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第100話 現代最強は楽しいハンバーガーに転生しました

ご愛読ありがとうございました。原作はここまでです。これより第二部へと続く物語『第一部EX』を描き下ろしていきますが、少し時間が掛かります。ですので毎日更新はここまでとして、EXが完成し次第、更新を再開いたします。本編と合計して100万文字くらいになる予定です。もう少しお付き合いください。





「いやぁ、見事でござった。久々にいいものを見れたでござるよ」

「ブラギリオン」


 漆黒騎士はつかつかとフランクに近づいてくる。みんなが止めようと動き出すまえに俺は一歩前に出た。俺が抱いていた疑問は彼を見て確信へと変わった。


「あんただろ? 異世界最強なのは」

「え?」


 アイナたちが驚いた顔をした、屋上から降りてきたメアが笑った。


「あはははは! そんなわけないじゃない! イズクンゾ様より強いなんて、たしかにブラギリオン様は強そうだけど、四天王が魔王様より強いなんてありえないわ!」

「はっはっはっはっはっ!」


 ブラギリオンが腰に手を当て高らかに笑った、メアリーが引いた顔をする。


「あっぱれ、あっぱれでござるよ、現代最強番重氏、如何にも拙者がこの世界で最強でござるよ」


 世界が二つあれば、二人の最強がいる、俺はずっとぼんやりと頭の隅で考えていた。イズクンゾは俺の世界で言うところのギアだ、精神に対して肉体が伴っていなかった。


 二つとも作者が同じ女神の作った世界だ、この世界にも俺と同等の存在がいてもおかしくない。


「質問があるんだ」


 ブラギリオンは肩を竦めて促した。


「なんでイズクンゾについてたんだ? あんた悪そうな人じゃない感じがする、余裕で殺せただろ?」

「愚問でござるなぁ、拙者と番重氏のみが理解()かることでござるよ」


 ああ、なるほど。


「相手が欲しかったのか」

「左様でござる、ぶっちゃけ諦めていたんでござるよー、藁にもすがる気持ちとはまさにこの事、魔王様は拙者の願いを見事成就させてくれたでござる」

「そうか、イズクンゾが最強になるか、それを超える者が現れるかって感じか、そうだよな、俺もあんたくらい長生きすればそうなったのかもな」

「それは違うでござるよ、拙者らは似てこそいるでござるが、本質は根本的に違うでござる」

「というと?」

「拙者は悪、番重氏は正義ということでござるよ」

「そうか? ここまでいくと悪だとか正義だとか、それこそどうでもよくなってこないか? それにそんなの客観的に見たもんだし、ていうかほらもっと他にあるだろ?」


 俺はアイナを見る。


「わかるわー、めっちゃわかるでござるよ、他者の心はこの腕っ節ではどうしようも無いもの、この力で変えることも可能でござるが、それでは元も子もないってことでござるよね。楽しいでござるよな、拙者の場合はアイドルを推しているでござる、あれは手に入らぬからこそ、儚げで刹那、何よりも尊いものでござる」

「わかるぞ、俺たち気が合うな、じゃあ喧嘩するか!」

「やろやろ、表に出るでござる!」


 メアリーが呆れた顔で言った。


「こいつら馬鹿すぎるわ、付き合ってられないわよ!」



 俺とブラキリオンは真魔王城の庭園を歩く。


「拙者、失恋したでござる」

「え」

「上を見るでござるよ」

「メアリーの事か?」


 そういやブラギリオンとずっと一緒だったな。今はギアのところに向かっているな。


「陰ながら守っていたでござるが、もうその必要もないほどに強くなったでござる、さすがは自由の魔女でござる、アリス氏に似て強くなった」

「それでもさ、諦めんなよ、必要不必要なんていう損得勘定は一緒にいるかどうかを決める理由にはならない、まったく関係ないんだ」

「ふ、メアリー氏が見ているの、ギアでござるよ」


 メアリーの気配を辿ってみる、その視線の先にいるのは確かにギアだな、てかめっちゃ見てんな、あんなん絶対好きじゃん。


「拙者ぁ、メアリー氏の気持ちを優先したいんでござるよぉ」

「そんな……気持ちを伝えれば、もしかしたら、さ」

「それではメアリー氏の今の気持ちを曲げることになりかねないでござる、そして無論ギア氏を斬れば本末転倒、それこそ未来永劫、拙者は後悔し続けることでござろうよ」

「そうか」


 相思相愛の俺とアイナは幸せものなんだな。


「でもさ、寄りにもよってギアを選ぶなんてな、仕事一筋で色恋沙汰なんて興味無さそうだぞ?」

「一本筋の通った気持ちのいい男でござる、そこに惹かれたんでござろうな、はっはっは、拙者もあれだけ弱くて強ければひたむきになれたでござろうか。ふ、今は遠い昔でござるな」


 広場に出る。


「あ、大きくならなくていいんでござるか?」

「ん? ああ、今の俺は最大サイズと同じ強さだ、この広場ほどのスペースでもフルスペックで戦えるぞ、それに大きさなんて、あんたには関係ないだろ?」

「お見通しでござるな。では、メメ、おいで」


 ブラギリオンのマントの影から魔剣が飛び出してきた。なるほど、あのマントは魔剣なんだ、マントが闇の性質を持つ鞘であり剣ということか。


「久々でござる、久々でござるよ!」

「ああ!」

「いざ、いざ、いざ、いざいざいざいざ! いざ尋常に!」















「「勝負!!!!!」」


















____________________________________________________________



















それから一日後。


 ところ変わって、ここは絶望タワーの研究室、いるのは二人、ポラニアとギアである、ギアのボディには無数の管が取り付けられている。管が向かう先には一体の死体。


「これで全部繋げたな」

「オッケーポメ、こっちも最終調整終了ポメ、封印を解除したポメ」

「よし始めるぞ」


 ギアが魔力を放出する、魔力は管を通っていく。一際太い胸に付けられた管から魂が一つ抜け出た、そして横たわる死体に送られる。ポラニアの装置によりギアの膨大な魔力は安定している。装置を使い治癒魔法の波動に変換、魂を定着させていく。


「元の体だから馴染むのが早いポメ」


 魔力の放出が終わり、光が消え、薄暗い部屋に戻った。


「施術完了ポメ、理論上はこれで成功するポメ」

「そうか」


 ギアは管を外すと、死体を抱き上げた。


「おい、起きろ」


 返事がない。


「まさか、イレギュラーポメ!?」


 慌てふためくポラニアを後目にギアはため息をついた。


「サボるな、レイ」

「……てへ、気づいてましたかー」


 目を開けたレイは照れくさそうに舌を出した。ギアが下ろそうとすると、しがみつき拒否した。


「歩けねぇか? 治癒魔法は効いてるはずだ」

「いえ、体は大丈夫です、ちゃんと完治してます。でも、もうちょっとだけ、こうしていたいかなって」

「好きにしろ」


 扉が勢いよく開かれる。


「レイが生き返ったわ!!!!」

「ちゃんと蘇生したか!! ゾンビ化していないか!?」


 メアリーとセギュラだ、そしてその後ろからなだれ込むようにギア親衛隊が突入する。みんな心配そうにしているが、動くレイを見て涙ぐんでいる、いや泣いている。その様子をポカンと見ていたレイが照れくさそうに笑った。


「えへへ、もう心配しすぎですよー、ギアが仕事をやり遂げないわけないじゃないですかー!」

「そういうレイも泣いてるじゃない!」

「これはまた皆と会えたのがうれしぐっでぇ」

「わーーん!!」


 みんながギアとレイを取り囲んでいる。一歩引いたところに移動したポラニアは椅子に深く座りお皿の水をピチャピチャ舐めた。お祭り騒ぎの中、呟いた。


「レイのこともあってメアリーも帰ってきたポメ、ギアを憎みきれなかったんポメね。セギュラもビルディー様のシェイカーで帰ってこれたポメ、龍人(ドラゴニュート)は人判定だったらしいポメ。あれだけやって親衛隊もみんな生きてるポメ、不思議ポメ、奇跡ポメ、数学的に有り得ない確率ポメ」


 そう言ったポラニアはハッとして苦笑いをし首をフワフワ振った。


「いいや、計算違いをしていたポメね。ギアが、ギアならやり遂げるポメ。ね、シチュー様」

「キュウ?」


 ポラニアのモコモコのアフロからシチューが顔を出した。


 さらに小さくなったシチューからは、何のパワーも感じられない。バーガーのデコピンによってそれらは粉々に粉砕されたのだ。


「僕たちも、またこうして一緒に居られるなんて、あんな戦いをしたのにね、こうしてまたよりを戻せたポメ」

「キュー!」





 宴は三日三晩続いた。



















____________________________________________________________




















 そして時は決戦に戻る。勝負! と叫びはしたが、俺もブラギリオンもいきなり駆け出したりはしない。



 ブラギリオンは魔剣メメを手に取る、握り心地を確かめ正面に構えた。


「こうして剣を構えたのは何時ぶりか、いや今まで一度もなかったやもしれぬな、本当の意味で剣を握ることなど」


 岳人は拳を構える。


「俺もこの体でファイティングポーズを取るのは初めてかもな、ハンバーガーの時は必死こいてたけど」




 数秒の沈黙。




「壁ドンパンチ!」


 先手は俺からだ。これは俺がよく使った、隣の部屋の煩いやつを黙らせるときに使った技だ。


 対するブラギリオンは、


不動地遍(ふどうちへん)(不動たるは地、即ち普遍)」


 ブラギリオンは防御しなかった、腹部にヒット、拳が止まった。


「地に足が着く限り無敵でござるよ!」


 無敵なんてものが何重に張られていようと、俺の拳は貫通するはずなんだがな、さすがは俺クラスの相手だ。ならば、


「ならば! この拳で殴りぬけるしかないな!! ヒーロー真拳!!」

「む!」

「アーンパンチ!!!!」


 これもただのパンチだ、しかしこの詠唱は体の底から力が沸きあがる、無数に施された無敵対策すら貫通する、否、貫通させる! む!


流出諸世(るしゅつしょせ)(流れ出るは諸る世)」


 俺の放ったパワーがブラギリオンの体を巡り腕に集まる。


「無敵もパワー操作も受けつけぬならば、さらにその上をいく力とテクニックで望むのみでござろうよ」


 剣を振り下ろす、いやこれは。


「振り下ろしたという結果が残る、帰結諸理(きけつしょり)(帰結するは諸共の理)」

「これは……」


 腕を見る、僅かにだが斬れている、俺のこの体に傷を……親父にも斬られたことにのに!


 ブラギリオンが1ミリ後退した、俺のパワーを受け流しきれていなかったか、だが外傷は見られない。


「ふむ、拙者の太刀で切断出来ぬものがこの世にあるとは」

「俺だってこの体に傷がついたのは転生トラックだけだった」


 ショックだがそれ以上の感情が沸き起こる。


「楽しいな!」

「実に愉快でござるなぁ!」

「ほんとだよ、最高だよあんた! よしじゃあ」


「「様子見はここまで(でござる!)だ!」」


 俺は全身に力を溜める。ジゼル、俺の星の光を見てくれ!!


「『スターライト』アンパンチ!!」


 拳の周りが筋肉オーラで青い星に見える、今までで一番力が乗っているのがよくわかる、愛と勇気を束ねて殴り抜けるよ。


「あっぱれでござる!」


 対するブラギリオンは剣を引き絞り、その所作の刹那に平気で話した。


「番重氏の世界にはたくさんの強者がいたとお見受けする、対する拙者の世界は恥ずかしながら拙者一強、真似したい他者の技がござならぬ、出せるのはこの体、剣一本からのみ」


 拳と剣先がぶつかり合う。


間解隔理(まかいかくり)(間の解を得るや、隔離する理)、言葉無頼(ことのはぶらい)(言の葉は綴られ無頼)」


 拳に纏っている青い星がひび割れていく、否、性質が変わっていく、とても脆いものに。


 なるほど、俺の攻撃を全て解析してそこから縦横無尽に斬り荒らす技か、俺のパンチはどんな能力も打ち破る最強の拳だが、説明文のあいだに()が入ることにより、その意味を無くすという、正に次元の違う攻撃!


 設定をいじるなんて、無法者、無頼漢だ。凄まじいスピードで戦いのステージが上がっていくのを感じる。でも嬉しい、全力だ! ブラギリオンの技に俺も答えてやる! 拳をぎゅっと握ることにより意味消失を防御、テクニック対パワーだ! 拮抗、鍔迫り合いだ!!


「能力が分割できないでござるか、絶対無敵を、『絶対絶命』『対応不可』『無理』『敵にならない』と斬り綴ったのでござるが」

「能力改悪なんて肉体改造の前じゃ大したことないぞ!」

「然り!」


 殴り抜けた! ブラギリオンは仰け反らず、2ミリ後退した、俺も反動で3ミリ後退した。


「今ので決めるつもりだったんだがな」

「拙者らの技はそのどれもが一撃必殺。ふ、そんな生易しいものではござらんな、他者からすれば最後に一回だけ放てれば御の字の技の数々でござる、そんな上等なものを何度も受け、斬りたい、凌ぎたいと思い、この肉体を必殺技の如く鍛え上げたでござる、今度はこちらから行くでござる。覇王剣斬(はおうけんざん)(制覇するは王、斬殺するは剣)」


 大振りの一太刀だ。うん、これは、やばい!! だが負けんぞ! サガオ! 俺の世界にはこんな人間(ゆうしゃ)もいるんだぜ!


「『サンライト』イエローオーバードライブ!!」


 これもただのパンチだ、波紋の呼吸を意識したから力がめちゃくちゃ乗っているのがわかる、明らかにベストを更新した。覇王剣斬を弾く、鎧まで黄金筋肉波紋(ゴールデンマッソーオーバードライブ)が届いた。それでも平然としている、実際ダメージはなさそうだ。


「拙者の能力変換、能力改竄、現実改変は、そのどれもが耐性持ちすらも凌駕して貫通、ただの人に戻せるのでござるが、これも決め手に欠けるでござるな!」


 数百回撃ち合う。


空説流布(うろぜいりゅうふ)(絵空事の説が広まれり、それ即ち史実)」


 これは嘘を真実に変え、知的生命体、一個体ずつにそれぞれの宇宙を認識させて、強固な概念を産む斬撃だな。脳の筋肉がそう言ってる。俺の筋肉を嘘にしようたってそうはいかない! 行った腕立ての回数が増えることはあっても減ることがないように!!


「俺の筋肉は誰にも奪えない!」


 こちらは一個人の自己暗示で応戦だ、いいよキレてるよ! 肩に人類の希望乗せてんのかい!


「拙者の思い通りの世界を作ったでござるが」

「自己顕示欲フルMAXだ、筋肉一つ一つが俺の事を信じてくれている」

「その筋肉の中は筋肉ワールドと言うことでござるな」

「?」

「いや、なんでもないでござる」


 さぁいくぞ!


 俺は構える。右手を完全停止させて絶対零度、左手をシバリングさせて一千兆度! この世界でもギアが似たような技を使ってたな!


極大消滅呪文(メドローア)ッ!!!!!」


 のようなパンチだ! 過程はどうあれ相手を消し飛ばすのは同じことだ! ブラギリオンは大きく振りかぶってーー


振麈隕喰(フルスイング)(振るは鏖殺、隕ちて喰らう)」


 一見ただの空振りだ、だが俺にはわかる『全て』が切断された、そして見事すぎるがあまり、切断された物質すら斬られたことに気づいていない、人も物質も力学も概念も誰もが気づいていない。いや、気づいたらヤバいことになるからこれでいい。


 放った筋肉魔法(マッスルマジック)もご覧の通り真っ二つだ。


 そして気づいてしまった俺は、拳から出血した。


「気づいた故に斬れてしまう、他は世界が終わるまで斬られたことにすら気付かぬ。ふ、拙者の太刀に射程はござらん、斬りたいものを斬りたいだけ斬りたいときに斬ることができるでござる」

「それはどうかな」


 魔剣メメが刃こぼれしていた。しかし一振するだけでそれは直った。


「これはこういうものでござる」


 俺たちに差があるとすればここか、俺は最強の肉体で戦っているが、ブラギリオンは最強の肉体の他に剣を使っている。その差は大きい、俺の拳の方が破壊力がある。不純物ゼロ純度100%の筋肉フェスティバルだ。


「剣を使っていたのは、そうでござるなぁ、拙者が好きだからでござる、ああ、舐めていたわけではござらぬよ」


 魔剣メメの鍔にある目がしょんぼりする。


「ここから先は、拙者がいくでござる」

「なるほど、そうか」


 ブラギリオンは魔剣メメをマントに戻した。

 手ぶらだがそうではない。


「その拳が剣なんだな」

「如何にも、それどころかこの全身、余す所なく剣でござるよ。魔剣とは拙者のこと、番重氏が筋肉の概念そのものというのであれば、拙者は魔剣という概念そのもの。最強の剣とは即ち拙者のことでござる」


 手刀か、俺は拳だから、手刀がパーなのかチョキなのかが、気になるところだ。ブラギリオンの恐ろしく速い手刀、俺と女神以外なら見逃しちゃうね、拳で相殺する。今のも地味にベスト更新してた。


「いい、いいでござる」

「ハハ!」


 悠久の時が刹那に過ぎる。極みのラッシュ対決だ。


空倫在離(からつねざいり)(空の倫理、存在し切離す)」


 何も無い所に気配の全くない斬撃が、至る所に発生する。俺の筋肉センサーでなければ気づけなかった、いてて。


「割と痛いはずでござるが、受けないでござるか?」

「大丈夫だ、筋肉(おれ)を信じる、いくぜ! 限界を超えろ!」

極黒闇衣(こくこくやみごろも)(極みの漆黒、闇を纏う)」

「ハン! バー!! グーー!!!」


 俺の熱血で加熱した拳を、ブラギリオンのマントが意志を持って動き包み込んだ、包み焼きハンバーグか!!


「番重氏といえど拙者の作り出す固有結界は破壊できぬか?」

「うおおおおおおお!!! 俺のこの体も固有結界みたいなもんだ!!!!! 無限の筋トレ(アンリミテッドマッスルワークス)!!


 混ざり合う。これは、この固有結界、極黒闇衣といったか、ブラギリオンの鎧と同じ力を感じる、俺の拳を受けても破壊できない。


「その鎧はなんだ?」

「実は皆には嘘を言っていたでござるが、拙者のこの鎧は原初にして最強の気合武装でござる、名前を『漆黒装甲』つまりは拙者の体の一部でござる。素顔を見せろとよく言われるでござるが、これも拙者の(ツラ)の一つでござるよ」

「気合武装か」

「番重氏には無用でござるかな」


 互いの固有結界が朝と夜とが分かれた時の景色のようになる。


「俺も使ったことあるよ、きあいぶそー」

「ほう」

「見たはずだ、あれだよあれ、この世界だからこそ俺はここまで来れた!」


 スー、ネス、2人のお陰だ。心というものを意識した、魂に負荷を掛けたいい筋トレが出来た。


魂の完全物質化(マテリアライズパーフェクトソウル)!!」


 やっと俺の口から言えた、いつもは女神の録音音声だったからな。筋肉の精霊が今度は俺の体を包み込むように顕現する。


 そうかこれが本来の使い方、これが俺の気合武装! 肉体が戻った今、これも本来の力を発揮できる、今までのとは違う、黄金筋肉(ゴールデンマッソー)黄金魂(ゴールデンソウル)だ。


「なるほど、その肉体を超える防具がないならば魂を着るということでござるな」

「そういうことだ!」


 筋肉の精霊の腕を合わせれば4本腕! これならいける! サガオ! ヒマリ! キラーキラー!


旋風烈旋(しっぷうれっせん)!!」


 超高回転だ、魂が4本の武器をイメージしてくれる、超直感はないが、この体なら全て見える!


反起総因(はんきそういん)(反射する起結、総は因循)」


 あれは柔術と剣術の合わせ技だな。


 打ち込めば打ち込むほど、全ての力が反転して帰ってくる。この戦いが始まってからどれだけステージが上がったんだか、この技すらノータイムで反射される、俺の全てを破壊するつもりか! そうは行くか踏ん張れ俺! 跳ね返ってきた力のベクトルを筋肉制御! 拳に一点集中! 元は俺のパワーだなら俺に従え!


 一振の折れない剣をイメージする。エリノア! 技能(スキル)借りるぜ!


「魔獣王斬!!」


 精神力が獅子型となる、対するブラギリオンが『足』を構えていた。


停円超斬(ていえんちょうざん)(速きは停止と同義、真円の斬)」


 回し蹴りという名の斬撃だ、コンパスよりも正確に円を書いている、獅子が輪切りにされた。そのまま中間距離での乱打戦に移行する。小細工は一切ない、そんなことする暇があるなら一発でも筋肉で殴るべきだ。ブラギリオンもそうだ、どんな小細工も互に通じないからこその最適解、自分の腕で相手がぶっ倒れるまでとことんやるだけだ。と見せかけて!


「ドゥンドゥン! ヒーヒー! かますぜ! 俺から始まる筋肉の祭典、捌くのはこの俺、筋肉で裁定、半端ないぜパンプアップ相手はギブアップ、俺はマッスルをブラッシュアップ!」


 歌詞魔法(リリックマジック)! なるほど! 力が湧いてくる!


根切乃断(ねきりのだん)(息の根を切留て断ずる)」


 ブラギリオンは指揮者のように腕を振る、歌詞魔法(リリックマジック)で得たバフが消える、全バフの指揮権を奪われたか。拳と手刀、そのどれにも名前をつけたくなるほどの超必殺技の応酬。ジワジワ接近する、その分、負荷がキツくなる。しかし、筋トレは俺にかけがえのないものを教えてくれた!


「筋肉への負荷を最大だ!!」


 鼻と鼻がつくほど近いゼロ距離戦。筋トレは負荷が命だ! 筋肉より先に魂が根を上げることだけは絶対に許されない! それは筋肉に対する裏切りであり、戦艦の艦長が真っ先に逃走することと同じだ! 僅かに生まれた一瞬の静寂。ここだ!




 ヒーロー真拳!




「號奪戦の間合いですよ」




 1!



 これは立会人同士が超至近距離で殺し合うという技だ、制限時間は10秒だ。その短い時間の中で彼らは至福のひと時を過ごす。俺とブラギリオンはゼロ距離なのにも関わらず力強く一歩踏み込む。



 2!



 そうだ、この戦いが始まってどのくらいになるか、一瞬なのか年なのか、それとももうこの世界が滅んでしまっているかも。ダメだ、俺には俺の帰りを待ってくれる人がいる。クロスカウンターだ。それでもなお互いに視線は外さない。



 3!



 一撃一撃に思いを込めて殴る。最高の位置で、最適な角度で、最大の力で殴る、一発も無駄にはできない。その無駄が未来永劫に引きずり続ける後悔となる。手刀をいなす、ブラギリオンが俺の腕を掴んだ。俺の力のベクトルを操作するつもりか、はたまた握撃か。



 4!



 どれにしてもこの時を待っていた!


「握力×体重×スピード=破壊力!!!」


 ぎゅうっと握って振りかぶって殴る。ベストを更新し続ける。これはブラギリオンとの戦いでもあるが自分との戦いでもある。



 5!



虚界悲歌(きょかいひか)(虚ろな世界で悲しみの歌を歌う)」


 拳がパシリと片手で防がれた。これを片手で防ぐか、なるほど掴まれているせいだ。



 6!



 そろそろ掴まれた腕からも派生させられてしまう。


「拙者の掴み技(居合)の最中によく動くでござるな」


 格ゲーならそうだろうな、でもこれは喧嘩だぜ!


「抜刀」


 腕の力が抜ける。俺のパワーを引き抜いたのか!?



 7!



「居合『帰結終輪(きけつしゅうりん)(帰結し終わる輪廻)』」


 その力で斬り掛かってくる、俺という最強を武器に!? 最強の俺を最強の武器として利用した技か、これは防御が難しい。ならば!



 8!



「受ける!」


 ピシャァ!! 激痛が走る。その頃には腕にパワーが戻っている。俺じゃなかったら全ての力を抜かれて、文字通り抜刀されただけで即死だった。掴ませたらやばいな。ブラギリオンは投げキャラでもあるのか、ならば撃つしかあるまい。ブラック! ホワイト!



 9!



「プリキュア・マーブル・スクリュー!!」


 筋肉の精霊と手を合わせ放つ、俺はキュアマッスルだ!!


「これは!」


 ブラギリオンは腕をクロスさせた斬撃で対抗してくる。さらに強く握りしめる!



 10!



「消しきれぬか! ならば!」


 ブラギリオンは片手で受け、もう片方の手を攻めに使った。俺の腹部に手刀が、相打ちに持っていかれた。



 10秒経過、號奪戦で決着がつかないとは。



「いやはや、成長速度が凄まじいでござるな。戦い始めたころの番重氏が可愛く見えてきたでござる」

「あんたもさブラギリオン、潜っても潜っても、底が見えない、これかと思って触れてもまだまだ深い」


 互いにダメージが入り始めた、終わりは近いのかな。あーあ、まだ終わってほしくない、素直にそう思った。


「攻撃が防御を上回ってきた、どちらが勝つにせよ、決着しちゃうな」

「まだまだでござる、怪我(ダメージ)も『斬り捨てた』でござる」


 ブラギリオンのダメージだけが斬られている。


「ずりー!」

「概念を斬るのは造作もないでござる、そちらもダメージを超回復しているではないでござるか」

「バレたか」


 構え直す。終わってほしくないが、手を抜けばそれこそ終わる。そんな終わり方は絶対にダメだ。


 だから、いまは。


「これに全てを捧げる、渾身の拳だ」

「拙者も、これから振るう一太刀にこれまでの全てを」


 散々技名を叫びあった俺たちだが、最後はここに至る。














































「壁ドンパンチ!!!」

漆黒魔剣(ブラギリオン)!!!」






































 ストレートパンチと真向手刀。


 力と力がぶつかり合う。今までとは違う。今までいた高みですら低く感じるほどに、次元をさらに超えたこの鍔迫り合い。わかる。これが最後だ。それに俺は長くこの体ではいられないだろう。ここで出し切る、この数値化するのも馬鹿らしくなるほどの力を、一瞬で出し切ることすら俺ならば出来る、俺を信じろ! 俺の筋肉たち!


「負けてたまるかああああぁああああ!!!!」

「ぬぅうううううううううううううう!!!!」


 ぐ、ブラギリオンめ、ここにきて更なる踏み込みを! 俺の上を……く……。すげぇこの人本当にすげぇ、涙が出る。


「はっはっはっは!!!!!」


 ま、負ける。この俺が初めて、いや初めてじゃない、これまでに俺は幾度となく負けてきた、女神の転生トラックから敗北の歴史が始まった。楽に勝ったことの方が少ない。こっちの世界では最強じゃなかったってだけの話か、ブラギリオンはマジの最強だ。ごめんな筋肉、ごめんな俺。






































































「バーガー様!!!!!!!!!」

「アイナああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 何を弱気になってるんだ! アイナになんて顔をさせてるんだ!! これだけの筋肉を携えておきながら! 好きな女にあんな不安な顔にさせるのんて! 俺のバカ野郎!!! 大バカ野郎!!!!!


「ぐぅ!!」

「アイナにかっこ悪いところなんてみせられん!! これからの夫婦生活に一抹の不安も残さん!! 筋肉(おれ)よ!!! 筋肉(おれ)よ!!!!! 筋肉(おれたち)よ! もっとパワーをッ!! Never Give Up!!」

「ぐ、ぬぬ」


 押す押す押す押す押す押す! もうひと踏ん張りぃ!!














「あそこから返されるとは、よもやここまででござる、か。これが敗北……これは、これは、悪くなーー」

















































「なにやってるのよ!!! ブラギリオン様!!!」



 メアリーだ、いつの間にか帰ってきていたメアリーがアイナの隣で叫んでいた。


「メアリー氏! どうしてそこに、ギアの元に行ったのではござらぬか!?」

「し、心配だから見にきてあげたのよ! ブラギリオン様が負けるわけないけどね!」


 ブラギリオンの兜の目の部分から涙が溢れ出た。


「ああ、やっぱり最高でござる、推しててよかったぉ。本当に素晴らしいお方だ! マジ最高でござる! ロゴリス、いや、メアリー氏フォーエバー!!」


 ラブパワー全開だ、これはもう強いとか弱いとか関係ない、男の意地と意地のぶつかり合い。拳が裂け始め、鎧にヒビが入り始める。弾けた、互いの腕がぶっ壊れた!


「まだまだぁ!! 壁ドンパンチ!」

「まだ残ってるでござる! 漆黒魔剣(ブラギリオン)!」


 現在進行形で宇宙無限乗するほどの加速力で強くなっているため即座に両腕粉砕! 発生したパワーを無理やり筋肉制御! 足に回す! ブラギリオンも足に力が集まっている!


「床ドンダブルキック!!」

二刀流漆黒魔剣(ブラギリオン)!!」


 ダンダンと踏みしめる。俺の足が弾かれた!


「もらった!!」

「らぁ!!」


 こっちも弾く、互いの攻撃が腹部に刺さる。


「かは!!」

「ぬうううう!」


 さらに弾き足が破壊された。


 それでも俺たちは立つ、四肢が使えなくなっても、使って堂々と立つ、めっちゃ痛いが我慢する。好きな女の前でかっこ悪いところは見せられない。


「最終奥義でござる」

「ああ、これがホントのホントに最後の筋肉だ!」


 頭を大きく仰け反らせる。ハンマーを打ち付けるが如く振り下ろす。


「台バン頭突き!!」

全身漆黒魔剣(ブラギリオン)!!」


 頭が破壊されれば終わりだ!! 足が破砕され踏ん張ることは不可能だが、それでも踏ん張る、向こうもそうだ! 全身に力を入れる、全エネルギーを額に! 推進力に注ぐ!


 バギィ!!


 互いに仰け反る。血が吹きでた、ああ、いってぇ、頭が破壊されたか、脳にまで達している。筋肉たちよ、筋肉(おれ)たちよ。まだ倒れるな、無茶を承知で言う、倒れるな。


「番重氏、もう……終わりでござる、か」

「何言ってんだ、まだまだ、だよ」

「そうで、ござる、か、はは」

「うはは」

「「わはははははははははは!!!」」






















「見事!」



 ぶしぃ!! と鎧の隙間という隙間から血が吹き出る。鎧が崩れ落ちていく。


「この鎧は拙者の魂でござる、それが砕けてしまった、拙者の負けでござる……ぐふッ!」


 俺たちの喧嘩は両者とも立ったまま終わりを迎えた。


「勝った、異世界最強に……ゴハッ!!」

「バーガー様!!」


 ずっと駆け寄りたかったのだろう、それを我慢してくれていたアイナが堪らなく愛おしい。


「肩を貸してください、怪我の手当をしないと!」

「ああ、頼らせてくれてありがとう……」

「番重氏!」


 メアに手当されているブラギリオンが俺を呼ぶ。


「またやろうぞ!」

「ああ、何度でも、何度でもだ!!」

「忝ない……忝ない」


 こうして最強の拳と最強の剣の戦いは終わった。



















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 一年後。タスレ村。


「バーガー様、バーガー様!」

「むにゃむにゃ、もう食べられないよ」

「寝ぼけているんですか? 何食べてるんですか? 私にも食べさせてください!」

「アイナをたべてたのさ」

「……もぅ、きゃっ」


 赤面するアイナをお姫様抱っこして寝室を出る。


「お! バーガー、アイナちゃん! おはよう!」

「おはよう母さん」

「おはようございます、セニャンさん!」

「朝からイチャイチャして、まだ一日は始まったばっかりやで」

「そうですね、まだまだアイナとイチャイチャできます」

「……ッ」

「かー! 新婚か! あ、新婚やったわ」


 そう一年前のあの日、俺たちは結婚した。それはもうスムーズに進んだ、あれだけ世界が壊れまくったと言うのに、俺たちの式は復興よりも早く行われた、魔王を倒してから初のイベントが俺とアイナと結婚式となったわけだ。


 シェルターの中にいる全人類に釘を指した。シチューをデコピンで倒し、イズクンゾをボコり、ブラギリオンと死闘した俺に待ったを掛けられる人はいなかった、その時のスピーチの一部を抜粋しよう。


「アイナは俺の女だからな、寝取ろうとするなよ、あのマジで特にイケメン! これはネタ振りとかじゃなくてだなーー」

「バーガー様!」

「は、はい!」

「私がバーガー様以外の人を、そういう目で見たことがありましたか?」

「な、ないっす、すいません」

「ふふ、よろしいです」


 てな具合だ。なんとも童貞らしい結婚式だった。



 ウィルが帰ってきた。


「帰ってきたでー、ワイが帰ってきたでー、畑を荒らすわるーい青猪(ブルーボア)をシバいてきたでー!」

「おかえり父さん」

「おかえりなさいウィルさん!」

「うわあ! 出たな! 妖怪イチャコラー! 朝からチュッチュカチュッチュカしおってからに! 新婚か! ……新婚やったわ!」

「とーちゃん、それさっきウチがやったで」

「て、天丼や!!」


 なぜこれだけイチャついているかと言うと、この体で一年間も踏ん張ってきたけど、そろそろ消えそうなんだよね。この肉体は最強でも、呼んだのは魔法だ、魔法はいずれ解ける。もしかしたら、魔法が解けたらそのまま死ぬかもしれない、なんせ本体のハンバーガーはもうないのだから。だからこそ後悔のないように一生分イチャつかないとな!


「さ、アホなことやってないでご飯やご飯! ぎょーさん作ったから食べてやー!」

「「「いただきます!!」」」



 この世界にもう後悔はない、微塵も後悔はないんだ。後ろからどんどんすごい人たちが出てくるし、そのうち俺を超える人も出てくるだろう。それに今までも周りの人たちに助けられてきた。


 ジゼルは寿命を全て前借りして使い切ってしまい、余命数時間の命だったが、ビルディー様が去り際に星の魔力を渡して事なきを得た。ジゼルが言うに借したものを返してくれたそうだ(元々あの星の力はジゼルの両親がジゼルを守るために用意した力で、それをビルディー様がチョウホウ街で建設に使った)この一年でジゼルが魔法学校の長になった。諸々一から作り直すらしい。すごいプロジェクトだ、今でもよかったものを更に向上させるつもりだ。ルフレオもビルディー様より分けられた星の魔力によって元気にしている(どうやらギアの渡した膨大な魔力だけでシェルターは完成してしまい、せっかく体内で増幅させていた星の魔力の出番はなかったらしい)今はジゼルの学校で近接魔法の講師をしている。あの人以上の適任はいない。


 エリノアは魔王の娘たちに漆黒線状魔力を返してからどこかに行ってしまった、ということになっている。まぁ建前だ、みんな許している。あとで判明したのがエリノアがお金好きだったのはイズクンゾが鉱物が好物で隠れて食わせていたからだったらしい、まぁ今では大商人になっているとか裏で王国の経済を牛耳っているとかいないとか。相変わらず掴みどころがない。俺たちの親愛なるクソネコだ。


 スーはネスとモーちゃんを連れて去っていった。ネスはスーにべっとりとされて心底気まずそうにしていたが、それでもスーは長いこと我慢していたので黙って甘えさてくれていた。レスとカーのところに戻ると言っていた。家族団欒だな。


 サガオはなんと三騎士になった、名称も四人になったため四騎士に変わった。マナーの盾の適合資格を再び得たヒマリも殆ど離れずに乗っている、王国の盾としてこれから活躍していくことだろう。他の四騎士もまだまだ健在だ、歴代で最も国力のある状態になっているらしく王さまもご満悦だ。そりゃそうだ、一万年以上続いた人と魔と龍の戦争に事実上終止符を打てたんだ、確実に歴史に名を残すな。


 王様に仕えていたクレアが探していた妹は、なんとギアの部下のレイラだった。再会したとき気丈だったクレアの眉が僅かに歪み、レイは破顔して泣いて喜んだ。



 そしてギアだがーー




















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 一年くらい前、絶望タワーの司令室。



「クソが、おいコラもう一度言ってみやがれ」

「ですから、私にギアを元の世界に戻す力はありません」


 俺は『ヤカン』と会話していた、八百万だ。


「じゃあ何か、俺は最初から嘘の雇用内容で働いてたってわけか?」

「そうです、女神に勝ちたかったので貴方を騙しました、ここに来た時点、いえビルの倒壊で死んだ時点で貴方の本当の人生は終了しました」

「ふざけんじゃねぇぞ、俺は現世に帰って仕事をするためにやってきた、それをなんだクソが」

「この私を破壊してもいいですよ、それに意味はありませんが、ギアの気が済むなら」

「どうしてそこまでして俺を呼んだ。それに緊急時とはいえバーガーを助けるような真似もしたよな」

「私は女神は嫌いですが、それはそれとしてです。この世界を出来るだけ存続させる、女神が指を鳴らすその終末(とき)がくるまで、それが外神である私の使命です」

「わけわかんねぇこといいやがって」


 薄々勘づいていたが、確証のないことは考えねぇようにしていた。クソ、帰れねぇなら俺はどうすりゃいいんだ。


「それに元の世界もイズクンゾによって一度は滅びましたし、まぁだいたいは元に戻りましたが、それで有耶無耶になるでしょう、チャラでいいじゃないですか」

「いいわけねぇだろうが、仕事を途中で放棄するというのはそれまでに携わった全ての人、心を否定することになる、最低の行為なんだよ、自分(てめぇ)の命がどうなろうと辞めることなんざできるわけがねぇんだ。クソ、いい考えが出やがらねぇ」


 こんなことは初めてだ、仕事の手順、方法で悩んだことはあったが、それは前進のためのタメだ、仕事のない状態で宙ぶらりんになったことはねぇ。俺がいた会社は潰れねぇ、潰れさせねぇ、俺がいる限り、いや俺が死んでも立ち行かせる。


「仮にこの世界で唯一転移魔法が使えるというカーに頼んで転移したとしても、その機体では働くどころではないでしょう」

「おめーが受肉させられねぇからこうなってんだろうが」

「はぁ……そろそろ私もしんどいので眠り、ます」

「おいコラ待て」


 逃げやがった。


「失礼しますー」

「なんだレイ、姉のところに帰ったんじゃねぇのか?」

「まぁまぁ、って、うわ! ギアすごい顔ですね、今までで一番追い詰められてる顔してますよ」

「そうか? 顔には出てねぇはずだが」

「あ、やっぱり悩んでるんですね」

「カマかけやがったな」

「えへへ、お話はだいたい把握してます」

「ち、うるせぇな、俺のことはもういいだろうが、レイは自由だ、契約が終わったんだ働かさせたりしねぇよ、姉のところに戻れ、それとも忘れ物でもしたか?」

「そうですね、忘れ物しました」

「ロッカーは向こうーー」

「ここで働かせてください」

「はぁ?」


 何言ってやがんだ。


「この世界での仕事は終わったんだよ、もう何もねぇ」

「言葉を借りますね、ばかがー!」

「そんなぬるい口調で言ったことはねぇ、でなんだ」

「仕事がないから仕事が出来ない? 戻っても仕事が出来ないから途方に暮れてる? あほがー!」

「ち、気が抜けるから二度と真似するな」

「まぁ聞いてくださいよ、私たちで会社を作るんです」

「会社だぁ?」

「そうですね、その名も絶望株式会社!」

「ネーミングの時点で業績下がるだろうが、てか株式会社とかなんでそんなこと知ってんだよ」

「実はですねー、色々調べてきたんですよ、知ってます? ギアが悩んでいる間に、カー様が転移魔法を一般公開したんですよ」

「そうだったのか、それがどうした」

「ふふーん! 異世界とのやり取りが可能になったんですよ! 仕掛けられた向こうはパニックの真っ只中ですが、これは大きなビジネスチャンスです!」

「ほう」

「元いたギアの会社も取り込んでですね! 絶望株式会社を世界に轟く一大企業にするんです! 仕事をするために!!」

「すげぇな……そんな考え、まったく思いつかなかったぞ」


 熱く語っていたレイがトーンを落とした。


「……今度はぁ、ぐす、今度は私たちがギアを助ける番なんです。そうやって周りのことも自分のことも背負いに背負って壊れるまで働く歯車(ギア)には私が、私たちが必要なんですぅ……」

「いいのかよ、レイ働くの嫌いだろ」

「嫌いですが、なんだかそっちの才能めっちゃあるみたいなんで、それにダークエルフって寿命すごーく長いんですよ、働かないと美味しいお菓子食べられませんし」


 ドアの向こうで野郎どもが見てやがる。


「わかった、だがやるからにはガチで行くぞ」

「はい、そりゃもうどこまでもお供します、ね、みんな!」

「「「おおおおーーッ!!」」」

「いい返事だ、まずはどうするか、これだけでけぇ仕事は生まれて初めてだ、プランを考えるだけで、これからの仕事を考えるだけで、ギ、ギギ」

「あ、初めて笑いましたねー」

「笑ってねぇよ」

「笑いましたよ!」

「笑ってねぇ」

「笑いました!」



 こうして絶望株式会社が発足した、異世界初の株式会社だ、まだ名前だけだが、異世界を駆ける最強の企業にさせる。俺たちでな。



















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 ここはタスレ村から近い場所にある原っぱ、ここでアイナとたくさん遊んだな。


「バーガー様、その体……」

「ああ、もう時間だな」


 俺の体から光の粒子が出ている、魔法が解け始めたんだ。


「アイナ」

「はい」

「俺はこの世界に転生したとき不安しかなかった、この体を失って、ハンバーガーの体でやっていけるのかってな。でもアイナがいてくれたから俺はここまで頑張ってこれた」

「はい」

「だからさ、また次があったら。そうしたらまたアイナと一緒に居たい、いいかな?」

「もちろんです」

「愛してる、アイナ」

「愛してます、バーガー様」


 キスをする。


 本当はさ、俺が消えたあとも誰とも付き合わずにいてくれって頼もうと思ったんだけどさ、カッコ悪いからやめた。




















 俺は光となって消えた。




















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 白い空間は様変わりしていた。なんだここは宴会場か、女神は何してんだ?


「乙じゃ!」


 珍しく出待ちしてた女神が、これまた珍しく労いの言葉を掛けてきた。


「やれるだけのことはやった、後のことは後進が上手くやってくれるさ」

「ほれほれ飲め飲め!」

「悪い人が出てきても、良い人が出てきて活躍してくれるだろう」

「食え食えー!」

「……なぁ、これが最後なんだし、少しは感傷に浸らせてくれよ」

「そんな湿っぽいことしている暇があったら歌え騒げ!」

「なんでやねん!」


 ふぅ、いいか最後くらい。俺はあぐらをかいて女神と向かい合う。


「すげぇ悔しいがあんたに礼を言いたい」

「言うがよい言うがよい!」


 なんかテンション高いな。


「楽しいハンバーガー人生だった、転生させてくれてありがとう」

「ふーん、いい思いしたようじゃなぁ、あんなことやこんなことを。くくく、アイナと言ったな、あの娘」

「ッ!?」


 女神が珍しく名前を言った。背筋が凍る、魂の体なのに汗が滝のように溢れ出る。


「やめてくれ、彼女には何もしないでくれ」

「なぜ土下座する?」

「転生トラックを突っ込ませる気だろ? 頼む、俺にならどんなことをしてくれてもいい! だから彼女は見逃してくれ!」

「ぷくくくく、死ぬ間際のセリフを吐いた貴様の命にどんな価値があるのかのぉ?」

「なぁ頼むよ、お願いします!」


 俺は泣いていた。そうかだから女神は上機嫌なのか。アイナを殺してポテトにでもするつもりだ、想像しただけで涙が止まらない、それだけは絶対に許さない、拳を強く握る。


「あっはっはっはっはっはっは! 愉快愉快! ならばその握った拳で余を殴ればよいではないか!」


 俺は手を解く。


「俺がどれだけ強くなろうとあんたに指一本触れることすらできない、例えブラキリオンと手を組んで戦っても絶対に勝てない」

「筋肉の賢者か貴様は」

「それでも戦えというのなら戦う、頑張るからさ、だからどうか」

「はー、何を思い違いしておる。安心するがよい、あの娘に手は出さぬ、勘違いするでないぞ、元々手を出す気がなかったのであって貴様に頼まれたからではないからな」

「ありがとうございますありがとうございます!」

「二度も言うな、また誤字かと思われるじゃろうが」


 ふぅ、と一息つく。


「まさか貴様からそのセリフが出るとはな」

「どういうことだ?」

「うるさい! 少し戻って読み直せ! とにかく宴じゃ! いつまで湿っぽい顔をしておる! 八百万は堕天した、この遊び余の大勝利じゃ! ずっと不利じゃったこの勝負も、結局は余の勝利じゃ! あー敗北を知りたいなー! ぷははははははは!!」

「一つ聞かせてくれ、これはなんの宴なんだ?」

「そんなこともわからぬか!」


 指を鳴らす、垂れ幕が下りる。書いてある文字を読む。


「『結婚おめでとう!』って、ええええ!?」

「貴様ら結婚したじゃん、そっちでは一年前の出来事じゃが、余はまだ祝ってはおらぬぞ! はぶりよって、それこそ許さぬからな」

「ぶはは!」

「何を笑いよるか!」

「失礼! では僭越ながら新郎の筋肉踊りをお見せいたしましょう!」

「おお! 余興は好きじゃ! 色々神器に触れたがやはり行き着く先は宴よな! よし! やれやれ!」


 こうして筋肉の宴が始まった。三日三晩踊り飲み食らい続けた。



「くかー!!」


 寝ちゃったよ女神、騒ぐだけ騒いで。まぁ、それだけ楽しんでくれたってことかな。自分を殺した女神を楽しませるとか俺もつくづく甘いな。


「さ、俺は死んだんだ、あとは消えるだけ、あの魔法を使った時点でイズクンゾとは相打ちみたいなもんだったな。一年もよくもった、さすがは俺の筋肉だ、よくやってくれたな」


 体が消えていく。


「さようなら、みんな。アイナ、愛してる」








 俺は光となってーー……



















































____________________________________________________________

































































 ーー消えてない!?




「あれ!?」


 なんだ? 風を感じる、周りを見ても煙くてよく分からん。


「どこだここは!?」


 俺は帰る肉体(ハンバーガー)を失って消滅したんじゃないのか!?


「バーガー!!」


 俺を呼ぶ声がする、煙から抜ける、いやこれ雲だ! 俺は空にいるのか!


「バーガーなのー!!」

「スー!!」


 龍体のスーがふわふわと飛んできた。俺は手足を動かそうとするも気づいた。


「ハンバーガーに戻ってる!!」

「なの!」


 背中に乗せてもらった。


「スー、ここはどこなんだ、天国か? 三途の川はどの辺なんだ?」

「何言ってるの、ここはバーガーの世界なの、僕は予言に従ったの『ヘイYO、空高く舞い降りるジャンクフード、番号札でお待ちのお客様ワクワクムード、迎えに行こうZEドラゴンスルー!』」


 聞きなれたリリック、ジゼルのばぁちゃんだ。


「俺の世界」


 見渡す、王国領土、海、魔界、その全てが見渡せる。


「俺は帰ってこれたのか、どういうことだ、アイナに食べてもらってハンバーガーの体を失ったというのに……」

「魔法の効果はそれだけじゃなかったの! バーガーの魔法が世界を変えたの!」

「え?」


 再び周りを見る、空からどんどん何かが落ちてくる。


「な、なんじゃこりゃあああ!!」

「全部、生きた食べ物なの!」


 俺とそっくりなハンバーガーや、それ以外にもおにぎりや、丼もの、寿司、麺類、お菓子、ジュース、その他、ありとあらゆる食物が意志を持って動きながら落ちていっている。


「あれはなんなんだ!」

「バーガーのあの魔法は世界最強の男を呼ぶものだけど、バーガーの魂はハンバーガーと一体化していたから、副作用で食物系の魔物みたいなものがたくさん生まれたの!」

「えらいこっちゃ!」


 一番多いのはやっぱりハンバーガーだ。ハンバーガーがドラクエのスライム的なポジションになろうってのかよ!!


「バッガッガッガッガ!!」



 この世界は終わらない、どこまでも続いていくんだ。


 こうして現代最強は楽しいハンバーガーに転生しましたとさ。

















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