第15話 モノマ村4
開戦の火蓋を切ったのはエリノアだ、片手剣を背負い走り出す。燃え盛る真っ赤な炎部隊がその後を追従する。遅れて村人たちが走り出す。
魔物村から鐘の音が聞こえる、幻影大鷲はどこにいる、まだ空には何も飛んでいない。
俺とアイナは聖騎士に軍馬の後ろに乗せてもらいモーちゃんのいた馬小屋に向かっている。まだあそこで縛られてお腹を空かせているか、奴らに食われて······。ええい! 最悪は想定するだけにしろ! 悲観しても気分は明るくだ!
エリノアが門兵を斬り伏せると、門兵に掛かっていた魔法が解けて軍鶏剣士になった。エリノアはそのまま村の中に走っていく、エリノアには目に付く敵をすべて斬るように指示してある。辻斬りとして戦場を荒らしまくるのだ。
後に続いた燃え盛る真っ赤な炎部隊も槍で敵を突き倒していく、掴みは上々だ。村人たちも魔物村になだれ込む、本格的な戦闘が始まる。
「ぐっ!」
前方から突撃してきた矢啄木鳥を槍の柄の部分で防御した聖騎士の馬が大きく仰け反る。アイナは俺を抱えて飛び降りる、敵が多い、乗る余裕はない。ここからは走っていく。
前方から殺人兎が三頭現れる。凶暴で機動力のある魔物だ、こちらに気づいて真っ直ぐに襲ってくる。アイナは身を翻し矢を三本連続で放つ。三頭の殺人兎の眉間に矢が生える、瞬く間に仕留めた。
「よし、このままモーちゃんのところに向かうんだ」
「はい! バーガー様!」
俺とアイナを10名の聖騎士が追い抜く、大通りを通って手当り次第に魔物を槍で突き刺す、道を開けてくれた。感謝しつつも俺たちは前に進む。
数分後、馬小屋に到着した俺たちは馬小屋の前にいる軽業猿を射殺して中に入る。
「モーちゃん!」
いた! 一番奥で縛られている、今行くぞ!って、んん?
「バーガー様、モーちゃん大きくなっていませんか?」
「だよな、ていうかデカいなこりゃ」
モーちゃんの目の前に立ってハッキリしたが、成牛と同じくらい成長している、たったの2週間でこれほど顕著な成長をするわけがない。それにモーちゃんの鼻息が荒い、どうしたというのだ? 魔物たちに何をされた? 血走った目がアイナを捉える、アイナは物怖じすることなく、モーちゃんの目を見る。
その時、馬小屋入口付近の天井が破壊される、飛び散った木片を回避した俺とアイナは、天井の穴から現れた魔物を睨みつける。
「やはり来たか人間、そいつを取り戻しに来ると思っていた」
流暢に喋ったのは幻影大鷲だ。これでハッキリした、この声は宿屋の主人の声だ、主人に化けていたのは幻影大鷲だった。
「その口ぶりからすると、モーちゃんに何かしたのはお前か?」
「ククク、斧牛はいま、私の催眠術に掛かっている」
「なに!?」
俺たちを見て反応がないのは洗脳されていたからか、これがAランクの魔物の技。しかし急成長したのは何故だ?
「なんであんなに成長したんだ? 餌の違いか? どんなのを使ったんだ?」
「ふ、教えるわけがあるまい。そらそら、仲間同士で殺しあえ」
「お前倒せば催眠術解けるんだろ、俺は知ってんだからな! やるぞアイナ!」
「はい!」
その時、後ろから柵を破壊する音が聞こえる。素早くクラウン部分を180度回転させて後方確認する。モーちゃんが前足で砂を掻き、こちらを睨みつけている。
成牛になった斧牛の魔物ランクはAランク。俺たちはAクラスの魔物2頭に囲まれている。
「目を覚ましてください!」
アイナの呼びかけは虚しく響くだけだ、モーちゃんは頭を振って、こちらに狙いをつけている。もちろん絶対殺さない、だが戦わないわけにもいかない。
「アイナは幻影大鷲の相手をしてくれ」
「バーガー様? まさか!」
「俺はモーちゃんを食い止める」
「こ、殺してしまうのですか?」
「いいや、殺さない、殺したら俺は勇者じゃなくなる」
「わかりました!」
アイナは矢をつがえる、後ろは一切見ない。俺を信じてくれているんだ、そう思うとこのハンバーガーの体にも力がこもり熱がでる。目の前には猛り狂う斧牛。
「こんなにされてツラかったな、置いていって悪かった、助けに来たよ、この二ヶ月間のことを思い出せ、安心しろ、勇者の俺がお前をーー」
俺が話し終わる前にモーちゃんは斧型の角を振り上げる、斧牛は攻撃特化のAクラス魔物だ、この攻撃をまともに受ければ真っ二つにされる。俺は魔法を発動させる。
「『鋼鉄の体』」
モーちゃんの頭振り上げが決まる、俺は天井を突き破り空高く吹き飛ばされる。普通ならアイナの悲鳴が聞こえるがアイナはただ眼前の敵を見据えている。鋼鉄となった俺の体は無事だ、さてどうしてくれようか、この重力任せの一撃! くらえモーちゃん!
俺の頭突きを額に喰らいモーちゃんは大きくよろめく。痛いよなごめんな、暴れられても困るから気絶させるよ、俺が次の魔法を発動させようとした瞬間。
「バーガー様!」
俺は再び空中にいた。
「なかなかやるようだなパンくず、だがここで斧牛を倒されるわけにはいかない!」
幻影大鷲が俺を鷲掴みして空に飛び上がっていた。
「幻影大鷲め! 邪魔をするな!」
話している間もぐんぐん高度を上げていく。
ほう『高い高い』ならぬ、『他界他界』させようって魂胆か、やかましいわ!
「アイナ! やれ!」
「はいっ!」
アイナは上空にいる幻影大鷲を狙って矢を放つ、だか幻影大鷲の回避性能は異常だ。蜻蛉のような動きで矢を回避する。
「違うんだよなぁ、回避するだけじゃ『足りない』んだよなぁ」
「は?」
次の瞬間、矢が爆発した、幻影大鷲の悲鳴が響き渡る。
実は今の矢にはジゼルが作った魔法巻物が巻き付けてあったのだ。アイナが魔力を込めて射ると数秒後に爆発する仕組となっている、名を爆裂矢。
幻影大鷲は二段構えの攻撃に完全に不意を突かれた、近くで爆発したというのに形を保っているのはさすがAクラスだ、コントロールを失い錐揉み回転して落下する。ちなみに俺は無傷だ、鋼鉄の体で得た鋼鉄の体は相当な硬度だ。
「なぁ鳥野郎」
俺はこう言ってやった。
「挟んでやろうか?」
幻影大鷲は口角を引き攣らせる、鷲型魔物のくせにいい表情をするじゃないか。倒したらマジで俺の具材にしてやる、短剣を放さないようにしっかり咥えて落下の衝撃に備える
馬小屋に落下した俺は体勢を立て直し幻影大鷲に襲いかかる。アイナも反対側から攻める、挟撃の形となる。それでも幻影大鷲は強い、翼を鋭利な剣のように羽ばたかせて俺たちの攻撃を受けている、ならば頭突きだ!
俺は突っ込んだ鋼鉄の体の効果はまだ残っている、幻影大鷲の翼を突破して無理やり胸部に激突する。
大きな口を開き叫ぶ幻影大鷲は目を光らせる、む、幻覚か、催眠術を使うつもりか、しかしこちらの対策は万全だ、俺は魔法を発動させる。
「『鏡の盾』」
俺の前に魔力生成された鏡の盾が出現した、幻影大鷲の放つ光をそのまま反射する。技を返された幻影大鷲はまさしく千鳥足を踏んでいる、どうやら幻覚魔法だったらしいな。アイナは弓を構え素早く矢をつがえ放つ。
あの紫色の矢羽は毒矢だ、毒矢を目に受けた幻影大鷲は悲鳴をあげて飛び上がる。しかし徐々に力を失っていき、最後は墜落機のように村の中心に落ちていった。
幻影大鷲は倒しただろう。あとはモーちゃんだ、モーちゃんは頭を振って苦しそうにしている。
「モーちゃん! 正気に戻ってください!」
アイナが必死に呼びかけるがモーちゃんは苦しそうにしている、幻影大鷲がまだ生きているのか、それとも術者を倒しても解除されないタイプの催眠術なのか、わからないが、あの目はまだ俺たちを敵として見ている目だ。
ジゼルなら催眠を解く方法を何か知っているかもしれない。
「ですがバーガー様、ジゼルは中央付近にいるかと」
「ここは村の端だ、どうすればいい!」
「ぶもオオオオッ!」
モーちゃんの突進だ。俺は鋼鉄の体の効果はまだ残っている、だが小さい体では抑えきれず吹き飛ばされる、木製の馬小屋の壁を突き破り道端に放り出されてしまった。慌てて馬小屋から出てきたアイナが俺に駆け寄る。
「ご無事ですか!?」
「ああ」
ここで鋼鉄の体の効果が切れる。次まともに喰らえば、いや、かすりでもすれば俺の体は持っていかれるだろう。アイナが弓を構えた、つがえているのは毒矢だ。
「待て、何をしている」
「このままではバーガー様が死んでしまいます、バーガー様を失うくらいなら」
「頼む、絶対に射るな」
「でもぉ、バーガー様が死んじゃったら私……」
「俺は死なないし、モーちゃんも正気に戻す、大丈夫だ、だから弓は使わないでくれ」
「わ、わかりました。でも策はあるんですか?」
「ない! ある?」
「私もないですよ! もう!」
アイナは俺を抱き上げてモーちゃんから逃げ出した。
「なんで逃げるんだ! モーちゃんを見失ってしまう!」
「だって、戦えないなら、逃げるしかないじゃないですか! 今の私じゃ、あの状況でバーガー様を守りきれません!」
確かに無理なお願いしちゃったな、俺は冷静になる。アイナの頭に飛び乗って、クラウンを180度回転させる、後方からモーちゃんが凄まじい勢いで迫ってきている。
「おい! 来てるぞ!」
「え!」
やばい! 間に合わない! せめて俺が体当たりをして軌道をずらす! 俺がアイナから飛び降りようとしたその時。
庇うように飛び出してきた人影がアイナを突き飛ばした。
「きゃ!!」
俺たちの代わりにその人が真っ二つになった。
「な、え?」
俺は呆然とした、一瞬何が起きたのかわからなかった。理解できなかった、いや理解したくなかった。思考停止している間、モーちゃんは攻撃動作のクールタイムに入っている、その刹那がとても長く感じられた。
俺とモーちゃんの間に、間を置いて落ちてきたのは胴を真っ二つに切断された人、否。
「スー!」
不滅龍、スーサイドドラゴンだった。
生物は胴体が真っ二つに切断されたらだいたい死ぬ、スーも痛みを感じる暇なく絶命したわけだが死ぬ力により即座に蘇生、再生、復活した。彼の名は不滅龍、スーサイドドラゴン。RPGなこの世界で残機無限の横スクロール死にゲーをやっている神だ。
「スー! 大丈夫ですか!?」
「仲良くしないとダメなのっ」
スーに近づこうとしたアイナが後ずさる、額から汗が流れる。それだけスーから放たれる禍々しい魔力が凄まじいのだ。いつもと違う、素直にそう思った、スーは神龍だ、人間側でも魔物側でもない、分かったことはスーは争いが嫌いだということだ。
「スー、テントにいたんじゃないのか?」
「さみしくて見にきたの」
「聞いてくれ、モーちゃんは催眠術に掛かっているんだ」
「そうなの? 友達同士で戦ってるから、僕はてっきり喧嘩したのかと思っちゃったの」
スーは安心したように息を吐いた、禍々しい魔力も納まる。いや、喧嘩ならまだいいけど、今の状況の方がまずい。
「催眠術を解く方法はあるか?」
「わかんないの」
「やっぱりジゼルに聞いてみるしかなさそうだな」
「ですが、モーちゃんがまた襲ってきますよ」
モーちゃんの猛攻を凌ぎながら村の中央まで行くのは至難の技だ。倒していいのであればなんとでもなるがそのプランは最初からない。
「僕が食い止めてあげるの」
「できるのか!」
「できるの、でも人にも魔物にも肩入れしちゃいけないってレスに言われているの。ただモーちゃんを食い止めるだけなら大丈夫なの」
それを言ったら俺に羊羹皮を提供してくれているのはいいのか、という疑問に当たるが、いまそれを言えば、もうくれなくなる気がしたので俺は黙っていることにした。そうあれはたまたま千切れ落ちた羊羹皮を拾っているだけだ、パチンコ屋の隣にたまたま換金所があるのと一緒だ。
「わかった、頼む!」
「うん。えっと死後の世界」
スーが魔法を唱えると、足元から黒いシミが広がっていく、シミが辺り一面に広がると、シミから骸骨が這い出できた。魔物かと警戒したが、スーが発動させた魔法だ、信じることにして、ことの成り行きを見守ることにした。
這い出た骸骨たちの数は100にも200にも上る。一目見ただけで骸骨兵士などの低級なものとは違う雰囲気を漂わせている事がわかる。骸骨たちの装備はまちまちだが、共通していることといえばその装備の豪華さだろう。黄金の鎧や、純白のマントだったりとどれも一級品の品物に見える。
はっきりいって、一頭だけでも俺たちは負けるんじゃないだろうか、そんなプレッシャーを骸骨たちは放っている。
「こ、これは?」
「僕は死の神、死そのものなの。死んだものを操ることができるの。彼らは旧世界の英雄たちなの」
あ、これあかんヤツや。女神といい、やはり神は狂っている。
「いいか、抑えるだけだからな」
「もちろんなの、モーちゃんを抑える以外に何もさせないの」
スーが協力してくれているうちに俺たちは中央で戦っているであろうジゼルの元に急ぐ。
来た道を戻る、ジゼルのいる中央を目指していると、先ほど先導してくれた聖騎士たちと出会った。ここら辺の魔物はすべて倒したようだ、聖騎士たちは俺たちに気づくと軍馬を走らせて近づいてきた。
「勇者様、モーちゃんはどうなりましたか?」
「まだだ、スーが抑えてくれている」
「スーさんお一人で? 我々も加勢に」
「ダメだ、絶対に行くな。スーは一人の方が戦いやすいんだ」
下手に刺激すれば君たちもデスマーチに加わりかねないからな。
「他の兵士たちにもそう伝えてくれ、馬小屋には近づくなと」
「わかりました」
「そうだ、中央に向かうなら乗せてくれ、ジゼルに用があるんだ」
人と魔物の戦闘風景を横目に軍馬は道の真ん中を疾走する、俺たちの圧勝のようだ。
Bクラスの魔物と対等に戦える聖騎士たちがたくさんのCクラスの魔物を相手取り、残りを村人たちが束になって抑えている。村人たちは事前の打ち合わせ通り、ちゃんと一頭につき二人から三人で対応している。
気になるのは幻影大鷲がどうして村の中央に向かったのか、魔物村から逃げないという事は、まだ勝算が残っているということか?
何をしてくる、モーちゃんが暴れる事を期待しているのか?中央付近についた、村の内部まで侵攻が進んでいる。街端には魔物の死骸がいくつも転がっている、噎せ返りそうな血の匂いに眉をしかめつつも、俺たちは軍馬から降りる。
広場では戦闘がまだ続いている、アイナは聖騎士から矢をもらい次々に射る。全弾命中、聖騎士たちがポカンと口を半開きにしている。
「バーガー様、いました! この奥です!」
「よし。兵士さん、ここで待っていてくれ! すぐに戻る!」
「はっ!」
ジゼルは両手に雷撃の鞭を魔力生成して振り回している。魔物たちが次々に痺れて倒れていく、聖騎士たちが倒れた魔物を槍で突いてトドメを指していく。
「ジゼル!」
「バーガー。モーちゃんは?」
「モーちゃんなんだが幻影大鷲に催眠術を掛けられて俺たちに敵対してしまっている、どうすれば解ける?」
「簡単。催眠解除という魔法を掛ければ解ける」
ジゼルは聖騎士たちにハンドシグナルだけで指示を出して前線を離脱する。待たせていた聖騎士たちの軍隊に飛び乗る、モーちゃんのところを目指して戻り始めた。
「ルフレオからはそんな魔法聞いてなかったな」
「おじいちゃんは全てを教えたわけじゃない。なぜならおじいちゃんは超攻撃型の魔法使い、空を覆う真紅のルフレオ・ダグラス。治癒魔法や状態異常に対する抵抗魔法は一切使えない」
「そうだったのか」
「その事は後でいい。早くモーちゃんのところに私を案内して。他に怪我はしてなかった?」
「それが······」
俺はモーちゃんの急成長を説明した、ジゼルは怪訝そうな顔をして顎に手を当て目を伏せて何かを考えている。少しして思い当たる節があるのか、ジゼルは顔を上げた。
「魔物の成長には魔力が必要。魔力の濃いエリアに強い魔物が湧くのは集まってくるからではない。もちろん強い者が他所から来る場合もある。けれど少数。そこにいる魔物が強くなる」
「なるほどな、来るんじゃなくてそこにいるから強くなるのか」
「そう」
「でも疑問があるなここが魔力の濃い場所なら他にもたくさんCクラスの魔物がいただろ? アイツらが成長しなかったのはなんでだ?」
「すでにあれが成長した姿か。数が多いと魔力が分散されてそこまで成長できない。原因はいくらでも考えつく」
「それならモーちゃんだけが急成長したのが余計に謎だな、うちの子って二週間で育つタイプの魔物だっけ?」
「ノー。斧牛は成牛になるのに1年とも2年とも言われている。まだモーちゃんは生後半年くらい。通常の発育では有り得ない」
ジゼルの鋭い目が更に鋭くなる、少しイラついているようだ。
「もしかしたら。魔力を注入された可能性がある」
「魔力を注入?」
「上位の魔物には自身の魔力を注入して眷属を強化することがある」
「眷属って、モーちゃんの親はもう討伐されたろ」
「広い意味での眷属。血の繋がりがなくても子分に魔力を注入するケースはある」
ジゼルは「でも。それにしたって」と続け、不穏なことを口にした。
「Aランクの魔物を成熟させることが可能なのは、Sクラスの魔物だけ」
「おい、それって······」
「バーガー様! 前を見てください!」
「な、なんだ!?」
モーちゃんのいた辺りが爆発した。正しくは爆発ではないが、爆発的な何かが起こったのは確かだ。木片が宙を舞い、粉々になった骨が飛び交う。嫌な予感がする。
「スー! モーちゃん!」
瓦礫で埋め尽くされた通路を俺たちは軍馬から降りてかき分けながら進む。スーの出した骸骨たちは全て消滅している。
「あ! バーガー様! あそこから手が出てます!」
瓦礫から手だけを出してフリフリと必死に動かしている、あの手はスーだ、聖騎士たちが掘り出して体を引きずり出す。口から紫色の反吐を吐き出して涙目でアイナに飛びつく。
「こわかったの!」
「よしよし、もう大丈夫ですからね」
「何があったんだ? モーちゃんは?」
「わからないの、いきなり吹き飛ばされたの!」
竜巻か? 否、竜巻なら遠目でも気づくはずだ。すると爆裂魔法か?んん、わからん。
「ジゼル、これは魔法によるものか?」
「違う。これは単純に力で行われた破壊行為。魔法の痕跡はない」
ジゼルは辺りを見渡している、俺には何が何だかわからない状況だ。幻影大鷲が戻ってきて暴れたのか?あの強そうな骸骨騎士たちを相手に?
「伏せろ!」
ジゼルの叫びにアイナと聖騎士たちは伏せる。俺は伏せる必要が無いので何が起こったのか、この目で見ることができた。
頭上の空間がブレた、その後すぐに暴風が発生した。アイナたちは飛ばされないように必死に地面にしがみついている、俺も風にクラウンが飛ばされないように必死に堪える。
「見えない何かがいる!」
ジゼルの声に俺たちは周囲を警戒する、姿を消す事ができる魔物か!?
「ジゼル! 対処法はないのか!」
「待って。いま考えてる」
「看破を使わないのか?」
「看破は対象に狙いをつけないといけない、相手の場所がわからない」
クソ! どうすればいいんだ! 辺り一帯を瓦礫の山にする力を持った魔物が姿を消して近くにいる。待てよ。
「ジゼルはなんで気づいたんだ?」
「経験則。風と音で危険を察知」
なるほど、透明でも動けば風も動く、それに風が震えて音も出るわけか。
「皆、耳をすませ、音だ。物音に集中しろ!」
「ダメだ、全然聞こえまぐはあ!!」
「せ、聖騎士さん!」
聖騎士の一人が突然吹き飛んだ、20mほど飛ばされてうつ伏せで痙攣している。なんて怪力だ!どういう攻撃方法なんだ!
「待っててください! いま助けます!」
「待て! 動くな!」
「で、でも!」
「ああ、分かっている」
あの兵士の怪我はまずい、早く処置してやらないと命に関わる。だがいま駆け寄れば格好の餌食になる。
「俺が行く、薬草が3枚だけだが、応急処置にはなる」
「わ、わかりました」
アイナは低い姿勢のまま弓を構える、俺は低く跳ねて聖騎士に近づくと治癒を3回掛けてやる。聖騎士はうめき声をあげて意識を取り戻した、これで少しは動けるだろう。
「ゆ、勇者様、あ、ありがとうございます」
「喋るな、動くな、本格的な治療は後でだ、いま魔物を退治してやるからな」
「バーガー様!」
俺が振り返ると瓦礫が左右に押しのけられている、俺に向かって何かが迫ってきている、俺はどうすることもできない。何かと接触する前にあいだに人影が現れる。またスーか? いや違う。あれは!
「にゃおら!」
エリノアだ、片手剣を両手で思いっきり何も無いように見える空間に打ち込む。片手剣はパントマイムのように途中でピタリと止まる、金属同士が接触しあう甲高い音が響き渡った。
「今だよ!」
「看破!」
ジゼルがエリノアの叫びに応えて空間に向かって看破を掛ける。魔法は見事に魔物に掛かったらしく潜んでいた魔物が姿を現す。
現れた魔物は20mはある巨大な緑色の蜥蜴のような姿をしている。足は計6本。尻尾の先は蚊取り線香のように巻いている。大きな目は左右別々に緩急ある動きを見せる、現代の生物でいえばカメレオンに近い。
「透明龍!」
ジゼルがそう叫んだ。こいつドラゴンかよ! あ、翼も見えてきやがった!Sクラスのバケモノとの死闘の開幕だ。
透明龍に動く気配はない。目をしきりに動かして周囲全方向を警戒し続けているようにみえる。考える時間も出てくる。
こいつがこの魔物村の主だな。幻影大鷲は宿屋の主人に化けていたが、こいつは村長に化けていたに違いない。
「バーガー。こいつはSクラスの怪物。気を抜かない」
「ああ、でもこいつ動かないぞ」
それにいま透明龍は囲まれている。後方にはアイナとジゼルと聖騎士数人、前方にはエリノアと俺。ただ大きさが今まで見た魔物の中でスーの次にデカい、まぁスーは神龍だが、とにかくデカイ!この巨体ではそれほど早くは動けないんじゃないか?と、俺が戦いの算段をつけていると、珍しくエリノアが弱気なことを口にした。
「······ミーが引きつけるから、その隙に撤退するんだ」
「皆で叩けばいけるだろ」
「こいつはSクラスの魔物、同クラスの小龍より余裕で強いよ」
「マジか、······ッ!!」
「バーガー!!」
俺は吹き飛ん、だのか? な、にが······起きた? あれ? あれれ?
······まてまて、まて、この感覚······は、魔法陣が傷つけられたときのそれ······。
俺は動かない体の代わりに目玉を動かして霞む視界を無理やり覚醒させて現状を確認する。ああ、バンズのヒールがあんな遠くに······具材もバラバラだ。ああ、そうだな、腹、減ったな、この虚脱感と耐え難い空腹······。ああ、畜生。あいつ何したんだ······。
俺は朦朧とする意識の中で身に起きた出来事を思い出す。そうか、わかった、ぞ。奴の口の隙間から、超スピードで舌が飛び出してきて……それをモロに喰らったのか。
「バーガー様! うっ!!」
アイナが俺の元に駆け寄ろうとして吹き飛ばされた。アイナ!! くそ、声が出ない、体も動……かない。
エリノアが透明龍に斬り掛かる、さすがエリノアだ、舌の刺突や鞭攻撃を見事に捌いている。
アイナ? なぜ起き上がらない、エリノアが時間を稼いでいるうちに早く逃げてくれ……ジゼルがアイナに駆け寄り、両手を当てている。遠目だが、血が出ているように見える。······ぐ、意識が······。待ってくれ、俺はまだ死ぬわけには······いかない、んだ、アイナ、アイナ!!
俺の意識は完全に途絶えた。




