第14話 モノマ村3
アイナがブートキャンプを開いている広場に戻る。アイナの門下生たちは広場の端に寄っている、中央に軍馬に乗った一団がキビキビとした動きで配列を作っていく、アイナは高台に立ったままその様子を見ている。俺に気づくと高台から飛び降りて近づいてきた。
「バーガー様、聖騎士たちが来ました!」
「そうみたいだな、要件は聞いたか?」
「いえ、とりあえず村人に村長を呼びに行ってもらいました」
少し遅れて村長が到着した。聖騎士たちの先頭にいる赤いプレートアーマーを着た男が軍馬から降りる、こちらに駆け寄ってくる。
「貴方がこの村の村長ですか?」
甲を外して脇に挟む、男は30代くらいのおっさんだ、髪は炎のように赤く顔が濃いタイプのイケメンだ。
「はい、私が村長です」
「私は王国聖騎士団、燃え盛る真っ赤な炎部隊隊長、キッド・ジュニア・ボーイです!」
部隊名カッコいいのに、あんたの名前で台無しだよ、どんだけ子供なんだよ。
「名前へんですよね? でもベイビーが付いていないからセーフなんですよ、ははは」
「ははは」
なに村長までわろとんねん。
「我々はコンダイ村にいたのですが、ジンニン村から来た伝令の話を聞きつけまして、こうして馳せ参じた次第であります、勇者様がいらっしゃるとはまことですか?」
「俺が勇者だ」
「おおおお、本当にハンバーガーだ。こ、こほん、これは失礼いたしました!」
「気にするな、みんな最初は同じ反応をする。俺は勇者、バーガー・グリルガードだ、ここに来たということは俺に協力してくれるということでいいのか?」
「無論です! 我々は遊撃隊なのです!村を転々と周り、見つけた魔物をひたすらに駆逐するのが役目、言わば炎の遊撃隊なのです! 勇者様と共に戦えるなんて夢のようですよ!」
「それはよかった、それじゃキッド、部隊の規模と」
「ちょっと待った」
俺たちの話を遮って、ジゼルとエリノアが現れた。ジゼルは険しい顔でマイクをキッドに向ける。
「王国魔導師、ジゼル・ダグラスさん!」
「フリーズ。キッド・ジュニア・ボーイ。貴方と貴方の部隊に看破を掛ける」
「え? 私たちにですか? 分かりましたやってください」
「できるだけまとめて掛けたい。一塊になって」
「承知しました。よし、お前たち集まれ!」
ジゼルはキッドの号令で固まった騎士たちに看破を掛けて回る、ややあって額に汗をかいたジゼルが一周して戻ってきた。魔物村から逃げ出した時よりは消耗していないが、短時間で何十発も魔法を使ったんだ、疲れるだろう。
「バーガー大丈夫、この中に魔物はいない」
「ジゼル、ありがとう、素直に信用していた」
「疑念を抱くのは私の仕事。少し休む」
ジゼルはエリノアを連れて宿に戻っていく、途中で振り返りキッドに目線を向ける。
「疑って悪かった。詳しい話はバーガーから」
「滅相もありません、容疑を晴らしていただき感謝致します!」
こういうことで後腐れがないのは男らしいジゼルの性格のお陰だ、どうやら階級も魔導師であるジゼルの方が上のようだし、これから共闘する仲間の間に波風は立てたくないからな。
村長の部屋に戻る、キッドと村長に挟まれる形でテーブルに乗る、テーブルの上には地図が広げてある。
スー以外のパーティメンバーには他の仕事を任せてあるため不在、これはすなわちリーダー格の会議だ。
「して、戦況は如何なものですか?」
口火を切ったのはキッドだ、甲冑を外して軽装になっている。
「この地図を見てくれ、この五つの村の中心付近に魔物村がある」
「ほう、魔物が村を作るなど、魔王の支配する大地以外では初めて聞きます」
「魔王の領土内には魔物の村があるのか?」
「私は若輩者ですので実際に見たわけではありませんが、魔族や魔人と共に一部の魔物も暮らしているそうです」
「なるほど」
魔人や魔族はまだ出会っていない、あの村が発展した場合、現れるかもしれないな。
「俺たちが確認した魔物で一番強いのはAクラスの魔物幻影大鷲だ。他はCクラスの魔物ばかりだが賢く人の言葉を理解している、話せる魔物もいる」
「あの怪鳥、幻影大鷲ですか、私の部下はBクラスの魔物とサシで戦える程度には鍛えておりますが、搦手も多用するAクラスとなると私たちだけでは厳しい戦いになると思います」
そうらしいな、この世界のクラスはクラス差が激しいようだ。特にAからBにかけてが顕著だろう。Bクラスの魔物100頭分の強さをAランクは持っていると考えた方がよさそうだ 。もちろんそこには相性の問題もあるがな。
BからCなら、Cクラスの魔物が4頭か5頭が、Bクラスの魔物一頭分といったところだろう。
それに同ランクの魔物でも差がある。Bクラスの紫猪と蜥蜴剣聖が同じ強さと言われて納得できるはずがない。(あの紫猪は同種よりも遥かに大きく成長していた特異個体だ、Aクラスはあったかもしれない)
「だよな、だから、あの怪鳥は俺たち勇者パーティに任せてもらおう。魔物村から逃げる時に一度手合わせしたが何とかなりそうだ」
「おお、それならば幻影大鷲は勇者様たちにお任せます。部隊のほうにも幻影大鷲を発見し次第、勇者様にお伝えするように伝えておきます」
「頼んだ。それで肝心の魔物の数だが、多く見積もって1500頭だ」
俺のその言葉に村長が異を唱える。
「先日は1000頭と、勇者様は仰っられていましたが······」
「今でもそう思っている、だが敵の勢力は多めに見ておいたほうがいいだろう」
そう、増援、伏兵で苦しめられた過去をここで活かしておかないとな。
「いい心がけです。まだ12歳とお聞きしておりましたが、すでにそこまで考えているとは感服の極み」
「数回死線を潜っただけのことさ。で、いけそうか?」
「どうでしょうか。数は多いですが、幻影大鷲を除けばCランクの魔物ばかりなので、500頭はいけるかと」
「殲滅は無理と?」
「力及ばず、すみません」
「ふむ、兵の数は?」
「私含めて92名です。遊撃部隊なもので少人数なのです」
「それで500頭いけるのか」
「意地でも倒しますよ」
「分かった、殲滅は無理だとしても敵の戦力を半減できれば脅威度も下がるだろ」
「幻影大鷲さえ倒せば、あとは何度かアタックを仕掛けて潰せます」
「んじゃ、目標は幻影大鷲だ。飛ばれて逃げられたら厄介だ、何か策はあるか」
「いえ、弓がありますが、飛んでいる鳥に当てることができるほど弓の腕を持つ者はおりません」
「降りてきた時を狙うしかないってことか、チャンスは限られているな」
俺たちが話し込んでいるとスーがベランダから戻ってきた、俺をじーっと見つめている。ああ、わかってるよ。
「勇者様、そちらの方は?」
「ああ、スーといって俺たち勇者パーティのメンバーだ」
「おお、そうでしたか、私は王国聖騎士団燃え盛る真っ赤な炎部隊、 隊長キッド・ジュニア・ボーイです」
「ぼくはスーなの、モーちゃんは殺さないでほしいの」
「モーちゃんといいますと?」
「ああ、俺たちは斧牛の子牛を飼っててな。魔物村に置き去りにしてきてしまったんだ」
「なるほど、分かりました、斧牛には手を出さないように部下たちに伝えておきます」
「よろしく頼む」
ジンニン村に来てから2週間が経過した。
平穏といいたいところだが、とんでもない事になった······。
俺たち勇者パーティは即席の高台に乗っている。場所は村の外、そして俺たちの眼前には見渡す限りの人、人、人!
そのほとんどが数日前に到着した近隣の村人たちだ。予想を遥かに超える援軍が駆けつけてくれた。(ジゼルが看破の魔法を掛けて回り疲れ果てたのは言うまでもない)
俺たちとともに高台に立つキッドが報告する。
「コンダイ村284名、
ボウゴ村121名、
ブラカ村153名、
マイモサツ村164名、
ジンニン村106名、
燃え盛る真っ赤な炎部隊92名。
総勢920名です」
総勢920名の戦力が集結。
1000に近い視線が、アイナの手のひらに乗る俺へと注がれる。まずは自己紹介だな、アイナはジゼルからマイクを受け取ると俺に向ける。
「迅速に集まってくれて感謝する。俺は予言の勇者。勇者バーガー・グリルガードだ」
ざわめきが聞こえる、当然だろう、ハンバーガーの姿だとは聞いているだろうが、実際に見るのとじゃ違う。俺だって指揮官がハンバーガーだったら嫌だよ。
この反応を想定していた俺はあらかじめ用意していたデモンストレーションをやることにした。俺はアイナから飛び降りてエリノアに目配せする。エリノアはため息をつく。
「もったいにゃくにゃい?」
「やらないと今後に響く、士気を上げるんだ」
「はぁ」
エリノアは懐から出した物を俺に挟む。解析をするまでもなく、それはスーの羊羹皮だ。プニプニとしているそれを挟み、溢れる魔力を感じながら俺は魔法を発動させる。
「『魂の実体化』」
青い筋肉の精霊が現れる、その筋骨隆々の上半身を見て会場が先ほどとは違ったざわめきを見せる。
俺は筋肉の精霊を操りポーズを決める。基本姿勢からのフロントダブルバイセプス! さらにサイドチェストへ移行しオリバーポーズでフィニッシュだ!
会場が沸き立つのを感じる、俺は能力を解除してアイナの手に飛び乗る。
ちなみにスーの羊羹皮は萎むことなく消滅してしまう、元が魔力の塊だからだろう。
「とまぁ、安心してくれ、こう見えても俺は強い」
「バーガー様、みんな安心していますよ」
アイナが小声で嬉しそうに言った。うむうむ、良きにはからえ。
隣のスーがちぎられて短くなった前髪をいじっている。その気になれば一瞬で生やせるはずだが、あとで甘味を買ってあげよう。
「これだけの人数だ、兵糧の問題もあって、このまま魔物村に向かう。魔物の特徴や、注意点などは、着くまでに王国聖騎士たちが教えて回る」
村人たちの表情に緊張が走る。再び不安そうな顔を見せる。そりゃそうだ、これから命をかけた戦いに赴くんだからな。そんなことを思っているとジゼルが俺の前に立つ、マイクをアイナから受け取り口元に当てる、なにを話す気だ?
「諸君。私は王国魔導師。ジゼル・ダグラス」
またしても、村人たちがざわめく、感触のいいざわめきだ。王国魔導師はどこでも有名人だ。勇者と魔導師のネームバリューで会場を盛り上げるのだ!
「これから諸君は命を落とすかもしれない」
ジゼルの発言に会場が静まり返る。おいおいおい!温まった空気が冷えちまったぞ、オーディエンスをどうするつもりだ。しかしジゼルはお構い無しに続けた。
「保身に走る者を私は咎めない。咎めないがきっと後悔する。諸君が逃げるということは。諸君が敵を見逃すということは。諸君の村。諸君の家族が魔物に蹂躙されるという事だ。知っているか?魔物の人の殺し方を。知識のある魔物なら嬲ってから殺す。生きたまま腸を貪られ。阿鼻叫喚を極めた拷問の末に殺す。諸君は自覚するべきだ。諸君は追い詰められている。我々が負ければ。王国の民すべてが一人残らずそうなる。餌になりクソになる。いま逃げてもいずれは戦うことになる。私はいま戦う事を勧める。勇者のいるうちに」
ジゼルの演説を聞いて去るものは一人も居なかった。ジゼルはマイクをエリノアに投げ渡す、エリノアはマイクを見てすらいないのにも関わらず片手でキャッチする。エリノアは「ミーも?」といったジェスチャーをジゼルにするが、ジゼルの視線に耐えきれなくなったのか目線を前に戻す。
「ミーはエリノアだよ、Sランクの冒険者だよ、小龍倒した事あるよ、ミーの周りにいればきっと生き残れるよ」
それだけ言ってマイクをジゼルに投げ返した。エリノアの存在を知らなくてもSランク冒険者の実力は知っているだろう、村人たちは神妙な面持ちで頷いた、真剣な面構えだ、どうにか覚悟を決めてくれたようだ。
「ま、ミーの戦場は最前線を超えたその先にゃんだけどにゃ」
と、小さく呟いた。エリノアさん、それオフサイドですよ。
「では準備でき次第、ここを出立する! 入念に装備の確認をしておくように!」
キッドがそう締めて、村人たちは各々の装備を最終確認する、キッドがジゼルに近づいて小声で話した。
「最初はどうなるかと思いましたが素晴らしい演説でした」
「本当のことを言ったまで。戦場に来てから知るより。ここで知らせておいた方が幾分マシだと判断」
「それでもあれだけ言い切る度胸は凄いですよ、私でも励ましたり檄を飛ばすくらいしかできません。まるで実際に魔物に襲われたことがあるような口ぶりで、村人たちの生唾を飲み込む音が聞こえるほどでした」
「体験したから」
「え?」
「実際に体験したことを話した。私はクソみたいな街でクソのように戦ってクソのように這いずり回って生き残った」
二人の会話を聞いているが、ジゼルの街は魔物に襲われたのだろうか、ジゼルはそういうプライベートの部分は話さないからな。祖母である占いばあさんもラップバトルで殺されたというし、そう思っているとジゼルが俺に視線を向ける。キッドとの会話は終わったようだ。
「バーガー」
「なんだ?」
「誰一人死なせない」
「もちろんだ、最初に死ぬとしたら、それは俺からだ、俺が死ななければ誰も死なない」
「にゃはは、にゃんだその理屈は理にかなってにゃいよ」
「い、いいんだよ、こういうのは気持ちの問題だ」
「そうです! バーガー様は私が命にかえて守ります!」
「聞いてた? 俺が最初なの! 俺が死ななきゃ誰も死なないってジンクスをだなー」
「くすくす、バーガー、かっこ悪い」
「スー、こういう時だけ。······モーちゃんを助け出して!誰も死なせずに!この戦いを終わらせよう!」
「はい!」
難易度がルナティックになった。
5日後、魔物村に到着した、丘を超えればすぐに見える位置だ。俺たちはそこに前線基地を築いた。前線基地といってもちょっとした塹壕と50張りのテントといった簡素なものだ。そのテントも怪我人を寝かせたり、戦いが長期化しない限りは使われることは無いだろう。兵糧もテントの中だ。
時刻は昼、前にここに来た時は雨だったが今はすっかり晴れている、絶好の戦争日和だ。
俺と、俺を持つアイナ、そしてジゼルとキッドが丘の上にいる、見つからないように伏せて双眼鏡で魔物村を観察する。
「また人に化けてる」
ジゼルが双眼鏡から目を離し入口付近を指さす。番兵が村の入口前に二人立っている。どう見ても人間だが、この間もいた奴なので魔物確定だ。それを見たキッドが驚きの声をあげる。
「うーむ、人にしか見えませんな」
「戦いになれば動きでわかる。激しい動きをすれば幻影は解ける。騙せないと理解すれば向こうから解いてくる。それより準備はオーケー?」
「もう少しです、みんないいカラーリングになってきましたよ」
「カラーリング?」
俺はテントの方を見る、村人たちが赤い絵の具を塗っている。顔や腕、服の上から、剣に至るまで、せっせと塗りたくっている。(燃え盛る真っ赤な炎たちはそもそも赤い装備だ)それを見たアイナが感心したように言った。
「色で味方を見分けるわけですね」
「なるほど、乱戦になったときに敵味方の区別がつくようにしてるのか」
そう話していると、テントの方から聖騎士が走り寄ってきた。
「隊長! 準備が整いました、いつでもいけます!」
「総員定位置にて待機、勇者様、こちらの準備は整いました、ご命令を」
「うし、行くぞ!」
晴天の昼下がり、真っ赤に染まった千に近い人間が魔物村前に並んだ。門兵もそれに気づき、慌てて村の中に入っていった。
これだけの数だ、気づかれないように行動するのは愚策だ、それに即席の軍隊だから難しい作戦はやめた方がいい。兵士たちの士気を下げないように正面から勇ましく攻めた方がやりやすいと判断した。
並びは先頭がエリノア、その後ろに馬に乗った燃え盛る真っ赤な炎部隊(エリノア以外の勇者パーティは馬に乗せてもらっている)。その後に村人たちだ。
ちなみに、スーはテントで待機させている。
装備はエリノアがいつもの片手剣と先日買った肩掛けベルトに装着するタイプの投げナイフ。それとジゼルからもらった魔法巻物が六本、腰に下げている。
アイナは弓と細剣、兵士や村人たちも矢筒を持っていくので、そう簡単には矢が切れるということはないだろう。さらにアイナはジゼルから特別な矢を一本譲り受けている、あとの楽しみだ。
ジゼルはいつも通りマイク状の杖のみだ。
燃え盛る真っ赤な炎部隊は馬に乗って攻める時は槍を使い、近接になれば腰に差してある剣を使う。馬に乗っている時のアドバンテージをどれだけ活かせるかが鍵だ、そしてその通常装備とは別にジゼルから魔法巻物を二本ずつ渡されている。二百本近いもの魔法巻物を書き上げたジゼルは紛れもない魔法巻物職人だ。
そして気になる魔法巻物の中身は中位治癒だ。魔法使いでもない者が上位治癒を使うと魔力切れを起こす可能性があるため、中位の治癒魔法を量産したとのことだ。村人に渡さないのは初めての戦いで使う余裕がないだろうという考えと、魔力の少なさからだ。剣で斬る、棒で叩くといった単純な指示の方が向こうも助かるだろう。
村人たちの装備は九割が剣で残り桑や鉈で武装してもらっている、そういう村人は一番安全な隊列の中心に配置している。
そして俺の今日のメニューは、
鋼鉄陸亀の甲羅の破片。
殺人蜂の毒針。
鏡鳥の鏡羽。
薬草3枚に、パテ。
そして不滅龍の羊羹皮に、マントと短剣だ。
使える魔法は
鋼鉄の体1回。
毒針1回。
鏡の盾1回。
治癒3回。
そして以下の魔法から一つ。
蘇生、
擬人化、
魂の実体化、
幽霊の吐息だ。
それでは出撃しよう、なぁに死んだら女神のところに行くだけさ。




