第六十二話 初級冒険者
上級冒険者に守られたゴブリン戦線での探索はネトゲでいうパワーレベリングに当たる。
一匹毎に特技を習得してるゴブリンは当然それ相応の経験値があり、身に纏っている装備は人型が装着するのに不自由せずそれなりの値段で売れる。
体内には魔道具の燃料となる魔石を携え、軍隊として動くゴブリンは戦争の良い予行演習となり、同じ特技を習得した冒険者は動きの参考と対処法を試す相手として重宝する。
これほどステップアップに都合の良いダンジョンは珍しいだろう。
だが問題はその状況にゴブリン側も慣れきっているということだった。
「だ、第6陣のゴブリンをダンジョン入り口付近で発見。包囲されつつあるみたいです」
「魔法班! 弾幕、薄いよ。何やってんの!」
「前衛もほとんど崩壊してるじゃねえか。先輩ばかりに戦線維持を任せるなよ」
「ああ、もう。対遠距離物理班、仕事して! バーストが素通りしてきてる!」
今回の探索ではゴブリン側の魔法使いに僧侶,指揮官は姿を現さず、ほとんどがノーマルゴブリンと戦士職。希にアーチャーが援護射撃をする状況だ。
アサシンが見えないのは小春さんに排除されてるからっていうのが理由だが、他のゴブリンはゴブリン社会の事情により姿を現さないようだ。
要は捨て駒にするのは勿体ないと判断されたんだな。昔の身分制度を考えると納得できる。王に神官、貴族は特権階級で戦争の矢面に出るなんてそうはないことだ。
しかも今回は消耗戦で相手の進軍を阻止すれば勝ちなんだから焦土作戦で徹底的に土地を荒らすことに躊躇もない。どうせダンジョン内なんだから土地は時間経過で再生する。
恐ろしいことに兵士も放っておけば装備付きで生えてくる。生き残ったゴブリン兵士がいれば歴戦のゴブリンとして中央で出世するだろうし、冒険者の装備を手に入れれば職業熟練度の成長した個体に渡すことで兵力の拡充も出来る。
ダンジョン災害が起こらないようにモンスターの駆除と冒険者のレベルアップを兼ねてソルト街はダンジョン探索を推奨しているが、兵力の拡充に成功してるのは人間だけじゃないみたいだな。まあ、いざとなれば上級冒険者チームがゴブリン戦線のダンジョン核を砕きに動くだろう。心配するだけ無駄だ。
問題はゴブリンの兵種が制限された状態でも押されつつあるこの状況だ。ゴブリンは冒険者のことがよくわかっている。無理に被害を出そうとするのではなくこちらのリソースを削りに来ているのだ。本来は愚策である戦力の逐次投入を躊躇わず実行して休ませず、逃亡を阻止して、延々と勝ち戦を続けさせられ続けている。
用意をしてきた消耗アイテムも枯渇してきつつある状況で薬草を絶えず飲み込んで死力を尽くす羽目になっている。
もう攻撃特技を使用して一掃なんて贅沢は出来ない。消耗の最も低いダッシュを利用して敵の特技を捌き装備の優越を持ってのゴリ押し戦法を取っている。
小波の剣でも気功特技を習得しているゴブリンファイターは固く一撃で始末することは出来ない。その隙に他のゴブリンに組み付かれそうになって慌てて下がる。魔法による援護もなく戦線は崩壊し、昴さんと陽子さんが鼻歌を歌いながら軍勢を一撃で吹き飛ばす。まだまだ余裕そうで何よりです。
「ふむ。まあ、ここまでかな。よくやった方だろう」
「最初にしては粘ったと思うよ。消耗品の補充も次回は多めに見積もるだろうし」
「天音、百城ー。帰るから降りてきなー」
沙織さん達は当初のピリピリした雰囲気は何処に行ったのか呑気な口調で話し合っている。どうやら現状は想定内みたいだな。
となると心配していたのはゴブリンの上層部が本格的に動くことか、それともダンジョンボスが参戦してくることか、それとも鬼王か。
初級ダンジョン、ゴブリン戦線で敵となるのはこれらのはずだ。それこそダンジョン外の脅威が襲いかかってきでもしない限りは。
「はい。天音、転移結晶の配置はちゃんとしてきた?」
「さすがに忘れないよぅ」
沙織さんがパーティチャットで臨時レイドの人員が全員いるかの確認を終えると、魔法使いの天音さん百城さんの転移魔法で百名を超える冒険者は瞬く間にハーレム先輩の自宅に舞い戻ってきた。転移結晶で事前に跳躍する場所のマーキングが必要とはいえ凄まじいな。これが上級冒険者か。
急な状況推移に狐につままれたような顔でポカンとしていた臨時レイドのメンバーも戦闘が終わったと理解して次々と脱力していく。
ハードな実践訓練だな。ハーレムパーティは毎回、こんな体験を繰り返していたのか?
それなら週に二度の探索もすれば多い方だというのも理解できる。俺達は頻繁にダンジョンに潜ってはいたが、どうやって楽に探索するかに主眼を置いて動いていたからな。
あとは金に余裕がなくて休むことも中々、出来なかったという面もあったし。
今回はゴブリンの装備一式がおよそ2千ゴールド、魔石が千ゴールドと一匹で3千ゴールドも稼げた計算になるからな。装備修復や消耗品補充とか諸々の経費を差っ引いても一人2,3万ゴールドの稼ぎにはなるだろう。一回の探索にしては破格の稼ぎだ。
「くはー、しんどかった」
「思ったより長居しちゃったね」
「誰かいなくなってないよな。大怪我してる奴は声を上げてくれ」
「一応、班毎に点呼してリーダーは報告に来てくれ。確認するまで勝手に帰るなよ」
「りょうかーい」
これで一応は初級冒険者としての条件は満たしたことになる。
この臨時レイドに名前を付けるならともかく、パーティ単位で名前を持つにはまだ時期尚早だが、個人としての扱いはもう初級に格上げとなった。
プロの冒険者として恥ずかしくない強さを身につけないとな。




