃ焼いたヤツはカラッカラに干からびて石のようになってしまっているし、スーの羊羹質の前髪も完全に消滅している。万事休す、具材がカラになり、久しぶりの虚脱感に襲われる。
「······薬草を······挟んでください······」
「それが言い残す最後の言葉か!」
セギュラの剣が俺を断たんと振り下ろされる。
結論から言えば、セギュラの剣は俺には届かなかった。
「サガオ!」
怪物の口から飛び出してきたサガオが俺を庇っていた、セギュラの剣はサガオの背中に深くくい込んでいる。サガオは俺を手のひらに乗せる。
「安心してくれ、下の小龍たちは全滅させた、ヒマリはエリノアたちに預けてある」
「サガオ······その傷は······」
「なぁに、どっちみち死ぬのだ。それに傷が多いほうが地獄で誇れるだろ?」
そう言うとサガオは一つ目を動かして背中にいるセギュラに照準を合わせる。間髪いれずにレーザー光線を放つ、セギュラはサガオの背中を蹴り、くい込んでいた剣を引き抜いて飛び退く。
「おのれ! 私の小龍たちを!」
「相手が悪かったのだセギュラ、俺と心中してもらうぞ!」
「ふざけるな! 貴様を破壊して、そしてついでに勇者パーティも壊滅させてやる!」
······勇者はついでかよ! ダメだツッコミを入れる元気もない……。
「バーガー大丈夫か? 辛そうだな」
「俺は具材を使い切ると……脱力感に襲われて動けなくなるんだ」
「それを先に言うのだ、ならばこれを挟むのだ」
サガオは指で背中の傷口から何かを掘り出した。
「何をしているんだ」
「これを挟め、キラーキラーの機体の欠片だ」
石ころのような金属の塊を俺は飴のように口に含む。肉から油が滴るように、魔力を帯びた金属からは濃厚な魔力が染み出してくる、瞬く間にそれは俺の全身に行き渡り、元気が出た。解析開始。
『キラーキラーから激光光線を検出、10回使用可能』
やはり技能は検出できないか、旋風烈閃は技能だからな、俺もクルクル回りたかった。
「どうしたバーガー?」
「いや、今の欠片から激光光線を検出した、俺も10発だけなら撃てる」
「バーガー、その体は一体······」
「俺もサガオと似たようなものというわけだ」
「······そうか······うっ! 敵生体ノ接近ヲ確認······来るぞ!」
今の声は······キラーキラーに支配権を奪われかけているのか。
「サガオ、力を貸してくれ」
「もちろんだ!」
「貴様ら、二人まとめて消し炭にしてやる!」
セギュラは剣の切っ先を上にして顔の前で垂直に立たせる、刀身が朱色に染まっていく。獣王斬の発動モーションに似ている。
「あの剣はなんだ、サガオの体を斬れるってことは相当な業物なのか?」
「あれはキラーキラーの機体と同じ素材出てきている。同じ物質ならば鋭利なほうが強いのは当たり前のことなのだ。本来は絶者が持っているものだが、貸したのだろう」
絶者の武器ね、それは凄いわけだ。
「クハハハハハッ! この剣こそギアから借り受けたKソード・プロトタイプだ!」
プロトタイプ渡されてるじねぇか!
いや、油断するな、プロトタイプと名のつくものは強いものが多い、気をつけねば。
「このKソードの斬れ味は持った者の『精神力』に影響される······らしい!」
うろおぼえじゃねぇか!
「つまり私の強靭な精神力が宿ったこの剣に斬れぬものはないということだ! クハハハハハッ!」
キラーキラーのスペックでゴリ押し戦闘が不可能になった、その上セギュラはサガオと同程度の速さで動くことができる。初速なら魔法で飛行しているセギュラのほうが速いだろう。よし、また体を張る、いや、パンを張る!
「サガオ、いい作戦がある」
「教えてくれ」
「パイ投げだ」
「は?」
「正式にはパン投げだがな、俺をパイ投げのパイだと思ってセギュラの顔面にぶつけてくれ」
「バーガー······、俺にもわかるように説明してくれ、今の話だけだと、狂人の戯言だ」
「ま、やることは狂人だな、ようはセギュラの顔にゼロ距離で激光光線を10連射するんだ!」
「ほう、しかしゼロ距離となるとバーガーも激光光線の巻き添えに」
「構わない、俺はバンズの裏に書かれた魔法陣が少しでも残っていれば再生することができる」
「ふっ、わかったよ、バーガーが勇者である理由が」
「ん?」
「この逆境を楽しんでいる、楽しいハンバーガーなのだバーガーは」
「楽しいハンバーガー」
なんというパワーワードだ。それにしても俺が楽しんでいるだと? 結構必死なのだが、傍からは楽しそうに見えるのかな。
でも一理あるな、こんな命のかかった戦いで、パイ投げを提案する奴なんて俺以外にいないだろう。
「Kソード・プロトタイプ! 私の魂に呼応しろ!」
会話をして冷めたKソードが再び赤くなっていく、あれをガードする術はない。
「サガオ! 一気に決めるぞ!」
「おおッ!」
サガオは臆せずセギュラに突進する、捨て身の体当たりだ。
「万策尽きて血迷ったか!」
「血走っているのだッ!!」
「ふん! ならば散れ!」
サガオの突進をセギュラは最低限の動きで回避する、そしてKソードをサガオの胴体部分に深々と突き刺して、機体を斬り裂く、サガオの一つ目が歪む。笑みで。
そうだ、これでいい。これこそが俺たちの狙い。これでセギュラは離れられなくなった。サガオがセギュラの顔面に俺を力いっぱい叩きつける、見事にクリーンヒット!
「ぶがッ!?」
喰らえ!
「『激激激激激激激激激激光光線』」
一気に10発のレーザー光線を放った、大爆発だ。俺の意識は飛んで······いかなかった!
「今のは危なかったぞ!」
「なにッ!」
セギュラの顔にヒットしていない。俺とぶつかった後に頭を動かしてレーザー光線を回避したんだ!そのお陰で俺も意識を失うことはなかったが、······作戦は失敗だ。
サガオも離れてしまった、折り返して戻ろうとしているのが見える。だが、あれでは間に合わない、俺を殺すのに1秒もかからない。さらにキラーキラーの破片の魔力も使い切ってしまい、再び著しい虚脱感に襲われる。
「クハハハハハッ! 私の勝ち······ッ!?」
なんだ? セギュラの様子がおかしい。
自由落下を開始した俺はセギュラの全体像を見ることができた。
「私の翼がああーーッ!!」
そう、セギュラの右の翼が引きちぎれている。顔面への直撃は回避できたものの、翼に被弾したのだ。
魔力で飛行しているが、片翼を失ったため精密な飛行は困難になったようだ、フラフラとバランスを取りながら、歯を食いしばっている。
「おのれ! よくも! よくも私の翼を! ぐあっ!」
怒鳴るセギュラの背中に、サガオのレーザー光線が直撃する。
「ぐぅ······ッおおおお!!」
セギュラは振り返り、焼け付く背中などお構い無しに口を大きく開く。火炎の吐息だ。
「忘れたか!キラーキラーに魔法は効かないのだ!」
サガオが火炎の吐息を突き破る、4本の腕にそれぞれ武器を持ち技能を発動させる。
「旋風裂閃!」
「ギャ!!」
直撃だ、旋風裂閃をまともに受けたセギュラは吹き飛ばされる。その隙にサガオは俺を拾って頭に乗せる。
「助かった……地面に落ちてないから3秒ルールは発動しないぞ」
「元気そうなのだ」
一方セギュラは右翼を失っているため上手く止まることができないようだ。それでも、踏ん張って空中に留まると、咆哮を上げる。
サガオがセギュラに諭すように話しかけた。
「もう退くのだ、それだけのダメージを体に刻んだまま戦えば、俺たちはもちろん、お前も無事では済まないのだぞ!」
「情など無用だ! ここで貴様を破壊するのが私の役目だ! 仕事は全うせねばならない!うおおーーッ!!」
「この分からず屋が!」
「がるぁッ!」
セギュラの渾身の一撃、Kソードがサガオの胴体部分に深々と突き刺さる、傷口から火花が散る。こんな緊迫した状態にも関わらずサガオは優しい声で呟いた。
「これでいい、これでいいのだ」
サガオは4本の腕を全て使ってセギュラを拘束した。
「ぬお! 放せ! のこっ!」
さらにKソードが胴体にめり込むがそんなことはお構い無しだ。
「ロケットパンチ!」
4本の腕の付け根から炎が吹き出す、胴体から腕が発射される。発射された後もセギュラの拘束は解けず。4本の腕はセギュラをガッチリ掴んで拘束したまま、グングンと加速していく。
「私をどこに連れていく気だ! 放せ! 勝負しろ! 剣を返せ!」
「勝負はお預けだ、互いに生きていたらまたやろう!」
「ちくしょおおーーッ!!」
セギュラが完全に見えなくなる、それを確認したサガオがゆっくりと話し始めた。
「最後に勇者パーティの仲間として、一緒に戦えてよかった······念願だった、憧れていたんだ童話の勇者に、俺は······」
「サガオ」
「もウ、限界ガ······きテシまっタのだ」
サガオは高度を下げていき、地上で待っていたアイナに向かって俺を落とした。エリノアたちも怪物の口から自力で這い上がっている、ヒマリはまだ気を失っている。
「······ヒマリ······体壊すなよ」
「サガオ!」
足裏から吹き出していた炎が止まる。下は怪物の口、キラーキラーの巨体も容易く飲み込んでしまう。自害できないというキラーキラーの設定があろうが、あれだけ損傷すれば飛行を続けることは難しい、落ちることができてしまう。
「ヒマリを頼ンだ、俺ノ魂ハ勇者ト共······二」
サガオは落ちていった。落ちた音は聞こえなかった。




