第七話 談合
ホラーを見た後のような沈黙が場を覆って自然と解散することになった。
一部は店じまいする前に外へ買い物に出かけるらしい。宿泊費諸々を引いても今日だけで70ゴールドは利益が出てるからな。
自分も冒険者の服を着替えにもう一枚、買っておいた。これで残金55ゴールドか。ギリギリで生きてるな。
戦闘や採取以外にも金稼ぎの手段が手に入ったらいいんだが、自分の器用だと生産活動はな。
それによく見たら冒険者の服って大ネズミの毛皮で出来てるが、大ネズミの毛皮で作られたはずの靴は防御力に反映されてない。この違いはなんだ?
「なあ、えっと佐藤だっけ? 大ネズミの毛皮で靴や袋を作ったのお前だったよな?」
「佐渡だよ。中島って本当に人の名前、憶えないよな」
「まだ一日一緒にいただけで憶えられねえよ。一年以上、傍にいたクラスメイトの名前も知らないんだぜ?」
「自慢するようなことか。で、何だ」
実は名前だけじゃなくて容姿も微妙に憶えてない。似たようなモブに見える。印象的な顔立ちとか特徴的な奴とかなら、辛うじて判別できるんだが。
会話もその場のノリで乗り切ってる。正直なところコミュ障で会話するのが苦痛なんだよな。ラノベとかなら一発で名前も姿も憶えられるのに。
「いや冒険者の服って大ネズミが材料っぽいんだが、同じ大ネズミで作った靴の防御力が加算されてないから、何でかなって」
「あー、やっぱ職業についてないから必要な特技か技能がないんだろうな」
「ダンストのゲームじゃ生産職なんてないぞ。ネットに上がった情報でも見てない」
「現地人に聞いたけど、対応する生産職はあるぞ。戦闘ではなくて生産活動で上げたレベルが一定以上ないといけないらしい」
「マジか。え、なんでネットに記載されないんだ?」
生産職とかゲームなら必須の職業だろ。ダンストの攻略に大きな影響を与えるのは間違いない。
「ネット情報を鵜呑みにしない方がいいぞ。何度かそれらしき情報は上がったけど、ゲーム情報と混濁されて誤情報と見なされたり、意図的に隠蔽しようとしたりされてる」
「それは知ってるけど、上位プレイヤーが攻略に差しさわりのある情報は訂正していってるはずだ」
「上位プレイヤーを信頼しすぎなんだよ。それに十年も冒険した後に情報が書き込まれているんだ、抜けがあって当たり前だろ」
個人情報だけでなくゲーム世界の重要情報を上位プレイヤーが意図的に隠している?
いや、それはない。生産職があるかないかなんてすぐわかるような情報を隠しても意味はないし、比べ物にならないくらいの情報が上位プレイヤーからはもたらされている。
それなのに生産職の情報が来てないのを見ると、攻略にさして影響のない情報と見なされたってことか。現地人の生産職はいるわけだしな。
影響あるに決まってんだろ。現地人の装備は高いんだよ。仲間内に生産職がいるかどうかは生死に直結するぞ。
強すぎて資金も豊富だから上位プレイヤーに資金難で死んでいく底辺プレイヤーは目に入っていないのか。運が悪かったで片付けているのかもしれない。
なるほど上位プレイヤーを信頼しすぎ、か。
「それにダンストの攻略ってラスボスは魔王なわけだろ。他のゲームと違って魔王って単なる国家元首じゃねえか。上位プレイヤーもダンストの攻略は別に目指してないんじゃねえの?」
目から鱗が落ちた。他のゲーム世界じゃラスボスを倒さないと世界が滅びるからと上位プレイヤーが声を上げて戦力を募っているところもある。
でも、ダンストで魔王を意図して倒そうとした上位プレイヤーの話は聞いたことがない。むしろダンジョン災害で魔王が下克上をされたことすらある。
個人情報を隠されているせいか、上位プレイヤーを一緒くたにしてしまっていたかもしれない。相手はあくまで個人なのだ。
「そうか、ありがとう。目から鱗が落ちた」
「おう。恩に思うなら俺も生産職になるべく修行をするから、戦闘では守ってくれ。HPが低すぎて大ネズミともロクに戦えない」
話を聞いてみると、なんとHPが15しかないらしい。
HPは筋力と体力の合計値を5単位で繰り上げていく。MP以外のパラメータが繰り下げなのを考えると、数値が大きくなりやすい。
それなのに15しかないってことは筋力と体力の合計が11以上15以下。攻撃力と防御力も相応に低いはずだ。
なるほど、生産職を知っていたのは戦闘は無理だと判断して足掻いていたのか。
ゲームならセーブを利用してどんなステータスだろうとレベル上げは可能だったけど、現実になると途端に無理ゲーになるな。
戦闘型ビルドだった自分は恵まれていたのか。ゲーム世界に来てすぐにログアウトするプレイヤーってのは最初から詰んでいたのかもしれない。
「昨日のダンジョンで戦わなくてもレベル自体は上がっているから危険を乗り越えればレベルアップは可能だ。生産じゃ一日でレベルアップは無理だからな」
「戦闘に貢献してたわけじゃないからパーティ経験値は貰えてないんだよな? クエスト経験値みたいなのがあるのか」
「10レベルはないと生産職だろうと職業は得られないからな。この世界で暮らしてる現地人と違ってプレイヤーの生産職が少ないのも仕方ないさ」
なるほど、生産職だと最初の関門を乗り越えられなくて、戦闘職だと戦闘で得られる経験値が多すぎて生産職になれないのか。
戦闘と生産、片方の職業しか得られず生産職になるには危険が大きい。しかも生産職はダンスト以外にもたくさんあるから無理する必要もない。
確かにこれは知らなくても問題のない知識なのかもしれない。個人としては。集団としては真逆の評価になるだろうが。
「便宜上クエスト経験値と呼ぶが、これは戦闘経験値と生産経験値のどちらにも適用できる」
「その根拠は?」
「現地人の冒険者パーティが生産職を育てる為に非戦闘員を冒険に連れていくことがあるらしい」
「荷物持ちとか奴隷とかの可能性はないのか?」
「いや、荷物持ちや奴隷だ。でもアイテムボックスを使えるようになっても引き連れていくパーティはあって、そこの非戦闘員は」
「生産職を獲得してるのか」
「ああ。職業練度はともかくレベルがあった方が生産職だろうと有利になるからな」
生産職は武器の値段を見てもわかるように成長すればするほど稼げる職業だ。
それは戦闘職だろうと同じだけど、レベルが上がっても戦闘できないだろう生産職が自分から冒険についていくとは思えない。決まりかな。
「OK、わかった。出来る限りフォローするようにする」
「助かる。戦闘に加担してないのに稼ぎを等分することに不満を持った奴らもいたみたいだから不安だったんだ」
「マジでか」
「実際に怖じ気づいて何もしない奴もいるから、仕方ないんだけどな」
気付かなかった。戦闘に参加してない奴がいたことも、それに不満を持った奴らがいたことも。
稼ぎが少ないから狩場を早く移動したいと言った時に窘められたのも、それが原因だったのか?
男子校的なノリだなと気楽に考えてた俺は馬鹿か。既に不和の芽が出てるじゃないか。
「中島は戦闘で活躍したトップグループだからな。スクールカーストで上位の人間が底辺の人間に目がいかないのは自然なことだ」
「俺はスクールカーストで底辺のオタクに過ぎないんだが」
「今まではな」
うわっ面倒くせえ。そういうのが嫌でラノベを読んでクラスでは空気になってたのに。
なんで人間はすぐに順位付けなんてし始めるのか。それって上位の人間だって絶対、居心地よくないだろ。
「面白い話をしているな」
「えっと確か、あー岩崎?」
「伊藤だ」
「俺と同じように戦闘に参加できなかったグループだよ」
「薬草の採取はしてたからな。本当に何も貢献しなかった奴と一緒にするなよ」
「もっと小声で話せ。そこらへんの話は火種になる」
佐渡の知り合いなのか伊藤が話に加わってきた。一日しか経ってないのにもうグループが出来始めているのか。この取り残された感じ学校でもあったな。
薬草の採取を主軸にしてたってことは知識型のビルドか。察知・解体が器用に依存するように採取は知識パラメータに依存する。
「俺もHPが15で大ネズミ戦は厳しい。ただ生産職ではなくて戦闘職になるつもりでいる」
「正確には魔法職だな。伊藤は精神と知識が高いステータスをしているらしい」
「MPは35だ。魔法さえ使えれば活躍できるはずだ」
高いな。精神と知識のパラメータ合計が31から35もあるのか。俺が戦士よりのビルドでHP30なのを考えると純魔法使いビルドか。
でも魔法職になるには高い壁がある。ゲームだったダンストで魔法職がマゾ御用達の地雷職と言われたのは伊達じゃない。
「レベル10になって魔法職となった後に最低でも3千ゴールドはする呪文書を手に入れる。習得は知識パラメータが一定以上必要で失敗したら呪文書は消失する。え、現実でやる気なの?」
「呪文書毎に必要な知識パラメータは覚えている。呪文習得に失敗することはない」
「でもレベルアップで上がるステータスはランダムなんだぞ?」
「それはゲームの話だ。意識的にステータスを上げる方法は簡単だ、対応する行動を取ればいい。採取とかな」
確かにその通りだ。でも茨の道だぞ、それは。
戦士職の特技に必要な秘伝書も習得するには知識パラメータが必要だけれど、そこまで高くはない。これは職業についても知識に職業補正のプラスが付かないからだ。
逆に魔法職は知識に職業補正があるから呪文書は高度な知識を要求されるバランスになっている。レベル10では厳しいほどの。
そもそも特技に呪文は職業についてすぐに習得するものじゃない。もっと高レベルになってからの要素だ。戦士なら習得できなくても活躍できるが魔法使いはそうじゃない。
だからこその地雷職。マゾ御用達。
「ダンストは一人用ゲームだったからな。魔法職は苦行でしかなかったが、現実になったダンストはオンラインゲームみたいなもんだ。そう悲観するほど難しくはないはずだ」
「実際、ダンスト世界出身のプレイヤーに魔法職は結構いるからね。十年もあれば十分に実現可能なんだよ」
「そうだ。クエスト経験値なんて元のゲームにはなかったからな」
確かにダンストの魔法職は多い。でも、それは高レベルプレイヤーの支援を受けた女性プレイヤーの話じゃなかったか?
パーティに必要だから魔法職を育てるって話はオンラインゲームでもよく聞く。だが、それはそのパーティの負担で行うわけでこんな急造チームで可能か?
ただ同じ宿に泊まったからダンジョンに一緒に行ってるだけの関係なんだぞ。
「危惧はわかるが、そこはレベルアップのスピードで解決できると考えている」
「一日でレベル3にまでなれたからな。一月で装備を更新するつもりなら10レベルには俺らもなれるだろ」
「それに魔法職をパーティに加えないでダンジョンに潜り続ける気か?」
「生産職もいないと稼ぎの大半が装備に消える上に、同じ奴に頼まないと熟練度の関係で高レベルの装備は手に入らないぞ」
「現地人の成功した生産職は危険を冒さないからレベルも低いしな。ああ、これは魔法使いも似たようなもんだ」
「冒険者をしてる魔法使いなんて希少だから取り合いになるしな。パーティで育てるしかない」
こっちが懐疑的になってるのを見て、慌てて言葉を重ねる佐渡と伊藤。不安にさせたか。
「わかった、わかった。それで俺に何をして欲しいんだ?」
ここまで身の上と未来の展望を話した以上、何か思惑があるんだろう。
どっちにしろダンジョンは集団でないと行けないし、ダンジョンに行けないと生存率が下がる。
「戦闘時は今日みたいに役割を分けて活動するのと、稼ぎは頭割りを続けて貰うことかな」
「不満は出ても何とか騙し騙し一月くらいは続けられると思ってたんだが、マジで何もしない人間が出てくるとは思ってなかったんだ」
「戦闘班のフォローがないと空中分解するか、解体班と採取班が似たような目で見られて搾取されるようになる」
「それに今日は動けなかった奴も咄嗟に行動できなかっただけで、慣れたら動けるようになるかもしれん」
「それは難しいんじゃないか?」
「いや、無理ならパーティから追放するなりゲーム世界からログアウトするなりしなきゃ行けなくなるのは分かるだろ」
「ごねて無駄に居座ろうとするかもしれないぞ」
「レベルアップの為にか? それならそれで共通の敵が出来るから結束は深まるんじゃないか」
「嫌気が差してパーティが空中分解する方が早い気もする。サークルクラッシャーみたいなことに」
「あれは庇う奴がいるから人間関係が崩壊するわけで、魅力的じゃないと村八分の対象だぞ」
「そうか、俺らが同類扱いされなければセーフなのか」
「恐らくはな」
望みは今日のダンジョン探索を続けることか。確かに戦闘班は命の危険が高いし、戦力に差が出来れば調子に乗るかもな。
金関係はトラブルになり易いし戦闘で興奮してると感情が昂って暴力的になるかもしれない。フォローが必要か。
「薬草がなくっちゃ戦闘を続けられないし、解体できなきゃ稼げない。ダンジョンで活動するには今の体制が必要だ。協力するよ」
「サンキュ。話して良かったわ」
「後になるほど不満が溜まって感情論になるからな。今のうちに相談が出来て良かった」
「でも俺はコミュ障だからな? 上手くフォロー出来なくても許せよ?」
「まだマシ。周りに合わせて会話して集団行動できるなら上等だって」
「ゲーム世界じゃ戦闘力が発言力になり易いしな。それに話しかけても一言も口を開かない奴もいてな」
「黙々と仕事をこなしてるし、ダンジョンには付いて来てるからパーティに参加する意思はあると思うんだが」
「何もしない奴は言い訳をべらべら口にするから、無口な奴の方がずっと好印象なんだがな」
「悪い奴じゃないんだよな。体のいいパシリにされそうになってるだけで」
「口がそれだけ回るんなら商人として素材買い取りの交渉をしろと」
「いや、あれは自分に都合の良い妄想を口走ってるだけで交渉みたいなことは逆に苦手なんじゃないのか」
こっちが戦闘で必死だった時に解体班と採取班も色々とあったらしい。
この二人ってもしかして解体班と採取班のリーダー格みたいなもんなのか。まだ初日だし明確な班分けとかはされていないけど。
戦闘班は最初に自然と前に出た自分も含めた三人が中心になって動いていた気がする。解体ナイフを買ったプレイヤーだな。
でもそれはログイン初日に偶然、出会った敵が強かったりしただけで簡単にひっくり返る程度の差でしかない。
解体班と採取班みたいにコミュ能力で自然と序列が出来てきてるような動きもない。悪く言うとボッチ気質というか、自分本位というか。
むしろ他の二つの班が戦えないことが引け目になって纏まったような印象があるな。まだ会ったばかりなんだぞ、簡単にチームになれるか。
強いというより怖いもの知らずのプレイヤーが前に飛び出して囮になった後に袋叩きにしてるだけってのが実情だ。
この状態で不満を持たれると簡単にパーティを抜けるな。ダンジョンに入れなくなっても初心者エリアのフィールドがあるし、他のパーティを探しにも行ける。
俺も解体ナイフを使いまわしたことを不快に思ったし、盗まれるんじゃないかと警戒した。
解体と採取をするプレイヤーがいないとダンジョンではやっていけないと言われても、ローテーションで交代すればいいと言うだろうし。俺もそう思ってたし。
戦闘しないのに稼ぎは頭割りとか足を引っ張られる感覚にどうしてもなってしまう。ステータスの話をして同情を誘って、将来の話をして理屈を解ってもらえればどうにかってとこか。
「うん、何か仕事をしてもらってギリギリ納得できなくもないってラインだな。何もしないとか論外だ」
「そりゃな」
「そうなるな」
結論を言うと佐渡と伊藤も素直にうなずいた。むしろ本人と関わっていただけに二人の方がストレスになっていたまである。
とりあえず明日のダンジョンの様子で決めよう。追い出す以前にまだパーティも正式には組んでいないのだ。参加させなければいい。




