表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

・適性装備を求めて、いざダンジョン攻略へ

ユーリ・キャディリック。MMでの親友。

彼が色恋沙汰を苦手とするのは訳が有る。本当に、よくある話しなせいで同じ理由で恋愛関連を苦手とするフレも決して少なくは無い。

ユーリはMM内で元カノが居たのだ。オンラインゲームをやっているとよく有る話しなんだが、一悶着有って別れている。早い話しがその時の影響でユーリとしては自身の色恋沙汰はもうお腹一杯、といった所だ。ユーリは時々課金で種族を変えたりしているんだが、その度思う事は「キャラメイク」が上手い、に尽きる。もっと言えば、女子が好きそうなイケメンの風体だ。あまりに見た目の女子ウケが良いので中の人が女子かと思った事も有ったぐらいだ。因みにオフ会で有った時のユーリはサッカー好きの明るくて元気の良い超好印象な男子高校生だった。ただ、四人の姉と二人の妹が居る、という超女系家族らしく彼の見た目の良さはそこに影響されている気がする。

そんな見た目の良いユーリ。なんと内面も良い。これこそチートだと思う。男子高校生らしい部分も多いが、恐らく姉妹の影響であろう部分が多分に有って、物凄く付き合いやすい。少女漫画に出てくる兎に角優しいイケメン、とはまた違うんだが……何というか、優しくて意地悪でよく笑って、他人に対して分け隔てが無くて、上手く言い表せないが本当にモテるだろうなコイツ、と思わせるような性格をしてる。これでモテ無かったら誰がモテるんだ、と思うぐらいだ。否、もっと他にモテてる人も知ってるけどね。それこそシンさんとか。まぁ敢えて分類するなら、実年齢の差も有るだろうけど、ユーリは十代にモテる。シンさんは大人にモテる。これはシンさんの中の人が成人だから多分そのせいだろうなと思ってる。

「……二人が構わないって言うなら別に俺は」

言い淀むユーリに思わず苦笑を漏らして自分は一先ずとPT招待を投げる。

「有難う御座います!」

嬉しそうに微笑むその顔は何処かあどけなさを感じる。ユーリとPTを組めてそれはそれは嬉しそうだ。

ユーリが自身へ好意を寄せる女の子を嫌う傾向にあるというのは、見ていて露骨なので判りやすい。ユーリと親しい人は皆知ってるだろうし、ユーリを好きな子達も見てれば判るので知らない子は居ないだろう。それなのに、実際に声を掛けて来た勇気は正直、賞賛に値すると思う。好きな子に邪険にされると解ってて一緒に遊ぼうって誘うのは物凄く勇気が要ると思うんだ。自分だったら声を掛けられる気がしない。チキンだし。

「ええと、ハイチさん?ハイチちゃん?何て呼べば良い?」

「あ、ハイチで。呼び捨てでお願いします。ええと、ライラさんとお呼びして良いですか?」

「何でも、好きに呼んで良いよ。白河とユーリはシンさんって呼ぶから混乱しそうだったらハイチもシンさんで良いよ」

緩やかな声音でシンさんがハイチ嬢に声を掛ける。

「シンさんは何でシンさんなんですか……?」

「んん、んー……これね、サブキャラでね。メインがシンなんだよ~あははは」

ハイチ嬢のご尤もな質問に思わず自分とユーリは噎せそうになる。当の本人はとっても引き攣った笑みを浮かべている。サブキャラ……言い得て妙だが。まぁ似たようなモンか。

「そうなんですね、ええと……サブだとフレンド申請送るのはやめた方が良いですか?」

「え、あ……うーん、そうだなぁちょっと今はフレンド登録出来ないんだけど、けど園芸の話しはしたいから出来れば仲良くして欲しいんだよね……そうだ、白河、ユーリ!代わりにフレンド登録しておいて。ハイチ、話せる時は白河やユーリを通して気軽に呼び出して良いからね。暇だったら直ぐ行くよ」

超、無理矢理な連絡手段へ漕ぎ着けご満悦なシンさんに、何言ってんだコイツと言わんばかりの顔面蒼白なユーリ。

「ほんっっとうに、今回だけですからね!」

渋々と言わんばかりにユーリがハイチ嬢へ申請を投げる姿が、申し訳無いが面白過ぎて笑いを堪えるのに必死になりながら自分も彼女へ申請を投げた。

幾らハッキリと物を言う性格のユーリでもシンさんに、自分でフレンドになれとは言えないだろう。何だかんだシンさんにはお世話になっているので無理も無い。

ハイチ嬢はと言えば突然の急展開に驚き過ぎて大変焦っていらっしゃる。まぁ勇気を出して好きな子に声を掛けたらPT組むわフレンド登録するわで内心えらいこっちゃに違い無い。

「あ、あの、ハイチ・イリノイア。メインヒーラー、園芸士です、ヒーラー以外はあまり得意で無いのでご迷惑お掛けするかもしれませんがよろしくお願いします」

ぺこりと頭を下げる瞬間、着ていたローブがふわりと広がる。その姿が何とも可愛らしい。幾ら自分が色恋沙汰にあまり興味が無いとは言えこういう時は羨ましいなと思ってしまう。

「ライラ・アポカリプス。メインタンクで今はガンシューターのレベリング中だ。タンク以外はよく判らん。あまり有能なタンクじゃないんでね、手間を掛けると思うが落とさないよう頼む。否、本当に。落としそうになったら遠慮なくどうして欲しいか言って良いから」

「ふふ、判りました。有難う御座います、よろしくお願いしますね」

「白河・キンナラ。メインDPSで今は射手士(アルシェ)。その内サジテールになれたら良いなぁぐらいのふわふわ弓使いだけどよろしく」

「……ユーリ・キャディリック。道化師(ジェスター)

ぶっきらぼうに言って除けるユーリに、ハイチ嬢はまた嬉しそうに笑みを浮かべた。本当にそれで良いのか、とも思うがまぁ良いか。

「ええと……自分とユーリは今、8人ダンジョン『マダラス大図書館』へ行く為の装備を集めてる最中なんで適正装備が入手可能なIDだったら何処でも良いんだけど、シンさんとハイチ嬢は行きたい所の希望有ります?」

「んー……そうだな…」

ウィンドウで条件に合うIDを見ながら一同首を捻る。

「『ベベルテ渓谷』以外だったら何処でも良いんだが……、『妖艶の森ヒルダエレガス』でどう?過疎気味のIDだから待機時間無いし、植物系のフィールドだろ、今日はドリュアス族のイリノイア園芸師が居るし3ラック補正入るよ。オレのマイナス補正を考えても今日のメンバーで周回するなら一番好条件だと思う」

「ああ、確かに。自分はダークエルフだしユーリはハイエルフだから自然系フィールド補正も入る筈…」

「シンさんって、ドラゴニュートですよね…?マイナス補正有るんですか?」

きょとんとした顔のハイチ嬢。その気持ち、よく判る。普通、竜人族で銃士だったら2ラック補正と火力補正が入る。一見マイナス補正とは無縁そうだが、シンさんは竜人族ではない。

「オレね、確かに今は人型だけどドラゴニュートじゃなくて龍族、ドラゴンなんだわ。『万物との親愛・友好』持ちだから自然物に対して攻撃するとマイナスラックが入るんだ」

「あ、ああ!」

驚くのも無理は無い。そもそも色々扱い辛いので竜系種族のプレイヤーが少ない上に、ドラゴニュートよりドラゴンを選ぶ人はもっと少ない。加えて、ゲームの仕様上レストエリアや一部の指定エリアでは例えドラゴンでも人型になる(多分物理的な大きさの問題)。なので現状のシンさんの見た目ではドラゴンだと思う人は先ず居ないだろう。後、ドラゴンの人はあんまりレストエリアに居ないせいも有る。好んでドラゴンになってるのに見た目がドラゴンでなくなるからな、まぁ解らなくもない。自分も折角ダークエルフになったのに、レストエリアになる度人間になってたら……ね。

そんな龍族はレベルが上がると龍の試練、というクエストが発生する。らしい。世界観的に、龍はこの世界でかなり上位の生き物、という設定が有る。その為、その力を持つに相応しくなれるよう設けられた試練=クエストが有り、攻略していく過程で様々な称号を得る事が出来る。その中で割と有名な称号が『万物との親愛・友好』という称号だ。人工物への攻撃には攻撃力上昇補正が入り、自然物への攻撃には幸運加減補正が入る。確か、傲慢なる創造を業火で焼き万物への愛を悼む力、とか何かそんな感じの説明文だった筈。

各々が持つ固有の補正値はPTメンバーへも影響するので、敵を倒す為には火力補正は歓迎されるしドロップを狙う時は幸運補正がとても歓迎される。『万物との親愛・友好』はフィールドによっては敵を倒す、攻略、という意味では大歓迎されるが、同じくフィールド次第でドロップ狙いの場合嫌煙される諸刃の剣。

「まぁ今回は三人共精霊系種族だし、オレも単純な火系攻撃力補正は有るし、総合的に見ても『妖艶の森ヒルダエレガス』だったらマイナスラックの影響は全く無くなるよ。後、割と近いから別にID門までワープしなくてもオレが運んであげられるよ、ここからなら1分掛からないと思う」

「す、凄い。私ドラゴンの方と知り合ったの初めてです」

「素敵なお嬢さんの初めて奪っちゃいました」

ニッと悪戯な笑みを浮かべるシンさんを見るに、恐らくハイチ嬢の事をかなり気に入っているらしい。まぁ確かに、感じの良い子ではある。ユーリ目当てでPTに入って来たであろうに取り入る感じも無く誰とでも好意的に話すし何よりユーリの冷たい態度にしょげながらも基本笑顔を保っている。後、シンさんは採取(コレクト)が大好きだから、園芸士というのもかなり影響していると思う。

基本ユーリを好きな女の子はユーリの周囲へ対して無視かゴマ摺りの二択だ。正直、ユーリを好きになって行動に出るタイプの女の子は言い方が悪いが質の悪いタイプが多い。ハイチ嬢みたいに控えめでふわっとしたタイプの子は行動に出れないまま終わる事の方が多いだろう。とは言え、普段寄ってくるタイプの女の子達がそういった類の子達ばかりだから、ハイチ嬢と絡むのはユーリにとって悪く無いのかもしれない。この二人が恋人になれるか否かは別として、もし仲良くなれたらユーリの対人スキルも上がるだろうし、いやいや、今以上にモテてる未来しか想像出来ないな。

「地味にワープ代嵩むから助かります」

「解る。あんまり考え無しに一日中ワープしまくって財布すっからかんになったからな」

うんうん、と頷くシンさん。

この世界では、一度でも行った事が有るエリアなら何処へでもワープする事が出来る。フィールド上の主に村や町なんかが多いがレストエリアだったりID前だったりに交感石と呼ばれる大きな水晶が設置されていて、各交感石と自身の「交感」を行うと次回移行いつでも交感した交感石の元へワープ出来るようになる。但し、ホームポイントに設定した交感石以外へ飛ぼうと思うとゲーム内通貨だが有料となる為、少額とは言え繰り返し使うと地味に財布の残高を蝕む。因みに、ID前の交感石はホームポイントに指定出来ないのでID門までは最寄りの交感石から向かうのが一般的だ。

ID攻略する為には門から入る必要が有るんだが、人気IDなんかは人が多すぎて鯖落ちしないように待機時間(順番待ち)が発生したりする。今日みたいに、兎に角適正装備が欲しい!って場合は欲しい装備が出るまで過疎IDを周回するのが望ましい。まぁ、人気装備が欲しい、人気装備で揃えたい!って場合は順番待ちしてでも希望するIDへ行くしかないが…今回欲しいのは見た目に拘り無いし、最早適正装備だったら何でも良い。

「んじゃ、各自準備して5分後に西門集合で良いか?」

「あ、悪い。自分、装備の修繕してから行きたい、10分後でも良いか?」

「了解、じゃぁ全員10分後に西門で」

「は、はいっ」

パッと各々この場を離れて目的を果たしに行く。自分は前回の探索後に装備修繕しないまま寝てしまったので壊れる前に修繕しなくてはならない。装備には耐久度が有り、同じ装備を繰り返し使うと耐久度がどんどん減って行き、壊れてしまう。装備が壊れると、装備による補正が0になる為、防御力や攻撃力が一気に下がる。所謂、紙耐久も良い所だ。そうならない為に、装備は修繕する必要が有る。製作(クラフト)レベルが適正の場合、自分で修繕する事も出来るが、自分みたいに製作(クラフト)レベルが育って無ければレストエリア内の修理屋で修繕して貰うしかない。ちゃりちゃりーん。こうして今日も財布が蝕まれた。尤も、直接攻撃を受ける事が少ないからDPSが装備を修繕するスピードはかなり遅い。これがタンクだと二回に一回は修繕になったりするらしいから怖いよな。財布が泣いちゃう。

諸々済ませて西門から出ると、気怠げに横たわる大きな龍が一頭。シンさんだ。

「お待たせ、と……ユーリは?」

「さっき誰かに話し掛けられてたからもう少ししたら来ると思うぞ」

「お待たせしました、わぁ本当にドラゴンだ!シンさん凄く格好良いですね……!」

興奮気味にシンさんのドラゴン姿へ感動を示すハイチ嬢。シンさんもご満悦だ。

「あ、あのこれ……今作って来たので良かったらどうぞ」

そう言ってハイチ嬢が差し出してくれたのは料理だ。食べる事で補正が入るお役立ちアイテム。製作(クラフト)の一つ、調理師で作れる。IDで使える物を作る為には各ID相応のレベルが必要になる。

「白河さんは弓と仰っていたので命中率と致命率が上がるように…後、申し訳程度ですが幸運も少しだけ……あの、本当に申し訳程度なんで意味無いかもですが」

「いやいやいや、全然!命中率と致命率が上がるのは助かるよ!え、本当に貰って良いの?有難う」

「一緒に遊んで頂けるお礼に……その、多分ですけど、白河さんもシンさんも大人の方ですよね。私みたいに、ユーリ君目当ての女子って凄く面倒だろうなって思うんですけど、その、……何時も楽しそうにしてるのが凄く羨ましくて。ユーリ君、大人の人とも普通に交流してるし、皆さんこの世界を謳歌してて、そこに加えて貰えたのがとっても嬉しいんです。だから、有難う御座います」

とびきりの笑顔を向けられて、あまりの眩しさに自分は浄化されそう。え、何この子めっちゃ良い子……!

「ああ、じゃぁやっぱりハイチは十代なんだ。妹みたいで可愛いなと思ったんだよね」

「あ、有難う御座います。シンさんにはこれを……ドラゴンなので私の料理じゃ補正も有って無いようなものですが、ガンシューターとお聞きしたので経験値と防御が上がるように」

「有難う、口に放っておくれ」

がばっと大きな口にハイチ嬢がそっと料理を入れる。大きなドラゴンの口に料理を運ぶ少女。絵ヅラが酷いな、今にも少女がドラゴンに食われそう。

「自分も、いただきます」

がぶ、と料理に齧り付く。ゲーム内で料理の味が堪能出来るのもMMならではだ。リアルの記憶に基づいて味が再現されるらしい。その為、リアルでの好き嫌いが割と如実に反映される。

「野菜多めのクラブサンドみたいだ、凄く美味しいよ」

「有難う御座います……、その、私園芸師が好きなんでどうしても野菜中心のメニューになっちゃって」

「そっか、自分で育てた野菜を使う為に調理もやってるんだ」

「そ、そうなんです……!折角作った野菜、自分でも使いたくって調理師始めたんです」

シンさんの指摘にハイチ嬢は嬉しそうに表情を明るくして大きく頷く。

「遅れて悪い。お待たせ……って、なんだかえらい仲良くなってるな」

ご機嫌取りを警戒したのか僅かに身構えるユーリに苦笑しつつ、まぁまぁと彼の肩を叩く。

「今ハイチ嬢に料理を貰ってた所だよ」

「……ふーん」

「あの、ユーリ君も良ければどうぞ……御免ね、道化師って何を上げたら良いか解らなかったから幸運と俊敏の補正ぐらいしか上がらないんだけど……」

「……ん、料理に罪は無いし今日は貰っておく。けど、俺が貰って食べた事、周りに言ったりするなよ。……一応、有難うな」

「……!うん!」

うわぁ、甘酸っぱい……!

ハイチ嬢への当たりはキツイがユーリも根は良い奴だ。あまりあれこれ外野が言わずとも、ハイチ嬢が良い子だって事は自力で気付けるだろう。と言うか、こういうのは外野があれこれ言わない方が返って上手く行くもんだ。

「さて、じゃぁ男所帯から脱却し一名のヒロインを迎えた所で我々も出発しましょうか……って事で、シンさんお願いしても良いですか?」

「おーけー、背中に乗りな」

一応フィールドを移動する際は徒歩か騎獣なんかで移動するのが一般的だが、陸上の場合移動速度は種族補正があって海洋種<有翼種<爬虫両生種<精霊種<人間種<獣人<機械種<竜系種の順で速い。騎獣を使う場合は騎獣によって移動速度が二倍~五倍になる。この移動速度はフィールドが何に指定されているかによる為、例え空を飛んでもフィールドが陸上フィールドであれば騎獣で空を飛んで移動したとしても補正の影響を受ける。因みに、ドラゴンは移動速度最速の為、もし騎乗した場合は移動速度が遅くなる。まぁ、移動速度が五倍の騎獣って全部プレイヤーと友好を交わした竜だからな。ドラゴンがドラゴン姿で乗ってる所なんて見た事無い。

「陸上フィールドじゃ、地龍には敵わないが飛龍特急、特とご覧あれ!」

三人がシンさんの背中へ乗り込むと、ばさりと大きな翼が広がる。そして次の瞬間大きく飛翔した。

「す、凄い!ユーリ君見て、王都があんなに小さい!」

どうやら飛龍に乗ったのは初めてらしいハイチ嬢が興奮を隠せずにユーリのマントを掴んで軽く揺すっている。

「当たり前だろ、あのな、言っておくけどな、シンさんを騎獣扱いなんて早々出来る事じゃないんだからな」

「ハイチなら何時でも乗せたげるから気軽に呼び出して良いよ~」

「シンさん!」

ユーリの言ってる事はご尤もだ。プレイヤーがプレイヤーを運ぶのは運んでくれる人の好意に他ならない。普通はそうひょいひょいと乗せて貰えるようなもんじゃない。因みに、この世界でドラゴンはとても高貴な生き物なので友好を交わして騎獣に出来てるプレイヤーはそう多く無いだろう。多分。

尤も、ハイチ嬢の性格から考えて幾らシンさんが構わないと言ったところで呼びつけてタクシー代わりにするような事は無いだろう。

「こんなに早く飛んでるのに、背中から落ちないし、舌を噛んだりしないんですね」

「んー、シンさんはプレイヤーだし騎獣では無いんだけど、一応誰かを乗せる時は騎獣扱いになるみたいでね。シンさんが許した相手は友好を交わした事になるみたい。だから今乗ってる自分達はシンさん(ドラゴン)の加護を受けてるから大きな空気抵抗や重力抵抗を受けないらしいよ」

「そうなんですね、私まだドラゴンの騎獣どころか普通の騎獣すら集められてないんで全然知りませんでした」

「騎獣の加護があれば、走行中騎獣のHPに致命的影響が無い限りは騎乗者が落ちる事は無いよ、こんな風にね」

言うが早いかシンさんがひょいと宙返りする。

「!!!!」

「シンさん!!」

ユーリの声が大きく響く。これはシンさんが悪い。絶対に落ちないのは解っている自分やユーリですら肝が冷えるのに、初体験のハイチ嬢は声にならない悲鳴を上げてカチコチに固まってる。可哀想に余程驚いたんだろうな、ユーリだけでなく自分のマントも揃ってしっかり抱き込まれている。

「あはは、御免御免。まぁこんな感じでちゃんと加護が有るからどんなアクロバット飛行しても落ないんだよ」

「…………す、凄い……」

ハイチ嬢が絞り出したカスッカスの声はそれがやっとだった。

「まぁその代わりに、誰かを乗せてる最中はブレスかクロウぐらいしか攻撃出来ないんだけどね。ほら、着いたよ」

森の入口に聳え立つ門。その目の前に大きな地響きを立ててシンさんは降り立つ。それを合図に一同が背中から降りればシンさんはまた人型に姿を変えた。

「ドラゴンはバトルの時も人型なんですか?」

「どっちでも出来るよ、けど今日はみんな小さいしオレがドラゴンのままだと視界塞いで結構邪魔だよ。強さに代わりは無いし、取り敢えず人型の方が良いんじゃないかな」

「成程……」

因みに、エルフやドリュアスは人間種より長身に設定出来るので一般的に決して小さくは無い。ただただドラゴンがデカイだけだ。こういう他プレイヤーの視界不良な点も竜系種族のプレイヤーが少ない理由の一つでもある。ドラゴンは言うまでも無く、ドラゴニュートも割とデカいのでダークエルフの自分から見ると視界は狭い。

「見事に誰も居ないな……俺達以外、二組しか此処周回してねぇ」

ユーリがIDの入出ログを確認しながら同じくログに自分達PTメンバーを記名していく。

「完了、何時でも開門出来るぜ。シンさんのタイミングでお願いします」

「オーライ、待った、スタンス無くした……ええと」

いざ、と意気込むその時ドタバタするのは如何にもシンさんらしい。タンクジョブには攻撃スタンスと防御スタンスが有り、タンクは各自それを自身で切り替える。どのタンクジョブにも存在する為、複数のジョブを扱うプレイヤーは時たまスタンススイッチを見失う。特に、シンさんはガンシューターがメインジョブじゃないから他のタンクを触った後だと見失っている事が多い。

戦う際、敵はプレイヤーにヘイトを向ける。このヘイトが高い順に敵は攻撃してくる。その為タンクは敵からのヘイトを一身に集め、常に自身のヘイトを一番高く保ち、自身が攻撃を受ける事で仲間に攻撃が及ばないよう立ち回る。この時、防御スタンスにしておくと、攻撃力は下がるが代わりに防御力を高めヘイトが跳ね上がる。攻撃スタンスだと逆になる。例えばボス戦なんかで火力が欲しいような場合はこっちに切り替えたりなんて事もあるが、基本4mcPTでのタンクは防御スタンスだ。偶にスタンスを入れ忘れていてヘイトが防御力の低いタイプのDPSやヒーラーの阿鼻叫喚が生まれる事も有る。だからタンクはヘイト管理が重要になってくる。

ヘイトというのは強い攻撃や、仲間を回復させる等と敵が嫌がる行為に溜まっていくものなので、以前は火力の高いDPSや回復を頻繁に行うヒーラーへ飛ぶ事も少なくなかったんだが、アップデート毎に改善され、最近ではタンクがスタンスさえ行使してくれていれば滅多な事ではハゲる事も無くなった。

恐らくヘイト管理が大変過ぎてタンクをやりたがるユーザーが極端に少なかった為と思われる。同じ理由でヒーラーにも改善点が多々見受けられる。

「よし、防御スタンス完璧。行くぞ!!」

「おー!」

シンさんの掛け声と共に意気揚々と開門しダンジョンへと走り込む。

基本的にPTはタンクを戦闘にダンジョン内を駆ける。大抵は進行方向に敵が居り、敵は一番近い相手、もしくは一番最初に攻撃した相手へ牙を剥く。この為、タンクより先行すると敵の標的になりやすい。タンクは自分が敵に対して攻撃するタイミングや順序を計っている場合が多いのでこの時DPSが先行して先にヘイトを奪う行為をとても嫌う。先釣り、等と呼ばれたりする。

タンクが嫌うのも物凄く解るが、戦闘でテンション上がったDPSがうっかり先釣りしてしまう気持ちも解るので何とも何とも。まぁ、タンクとしては自分が想定していない敵の攻撃が仲間を襲うんだからそりゃ嫌だよな。その時の状況にもよるが、うっかり仲間が奪ってしまったヘイトをタンクが取り替えそうにもタンクは自分から助けに行けない場合が多々有る。

例えば、今のPTだとシンさんが攻撃、自分とユーリが攻撃、ハイチ嬢がデバフや回復、を繰り返す流れになるんだが、タンクは攻撃して後ろへ回り込む事で敵を自身の方に向かせDPSが攻撃しやすくする。遠距離魔法系だとあまり気にしなくても良いが、大抵は敵の後ろから攻撃した方がクリティカル率が上がったり、何より安全だからだ。つまり、進行方向順に、シンさん→敵→自分とユーリ→ハイチ嬢(ヒーラーは敵の攻撃を被弾しない安全地帯に居るのが望ましい)である事が多い。で、仮に自分がミスってシンさんより先に敵のヘイトを持ってしまった場合、自分への攻撃がユーリやハイチ嬢に被弾してしまう。で、自分の防御力はそんなに高くない。というか、タンクが守ってくれるのが前提ってのもあるんだろうけど全体的にDPSの防御力なんてそんなに高くない。甲冑を着るようなDPSならまだマシな方かもしれないが……。そんな耐久の低い自分が攻撃を受け焦って逃げた場合、基本的にシンさんの回復をしながらバフやデバフを炊いて、時折HPの減っているDPSを回復するといったサイクルを回していれば良い筈のハイチ嬢は、どんどん減っていく自分へ回復を飛ばさなければならなくなるし(これをするとタンクを落とす可能性が有るのでやむを得ず見捨てるヒーラーも居る)、ユーリが自分を助けようとして同じ敵を攻撃した場合はヘイトが今度はユーリに移ってしまったり、更にはハイチ嬢の回復が追いつかないなんて事にも。もしくは自分が慌てて逃げたとする、それを助けようとしてシンさんが動くと「シンさん→敵→自分とユーリ→ハイチ嬢」の順が崩れるので敵の向きが代わりPT全体が被弾する惨事になりかねない。こういう場合タンクは助けに行けないものだ(動くとPTが全滅の可能性大)。シンさんに助けを求められないが自分がヘイトを持ったままだと確実に死ぬ、さてどうしたら良いかと言えば……奪ったヘイトはタンクへ返す!タンクが動けない以上、自分でシンさんに近づくよりない。そうすればシンさんがヘイトを回収してくれるという寸法。焦ったりパニクってタンクから離れがちだけどこういう時はタンクに近付いた方が命拾い出来るもんだ。

まぁ自分、DPSとは言え後衛だから余程先走って攻撃しない限り先釣りしたりはしないんだけどな。ただ、ユーリみたいな近接DPSだとスキル開始のタイミングを間違えるだとかそれこそテンション上がり過ぎたりだとかで先釣りしやすいポジションに居るから注意は必要かもしれない。

尤も、ユーリは優秀なので滅多な事で先釣りしたりはしないんだけどさ。偶に足元が凍ってる場所なんかで滑って先釣りしてしまうのは仕方無い。自分もやる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ