EX1 ギアの休日1
イズクンゾ討伐から1年後。王国領土内に不時着していた魔王城は、ギアの魔力を使い再起動し、元の魔界に戻っていた。そして魔王城と対になるように建つ絶望タワー内部の会議室にて俺は追い詰められていた。
「ギア、諦めてください」
レイが書類を突き出してくる、いつになく強気だ。まぁ書類の内容が内容だからな。
「無理だ、俺に出来るわけがねぇ」
歯切れの悪い俺の発言に、レイはさらに追い打ちをかける。
「ダメです、もう言い逃れできませんよ!」
書類を机に叩きつけた。俺はそれを横目で見て目を逸らした。
「新世界の社会のルールに法って、ギアには『休暇』をとってもらいます」
あの書類には職員の休暇について言及されている。新世界の労基だ。
「ちぃ、新世界のルールが変わりやがったか」
「……元からだそうですよ、今すぐ休んでください」
「つーか、なんで改ざんしねぇんだよ、休んでることにしとけよ」
「こういうのはちゃんと守っておいたほうが後々楽なんですよ」
「それもそうだな、で、俺は何日休めばいい」
「……相変わらずの切り替えの速さですね。とりあえず一週間です、あ、露骨に嫌な顔しましたね」
「(あ)たりめぇだろうが、そんなに休めるわけがねぇ」
「とりあえずって言いましたよね? これでもまだ序の口ですよ」
「マジかよ」
「始めは一年休めと言われました、それを一週間にまで交渉した私を褒めてください」
「ああ、そうだったのか、よくやったな」
「えへへー、じゃあこれから一週間、一緒にバカンスに行きましょう」
「レイはいつも休んでるだろ」
「お目付け役ですし、私でも割と足りないらしいです、というか一人で休んでもつまらないですよね、ポラニアも対象で、もう話は通してあります。3人でどっか行きましょうよ」
なんだよ根回し済みかよ。
「俺がいない間の仕事はどうすんだ。確か、なんか重要なやつ入ってたろ」
「あー、はい、その事なんですが、たぶんこれが新世界の目的だと思います」
「勿体ぶんじゃねぇ」
「新世界で会議があります」
「そんなもん休めるわけがねぇ、やっと取り纏まった初の会議だ、頭が集まるやつだぞ、俺がいかねぇとダメだ」
「ぶっちゃけー、私もそう思いますよ、でもまぁ、生まれてからずっと連勤してたってのが何故か向こうにバレてましてー」
「向こうの世界では諜報が盛んなんだよ、魔法のねぇ夢のねぇ世界だからな」
「体験者は語るですねー、でもそこまでバレているんで代理を立てるしかありませんよ」
「おいレイ」
「なんですか?」
「やたら新世界の肩持つじゃねぇか」
「えー、あー、そーですねー」
気まずそうに懐から3枚のチケットを出した。
「高級リゾート招待券だぁ?」
「なんかー、最近できた『帝国』からもらっちゃいましてー」
「帝国ってなんだ」
「人類の共通の敵がいなくなったので、いままで息を潜めていた自立したい国が台頭してきた感じらしいです」
「恩を売りたいわけか」
「くれるならなんでもいいじゃないですかー」
「完全に釣られてんじゃねぇか」
「ねー、行きましょうよー」
「クソが今までにねぇタイプの搦手だぞこれは」
「なんとかなりますってー」
「完全に思考停止してやがるな、スイーツ脳が、やるしかねぇのか」
「腹くくりましょうよー」
「誰が休まなくていいんだ、会議に行けるやつは誰だ、俺の精鋭部隊はどうだ」
「精鋭部隊は漏れなくアウトです」
「じゃあ他に誰がいんだ」
「ニートのメアリーと、ずっと行方知らずになっていたセギュラなら大丈夫です」
「あー、そうだな、あいつらか、マジで他にいねぇのか」
「マジです、いません」
「なら今すぐ呼べ」
数分後。メア、セラ、ポラニアが集まった。幹部勢揃いだ。
「来てやったわよ!」
「ギア、緊急事態とは何事だ」
「おう、お前ら、ちょっと新世界に出張してこい」
「はぁ!?」
「いちいちでけぇ声出すなよ」
「セギュラはわかるけど、なんで私が行かなくちゃいけないのよ!」
「実はだなーー」
説明が終わる。
「あっはははははははははは!! 何よそれ! バッカじゃないの! バーカバーカ!」
「うっせぇなぁ、おいセラはどうだ」
「む? 私はもちろん従うぞ、そいつらを始末すればいいんだな」
「……レイ、本当に俺が行っちゃダメか?」
「うわ、ギアのそんな顔初めて見ましたよ」
「なによギア! 私じゃ不安だとでも言うの!」
「不安しかねぇよ、逆になんでそんなに自信あるのか聞きてぇよ、失敗するのが分かってるからこう悩んでんだよ、てめぇ、このやろう」
「な、なによ、ガチトーンでそういうこと言わないでよね。話はわかったわよ」
「ポラニア、何かねぇか」
「シチュー様は犬だから一緒に連れて行けるポメ」
「おいコラもうバカンス気分じゃねぇか」
「冗談ポメよ。状況は最悪ポメ、これまでの努力を逆手に取られたポメ」
「じゃあどうすんだ」
「信じるんだポメ」
「信じる?」
「そうポメ、メアリーとセギュラを信じるんだポメ」
「そうよ、大船に乗ったつもりでいなさい!」
「ああ、私たちに任せてしっかり休息をとってくるんだ」
「俺が悩みすぎなだけか?」
「そうポメ、というか休んでる時に仕事のことを考えるのは休んでるとは言わないポメ、ちゃんといない時は別の人に任せるってことを覚えるポメ、これは大切なことポメよ」
「それもそうだな、わかった、こうなったらとことん休むぞ、レイ」
「はい?」
「その、なんだ、俺は休むのが初めてだから、色々教えろ」
「それが人にものを頼む態度ですかー?」
「教えてください、お願いします」
「キショいのでさっきのままでいいです」
「てめぇ、ここぞとばかりに」
「さ、私たちは休暇の準備です。出張組にはこれを」
「何の書類?」
「私なりに新世界についてまとめたマニュアルです、それと今回の仕事の大まかな流れと注意点、あと向こうのおすすめスイーツショップの地図も」
「おいコラ書類に変なもん混ぜんな」
「いいじゃないですかー、仕事代わってくれるんですから、ねぇメアリー」
「そうよ、私が直々にやってやるんだから感謝しなさいよね!」
「ちっ、後で俺からもメモ渡すからな」
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ここは城下町にある転移ゲートホーム。駅のような作になっている、新世界の影響をもろに受けた作りだ。新世界と比べると電車がないからその分コンパクトだ。ホームは厳重に警備されている、無理に入ろうとした場合はぶっ殺していいことになっている。まぁ、王国と違って魔界は人殺しが本能に組み込まれてる奴が多いからな、魔物が新世界に行ったとなったら国際問題になりかねない。だから人に対して危害を加えないと判断されたやつだけが転移ゲートを潜ることができる。王国のホームは解放されているってのによ、たく面倒なこった。
少し待つと準備を終えたメアとセラが現れた。
「見送りご苦労さまね!」
「いつにも増して洒落込んでんな」
「……まぁね!」
「おいセラ、メアが新世界で余計な真似しようとしたら、わかってるな」
「ああ、殴ってでも止める」
「よし」
「何が「よし」よ! お荷物扱いしないでくれる!?」
レイが前に出た、メアの身なりを正している。
「渡した持ち物の中に、新世界で使えるものをいくつか入れておきました、移動中に確認してください。いいですか、異世界の世界と常識がだいぶ違います、だからくれぐれもーーむぐ」
「わかってるわ、ギアはムカつくけど、レイが困るような真似はしないわよ」
「大丈夫ですね、では気をつけて」
「そっちも、レイしか頼れるのいないんだからね!」
「休暇初心者と新婚ですからね、頑張ります」
「おいこらレイ、休むなら頑張るな」
「違いますよ、休むために頑張るんです、休日も初動が大切なんですよ、休みの効率アップです、初心者は口出さないでください」
「またここぞとばかりに言いやがって」
「じゃあ行ってくるわ! 行くわよセギュラ!」
「ああ。みんな行ってくる、お土産楽しみにしておいてくれ」
「おいセラ」
「む?」
「今度はすぐ帰ってこいよ」
「心掛けよう」
魔力を通すと転移ゲートが光を放つ。それを確認してからメアとセラはゲートに触れる。その瞬間、2人の姿が消えた。転移成功だ。
「俺たちも行くぞ」
「バカンスだわーい!」
「ポメ!」
休むことに集中する、休日に仕事は持ち込まねぇ、だからアイツらのことも考えねぇ。
こうして俺の休日と、絶望株式会社の最初の災難が始まった。