第五十五話 クエスト
ダンストでは名前を持つということが一種のステータスとなっている。
パーティ名を名乗るには初級冒険者以上である必要があり、店名を名乗るには一定金額以上の納税を納める名店である必要がある。
単なる慣習に過ぎず条件を満たしていなくても名乗ることで罰則があるわけではないが、そんなイキってる奴が目を付けられないわけがなく、自然淘汰されて結果的に条件を満たした者のみが残る。
だが、人数比で考えると名前を持てない有象無象こそが一番、人数が多いため色々と不便だ。
その為に頻繁に用いられるのが愛称・渾名になる。以前に泊っていた初心者の宿は、泣き虫親父の古巣という別名があったらしい。
上級冒険者の一部に与えられる称号はこういう渾名を正式にギルドや行政に認可されたものなのだとか。
他人が呼ぶ分にはいいけど、自称すると途端に睨まれるっていう面倒くさい文化だ。名前がないと広告や広報に不利になるが、金だけで買えるわけでもないってあたりが更に面倒くささに拍車をかけている。
まあ、つまり余所者は時間をかけて精進しろということだ。
この特殊な文化が依頼を受ける時のネックになる。名前がないのは周囲に埋没して目を付けられる危険性を減らす代わりに危険な依頼主を見分けられない不利益を生む。
ここで俺達はダンジョンを探索してモンスター素材を売り払う方向に行ったんだが、八木達クラスメイトパーティは名前を持てない各種商店街で買い物ついでに聞き込みをしたのだとか。
それで信用の出来る幾つかの商店に依頼元を絞り、その商店が依頼を発行する際に記載されるマークを目印にしているのだという。
まあ要はバイトをする際に求人票を見て決めるのではなく直接店舗に赴いて決めたということだろう。
中には個人店舗だけではなく名前を持たない商店の集まり、中小商店連合という小型ギルドも比較的信用できる相手として上がっている。
今回、俺達は既にクエストを受注したことがある八木達と合同で依頼を受けてみることにした。
初級ダンジョンは八木達には格上だし初心者ダンジョンは俺達には簡単すぎて連携の訓練にならない。そこで数人毎のパーティに分かれて各々でクエストに挑戦しようという話になったのだ。
100人を超える規模だとダンジョンに挑む準備だけで、そこそこの時間が必要になるし。資金調達の障害になってるんだよな。
今回、一緒にクエストを受けるのは魔法班のリーダー竹林、戦闘班の小リーダー不運の加藤、八木のクラスメイトの女生徒が二人、元ストリートチルドレンの年長者パーティのリーダーに俺の六人だ。
女生徒は理香に祥子、辛うじて中学生になったばかりの年齢に見える元ストリートチルドレンのリーダーはクリスという名前だ。
「ねえね、クリス君は依頼を受けたことはあるの?」
「ベイビー冒険者が受けられるわけないだろ。受けられたら、そもそも困窮してねえよ」
「それじゃ私達が色々と教えてあげるね」
「おっじゃあ俺も一緒に教えて貰っちゃおうかな。君らってさ、何処の学校出身なの?」
「えっと、そういうのは秘密にする約束なの。ごめんね」
「でね、私と理香はよく一緒にクエストを受けていて……」
キャッキャとクリスを挟んで理香と祥子の女性チームは楽しそうにはしゃいでいる。
クリスは金髪碧眼の端正な顔立ちの美少年だ。まあそりゃ構いたくもなるだろう。
明里にスリを仕掛けて許されるどころか、絆されて協力を取り付けるのに成功したのも生まれ持った容姿が影響したのは否定できない。
この美少年を見て弟を思い出したっていう明里も相当なブラコンだと思うが。
ちなみに竹林はナンパを頑張っているが凄まじくナチュラルにハブられている。角も立てずにさらっと話題を逸らすテクニックは筆舌に尽くしがたい。
「なんつーか、パーティ運が悪いような気がしてきた」
「いや、変にギスギスしてるよりいいだろ」
「そうか? まあ、そうかもな。っし、切り替えてクエストボードを見てくるわ」
発作のように加藤が不運を嘆いてから依頼が張り出されている衝立を見に行く。何というか運命論者的なところがあるな加藤には。
衝立は大まかに初心者から上級者までに区切られていて幾つも立っており多くの冒険者が行き交っている。
別に冒険者ランクとかで受けられる依頼を制限されているわけじゃないから物見遊山に格上の依頼を見に行っている冒険者も多い。
あるいは依頼から周囲の危険度を調査しているのだろうか。何人かメモを真剣な顔で取っている冒険者もいるな。
言い忘れていたがダンストの文字は思いっきり日本語だ。日本のゲームが現実になった世界だし不思議じゃない。
変に細かい設定が練られていなくて良かった。言語習得とか専門のゲームシステムを取り込まないと短期間で覚えるなんて難しいからな。
「討伐クエスト、お使いクエスト、採取クエストが多いな。討伐はフィールドに出現するレアモンスターが中心でデータが少ないから止めておくか」
「竹林がいるし採取クエストがいいんじゃないか。魔法使いのパーティメンバーがいる初心者冒険者は少ないだろ」
「じゃあ、低レベルフィールドの同じ山で採取できるクエストを三つと、お使いクエストの山中にある小集落への配達を選んでくるぞ」
「その前に他のメンバーの意見も聞いておこうか」
事前に教えられた信頼できる相手の依頼だが、俺達はクエスト初心者だ。慎重に動いて損はない。
お喋りに夢中になっていた女子二人組に竹林とクリスも選んだクエストに異論はないらしくスムーズにクエストの受注は済んだ。
何というか、これぞ冒険者って感じでちょっとワクワクしてくるな。ファンタジーに生きている。




