EX3 グリムリーパー4
しばらくしてここは龍の里。あの厳しい山脈を超えた先にとても穏やかな風景が広がっていた。かなりの高度に位置しているが気候は穏やかで快適だ。
「こんなところにこんなのどかな里があるんですね」
「龍族の里の一つでござる、ここら一帯は大気の魔力が魔法レベルで安定していて、作物の実りがよく、魔物や動物もよく肥えるでござるよ」
「へぇー」
門番が二人を止める。
「見てください師匠、龍の里なのに人型ですよ」
「効率化のために人に化ける魔法を使っているのでござるよ。最近の主流でござるね」
「待たれよ、もしかして人か?」
「如何にも」
「ほう。久々の客人だな、要件はなんだ」
「序列10位はいるでござるか?」
その言葉にピリッとした空気になる。
「争いごとなら去られよ」
「そうもいかないでござる」
「なに? どうするつもりだ」
「この子と戦わせたいでござる」
「は? お主ではないのか?」
「この子とでござる」
「ここまで長く険しい道のりだっただろう、そんな苦楽を共にした旅の仲間をみすみす死なせるというのか」
「殺されたら殺されたらでござるもんねー」
「はい!死の覚悟なくして強者足り得ません!」
「酔狂な……」
「何事だ?」
「ポイズントスドラゴンさま!?」
現れたのは細身で長身の龍族だ。紫色の美しい鱗が特徴的だ。
「丁度いいでござるな、トス氏が序列10位でござる」
「トスさま!私と勝負してください!」
「はぁ?」
「まぁまぁそう嫌な顔せずに死会ってあげてほしいでござるよ」
「藪から棒になんだ、俺は無駄な殺しはしない主義だ、ただでさえ俺の魔法は仲間を巻き込みやすい」
「師匠ー、ああ言ってますよ」
「うーん、参ったでござるな、グリムの強さ的に丁度いい当て馬だと思ったんでござるが」
「……それは聞き捨てならないな、その娘と俺が同格だと?」
「うん、そういったでござるが?」
「俺がこんな小娘に負けるわけがないだろ。帰れ」
「いやです、帰らないですよ、そうさせたいのなら力づくでやってくださいよ!」
「ち、おい門番こいつらをつまみ出してくれ」
「はっ!」
門番がブラギリオンたちに詰め寄る。
「グリム、拙者は一切手出ししないでござるからね」
「わかりました!」
漆黒線状魔力でクナイブレードを魔力生成する。
「こいつ武器を……」
「やー!」
一線、門番の持っていた槍の刃が地に落ちた。
「なっ!? こいつできる、気をつけーー」
柄の部分で顎を突き上げられた門番が意識を失い崩れ落ちる。
「全員のしたら戦ってくれますか?」
「……場所は指定していいか?」
「構いませんよ、私の不利な場所でも、どこでも!」
トスの指定した場所は里から数十キロ離れた、山と山の間にある開けた場所だ。
「床が平たい、何かに使う場所ですか?」
「ああ、ちょっとした祭事で使っていたが、他にいい場所が出来たから今はもうほとんど使わなくなった」
「へぇ、お祭りとかもあるんですね、じゃあ殺し合いましょう!」
「勝敗は生死か?」
「私はそれで構いません!」
「無力化でいいだろ、殺せるって状態で殺すのは意味がない」
「んー、殺す覚悟も試されると思うのですが、戦ってくれるだけでも嬉しいのでじゃあそれで、無力化でいいですよ」
「戦意が無くなったとみなしたらやめだ、子供なんか殺したら寝覚めが悪くなる」
「はい!」
「じゃあ、来い!」
「いきます!」
トスはその場から動かずにグリムを目で追う。対するグリムは先程のようには突っ込まない、クナイブレードを構えたまま、慎重に躙り寄る
(武器は今のところ確認できない、龍族は人型になっても怪力だしタフだ、急所が人と違う場合があるから油断しないように)
グリムは移動の間、あえて戦う時の対策を考えなかった。グリムが求めているのは実践での強さのため、その場で出会ったというシチュエーションで戦った方が都合がいいと考えたからだ。これにはトスも慎重にならざるを得ない。
(門番を一撃だ、動きは子供とは思えないほど高速だった。負けることなどないが一撃でもくらったとなれば恥だ)
「毒の剣」
トスが魔力生成したのは毒液で生成された剣だ。液状にも見えるが剣の形を保っている。そして武器を生成する僅かな隙にグリムは距離を詰めていた。
(魔法は詠唱時の隙が最も殺りやすーー)
『ごしゃ!』
「?!」
「動けないだろ」
「……ッ」
グリムは倒れていた、全身が痙攣している。
(声すら出せない……これは毒!)
「俺は毒の龍だ。この世の全ての毒を操作する力を持つ。俺の気分次第で吐いた息すら毒に変換することも可能だ」
「……なる、ほど……」
「なに!? もう立ち上がっただと!?」
「そういう毒なんじゃないんですか?」
「一日は麻痺して動けないはずだ」
「じゃあ私の体が毒に打ち勝っただけ、それに倒れている隙に追撃もしないなんて……さすがに」
(怒りますよ)
「ッ!」
トスは底知れぬものを感じ戦闘態勢に移る。やや前傾姿勢となり全身から毒液を垂れ流し始めた。
「毒の吐息!」
グリムを狙わず辺り一面に毒を撒き散らす。
「致死性の毒を撒いた、もう俺に近づくことすらできない」
周囲の無機物である岩ですら焦げるように溶けていく。
「師匠、すごい技ですね、まるで毒の結界ですよ!」
範囲外の場所で壁に捕まりながら興奮気味に言う。
「そうでござるね。それで手はあるでござるか?」
「はい! とう!」
マフラーで口元を隠して毒霧の中にダイブする。トスのの頭上からクナイブレードで強襲する。視界の悪さを逆に利用した不意打ちだ。
「そこか!」
しかしトスは即座に反応して上にブレスを吐き応戦する。グリムは身を翻して起動を変えて躱す。
(吐息の間隔が短い、威力は必要ないからタメに時間が掛からないんだ。というかあの不意打ちに反応するなんて、まさかこの毒霧に触れると場所がバレる?)
(なんてガキだ、この視界の悪い中ピンポイントで俺を狙ってきやがった。そもそも毒の効きが悪すぎる、通常の毒耐性持ちなんかじゃ耐えられない毒を何重にも食らわせているのに、高等な毒耐性の特異体質か?)
「お前何者だ?」
「……」
グリムは返事しない。着地する一歩手前で魔力で足場を作り蹴る、タイミングをズラした斬撃を繰り出す。しかしこれも弾かれた。
(うん、間違いない、死角で行った魔力操作もバレてる、この毒霧が感覚器の役割を果たしているんだ、なら)
(返事をせずに口元をマフラーで隠している、さすがに直で吸うのはキツそうだな。さっき効いた毒の調合をさらに組み換えてーーいや、ここはもう一撃食らってでも……)
トスは両手を地につける。ポンプ状に腕が膨らみ地面に何かを送り込む、周囲に毒の柱が出現した。グリムはその動作の隙を逃さない。クナイブレードをトスの目玉に突き刺す。
「殺った!」
「舐めるな小娘!」
「……これは!?」
(まさか魔力生命体!)
ごく一部の生物が持つ体質だ。この場合は大いなる魔力が龍になったパターンだ。魔力そのものに命が宿っているのだ。
「いまさら後悔しても遅いぞ」
クナイブレードが刺さったまま破壊された頭部が再生する。
「がぼ……」
グリムの口から紫色の血が吹き出す。
「毒の柱に囲まれたこの空間は蠱毒結界となった、全てに毒が付与され身体を蝕む」
試合はすでに殺し合いになっている。しかし止めるものは誰もいない。
「臓物も魂すらも侵された気分はどうだ」
「がぼ……がぼぼ……」
数歩進み、その場に倒れた。蠱毒結界が解除される。
「勝負ありでござるね」