EX5 魔王と勇者10
「バーガーに息子がいるのか」
「はい、私とバーガーさまの子供です」
「なんと……」
一体どうやって……いや、今はそんなことはいい。
「そうか、あの家にいたのか」
「そろそろ10歳なのですが、どちらかがついているようにしているんです」
「新しい勇者の誕生なの!」
勇者という言葉にアイナが反応する。
「いえ、息子は勇者にはなりません」
「む、何故だ? 二人の勇者の息子だぞ?」
「争いはもう終わったんです。そうでしょう?」
「それは、そうだが」
なぜか残念に感じる我がいる。エリノアが鍋を温めながら言う。
「勇者と魔王のお話にゃんて古いんだよ、ほらお皿とって」
「う、うむ」
ジゼルが指を鳴らすと焚き火に火がつく。我らでそれを囲んで丸太に座る。
「積もる話もあるだろう──」
「それ昨日も言ってましたね」
「まだ積もりまくってるよ。サガオ、乾杯の挨拶して」
「任された! 我ら勇者パーティと魔王の親睦の宴をここに──」
「かしこまりすぎだよ、乾杯!」
「「「乾杯」」」
グラスを傾ける。酒か、久しぶりに飲む。
「美味いな」
「タスレ街の地酒です、果物を皆でしばいてつくるんでるよ!」
「アイナ。言い方」
「え、お義母さんがそう言ってましたよ?」
「魔王もいけるくちだにゃ?」
「一度も酔ったことがない」
「ほうほう」
我の言葉に皆がニヤリと笑う。
「なんだ?」
「サガオ、酒を樽で持ってきて! 魔王を酔わすチャンスは今日しかにゃいよ!」
「任された!」
サガオが飛び上がるとサガオの中から「たくさん持ってこようね。おにぃちゃん!」「まおう、よわす、たおす」と聞こえる。
「バーガーさまのいた世界では、神格を酔わせて、酔った隙に討伐したみたいな話があった気がします!」
「今その話を我にする意味はあるのか……」
「無礼講なの!」
「元々無礼講の極みだろう、お主たちは」
皆が楽しく笑っている。
「あ! ネスが笑ったの!」
「笑ったか?」
「笑ったの!」
──────────────
「……い、おーい!」
「はっ……」
むくりと起き上がる。
「おー、やっと起きた、サガオ一家以外全滅だったから、どうしたもんかと思った」
「バーガー……」
頭がハッキリする。目の前にバーガー・グリルガードがいる。
「バッガッガ! 魔王が酔いつぶれるなんて、そんなこともあるんだな」
「むぅ、不覚だ」
魔力がほぼ空になった状態で酒を飲んだためか……。隣に目をやるとスーが酔い潰れていた、いや、物理的に岩に押し潰されている。
「むにゃむにゃ、すげーいてぇの……」
「なんて寝言だよ、ほら」
バーガーは咥えている棒で岩を器用にどかした。
「これでよし。落石注意の看板でも立てとくか、てかこんな丘の上でどこから落ちてきたんだよ、久々のピンポイント落石だな」
「バーガー」
「ん?どしたん?」
我はバーガーの姿を見る。その立ち振る舞いは紛れもなく勇者のそれだった。先に口を開いたのはバーガーだった。
「改めて見るとスーに似てるよな、さすが双子の兄弟だ」
「似ているか?」
「激似だよ、衣装変えたらわかんなくなりそう」
「それは言い過ぎだ」
「ふふ、それで何用でしょうか、魔王さま」
「急にかしこまらないでくれ。……見に来たのだ、お主が救った世界を」
「ああ。そうなの? 前もってアポ取ってくれたらよかったのにー」
軽いな。
「それで、どうだった俺たちの街は」
「活気があり、楽しそうだった」
「よかった、楽しそうだって、アイナ」
机に突っ伏しているアイナがバーガーに呼ばれてもそもそと起きる。
「……おはようございます……」
「おはよう、ネスがさ、俺たちの街が楽しそうだって」
アイナは「ちょっと待ってください」と水差しでコップに水を注ぎ飲み干す。ぷはーと一息つく。
「もちろんです! タスレ街ほど住みやすい街はありません!」
「我は過ちを犯した、謝罪して済むものでないことも重々承知している」
バーガーは薬草を咥えなおし「その話か」と呟く。
「あんたにも正義ってのがあったんだろ。ネスが勝ったら勝ったで、魔界がこうなっていたかもしれない」
「それは、そうだが」
「ていうかイズクンゾが全部悪いから謝るならイズクンゾだ、まぁもう女神にこっぴどくやられたらしいけどな」
「それに俺もネスの正義を否定しちゃったしね。沢山殺して、沢山殺された」
「……」
「でも今は、運よく同じ方向を向いて進めそうだ」
再生したスーが間に入る。
「だから僕は最初から争いはやめるのっ! って言ってたの!」
「スーは最初からそうだったな……」
「あ、スー、ちょっと前髪借りるぞ」
「なのっ!?」
バーガーがスーの前髪にかぶりつく。簡単にちぎれる。
「『魂の実体化』」
鈴の鳴るような美しい声がバーガーから発せられる。光がバーガーを包む。バーガーの魂が上半身だけ実態化する、青肌に三角頭巾をつけている。屈強な右手を我に差し出す。
「さ、ネス」
我はバーガーの筋肉の精霊の手を握る。
「ハンドシェイク。これにて一件落着さ」