EX5 魔王と勇者1
『初代』魔王討伐から10年後。
ここはタスレ村。自然に恵まれた薬草の名産地だ。森を管理するエルフ族と、それらを守護する人族が仲良く暮らしている。そして王国から最も離れた場所にあるため近代化とは程遠い村……だったのだが。
「わぁ! 大きな『街』なの!」
やや高い丘の上で、額に手を当て『タスレ街』を一望していたスーが叫ぶ。
「バーガーの住んでるところ村だって聞いてたけどすごいの!大発展してるの! わわ!!」
大はしゃぎしていたスーが踏み外す、後ろにいた我が腕を掴んで引っ張りあげる。
「ネス、ありがとうなの!」
「うむ」
そう、我とスーはバーガーの里に来たのだ。街を一望した我らは道に戻り再び歩み始める。しかし、このまま進めばすぐというところで我の足は止まる。スーが顔を覗き込んでくる。
「どうしたの?」
「やはり我はここで待っている」
「もー、まだゴネてるの! いーからいくの!」
「しかしだなスー、我は元魔王で、人族の敵だったのだぞ」
「そうなの、それは紛れもない事実なの、でも歩み寄りを疎かにしたらそのままなの!」
スーは我の背に回り込むと両手で力一杯に押す。ずりずりと地面を削る、牛歩のごとき進行速度だ。
「もーーっ!! これじゃ夜になっちゃうのーーっ!!」
「……考える時間をくれ、せめて何か手土産でも用意してから」
「そーやってもう10年なの! 僕たちの感覚だと数日でも、バーガーたちからしたら結構な年月なの! いま帰っちゃったら、次来る頃にはみんな死んで僕の中に入っちゃってるの!」
「むぅ……だが」
「だがもしかしもないの!いくの!」
「やめろ、スー、押すな」
「じゃあおんぶなの!」
スーが前に回ってネスに背を向ける。
「足が進まないのならスーがおぶってあげるの、まったく世話のやける兄なの!でもスーは偉いからこうして妥協してあげるの!」
「……」
スーをスルーして横をすり抜ける。
「ああああーー!!」
「弟におぶられた情けない姿なぞ、皆の前で見せられん」
「なんでなの? 2人っきりの時はやってくれるのに」
「黙れ……。お前は人前でベタベタしすぎだ、もっと神龍としての自覚を持て」
「やっと一緒になれたのに、ぜんぜん意味わかんないの、やなの、つらいの……」
「そんなことで泣くやつがあるか……。ほら手くらいなら繋ぐことを許可して──」
「わぁーーい!」
しばらく進むと、門が見えてきた。堅牢な壁に挟まれた立派な石造りとなっている。ここまでくると道も広くなり、人通りも多くなる。
「ふむ、ここがバーガーの里か。龍の里を思い出すな」
「賑わってるの! 楽しそうなの! 早く入るの!」
「待て、少し人族のことを学んできた」
我は空間に闇の狭間を開き、そこに手を入れる。ここには様々な物を収納している。取り出すのは一冊の本だ。
「郷に入っては郷に従え、人族のルールブックを持ってきた」
「そんなものがあったの!?」
「人族に詳しいものに書かせたものだ、概ね合っているであろう」
「僕にもみせるの!」
大通りのど真ん中で2人は本とにらめっこする。すると背後から声が聞こえる。
「……にゃにしてんだ」
馬車に乗ったエリノアだった。