第五話 同期
「すいません町に入るのに通行手形とかお金とか、要りますか?」
「ん? ああ、渡り人か。いらんから暗くなる前に冒険者ギルドで登録して宿をとってこい」
町に到着してかがり火で見張りをしてる門番に話しかけると金を取られることもなく素通しだった。まあラノベと違って自分と似たような人間が何千人もこの世界に来てるしな。
町中でも門に近い位置に冒険者ギルドはあった。外へ頻繁に出るから便利なのと、モンスターが襲ってきたら臨時の兵士にする為だろう。金も貰えないのに命をかける物好きばかりじゃない。
「すいません。冒険者登録をしたいんですが」
「字は読み書き出来るか? 出来るなら、この書類に名前を書いておけ」
早速、内部に入って受付で冒険者ギルドに登録した。テンプレのように絡まれることもなく、端的な説明を職員に受けて署名するだけでOKだった。
よくある木彫りの冒険者プレートも貰ったけど、これも単なる識別票でおおよその戦力を示す階級章以上の役割はないし、クエストの受注制限もないみたいだ。
実力不足で死んだら本人の責任だし、依頼主とトラブルを起こしても冒険者ギルドは助けてくれない。ただクエストが悪意のある罠だった場合は冒険者本人に関係なく、ギルドが制裁に向かうらしい。
冒険者同士が助け合う互助会というか、いちいち冒険者が町中をさ迷って依頼を探す手間を省くのと、使い捨てに少しでもされない為の工夫らしい。
冒険者が直接、依頼人からクエストを受けるのも自由。ただ信頼できる筋じゃないと後ろ暗い仕事を任されて始末されることもあるという。
まあ、大体は現実のネットに上がってた情報通りだ。
事前情報と違ったのはウルフの買い取り額くらいか。解体技能もなく強引に取り外したせいか200ゴールドはするはずの牙が150ゴールド程度にしかならなかった。
綺麗に解体して全身を持ち帰れれば500ゴールドは行くはずなんだが、パーティを組まないと持ち帰るのすら難しい。
スライムの死骸でも売れば5ゴールドだし、一日六匹も狩ればその日暮らしは出来るが、レベルも上がらないだろうしフィールドに出る危険を考えるとやっぱソロはないな。
宿代と夕食で25ゴールドマイナスで225ゴールドに薬草が1つ。冒険者の服に木の棒。これが全財産。
初期装備の木の棒と冒険者の服は両方50ゴールドと安く、売っても半額もしないから一週間も暮らせば限界か。
そもそも夕食は薄い麦粥一杯と広い部屋に集まっての雑魚寝と一週間も耐えられる気がしない。
「でもゲームの初日と考えれば、そんなもんじゃね?」
「スライムって本当に雑魚だったしな。町に着くまでに20匹は倒した」
「それだけ倒しても1レベルしか上がらなかったんだろ? スライムでレベリングと資金稼ぎは面倒じゃないか」
「一角兎も見つけたけど、脱兎の特技を持ってるせいで逃げられるんだよな」
「こっちはウルフが出たぞ。隠密技能と素早さ特化はマジでやばかった。マラソンも加えてだがHP44消費は二度と出会いたくない」
「うげっマジか。運がないにも程があるだろ」
「でも隠密持ちと戦闘になったなら察知技能を手に入れたんだろ? 次はもう不意打ちは受けないんじゃ」
「俺の器用は5だ」
「ああ、なるほど。盗賊ビルドでもないのに初心者エリアでレベリングは避けた方がいいな」
「人数はいるんだし初心者ダンジョンで人海戦術をするのがいいかな」
「ウルフ以下のレベルでちょっとタフなだけの大ネズミなら簡単に倒せるし数も多いしな」
「でも大ネズミって金にはならないんだよなぁ」
「レベリングと技能習得って割り切るしかないな。薬草を集めて売るのはどうだ」
「確か一束25ゴールドで、売値は15ゴールド。大ネズミが30ゴールドしかしないくせに嵩張るから、薬草メインに行った方がいいな」
「解体して毛皮にしても重いし三匹くらいしか持って帰れないんだったな。せめて肉が食えれば違うのに」
「え、ネズミの肉を食いたいのか? 病気を持ってなくてもゴメンだぞ」
「下手したらコンパクトなスライムを狩りまくった方が儲かるんだよな。散らばってるけど数は大ネズミ以上にいるし、フィールドでも薬草は見つかる」
「それでウルフに襲われたらお終いだぞ。大人しくレベル上げを頑張れ」
雑魚寝した宿で大量のプレイヤーに出会えたことが今日一番の収穫だったな。男しかいないが二十人はいる。
もちろん、これは単なる幸運じゃない。現実とゲーム世界では時間の流れる速さが百倍も異なっている。一時間違うだけで内部では四日もログイン時間が離れる。
プレイヤーがそれぞれバラバラにログインするとパーティを組むのが難しくなるから、決まった日の決まった時間にログインしようとネットで示し合わせたのだ。
幸いダンストは人気のゲーム世界で参加プレイヤーも多かった。D世界に行くプレイヤーも多く日程調整も簡単だ。学生は現実でちょうど夏休みに入るし。
「しかっし、男しかいねえのな。女プレイヤーは何処に行ったの?」
「ああ、一緒に纏めると問題を起こすからって女子は別の宿で雑魚寝になってる」
「おおっそれじゃパーティに誘いに行かないと」
「ナンパはもっとレベルが上がってからにしとけ。ここは初心者エリア近くにある比較的に大きい町だから高レベルの先輩が粉かけてる」
「治安が悪いから高レベル冒険者が見回りをしてくれてるって話じゃ」
「素直に額面通りに受け取るなよ。ゲーム世界に来てハーレム築いたプレイヤーがどれだけいると思ってんだ」
「何か意外と女子の方もハーレム文化を受け入れてるんだよな。なんでだろ?」
「ゲーム世界によっては魅力ステータスもあるし、なくても命の危機に助けてくれる先輩ってマジで魅力的に映るぞ。男の先輩だったけど、マジで格好良かった」
「戦闘って生存本能を刺激するし自然と強い人間がモテル。しかもNPCの女の子もいるからガツガツしないで紳士的に振る舞うからな」
「現地人な。NPCは蔑称だから気を付けろ」
「それに女子も十年間も現実から切り離されてりゃこっちの常識に染まるからな。上手くやったな、くそっ」
「ゲーム世界にいる間は寿命が短くなるだけで容姿は変わらんから高レベルのプレイヤーには先がない奴もいる。大目に見てやれ」
「高レベルのプレイヤーと上位プレイヤーって別物なんだっけ」
「上位プレイヤーは寿命を克服した超人。高レベルプレイヤーは複数のゲーム世界を渡り歩いたレベルの高い人。稀に上位プレイヤーの雛形みたいに十年で高レベルになる奴もいる」
「つまりジジイじゃん。女子も寿命が短いのはわかってるんだろ? よく付き合うな」
「遺産が目当ての悪質なのもいるし、女子にとってのスタートダッシュは高レベルプレイヤーの補助ありきな所がある。若さと寿命への情熱は女子の方がヤバいぞ」
「あー、ハーレム羨ましいとか思ってた俺が馬鹿だった」
「流石にそれは偏見が過ぎるだろ。見てる方が恥ずかしいラブロマンス繰り広げた猛者も何人か知ってるぞ」
「見ててトラウマになった惨劇を繰り広げたヤンデレも何人かいるんですが……」
「ハーレムって奥が深いな」
ほぼ初対面だが馬鹿話をしてるうちに妙な連帯感みたいなものが出来た気がする。
雰囲気としては男子校みたいなもんだろうか。これはこれで楽しくやれそうだ。
しかしハーレムか。複数のゲーム世界を経由しても高レベルになれなかった惨めなプレイヤーが影にいるからこそ成立したとは言わない方がいいかな。
そういう報われなかったプレイヤーが現実でヴィランとなって暴れるのが昨今の社会問題になってる。
同じように寿命が尽きてゲーム世界にログイン出来なくなったはずのプレイヤーがヒーローとして最初に活躍したから、暴れる言い訳にはならないけど。
英雄とまで呼ばれるようになったこのプレイヤーがヒーロー組織のイメージとまでなってるから、尚更ヴィランとなったプレイヤーへの風当たりは強い。
しかも上位プレイヤーが最初のヒーローの為にと寿命を延ばす薬を用意したから、ヴィランのヘイトはヒーローに一心に向いてる。
今じゃ寿命を延ばす薬とか現実で手に入れようと思ったら億は軽く超すからな。何回もチャンスがあったのにロクにレベルも上げられなかったプレイヤーに手に入るはずもないし。