第八話 逆ギレ
ゲーム世界三日目の朝。朝食は15ゴールドの一角兎の照り焼きを包んだパンだ。
久しぶりの肉に全員のテンションが上がった。プリプリとしていて肉汁が溢れ出して美味い。あっという間に食いつくしてしまった。
一角兎の素材が100ゴールドもする理由がよくわかった。むしろもっと高いウルフの味が気になる。犬なら食べる気にならないけど狼なら不思議と忌避感がない。
「一角兎の角が30ゴールドで、肉が70ゴールドだったな。稼ぎが変わんないなら一角兎を狩って食わねえ?」
「いや、一角兎は大ネズミほどの数はいないし特技の脱兎は逃げるだけならウルフより早い。稼ぎは間違いなく落ちる」
「意外と一角兎って大きいのな。七等分にされてるはずなのにハンバーガーくらいはあったぞ」
「それよりパンと合わせると朝食の値段ってほぼ原価じゃないか?」
「そうだぞ。宿泊費で元を取ったり客から獲物をお裾分けしてもらってギリギリで運営してくれてる」
「駆け出し冒険者の支援の役割が大きいって。冒険者ギルドから助成金を貰って何とかやってるとか」
「だから飯を外で食うと割高になるから気を付けろ」
「個室の値段が50ゴールド、二食で50ゴールド。これが普通の住民の生活費だ」
「やっべえ。稼ぎがほぼなくなる」
「ずっと雑魚寝をして初心者の宿のお世話になってると悪い意味で目を付けられるからな」
「いや、プレイヤーの時点で目は付けられてるぞ。先輩プレイヤーが滅茶苦茶やったから」
「貴族になったプレイヤーがいなかったら初心者狩りくらいはあっても不思議じゃないんだよな」
「魔女狩りならぬプレイヤー狩りな。他のゲーム世界じゃあったからダンストの先輩に感謝」
「素直に感謝するには欲望を満喫し過ぎてるんだよなぁ」
「地球じゃないからセーフ」
「ゲーム世界の成功者って日本でいうヴィランの別名だよな」
様子を見る限り普段通りに思える。実は裏でギスギスしだしているのか?
学校でも別に普通にクラスメイトは仲良しに見えてたんだよな。クラスカーストとかネット以外で聞いたことないぞ。
面倒くさくてスマホのライン交換とかも参加しなかったからハブられていただけかもしれんが。でも、それも俺だけじゃないんだよな。
人付き合いより趣味に生きたいと交友関係を結ばない奴は一定数はいるのだ。虐められるかは時と場合による。
そのまま流れるようにダンジョン探索に入って大ネズミとやりあう。もうここからは忙しすぎて考える時間もない。
「ギギャァッ」
飛び掛かってくる一匹の脳天に木刀を叩き込むと足を別の大ネズミに噛まれているから反対の足で蹴り飛ばす。
地面に倒れた大ネズミは既に袋にされて死んでいるので薬草を飲み込みながら更に前へ出る。左右から躍りかかってくる大ネズミに腕を好きに噛ませて前方の大ネズミに叩きつける。
いちいち痛くて鬱陶しいが攻撃力がそこまでないのでHPは見た目ほど減っていない。少なくともHPが二桁は残るように注意しながら動き回れば死なない。
冒険者ギルドで教わった大ネズミに殺されるパターンは引きずり倒されて大群に群がられることだ。少なくとも数で同数以上で向かっていればその危険は低い。
最初はおっかなびっくりで大勢で包囲しながら木刀でぼこぼこにしていたが、痛みを我慢さえすれば攻撃を神経質に避ける必要さえ低いとわかってからは簡単に殺せるようになった。
喧嘩もそうだけど、不意にやられたら怯むけど実際はそこまで痛くないって経験はないだろうか。
犬に噛まれたりタンスに足の小指をぶつけるよりも机をグーで殴る方が遥かに痛くないってことはわかってもらえると思う。
「薬草です!」
「ありがと」
一時的に大ネズミがいなくなると補給がすぐさま来る。薬草を渡しに来た三人くらいのメンバーがパパっと仕事をこなすと大ネズミを出来るだけ担いで引き返す。
戦闘班も持ち運べるように大ネズミを後方へと運んでおく。ノロノロしてたら次の襲撃が始まるからだ。ここら辺はもう慣れたもんだ。
こんなことを現実でやってたら確実に病気になるが、その不安もない。軽い風邪くらいなら薬草でも治るし、大ネズミは死後に病毒を出し始めるからだ。
おそらく状態異常攻撃を持ってないのに肉は食えないとかいう大ネズミのシステム的なデータが現実的に解釈されたのだろうと予測されてる。
「次の襲撃が来るぞ!」
「うっし、やるか」
「毛皮を腕に巻いてもHP減少が抑えられないんだよなぁ」
「痛みは気持ち減るような気がする」
愚痴をこぼしながら大ネズミと再び戦闘に入る。一回、目を引っかかれて大惨事かと大騒ぎになったが薬草で治った。
程度の低い部位欠損くらいなら単なる状態異常扱いらしい。時間経過で治る。
さすがは上位プレイヤーおススメの初心者推奨ゲーム世界。他のゲーム世界で下手に設定が細かいと現実にまで影響するところだった。
「荷物が一杯になったんで、次の群れが来る前に撤退してください」
「うわ、足元のこいつらは狩り損か。もったいねえ」
「経験値にはなったんだ。無駄じゃないさ」
「今は金が欲しい」
「一時間くらいしかダンジョンに潜ってないしな。もう一回、売ったら狩りに来るか?」
「さすがに、それはちょっと」
HPは回復しても気力は持たなかったらしいプレイヤーに再探索は反対された。まあ、油断して犠牲者が出るよりいいか。
まだゲーム世界にログインして死者を見たことがないってのは幸運なことだろうしな。
中島充希(1/8)ステータス
『Dungeon History』
・レベル6 ・職業なし
HP23/30 MP20/25 攻撃15(10+5) 防御13(10+3)
筋力15 体力13 素早さ10 器用7 精神9 知識12
・呪文なし ・特技なし
・技能『採取』『察知』『解体』
・装備『木の棒(攻+5)』『冒険者の服(防+3)』
レベルが1上がって精神が上昇してるな。MPも上がっている。
一月どころか一週間で10レベルは越せるんじゃないだろうか。職業に就けるようになったらもっと数をこなせるようになってアイテムボックスで持ち運びも出来るな。
そうなると安全な場所で解体も出来るようになるんだが。説得できるか、これ。
いや、3レベル相当の大ネズミが相手だしレベルアップのスピードは鈍るか。でも鈍ったら鈍ったで生産職のレベル上げが更に面倒くさくなるんだが。
これからもパーティを組んでく前提じゃないと付き合ってはくれんな。
「おい馬鹿、止めろ。ダンジョンで喧嘩すんな!」
「うっせーな。護衛をしてやってるのに役立たず扱いしやがって!」
「何が護衛だよ。大ネズミが来たら真っ先に逃げるくせに」
「ハァァッ!?」
大ネズミを解体してた場所まで帰り着くと騒動が起きていた。まあ、内容から原因は何となくわかる。
「いいからダンジョンを出てから話そうぜ。もたもたしてたら大ネズミが来る」
「あんな雑魚モンスターが来たから何だってんだよ!」
「じゃあ、お前が倒せよ」
「HPも俺らと違って30はあるんだろう」
「自分じゃ戦闘も出来ないカスがっ!」
「戦闘を出来るくせにやらないチキンよりマシなんだよ」
「お前らもHPを言い訳にしてるだけで戦うのが怖いだけだろうが!」
どんどんと言い合いがヒートアップしていく。件の何もしない奴って戦士ビルドなのかよ。
もしかして採取も解体もしないのは知識と器用パラメータが低くて馬鹿にされるのが嫌だったとか、そんなオチか?
しかも護衛と称して戦闘班の立場に立っているつもりだから、解体・採取班vs戦闘班みたいな構図にしようとしてる。最悪だ。
「ああ、もう面倒くさい。とりあえずお前は脱出が遅れたせいで来た大ネズミ戦に参加しろ」
「何でお前に命令されなきゃいけないんだよ!」
「お、そうだな。なぁ大ネズミ戦にこいつも参加させたいんだけど、いいか?」
「OK」
「いいよ。どっちにしろ戦わなきゃならんし」
「ふっざけんなよ!!」
戦闘班のつもりならばと大ネズミ戦に参加させようと声をかける。
駄々をこねて来たが周囲の戦闘班プレイヤーも賛同すると、いよいよ追い詰められてきたのか髪を掻きむしって取り乱し始めた。
そこまで大ネズミと戦うのが怖いのかね。ちょっと引っかかれたり噛まれたりするくらいで、見かけは大型犬くらいだが力は小型犬並みなんだが。
ああ、今日の戦闘で俺が目を抉られたせいかも。すまんな。
急にやられたせいで恐怖よりも驚きの方が強かったんだが、周囲はそれからしばらく目に見えて動きが悪くなってたからな。
確かにソロだとウルフのように痛みにうめいていた間に死んでたかもしれんが。
後遺症もなく薬草を食うだけで何もなかったように回復したから俺自身はむしろ安心して戦闘できるようになったんだけどなぁ。
「ああ、もういい。付き合ってられるか」
それまで怒鳴っていたのが嘘のように急にテンションが下がると、ステータスウィンドウを表示させたのか空中に指を動かす。
無言のまま光に包まれ粒子となってこの世界からログアウトしていった。名前も碌に知らないままだったな。
「大ネズミが集まるまで騒ぐだけ騒いでログアウトしやがった」
「MPKだろ、こんなん」
「いや大ネズミ程度で良かったんじゃね? もっと危険な場所でやられなくて良かった」
「高レベルプレイヤーに喧嘩を売ったりする前にログアウトしてくれたと考えれば」
「それ現実に帰ってもヤバい件」
「むしろログアウトすらさせてくれないかも」
「先輩プレイヤーへの風評被害が酷いんだが」
「ハーレムなんて作る奴の世間体なんて誤差よ誤差」
笑いながら大ネズミの群れに立ち向かう戦闘班プレイヤー。もう大ネズミは慣れたもんだし、和気藹々としている。
思ってたよりも解体班と採取班へのヘイトはないな。
日本人的な助け合い精神でも発揮されているんだろうか。それか戦闘できるプレイヤーが実は希少かもしれないという優越感か。
金銭問題は個人同士のやり取りだと問題が大きくなりやすいけど、集団だとむしろ問題になりにくい。周り全員が貧乏に苦しんでいると連帯感が生まれるというか。
給金が同じだとサボろうとするのが海外のスタンダードだというけど、日本だと勤労で周りに奉仕してやってると誇りになったりするんだよな。
システム的な理由で戦えず苦境に喘ぐ同類を強い自分達が金も要求せずに助けてやる。
なるほど、妙に自尊心をくすぐるものがある。それで後になって解体班が武器を作り始めて、採取班が魔法なりを使い始めると。
使えないと判断されたプレイヤーを自分達は見捨てずにいたおかげで、他のパーティよりも活躍し始める。
今更、慌ててパーティに誘おうとしても遅いんだよ。ざまあ!
ラノベあるあるだな。
思った通り大ネズミを倒した後の帰りにステータスによる戦えないプレイヤーの説明と、生産職の存在、魔法職志望者の存在を説明しても受け入れられた。
高校生くらいの年齢だと視野が狭くクラスで虐めがあったりして団結は難しいと思われるかもしれないけど、部活で全国に行ったりと予想以上の集団が生まれることもある。
ゲーム世界に来てつまらない現実から抜け出してファンタジーな人生を歩む。
その目的は団結するには十分すぎた。