ただでは起きないように
はあっと私は大きく溜息をつくと低い声でこう母に宣言した。
「とにかく、私は表向きは小説家ではありませんから。そのつもりで。それを肝に銘じて」
口をとがらせて悲しそうな顔をしていたお父さんが、ぼそっと口を開いた。
「お前、そろそろ風呂に入ったらどうだ」
「入る」
「お酒飲んできたんでしょ?お風呂で転ぶんじゃないわよ」
戸惑いの表情を見せていたお母さんが後を続けた。
「大丈夫。一杯しか飲んでないし、なんか酔いも醒めちゃった」
私の両親はどちらかと言えば善人だろう。だが、特にお母さんとは会話がかみ合わずに中高生の頃は苦痛を感じることが多かった。最近はすっかり忘れていて、ただいいお母さんだと思っていたけれど。居間を出て、パジャマ類を取りに自分の部屋に行った。
タンスを開けて下着を出しながらも、私の頭の中は小説家モードになっていた。今晩の出来事はちょっと珍しい偶然だったのではないか、と。
居酒屋の彼らは、高校時代の同級生だったらしいが、住んでいる場所は全く近くではないのだ。この出来事を、小説に取り入れられないかと私は考え始めた。
やはり、明日は『アナナス』に行って、カフェオレを飲みながらネタ作りをしようと、私は決めた。あのお店に行く道にも、梅の芳香は漂っているだろうか。
ちょっとホームドラマの要素も入れてみました。隙間時間に読めるような長さにしました。
早春の夜を思い浮かべて頂いたら嬉しいです。