第1話 ハンバーガー転生
俺の名前は番重岳人。無職で童貞で三十路の三冠王だ。学生時代はなんやかんやあって学校を破壊してしまい、それから不登校になってしまった、引きこもりの期間を筋トレに費やし、黄金肉体を手に入れた。家族からは疎まれ、家庭環境は冷却スプレーを掛けた筋肉のように冷えきり、肉離れのようにバラバラだ、親の顔を最後に見たのは何年も前だ。
日常系アニメを見つつ瞑想に耽っていると、流石にこのままではいけないと思いたった、俺は社会復帰をすることにした、思い立ったが吉日というし、外出する練習を始めることにした。とりあえずコンビニまで行こう、筋トレと同じだ、少しずつ出れるようになればいい、社会復帰してこの惨めな人生からおさらばする、筋肉にも悪いからな。
服装は上半身裸に下ジャージというナイスチョイスだ。リーマンの正装がスーツのように、黄金の肉体の正装はこの筋肉なんだ、すでに着飾っているようなものだ、髪には天然のワックスがかかって激しく直立している。家を出る、劈く怒髪天が荒ぶる、体が震えているんだ。震える足を筋肉で押さえつけて、一歩また一歩と歩を進める、筋肉は堂々としている、震えているのは俺の心だ、メンタルも鍛えなくては。
コンビニまで何事もなく到着した。どうやらAM2時は空いているようだ、道のりも数台のトラックとすれ違ったくらいだった、うん、この時間に来てよかった。入店音とともに店内に入る、久々に見る生身の人間に俺は内心動揺しつつも堂々と歩く、適当に簡易ハンバーガーを手に取りレジへ行く。
店員が俺の姿を見るや顔を伏せた、どうしたんだ? はっ! まさか彼女もまた俺と同じ境遇なのでは?そう思うと応援したい気持ちが湧いてくる。否、応援なんて烏滸がましい、彼女はすでに働いており社会復帰を成し遂げているではないか、俺より何歩も先に進んでいる。強い仲間意識が湧いてくる、俺は同士、否、先輩に声をかけることにした。
「ふぉ、お、お互いに頑張りましょう!!」
「は? あ、はい」
軽快な会話を終え会計を済ませた俺はコンビニを出る。またここに来よう、ここならいい練習になる。店員さんも優しいし最高だ、1時間おきにでもーー
『てーんせい! 転生! てーんせい! トラック! てーんせい! 転生! トーラーックー!』
ーーーー俺の意識はそこで途切れた。
「ぐ······ぅ、なん、だ?」
意識を取り戻した俺が真っ先に目にしたのは、鉄の壁? 否、トラックだ、トラックが突っ込んできた、コンビニの店内にまで押し戻されるほどに強く。筋肉がなければ即死だった、筋トレしといてよかったァ、俺は胸筋をなでおろした。横を見ればレジ越しに青ざめた顔の店員がいた、できれば救急車を呼んでほしい、かな。
そう頼もうとした、そのとき。
『なぬ? あれで死なぬとはやはり頑丈よのぉ、ならばもう1発じゃ!』
這い出ようとトラックを押しのけていた俺が目にしたのはもう一台のトラック。先のトラックの尻を突き、俺を押し潰そうとしていた、間一髪でトラックから抜ける、先のトラックは壁にめり込んでいる。逃げ遅れていたらと思うとゾッとする。
「きゃあ!!」
叫んだ店員を見ると外を見ている、その顔には絶望が張り付いている、もしやと思い俺も見る。三台目のトラックが突っ込んで来ていた、俺一人なら躱せるがあの角度はヤバい、先輩が危ない!
「むぅ……」
俺が目を覚ますと、そこは白い空間だった。空間は地平線まで真っ白で現実味がない。最後の記憶を辿る、トラックに轢かれたんだったな、ということはここは病院? なわけないか、すると死後の世界か、地獄と言うよりは天国っぽいのかな、なんて考えていると、後ろから少女の声が聞こえた。
「やっと来おったか」
振り返るとそこには不敵な笑みを浮かべた一人の美少女がいた、似合わない社長椅子に腰掛けている。待て、今こいつなんて言った? やっと来た、だと?
「ここに連れてきたのはあんたか」
「大変じゃったぞ、転生トラックを三台も使ったのは貴様が初めてじゃ」
あのトラックそんな名前なのか、なんて凶悪な名前をしたトラックだ。って、こいつがトラックを差し向けたのか、何のためにテロか? いや、まずこの不届き者に確認することがある。
「店員さんは無事なのか?」
「あーん? そんなもん知らん」
「知らんて、じゃ、じゃあ俺は死んだのか?」
「そうじゃ」
「え、でもこうして話してるじゃないか」
「霊体じゃ」
何を言ってるんだこいつ、こんな非科学的なこと起こるはずがない。
「大体の奴はそうじゃ、状況が飲み込めんくてオロオロと、そんな恵体しおって情けないのぅ」
「い、生き返らせてくれ」
「言わずもがな、じゃ。じゃが異世界で別ものとしての」
「はぁ!? お、お前は一体何者なんだ?」
「余か? そうじゃのぅ、女神とでも名乗っておくかの。ほれ」
女神が指を鳴らすと、ブラン管のテレビが何台も落ちてくる、鹿のマスコットが殲滅したはずのそれらは規律よく並んで重なった。だいたいが砂嵐を映しているが、一部は映っているものもある。
「この神器は余が殺して転生させた者たちを映し続ける便利グッズじゃ、映像に乱れがあるのは死んだかエタった奴らじゃな」
俺以外にもこんなにたくさんの人がトラックの餌食に……
「お主のはそうじゃな」
女神が指を鳴らすともう一台テレビが落ちてきた、今度は薄型だ。
「これは貴様用じゃ」
女神はテレビに抱きつき画面の一部分を指さす、テレビには死体が映っている、紛れもないあれは俺だ、とてもじゃないが蘇生できるような状態じゃない。コンビニの中ということは現世の俺だ。てことは……画面をくまなく探す、端っこで頭を抱えて震えている店員を発見した、よかった女神から守れた。
「でじゃ、色んな異世界に貴様のような者を送り込んできたが、ただ転生させるのもハッキリ言って飽きた。じゃから何か趣向を凝らそうと思うのじゃ、いつもいつもチートスキルばかり与えていても詰まらからのぅ、うーん」
「ど、どうするつもりだ?」
「そうじゃな。……よし、弱くしてやる。現世で最強だった貴様は、これからは雑魚い依代で生きていくのじゃ、ククク、脳汁ドバーじゃなぁ!」
女神は美しい顔を歪ませて邪悪に笑う。こいつ本当に女神かよ、それに俺が世界最強だって、笑わせるなセ〇ールやシュ〇ルツェ〇ッガーのほうが強いだろ。
「ではもうよいじゃろ、次がつかえておるでの」
「お、おい、まだ話は」
俺は光に包まれて消えた。
「ばぁーがぁー!ばぁーがぁー!」
分娩室に産声が響き渡る、この世に新たな命が誕生した。産婆が産まれたばかりの俺を抱き上げる、手早く布で包む、マジで転生したのか、新生児の段階から意識がはっきりしている、前世の記憶もバッチリ残っている。そばに立っていた父親らしき人が駆け寄ってくる。
「どうや!?」
「こ、これは……」
「バァさんどないしたんや! そない梅干しのバケモンみたいな顔しおってからに!」
「これは元からですじゃ!」
そう言う産婆の表情は暗い、父親が俺を覗き込む。赤子を見た父親は口元を手で覆う、だがショックは隠せていない。なんだ?やけにオーバーリアクションだな、二人の様子に気づいた母親が声をかけた。
「ど、どないしたん? まさか死んで······」
否、俺の鳴き声がする、死んでいるわけではないとすぐに気づいたようだ。
「元気な子……? ですじゃ」
「ん? そうか、なら一安心やな、男の子やろか?」
「え、うーん、これはー?」
「女の子なんか? ちんちんちっさいんか?ま、元気ならどっちでもいいんや、はよ見せてや、焦らさんといて」
産婆は困り果てた顔をしている、熟練の産婆が困るほどの事態が起きているのだ、しかし産婆も覚悟を決めたのか重い口を開いた。
「元気なハンバーガーですじゃ」
「なんやてぇ!?」
ーーあとからわかったことだが、ここは王国から最も離れた位置に存在するタスレという村だ。普段は平凡な村だが今日に限っては王国全土から注目が集まっていた。本日は希望の日といい、王国お抱えの占い師がこの村から勇者が誕生すると予言した。出産予定の夫妻が二組いて、片方はエルフ族なので、もう片方の人族から勇者が産まれると沸き立っていたってわけだ。
で、俺が生まれたってわけ。
村に激震が走った、勇者が産まれる日にハンバーガーが産まれたってな、そのニュースは瞬く間に村に広がった。産婆が待機していた王国聖騎士に説明していた。
「50gの子で、性別は不明ですじゃ、ないのかもしれませぬ。最初はふやけていましたが自然乾燥で乾きましたですじゃ。最初から小さな生肉を挟んでましたのじゃ。今は籠に入れてますじゃ、はい、確実に生きてますじゃ」
王国も勇者の誕生を楽しみにしていたらしい、話を一通り聞いた聖騎士は凄い情けない顔をしている、その足で王国まで戻り事の経緯を報告するのだろう、報告前に顔を洗った方がいいよ。
「よぉ見たらおめめあるわ、ゴマ粒みたいでキュートやな!」
「最初は驚いたけど可愛いもんやなぁ」
若き夫婦は籠を覗き込んで一口サイズのハンバーガーを見つめている。
「どっちに似たんや? ワイか?まさかセニャン、ハンバーガーと浮気したなんてことあらへんよな?」
「ウチが愛してんのはアンタだけやで」
「ワイもやで、げへへへへへ」
俺はどうなったんだ、ハンバーガーと言っていたが実感がない、てかこの人たちデケェな、巨人か、否、俺は赤ちゃんなんだった、く、ハンバーガーの赤ちゃんってなんだよ、ちゃんと大きくなれるのかよ。体もまともに動かないし、全身の感覚がおかしいぞ、ホラゲのような操作性の悪さというか、力が全然入らない。
「お、蠢いてるわ、可愛えなぁ」
「ワイが考えてた名前、この子みたら全部吹っ飛んでもうたわ」
「ウチもや。気取った名前なんて絶対似合わへんやろなぁ」
どんだけだよ、産まれたての赤ちゃんは猿みたいな顔してるって言うけどさ、ハンバーガーの顔しててもいいだろ、いずれはアンタらみたいな顔になるかも知れないんだぞ。ってあんたら美形だな、じゃあ俺もイケメンになれるのか、人生イージーモードか!? いや、この反応からしてこの人たちの幼少期がハンバーガーだったわけじゃないのはわかる、俺だけがハンバーガーとして産まれたんだ、てかさ、もっと怖がらないのか?殺されても文句言えないんだけど、なに? たまに産まれんのハンバーガー、産婆の人を見た感じそれはないとは思うが、ならこの二人呑気しすぎじゃないか?
両親の呑気な話は続く。
「バーガーなんてどうや? 安直やけど、ワイはそれしか思いつかへんわ」
「ええと思うで。ハンバーガーを産める人間なんてどこ探してもウチしかおらへんやろし」
どうやら俺は冗談抜きでハンバーガーに転生してしまったようだ、もう認めるしかないあのクソ女神とんでもないことをしてくれた、女神の言っていた依代が、まさかハンバーガーだったとは。これでは筋トレすることも難しい。
少しして産婆が村にいた旅の魔法使いを呼んできて俺を解体した、抵抗という抵抗もできぬまま隅々まで身体検査された、スースーする感じに見舞われたが痛みもなかったため耐えた。
「ルフレオさん、このバンズの裏を見てくださいですじゃ、何か書いてありますじゃ」
「うむ、これま間違いなく魔法陣だの、クラウンとヒールにそれぞれ書いてあるぞ。見たところワシの記憶にある魔法陣のどれとも一致せん、それに赤く光っておる、魔力が流れている証拠だの、今も発動中ということだ、ふむ、見れば見るほど凄まじい代物だの、これほどまでに複雑に書かれた魔法陣は始めて見たぞい」
魔法陣ってなんだ? 俺にも分かるように話してくれよ、バンズめくって裏を見ているようだが、そこになにか書いてあるのか? 女神のサインか? 俺もウル〇ラマン人形の足裏に名前を書いたことはあるが、そういうのか?
なんだかしんどくなってきた、謎の脱力感に襲われる。俺の様子の変化に二人が気づいたのか戻してくれた、謎の生肉を挟む、また元気が出てきた。
「あまり触らぬほうがよいかもしれぬ、詳しいことはワシにも分からぬ、王国の魔導師に見てもらえば或いは······ともかく魔法陣がこの子の生命線なのは確かじゃ」
と、まぁ、そんなことがあり1ヶ月が経過した。
どういう原理か知らないがこんな体でも生きている。この1ヶ月は籠の中で過ごしている。自力で籠から出ることすら出来ない、あの母親が抱き上げない限り俺はここにいるしかない。籠の中のハンバーガーとはよく言ったものだな。誰も言ってないけどな。
この世界の俺の両親の名前は、父がウィル・グリルガード、母がセニャン・グリルガード、そして愛の結晶である俺の名前がバーガー・グリルガードだ。キラキラネームもいいとこだけど、アン〇ンマンやサ〇エさんなんかを考えてみてもらえば分かるが名前が食べ物のキャラは多い、あとペットとかにな……まぁこの体では否定するほうが滑稽だろうし意義は唱えなかった。というかまだ声を出さないようにしている、生後まもないハンバーガーの赤ちゃんが話し出すなんて聞いたことないからな、なくて当たり前だけど。
番重岳人という名前を隠してバーガー・グリルガードとして生きる覚悟を決めた、半ば強制的な転生ではあったが、起きてしまったことは仕方がない、人生ハードモードが、人生バーガーモードになっただけだ。
そしてこの1ヶ月で具材に関してわかったことがある、一切れの生肉が初期具材として付いてきたが早々に傷んだ。生後三日目にして異臭が発生、俺は口(バンズの間)から具材を吐き出した、まるで排泄行為だ。
すると襲ってきたのがなんとも言えない脱力感だ、体に力が入らなくなってしまい、酷い空腹感にも襲われた、まさに餓死寸前といった具合になってしまった。微かな鳴き声に気づいたセニャンが、物は試しにと薬草を挟んでくれなければ俺は早々に死んでいたかもしれない。
具材が俺のエネルギー源なのだ、だからルフレオに剥がされたときにも脱力感があったんだ。こんな体だから食事は必要ないと思ったがそこも甘くはないらしい、たぶん腐らない原因もそこにあると思う、さすがは鬼畜女神だ、とことん俺を追い詰めたいらしい。
負けじと俺は筋トレをする、メニューは地獄のハッピーセットだ、筋トレをするとはいったものの、この体は人間のときと操作性が全く違う、慣れるのに必死で、産まれてからの1ヶ月を体の操作を覚えるのに費やしてしまった。
考えれば分かることだが、こんなハンバーガーの化物はいつ殺されてもおかしくない。この異世界とやらに怪物がいるかはまだ分からないが、俺は間違いなく怪物側だ、だから何かあった時のために自力で生きていけるようにならなきゃいけない。まずは移動方法の確立だ、ハンバーガーには足がない、なので人間の時のように歩くことはできない、ハンバーガーにあった歩き方を模索することにした。
「お、動いとるやん、バーガーは元気やなぁ」
セニャンだ、手には薬草を持っている。俺は今挟んでいる薬草を吐き出して、口を開いた、ご飯の時間だ。
「はいはい、いまあげるからねーちょっと待つんやでー、お部屋のお掃除したるさかいねー」
セニャンは俺が吐き出した萎びた薬草を回収して籠を掃除する。今日はやけに丁寧に掃除するな。その間にも脱力感が襲ってくる、具材がなくなると急激に力が抜けて腹も減る、餓死しそうだ、この苦しみだけは耐え難い。先に······薬草をくれッ!
「た、頼む、や、薬草を······挟んでぇッ!! んん!!」
余りの苦しさに耐えかねて声を出してしまった。俺はセニャンを見る、口を半開きにして呆けた顔をしている。そして次の瞬間。
「シャベッタアアアアアアアアアアアアア!!」
某CMを彷彿とさせるシャウトを放った、その声を聞きつけて畑仕事をしていたウィルがドアにタックルして転がり込む。
「どうしたんやセニャン! 夜でもあんな声出さへんやろ!」
「ウィルぅ、バーガーがぁ、喋ったんよぉ」
「マジでか!」
やってしまった、生後1ヶ月で喋るハンバーガーがどこにいる。俺は身の危険を感じつつも成すすべがないことに絶望した。そして空腹感に苛まれ、もうどうにでもなれといった気持ちで呟いた。
「薬草を、挟んでください、お願いします……」
「シャベッタアアアアアアアアアアアアア!!」
今度はウィルが絶叫した。ふざけんなマジで。
その後、俺はセニャンに薬草を挟んでもらい、そのままテーブルの上の皿に乗せられた。ウィルがずいっと顔を近づける。
「喋れるんか?」
「はい、喋れます······」
「うっわ! めっちゃ丁寧やな、訛りが一切遺伝してへん」
「す、すいません」
「なんで謝んねや?」
「なぁウィル、なんでこの子もう喋れるんやろなぁ」
「そら決まっとるやろ、ワイの子やぞ、あと勇者やからや」
「絶対後者のほうが影響ある思うで」
大変なことになった、筋トレどころではなくなった、転生したことは隠しておいたほうがいいだろう。別の世界の三冠王がハンバーガーになって転生してきたとか言ったら、殺されて元の世界にフライドチキンとして転生させられるかもしれない。
「もしかしてウチの子天才なんちゃうか? となりの赤ちゃんなんて泣き喚いて大変っていつも言っとるで」
「せやな、さすがワイの息······子?」
「はい、たぶん男です」
「さすがワイの息子や!」
「せや! えいさいきょーいくせな!」
「グリルガード家が名家と呼ばれる日も夢やあらへんで! なははははははは!!」
親バカで助かった。
一年が経過した。知的生命体であることがバレた俺は、旅の魔法使いルフレオから英才教育を受けていた。
ルフレオとは産婆と一緒に俺を解体して魔法陣を発見した人だ。白髪の髭もじゃで優しい人だ、教え子でもいるのかな?教えることに慣れている気がする。
「まるでスポンジのように知識を吸収しよるな」
スポンジというかパンなんだけどね。でもルフレオはいかにも魔法使いですって顔したジィさんだから、そんな人が俺をスポンジというのだから俺はスポンジかもしれない、ならば俺は名前をボブに改名せねばならないだろう。
「だが、魔法適性はからっきしじゃな。その体では剣を持つことができぬゆえ、魔法をと思ったが、それも難しいようじゃ、はっきり言おう、どの属性の才能もない」
「人生バーガーモードですから」
女神は俺の体を弱く作った、だからそれくらいは覚悟している。しかしなぜか俺の魂には手を出さなかった、あの黄金の肉体を作ったのは他ならぬ俺のこの魂だというのに、貧弱な魂で15年という月日を籠りきれるわけないのに。
「もっとショックを受けると思っとったのじゃが」
「現状を冷静に把握しているんです。それで、どうしてかわかりますか?」
「ふむ魔力を作る細胞がないのが原因じゃろう、その肉体は食物、食物が新たに魔力を作り出すことは不可能ということじゃろう、憶測じゃがな」
「なるほど、わかりました」
「どこに行く?」
「自己鍛錬の時間ですので」
「うむ、その姿勢まさに勇者、励みなされ」
家の周りくらいなら這って動き回れるようになった、この一年でハンバーガーの体も馴染んできた。さて家を一周して、セニャンに薬草を取り替えてもらおう、動き回ると薬草が萎びるのが早まるのだ。ん?
「あうー」
え? 何あれ、やだ、赤ちゃん? 隣りの家から現れた赤ちゃんがこちらに向かってテトテト歩いてきた。可愛い天使だ、問題があるとすれば赤ちゃんが1人だということだ、あの家ではまだ1人で行動させていないはずだが。
となると脱走か、歩くことを覚え好奇心の化身となったか、可愛い年頃だ。どうする、こっちに来るぞ。俺の声は小さいから人を呼べるか不安だ。せめて足止めくらいはしなきゃな。
「待て、止まるんだエンジェルちゃん」
「まんまー」
「まんま? ああ、俺はママじゃないよ、ほらお家に帰りなさい」
赤ちゃんは俺の前にたどり着いた、こちらをじっと見つめている。デカいなぁ、二足歩行の生物は頭の位置が高いなぁ、見上げるのが疲れる。などと呑気にしていた俺はこのあと激しく後悔した。
「まんまー!!」
「え? ちょっ、持たないで、持ち上げないで!! やだっ! 怖い!! やだ!! やめて!!」
「あむ!!」
赤ちゃんに齧られた、激痛が体を駆け巡る、ハンバーガーにも痛覚ってあるんだッイテテテッ!! そんなこと考えてる場合じゃない!! 食い殺される!
「だっ誰かーッ!! 男の人呼んでーッ!!」
激痛に襲われてこそいるが不思議と嫌悪感は無かった、半分ほど食べられたところで俺の意識は途絶えた。
気がつけば白い空間にいた。
「なんじゃー、ビックリしたのぉ」
「女神!?」
女神は社長椅子に座ってポップコーンバケットを片手にマ〇リックスを観ていた、3Dメガネをかけている、色々言いたいことがあるが。
「それは3D対応してないぞ」
「え、マジか、ホントじゃ! なんじゃこれ! 新種の神器というから付けとったが、とんだ粗悪品じゃ!」
女神が指を鳴らすと3Dメガネが消えた、そしてリモコンを操作してビデオを止めようとするも苦戦している。
「貸してみろ」
「お、助かるぞ、最近のはボタンが多くて困るのじゃ」
俺は一時停止ボタンを押してやった、って、俺の肉体が戻っている! いや霊体だったか、でも感覚はある、久しぶりの体だ、久しいなぁ、我が筋肉たちよ!
「そのむさ苦しいサイドチェストをやめるのじゃ」
「むさく······あ、ああ。そうだ、なんで俺はここに来たんだ? まさか元の世界に戻してくれるのか?」
「阿呆か、余が易々と戻すわけがないじゃろう」
「じゃあなんでだ?」
「そう急くな、ちょっと待っておれ、いま録画確認するから」
「見てなかったのかよ!」
「マ〇リックスを勧められての、なんじゃその顔は、ちょっとだけ目を離していただけじゃぞ!」
たしかに面白いけどさ、俺は君の道楽で道化ピエロ、否、ハンバーガーやってるんだけど。できれば俺も元の肉体で銃弾を海老反りで躱したいんだけど。
女神視聴中。
「ははーん、なるほどのぉ、男の人来なかったのぉ、ぷぷぷ」
「お前も同じ状況になったら絶対男の人呼ぶからね」
「死んだな、こりゃあ」
「え、死んだの? ていうかハンバーガーって死ぬのかよ」
「死ぬぞ。バンズに魔法陣が刻まれておったのは貴様も知っているじゃろう? あれで貴様の魂を縛り付けておるわけじゃ、魔法陣が全て消えれば貴様は死ぬ」
異世界転生1年目で、赤ちゃんに食われて終わりかよ。
「残念じゃったな、まぁ、1年近くジジイと話しとるだけじゃったし、つまらなかったということで、打ち切りとしては丁度いいタイミングじゃろうて」
「待てよ、俺、消えるのか?」
「うん、そうじゃよ?」
そうじゃよ、って何しれっとした顔でとんでもないこと言ってるんだ! くそぅ、神ってのはこうも無慈悲なのか。
「んん? 待つのじゃ、諦めるのはまだ早いみたいじゃぞ」
「どういう事だ」
「貴様はまだ生きておる」
「何!」
俺は光に包まれて消えた。