EX3 グリムリーパー16
「馬鹿野郎!」
マグラは悪態を吐きつつも、姿勢は崩さない。
「望み通り、お前も俺の中で潰れてしまえ!」
「違う」
グリムは掌から煙玉を魔力生成する。
「な! ポシェットの中じゃないと作れないんじゃ!」
「それはクモ」
「くっ!」
煙玉を握り潰して煙を発生させる。
「これで魔力生命体にも物理攻撃が効く!」
(一撃食らったくらいじゃ俺はやられない、カウンターで俺の勝ちーー)
グリムの一撃を受ける覚悟を決めていたマグラだが、グリムは予想外の行動を取った。
「な、何してんだよ」
「ギュー」
それはハグだった。グリムはマグラを抱きしめていた。カウンターを狙うマグラを無視して無防備にも懐に飛び込んだのだ。
「は、離せよ」
「ダメ」
背中をさすり、次に頭を撫でる。マグラは赤面して硬直する。
「私はグリムリーパー、殺戮を司る魔神。だからトラウマだって殺せる」
「本当に馬鹿野郎なんだな、グリムは……」
やや離れたところでブラギリオンが鎧の顎の部分を撫でる。
「あれが本当のグリム氏でござるか。殺戮の魔神というよりあれではまるで聖母でござるな……ござるがある意味、マグラ氏の戦意を喪失させたその手腕を認めてあげるべきでござるか」
ブラギリオンは腑に落ちないがそう認めることにした。
(拙者の望むベクトルではないでござるが、拙者の好敵手は拙者の望むものでない可能性もあるでござる。これも力の多様性。生物はそうして強くなってきたでござる)
ブラギリオンは長いハグを見飽きてどこからともなく団子を取り出して鎧を付けたまま食べ始めた。
「もういいよ」
グリムを跳ね除ける。グリムは不思議そうな顔をする。
「もういいの?」
「十分だよ……。ちぇ、俺の方はガチで殺そうとしてたのに、馬鹿らしい、強くなりたいんじゃなかったのかよ」
「それは私の守護者たちが私の意志を表面的にしか聞けなかったから」
「だったらちゃんと話してやればいいじゃないか」
「それは出来ない」
「どうしてだよ」
「私が出たらあの子たちは深い眠りにつく」
「だったら……グリム……じゃないか、クモっつったか、あいつにはもう会えないのか?」
「うん、私は覚醒した。あの子たちはその間、私を守り抜き、望みを叶えようと奮闘して無事に務めを果たした」
「そっか、別れの挨拶も出来なかったな」
「ううん、聞こえてはいる」
「そっか……そっか、聞こえたか」
空が真っ赤に燃えた。
「……な」
「これはなに」
「やっぱり触れちまったか」
マグラは初めて焦りを見せた。
「俺の力に反応して『神々の誓約』が発動しちまった。来るぞ、執行人が……」
火球が落ちてくる。この星にいてその名を知らないものはいない。『とんだ無知さん』の語源。
「プロミネンスノヴァドラゴン」
序列5位、それは神竜4兄弟を除いて最高位の神だ。炎の化身、炎龍、プロミネンスノヴァドラゴン。
ノヴァは周囲をキョロキョロと見渡している。
「んーー」
考え込むように腕を組む。
(なんで私ここに来たんだっけ……)
マグラが前に出る。
「ノヴァ、俺を殺しに来たんだろ」
「えぁ!? なんで!!」
「……俺が神クラスの力で戦ったからだ。『前科持ち』の俺はそれだけでアウトだろ?」
「ぜん……ん?」
「早く俺を燃やして殺せ、んで帰れ」
「わかった!」
ノヴァは手のひらに小型の太陽を作り出す。グリムが庇うようにマグラの前に出る。
「グリム、退け」
「退くわけがない」
「もう戦う必要も無いだろ、クモたちが勝手にやってくれたことなんだろ?」
「違う、これは私の思い。マグラを守るという私の確固たる思い」
「なになになになに! どーいうこと!? わかんないからとりあえずどーーーーん!!」
ノヴァは手のひらの太陽を握りつぶした。本当はそのままぶつけた方がいいのだが、無知ゆえに無駄の多い使用の仕方になった。だがそれでもーー
効果は絶大だった。無知さを加味しての序列5位、雑に攻撃しても余るほどの破壊を無差別に提供出来る。本来ならば星が蒸発する威力だが、欠ける程度で済んだ。
言わばこれは選別。強きものの前に立つためには力が必要なのだ。
「ふぁあ、帰ろっと、ここどこかなぁ、ていうか私、どこにいたんだっけ? 何してたっけ?」
「周りを巻き込むなよ、ノヴァ」
「お! おお! 生きてるじゃん! お前も不死身なのか!」
マグラはブラックホールで炎を吸い込み、被害を最小限に収めた。マグラとグリムの周囲だけ元の地形を残している。
「違ぇよ。俺は……ただの村八分系龍だ」
「? じゃあさじゃあさ、なんで死のうとしてるのに抵抗するの?」
「あれじゃこの星がダメになるだろ」
「そっか、火力をおさえなきゃダメなんだね、りょーかい! りょーかいってどういう意味だっけ?」
マグラは呆れたようにため息をつく。
「グリム。やるか」
「うん、やろう」
「|序列6位(俺)の次は序列5位だ」
「うん」
「状況は共闘だ、こういう戦いも経験しておいた方がいい、グリムの中にはお前のことを大切に思ってくれる仲間がいるんだからな」
マグラはそう言うと、両手に魔力を貯める、ボクシンググローブ型のブラックホールが出来上がった。
「ノヴァに生半可な技は通用しない。だが奴はなぜだかしらないが『とんだ無知さん』の語源になるくらいに無知だ、無知の代名詞だ。正体不明の灯火が不知火なら、ノヴァは無知の炎で無知火だ」
「?」
ノヴァは首を傾げている。
「相手の無知を利用するってこと?」
「そうだ、ちなみにこうやって目の前で話せるのも、話の内容を理解できないノヴァの弱みを利用している。だがこれくらいのアドバンテージを取られたところでノヴァは意にも介さない」