EX1 ギアの休日2
私はメアリー・ロゼリアス、あの『ピー』なギアに借りを作るために新世界に来てやったわ!
転移ゲートに触れた瞬間に別の景色が広がったわ。転移は成功したようね。
「着いたわね!」
「ここが新世界か、一瞬で着いたな」
「転移なんだから当たり前でしょ、キョロキョロしてはダメよ!」
「分かっているとも、堂々とした立ち振る舞いは得意だぞ」
「この駅のホーム、向こうのと少し違うわね」
「ふむ、新世界には魔法がないらしいから、この世界の実用的な造形なのだろうが、む……?」
「あれ……?」
手を見る。周りを見る。何よこれ……なんなのよ!!
「周りから『魔力』を感じないわ、どうなっているのよ!」
「ようこそ、新世界へ」
「誰よ!!」
現れたのはスーツ姿の男、黒縁メガネをした、冴えない男よ。というか。
「にーんーげーんー!」
「メアリー、もう人間は我々の敵ではない、異世界でもそうなっただろ」
「わかってるわよ、わかってるけど」
「はは」
「貴方、今笑ったわね!何がおかしいのよ!」
「いやはや、失敬。私の命であれば代わりは幾らでもきくので、いつでも差し上げます」
「なによ、別にとって食べたりしないわよ、気色悪いわね、死ぬのが怖くないの」
「怖いなどとんでもない、せっかくのビジネスチャンスですから、それは一個人の命なんかよりも優先される事でしょう」
あー、ここギアの世界だわ。
「さすがはギアのいた世界ね、貴方、もしかして社畜という奴隷ね!」
「奴隷ではありません、好きでやっていることです」
「まぁ、そんなことはどうでもいいわ! なんで魔力がないのよ! ありえないわ!」
「はて、異世界の当たり前がよく分からないのですが、新世界の世界に魔力というものはございません」
「なんですって! じゃあどうやって生きてるのよ!」
「どうと言われましても、普通に、ですが」
セギュラを捕まえて小声で話すわ。
「聞いてないわよ、これどうするのよ」
「引くわけにはいかない、私たちはギアの代理、ここではギアそのものだ、私たちのここでの行いが全てギアに跳ね返ってくる、だから私たちはギア然として振舞わなければならない」
「でも魔力がないなんて考えたこともないわ、どうなるかわからないわよ」
「望むところだ。とギアなら言うだろう」
「ポラニアにすがるに1票よ」
「あのー、御二方? ひそひそ話は目の前でなさらぬ方がよいのではないでしょうか」
「わかったわ! 魔力がないくらいで偉そうにしないでくれる?」
「偉そうにしてませんが……えー、では、よろしいようでしたら、ご案内いたしましょう」
転移ゲートホームから出る。またしても見たことのない景色が広がっているわ。
「近いといえば昔のチョウホウ街かしらね」
大きな四角いビルが何棟も連なってて、石畳を馬のない馬車で移動しているわ……木製ではなく、鉄?あれも見たことないわね。
「魔法じゃないわね、なによあれ」
「車でございます」
「馬は?」
「必要ありません、代わりに中に搭載されたエンジンが……機械はご存知ですか?」
「それくらい知ってる……うっ! げほげほ!」
「メアリー、大丈夫か?」
「ここの空気すっごく悪いわ! 特にあの車から出てるやつ!」
「そうか?」
「セギュラは炎の煙を吸っても平気だから当てにならないわ。とにかくこの世界は空気が汚いわ、魔力もないし最悪ね」
「それはすみません、都市開発やら、車の排気ガスやらがですね」
「御託はいいわ! さっさと仕事しに行くわよ!」
「いえ、まだ3日ほど猶予がございます」
「はぁ!? じゃあ3日後に来るわ、帰るわよ」
「困ります、予測不能の自体に備えて、早めに来ていただいているんです」
「じゃあ他の人たちもこの街にいるっていうの?」
「もちろんでございます」
「なら対等ね、いいわ、それでどこで待ってればいいのよ」
「ロイヤルホテルをとってあります、3日間、そこをお使いください」
「ロイヤル!いいわね! セギュラ行くわよ! 荷物を持ちなさい!」
「響きだけで浮かれるな、あと私は荷物持ちじゃないぞ」
「私がお持ちします、どうぞ車にお乗り下さい。あ、そうそう、名乗るタイミングを失っていたのでここで。この3日間、貴女方の身の回りのお世話、また護衛を担当させていただきます。ドルエン商会の付向です。メアリー様、セギュラ様、ようこそキルデッドタウンへ」
車に乗るわ。馬車の要領で乗ってやったわ。なんか他の車と比べて黒くて長いわね。付向が手綱を握るように輪っかを掴んだわ。
「うわあ、本当に進んでるわ、馬がいないのにどうやってるのかしら」
「ふむ、ほとんど音がしないが、なにかまきを燃やしているのか?」
「流石でございます、エンジンに燃料をくべて、タイヤを回しております」
「魔法がないと大変だな、それに翼もない」
「ええ、私たちには翼も綺麗な花もございません」
「いま綺麗と言ったわね!」
セギュラに肘で小突かれたわ。
「痛いわね」
「浮かれるな」
「わかってるわよ、付向、貴方いい目してるわ」
「ありがとうございます」
道中、私は一人前のレディとして、窓から見える景色をガン見してやったわ。
「わぁ、なによあれ、なにかしらあれ……」
「落ち着くんだメアリー、キョロキョロしないと言ったのはメアリーだぞ」
「うっさいわね、色々目星をつけているのよ」
しばらくしてホテルに着いたわ。
「到着しました。荷物は係りの者に運ばせておきます」
「ご苦労だったわ、部屋に行くわよ!」
周りの人間たちは私たちを珍しいものを見るような目で見てくるわ。ふ、視線には慣れてるから効かないわ! ホテルに入るわ、なかなかキラキラしてて綺麗だわ。促されるままに小部屋に入る。ってこれ。
「なによこれ行き止まりじゃない!まさかこの狭い部屋が私たちの部屋ってわけ!? 上等じゃない!」
「エレベーターといいます。これに乗って上の階や下の階に移動することが出来ます」
「井戸の水を汲むような原理か」
「セギュラ様、流石でございます」
箱に乗ってボタンを押したら音もなく動き出した。上がっていくわ。壁がガラス張りだから外の景色がよく見える。
「わあ、本当に登っているわ、どんどん昇っていくわ!どこまで行くの?」
「最上階を貸し切りました」
「悪い気はしないわね、ホテルの中は臭くないし、魔王城に比べると月とスッポンだけど、少しはマシになったじゃない」
「お褒めに預かり光栄でございます。貴女方の反応は、これからの異世界の方々を持て成す際のモデルケースとなります、どんどんご意見を頂ければと思います」
「商売の話は私の前で言わないでくれる、ただでさえギアにぶつくさ文句言われてムカついているんだから!」
「これは失礼しました」
「構わないわ!」
「構わないのなら最初から言わなければいいのに」
「着いたわ! 行くわよ!」
静かな空間ね。調度品もなかなかセンスがあるわ。でも納得いかないのが一つあるわね。
「あの壺なんでカラなのよ、なにか生けなさいよ」
「あれはああいうもので、壺自体に価値がありまして」
「五月蝿いわね、ほら私の種をこうして」
「メアリーやめろ、あれ高いぞ」
「価値がわかるの?」
「ああ、私は龍の血族だ、宝に関しては一家言あるぞ」
「そう、まぁいいわ、ベッドはどこ!」
「こちらでございます」
「わあ! 大きい!」
「他の部屋にもベッドルームがございますので、休む際はお好きにお使いください」
「わかったわ、もう下がっていいわよ」
「は。では、何かあれば……ああ、固定電話の説明を、セギュラ様、よろしいですか」
「ああ、聞こう」
セギュラに黒い機械の小難しい説明をして、荷物を運び入れてから付向は出ていったわ。
「さて、行くわよ!」
「どこにだ、ここで待機しているんじゃないのか?」
「せっかく来たのにそんな勿体ないことするわけないじゃない、さっき車の中で目星をつけたお店に行くのよ!」
「メアリー、ここは人里だ。私たちのような人外が出歩けば街はパニックになるだろう」
「なによ、ジロジロ見られたけど別に平気だったじゃない」
「見て分からなかったのか? ほとんど付向と同じ気配がしたぞ」
「はぁ? あいつら皆、ドルエン商会とかいう組織のやつらってこと」
「そう見ていいだろう。今回の会議を取り仕切っているな、準備委員でもやっているのだろう」
「でもいくわ、それでもいくのよ。私が人間と違う部分はこの反転目と、頭の花くらいですもの、セギュラはその鎧と翼をどうにかしないとね」
「私は行かん、ここで座して待つ」
「いいえ、来てもらうわ」
「どうしてだ」
「ショッピングは誰かと一緒にした方が楽しいからよ!」