第六話 ネズミの巣穴
話してる内に気が付いたら寝入っていた。遅くまで話していたせいかもう昼に近いけど、クエストを受けているわけでもないし別にいいか。
硬い床で寝入っていたから身体が強張っている気がする。HPは満タンだし、そんな状態異常はないから現実の感覚を引きずっているに過ぎないけれども。
ゾンビみたいに起き上がって全員で顔を洗いに行く。井戸水は冷たくさっぱりと出来たけど、その後の朝食のせいで誰もが閉口することになった。
5ゴールドの朝食って水みたいなスープと消しゴムみたいなパンか。飯だけはもっと金をかけることにしよう。
さっさと底辺の環境から抜け出すべく、念のために初心者ダンジョンの場所と出没する敵を宿の人に聞いてから出発することになった。
やっぱり敵は大ネズミだけだ。3レベルくらいでちょっとHPと体力があるだけの雑魚。大型犬くらいの大きさがあるのと大量にドレインするのが厄介な敵だ。
少人数だと囲まれて死ぬかもしれないが、20人もいるなら初心者エリアよりも安全にレベルアップできる。初心者エリアでスライムを探してバラバラになるより余程いい。
ただ解体に必要なナイフが200ゴールドもしたせいで残金は一泊するくらいしか残らなかった。解体ナイフを買えた奴が3人しかいなかったのも気になる。
「げえ、解体ナイフの攻撃力って5しかないじゃん。木の棒と変わんねえ」
「特殊効果として解体に補正が付くってあるね。武器としては考えられてないみたい」
「武器が欲しいなら300ゴールドの銅の剣か、500ゴールドのダガーまで貯めとけってさ」
「鉄の剣は1000ゴールドで攻撃力30か。俺らなら一撃で殺せるな」
「そりゃ刃物で刺されれば死ぬのは当たり前だろ」
「銅の剣が攻撃力10、ダガーが攻撃力20、鉄の剣が30か。値段的にダガー一択じゃね?」
「ダガーは間合いが短いからな。カタログスペックだけで考えない方がいいぞ」
武器屋によってワイワイとRPGらしいラインナップにはしゃぐ。一番に目が行くのは高い攻撃力の武器だ。まあ、気持ちはわかる。
でも解体が上手く出来たかによってモンスターの買い取り値段が違うから、最初に買うのは解体ナイフ一択だ。
まさか一部だけが購入して他の奴らは使いまわすとか言い出さないよな? やめろよ、金のトラブルはパーティ解散の一番の原因になるんだぞ。
プレイヤーらしき日本人の姿も多いが、まだ二日目だから殆どが冷やかしだな。解体ナイフすら買おうとしていない。
いや、ぞろぞろと初心者らしき集団がいるな。女子ばかりだ。
「やっぱ女子は高レベルプレイヤーに貢がせてんな。見ろよ、あれ」
「うわ、全員が鉄の剣を持ってる」
「暴漢が出るかもしれないから女性プレイヤーは早めに武装を強化しないといけないって」
「分からんでもないが、低レベルが強い武器を持ってても襲われるんじゃないか」
「鉄の剣は強い武器じゃねえんだって。必要最低限の武装とか言ってる」
「防具も鉄の胸当てと小型バックラーか」
「足は隼の靴だな。防具だけで1500ゴールドは掛かるな」
「えっと鉄の胸当てが防御15、小型バックラーが防御10、隼の靴が防御5の素早さ5か」
「あとは背中のリュックと回復ポーションと余った小遣いで一人トータル3000ゴールドの支度品だって」
「小遣いって」
「あれ見たら高レベルプレイヤーがハーレムを囲ってても許せる気がして来た」
「貢がれた女がハーレムメンバーになるわけじゃないぞ。大抵はお礼の言葉で終わりだ」
「どうしてそれが解ってて貢ぐんだ?」
「……高レベルプレイヤーにとっちゃ、はした金なんだよ。たぶん」
「声が震えてんぞ」
「男って哀しい生き物やな」
ガヤガヤとひとしきり武器屋を物色した後はいよいよダンジョンだ。
幸いといっていいのか女性プレイヤー達とは行先が違った。まあ、初期装備で挑める初心者ダンジョンなんて行くだけ時間の無駄か。
プレイヤーの男女格差が広がってるような気がするけど上位プレイヤーに辿り着く人間の性別による偏りとかはない。
恵まれたスタートをする分、高レベルプレイヤーには女性が多いかもしれないけど複数のゲーム世界を渡り歩いて寿命を克服するのは生きるか死ぬかの賭けになってくる。
ある程度の社会的地位を得ると女性は妥協し始めるというか、結婚を意識し始めるんだよな。
それで対等な相手を求めるとなると同じ高レベルプレイヤーくらいしかいなくてハーレムか取り合いの修羅場に発展するわけで。
男の高レベルプレイヤーは癒しを求めて低レベルの女性プレイヤーを求め始めると。
「こんな感じがプレイヤーのハーレム事情じゃなかろうか」
「ただしイケメンに限る」
「ゲーム世界によっては美形になれるし。なれるし」
「魅力ステータスの補正って美容整形とはまた違うのか?」
「顔自体はさほど変わらないらしい。成長によって変化するような微々たるもんだとか」
「魅力が高くなっても、それぞれの個性は残るんだよな。何というか芸能人オーラが出始めるというか」
「好みってあるから魅力が高くても誰もに好かれるって感じじゃないんだよな」
「強制的に魅了するって呪いに分類されるからな」
「ヴィランの逮捕原因、一位」
「ゲーム世界によっては合法だろうに現実でやるから……」
「寿命がなくなってゲーム世界にいられなくなったんだろ」
命がけの戦闘をした昨日とは違ってリラックスした状態でダンジョンに突入する。人数がいるっていうのは安心感が違う。
それでも昨日は幸運にも全く戦闘にならなかったプレイヤーもいたようで明らかに腰が引けてるプレイヤーもいた。
自然とレベルが上がってるプレイヤーが前に出て壁になるような配置になった。
「ギギュッゥ」
ダンジョンに入った途端、大型犬と同じくらいのネズミが5匹こちらに走ってくる。身体が大きくて手足が短いから犬の半分の速度も出ていない。
地球で目にしたなら気圧されたかもしれないけど、事前情報を集めることでゲームフィルターがされてると雑魚モンスターにしか見えないんだよな。
犬と似てたウルフの方が現実感があって余程、怖かった。
走ってきた大ネズミの頭部を木刀で殴って勢いを殺す。地面に打ち付けるように殴ると怯んで少しの間、動かなくなった。
そのまま二発、三発と殴るがなかなか死なない。耐久力はウルフ以上だな。こっちの攻撃力不足でもあるけど。
そうやって攻撃してると覚悟が決まったのか他の連中も攻撃に加わり始めた。ラストアタックした奴だけが経験値を得る仕組みとかじゃないから自由にさせる。
戦闘に参加した奴の等分でもなくて複雑な計算式があるみたいなんだよな。武器がいいほど経験値が減るとか、慣れると格上の敵でも経験値が減るとか、格下でも戦い方によってはすごい経験値になるとか。
現実でスポーツを上達させるのに効果的な訓練並みには経験値稼ぎの法則は見出されている。一番に言われるのが効率的な戦闘をするなっていう話なんだけど。
経験値が多かったということは、それだけ危険だったということ。レベル5とはいえウルフ一匹で2レベルも上昇した昨日の戦闘は死と隣り合わせだったということだ。
雑魚モンスターも数をこなせばレベルは確実に上がる。ゲーム世界だけどゲームじゃないんだ。堅実に行こう。
「おっしゃ勝った!」
「楽勝じゃん」
「あー、動物を殴ってるようで気持ち悪い」
「それな」
「そうか? 噛まれたからかスッキリした気分なんだが」
「解体ナイフ持ってる奴ら、毛皮の剥ぎ取りお願いー」
「剥ぎ取った死体はそこらに放置でいいのか?」
「ダンジョンモンスターの餌になるからOKだって」
「食うと病気になるようなモンスターの死体を放置しても疫病が広まらないとか変な世界だな」
「そこはアンデッドとかもいるし考えても意味はないぜ」
「それもそうか」
切れ味の鋭いステンレスナイフみたいな解体ナイフで大ネズミの毛皮を剥ぎ取っていく。手際が悪く時間もかかるが、一匹から剥ぎ取り終わったら技能習得のアナウンスがなった。
〈解体技能を習得しました〉
よし、ダンストが初心者推薦ゲームになった理由の一つにまでなった技能を習得できた。こういうゲーム的補正がないと動物の解体なんて出来る奴は少ないからな。
二匹目は何処をどう切ればいいのか自然とわかってすいすいと腕が動く。器用が低いせいで毛皮の状態はいまいちなのは許してくれ。
「おい、もう次の大ネズミが来てるぞ!」
「解体してる時間もないのかよ」
「うえっ待って、臓腑と糞尿の臭いがっ吐きそうで……」
「HPの確認は必ずしろよ! 薬草は持ってるだろうな!」
「あ、俺は昨日で使い切った」
「万一があるから後ろに回ってくれ」
「薬草を持ってても数は少ない。モンスターはもっと少人数で押さえられるから薬草採取をする班を作ってくれ」
「いや、混乱するからまずはこの大ネズミを倒してからにしよう」
解体途中だったが大ネズミが近づいてくるのに気づいて叫んだ。ウルフと違って隠密技能のない大ネズミは器用が低くても簡単に察知できる。
数が多いと事前に聞いていただけに大ネズミの襲来はひっきりなしに来たが、幸い大怪我をすることもなく撃退できた。ダンジョンの中は薬草も頻繁に見つかったのも大きい。
ただ売り物にするにはHPに不安があるから薬草は全て自家消費だ。昨日の薬草も加えて4つも食べたせいで口が青臭くて気持ち悪い。
買った時には不満だったが、解体ナイフはまだ解体技能を習得できてない奴に渡して使いまわした。どちらにせよ、このダンジョンは集団でないと解体も出来ないのだ。
合計で100匹は余裕で超える数の大ネズミを殺したと思う。大ネズミの毛皮で袋を作って、そこに大ネズミの毛皮を四匹分ぎゅうぎゅうに詰めて持ち帰ったから。
微妙な出来の毛皮は荷物が嵩張るから捨てたしな。器用なプレイヤーもいたから俺が剥ぎ取った毛皮は二枚とも捨てた。
これだけ殺しまわっても何てことないように大ネズミが走り回ってるから不思議だ。ゲーム世界特有の現象だな。
でも、モンスターが尽きないおかげでレベルも2上げることが出来た。やっぱダンジョンを探索場所に選んで正解だったな。
中島充希(1/8)ステータス
『Dungeon History』
・レベル5 ・職業なし
HP30/30 MP20/20 攻撃15(10+5) 防御13(10+3)
筋力15 体力13 素早さ10 器用7 精神8 知識12
・呪文なし ・特技なし
・技能『採取』『察知』『解体』
・装備『木の棒(攻+5)』『冒険者の服(防+3)』
ステータスは器用が2上がってるな。やっぱレベルアップのステータス上昇は行動してた内容によって変わるというのは本当だったか。
ゲームでは完全にランダム上昇だったから狙って上げられるんなら助かる。
装備に解体ナイフが表示されてないのは戦闘に使用しなかったからか。ゲーム的に考えるならアイテムとして使用したという扱いか?
後は器用上昇に伴って防御力も上がってるな。ステータス的には体力+素早さ+器用を3で割ったのが防御力だから。
現実的に考えると柔道のように受け身を取ってダメージを軽く出来るようになった感じか。いや、それは行動によるダメージ減少扱いになるんだよな。
やっぱりシステム的な外部の力と考えるのが正解かな。魔法的なバリアか。
資金面は頑張った割には低い。解体はちゃんとしてたので値引きはされなかったのだが、大ネズミ30×4匹で120ゴールド。昨日よりも稼ぎは悪い。
まあ、あれだけ大量に出てくる大ネズミの毛皮の価値と考えれば値崩れしてても何もおかしくはないのだけど、何か納得がいかない。
薬草はダンジョンだけあってフィールドよりも生えていたらしく使用してない薬草を3束確保している。でも、売っても45ゴールドか。
他にも大ネズミの毛皮を袋にしたり裸足の足を保護する靴モドキにして足を保護したりしたのだけど、ステータスには反映されてないな。防御力はないのか。
順調といえば順調なのだけど、早めに稼げるようになりたい。麦粥が嫌で食事に15ゴールド使って普通のシチューとパンを食ってしまった。
一日二食に我慢しても宿代を含めると一日50ゴールド。装備を買うのに貯蓄を頑張っても鉄の剣を買うのに10日以上はかかる。
「いや十日で手に入るんなら十分だろ。レベルも上がってるし」
「ゲームでの時間経過を元にするから稼げてないような気がするだけで、労働の対価としてはこんなもんじゃね?」
「金だけで考えるなら日本のバイトの方がよっぽど儲かるけどな」
「何か麻痺してるけど命の危険があるって考えると、すげー薄給だぞ」
「中世で命の危険がないなんて職業はないんだな、これが」
「ギルド同士の利権争いは現代のヤクザ間の抗争みたいなもんだしな」
「ダンストを夢のないリアル中世と一緒にするな」
「風呂は銭湯しかないから井戸水で身体を拭くしかないけど、トイレとか水洗だしな」
「お前はローマを知らない」
ゲーム世界に行けるようになってから中世の情報がこれまでよりも出回ったからか、雑学が飛び回る。大体は映画の受け売りだな。
しかし言われてみれば一月で女子と同じ装備が手に入るのか。十年も冒険者を続ける予定なんだし焦らなくていいんだよな。
とりあえず最低限の武装って奴を揃えてから狩場を変えよう。大ネズミの集団を狩るのに4つも薬草を消費してる。現状の狩場が相応だってことだ。
「攻撃しててもHP減るとか最初はバグかと思った」
「体力パラメータが低いから地味に減っていくんだよな」
「もう薬草の味は飽きた」
「5ゴールドの飯は論外だけど、15ゴールド払っても質素なんだよなぁ」
「いや、15ゴールドの方は一般的な食事みたいだぞ」
「肉が食いたい」
「朝食には出てくるから我慢しとけ」
牛丼が食いたくなってきた。ゲーム世界にログインする際、食事の問題がよく起こるとは聞いてたけど、経験しないとわからないな。
次のログイン時にこんな思いはしなくていいようにアイテムボックスだけは何としても覚えて帰らないと。職業さえ入手できれば手に入るんだから。
「でも意外とポンポンとレベルって上がるのな」
「それは装備が貧相なのとプレイヤー特権と初ゲームシステム取り込みのコンボだからだと思うぞ」
「装備はともかくプレイヤー特権って証明されてたっけ?」
「ゲーム主人公が最初は低レベルなのにあっという間に成長するようにプレイヤーには英雄の資質が備わるって奴か」
「それより初ゲームシステム取り込みにボーナスがあるって方が初耳なんだけど」
「複数のゲームシステムを取り込むと成長が鈍化するって話。あれってプレイヤーが強くなりすぎて経験値が低くなるからって結論だったんじゃ」
「恋愛ゲームを主軸にしたシステムを取り込んでも戦闘経験値は低くなったらしい。ほぼ間違いない」
「高レベルプレイヤーでも最初に行ったことがあるゲーム世界に再び訪れて鍛え直してたりするらしいぞ」
「たしかゲーム世界毎に存在するステータスしか鍛えられないんだろ? 複数のゲームシステムを取り込んだ後に戻ってきても遅いんじゃ」
「これ以上、ゲームシステムを増やして成長が鈍らないようにってことだろ。十年経ったら、もう一回ダンストにログインしようかな」
「その方法だと寿命がクソ長い魔王には敵わないんだよな」
「ゲームシステムを連結して想定外の能力を得るのと、別ゲーでスタートダッシュをするのがプレイヤーの強みだしな」
「そもそもレベル上限がなくなった現実でラスボスに勝ったという話は聞いたことがないぞ?」
「上位プレイヤーは個人情報を秘匿するから知らないだけかもな」
「原作キャラを主軸にしたプレイヤー連合とラスボスが戦っているという話なら聞いた」
「マジで?」
「俺も聞いた。でも詳しい情報どころか原作が何かすら教えて貰えないんだよな」
「プレイヤーの中には原作キャラに執拗に絡む奴もいるから……」
「ギャルゲー原作のヤンデレ嬢の件は酷かったな」
「清純派お嬢様キャラだったのに主人公を含む原作陣営を全滅させる。プレイヤーが非常事態宣言で未だに該当世界に出禁」
「伝説だよな。あれって要するにゲーム世界にログインさせるチェーンメールの運営元が匙を投げたってことだよな?」
「出禁になったB世界以外の同一原作ゲーム世界にはログイン出来るから」
「何で曖昧な表現にするんだ。カラフルの藤堂ミクルを言ってるんだろ?」
「名前を言うな」
「マジで言うな」
「別のゲーム世界には出没しないけど、カラフルの並行世界では観測されてんだよな」
「ヤンデレになった方が?」
「クトゥルフ神話の邪神でも無理なんだぞ。笑う」
「笑えないんだよなぁ」
並行世界に移動すること自体は方法さえ習得していれば誰でも可能だが、ダンストのA世界からB世界に移動といったような行為は未だに不可能と言われている。
並行世界じゃないんじゃないかってことは別の情報元から否定されている。A世界B世界とログイン可能な世界は原作の並行世界に間違いない。
それなのに移動できないってことはチェーンメールの黒幕が妨害してるんだろうって結論になった。その中で彼女だけが移動できるってことは黒幕の想定を超えたってことだ。
プレイヤーには共通した恐れがある。彼女が現実世界にやって来るんじゃないかっていう。
自然とプレイヤー間の暗黙の了解で彼女の名前はタブーとなった。触れさえしなければ忘れてしまえば、なかったことに出来るんじゃないかと。
ゲーム世界が広まって最も新しい都市伝説が彼女だ。