EX3 グリムリーパー1
ここは龍山。龍族のテリトリーだ。地形は高低差が激しく、足を滑らせたら最後、どこまでも落ちていきそうな谷や、頂上の見えない山々が連なっている。そんな山脈地帯で心細い一本道を歩く二人の姿があった。
「師匠」
「……」
「師匠! 師匠! お師匠さま! ……ブラギリオンさま!」
「……ござ?」
「もー、ござ? じゃないですよ!考え事してる場合じゃないですよ!」
「ござざ、物思いに耽ってしまっていたでござる」
「また「あの人」のことを考えていたんですか?」
「如何にも、あの戦いは何度思い返しても素晴らしいものでござるゆえ」
「ぷくー!」
「露骨に拗ねないでほしいでござる」
「拗ねてませんよーだ!」
てとてとと先を行く少女の後をブラギリオンはやれやれと追いかける。
魔王討伐から5年後。ブラギリオンはあてのない旅に出ていた。バーガーと再戦しようにも、もうバーガーはあの時の姿ではない。だから再び彼は計画を進めることにした。自分と対等に戦える者がいないなら育てればいい。ワインを熟成させるような育成計画だ。時には才のある者を、時には代々に渡って力を継承させながら、時には最悪の男にも力を貸した。気が遠くなる時間を掛けても成功したのはたったの一つだけ(それも元々いた存在だった)これは紛れもなく藁にもすがる行いなのだ。しかしやめるわけにはいかない。
「あの味を……恋焦がれていた、あの味を」
知らずに求めることと、知って求める行為とでは心持ちに雲泥の差がある。叶うと知ってしまったゆえの苦しみ。
「師匠、またお腹すいたんですか?」
「……そうでござるね、すいたでござる」
「もー、師匠は食いしん坊さんですね。でももう食料もないので、何か狩ってきます」
「忝ない、あ、ただここの生物は、なんかみんな苦戦するでござるから気をつけーー」
「とう!」
崖に飛び降りていったしまった。
「あー……まぁ、いいでござる。思い返してみれば、弟子たちは皆、そんな感じだったでござるね」
「私以外に弟子がいるのですか!?」
「もう帰ってきたでござるか」
「はい、落ちた先に小型の龍がいたのでそのまま仕留めました!」
小型と言っても華奢な少女の十倍はある、それを片手で軽々と持ちあげてこの谷を登ってきた。さらにはそれみたことかとドヤ顔してくる。
「そんなの別にたいしたことじゃないでござるからね」
「急に辛辣!?」
見たところ小型の龍だ、この環境に適した進化をしたのだろう、戦闘力だけでいえば龍に遠く及ばないが、それでもSクラスはある。ブラギリオンはその鎧の目の部分を僅かに歪ませる。
「出た、鎧ぐにゃぐにゃ! その鎧ぐにゃぐにゃ動くのにカチカチですよね」
「気合武装でござるからね、変幻自在でござる」
気合武装はかなりの力を消費する、本来なら会得しても気軽に発動できるものではない。それをブラギリオンは常時着ている。弟子は到達していないのでその異常性に気づかない。
「いいなー、私も早く着たい。あ、弟子の話聞かせてくださいよ!」
そうせがみつつも弟子は仕留めた獲物を捌き始める。見事な手際だ。
「生きてて有名なのだと……クゥ氏って知ってるでござるか?」
「え!? 師匠ってあの王国最強のクゥの師匠なんですか!?」
「そうでござるよ」
「え、すごい、じゃあ師匠はクゥよりも強いんですか」
「強いでござるよ」
「じゃあ人類最強は師匠だ!」
「いや、拙者はそういう括りに入れちゃダメでござるよ」
「えー、クゥより強いのに?」
「拙者ほどになると、この世界の理では測れないでござるから」
「へぇ、他にも弟子はいるんですか?」
「弟子って感じじゃないでござるが、スカリーチェ氏にも少し教えたし……あ、トゥルーファング氏は生きてたはずでござる」
「四天王にも……そうか師匠は四天王でしたもんね。でも四天王が四天王に教えるってすごいですね!」
「まぁ、スカリーチェ氏若いから」
「100年以上前の人なんですけど」
「肉体の時は止まっていたでござるからね」
「あとトゥルーファングって誰ですか、その人だけ知らないです、強いんですか?」
「んー、クゥ氏やスカリーチェ氏と同じくらいじゃないでござるか」
「うわ強い、やっぱり師匠ってすごいんだ」
「そーそー、拙者はすごいでござるよ、なんたって」
「あ、焼けました、頂きましょう!」
「あ、はい」
「カリッ! じゅわ、はふはふ、カリカリ、もぐもぐ、うわぁ、おいしい!! ……師匠?」
「……弟子、名前なんだっけ?」
「もぅ! 私の名前はグリムです! はい! 龍の串焼き!」
「忝ない、もぐ……うむ」
「美味しいですか?」
「悪くないでござる」
「よかった!」