第五十三話 救人衝動
具体的に梨桜の問題をどう解決するかといえば話は簡単だ。
ダンストから気軽にログアウト出来ないなら現実にいるヒーローに丸投げしてしまえばいいだけの話。
法律上、グレーな上に相手にもプレイヤーがいるから生半可なヒーローでは対抗できないが、高レベルプレイヤーの知り合いが生半可なわけがなかった。
戦争で活躍してソルト街の領主になった貴族プレイヤー。このプレイヤーが実はハーレム先輩の身内なのだとか。
少なくともハーレム先輩と同じくらいには強いから心配しなくていいらしい。
タイミングよく北上さんが使者としてダンスト内に来訪してきているので帰還する際に梨桜も連れて現実に戻ることになった。
急に事態が進展して自分の手から離れたことに梨桜も戸惑いを隠せていなかったが、借金の肩代わりに禁止アイテムの密輸を企んでいるヴィラン組織なんて放置できるわけがないんだよな。
麻薬とかよりも遙かにヤバい物を取り扱おうとしてるのは明白。最近では異能治療や科学技術の発展で常習性のある薬物も完治できるようになったから合法になった地域も増えている。
政府の公認した特殊薬局で身分証を提示して購入しないといけないから面倒くさいだけで、扱いはタバコに類するものにまでなった。
大きな資金源を潰されたヤクザなんかのヴィラン組織はそれに変わる新たな資金源としてゲーム世界に目を付けたということだ。
嫌な予感しかしない。ダンストで該当するアイテムといえばダンジョン核だろうか。これも一応は禁止アイテムの一つだ。
アイテムボックスに死蔵したままなら見逃されているのは世紀末世界なんかで食糧を供給してくれたりと有用な使用法があるからで、大規模な取り引きは禁止されている。
現実世界でテロ行為に使われたら目も当てられないからな。でも、禁止アイテムでいえば最低ランクの安物に過ぎない。
とち狂ってSCPあたりに手を出さなきゃいいんだが。たしかSCPの登場するゲーム世界には何回か続けて火を付けると地球を焼き尽くすライターなんてものまであったよな。
世界終焉シナリオなんてものまで想定されてる世界だ。ログイン禁止世界にはそうなるだけの理由がある。
ヒーロー側の現実改変者や別ゲーム世界のオーパーツ保持者、SF出身プレイヤーなんかもいるから現実世界が滅びることはないと思うんだが油断は出来ない。
出来ないんだが……力量が違いすぎて悩むだけ無駄か。空が落ちてこないか心配する杞憂の人みたいな立場だ。
今、考えるべきは上野のことだな。拷問までされて冒険者を続けることが出来るのか。宗教に傾倒してる上野を俺らが受け入れられるのか。
救出された以上、隠れキリシタンであることは教会騎士団にバレていないか見逃されたってことだ。
上野が布教を初めてトーラス教に喧嘩を売らないのなら問題にはならないだろう。今回の件で教会騎士団は上野に借りが出来たしな。
問題は俺らのパーティメンバーの方で。くそっ、秘密をパーティに周知したのは早まったな。ログアウトの心構えをさせておくつもりで、余計なことをした。
そろそろ上野の傷も癒えて目を覚ましてもおかしくない頃だ。さすがに女性を庇って拷問を受けたヒーローを追放するとかしたくない。問題になったら出来る限り庇おうか。
病室代わりに使用させて貰っているのはハーレム先輩の家の一室で、自然治癒の速度を飛躍的に上昇させる癒やしの間だそうだ。
お姫様でも寝起きをしているような天蓋付きのベッドに上野は寝かされている。五月雨も高級宿だし似たような部屋はあるんだが、さすがに高レベルプレイヤーほどの高級ベッドは用意できない。なんと、このベッドに寝ていると何ヶ月だろうと栄養状態がまるで悪化しない上に身体を清潔に保ってくれてトイレも行かなくて良いらしい。
介護の手間を完璧に解決してくれる一部の人々に垂涎の品だ。
まあ、そもそも介護しなきゃいけない状態から回復させるアイテムもあるし、そこまで必要とはされないか。それよりも信じられないほど快適な睡眠が出来るって機能の方がもてはやされるかもな。不眠症も結構な人が悩んでいるし。
「あーなんだ。お見舞いに来たんだが、上野はもう起きたか?」
「いえ、まだ目を覚まされることもなく」
「交代で看病してるから確かだよ」
ただこいつらにとって何もしなくていいってことは心苦しいことかもな。シスターの梨桜と上野の友人の栗原があの日からずっと側を離れない。
それだけ拷問された姿が衝撃的だったんだろう。日本であんな姿を目にすることなんてないからな。
冒険中に四肢を切り飛ばされるなんて重体になることもあるんだが、そっちは薬草で簡単に繋がったり生えてきたりするからイマイチ実感できない。
ダンストシステムが異常なだけだと思うけど、そのダンスト内で衰弱するほど繰り返し痛めつけられた上野は精神的に大丈夫だろうか。実は廃人になってるとかないよな。
他に見舞いに来た数人のパーティメンバーも上野を難しい顔で見ている。宗教のことはともかく上野の行動がヒーロー的だったのは確かだから、上野の人気自体は上がってるんだ。
俺らに実害が及ぶこともなかったし。ヒーローは都合が悪くならない限り支持される。それが今の社会常識。
「うっあ」
「光ちゃん!?」
今、確かに上野が呻いて身じろぎした。生命の雫はちゃんと効果があったか。良かった。
目を覚まして水を飲ませたり手を握ったりして落ち着かせた後は特に拷問の後遺症を感じさせることもなく普通に話も出来るようだった。
この部屋かベッドは精神的な傷すらも癒やすのかな。相当高価な魔道具だが欲しい。現実に持って帰れないか後で値段を調べてみるか。
「そうか、どうりでログアウトしようとしなかったわけだ」
「ご迷惑をかけてしまい申し訳ありません」
「いや、僕は大丈夫」
梨桜の事情や教会騎士団の対応、騎士団長の帰還による解決なんかを説明しても上野は冷静な顔で頷くだけだった。
大人しいとは思っていたが拷問を受けてここまで平静でいられるとは。こいつも実は普通の人間じゃないな。
「しかし中島には私がキリスト教徒だとバレていたのか」
「ああ、十字架を持ってるのをたまたま見て。ばらしてすまんな」
「あの事態なら仕方ない。異教徒としてパーティにも迷惑をかけてしまうところだった」
胸元の十字架を複雑そうな顔で見る上野。国規模で白眼視されてる今の日本で隠れキリシタンをやるのも並大抵の覚悟じゃないと思う。
偽聖女の件だけじゃなくゲーム世界から来た新興宗教が勢力争いで問題を起こしたりしているからな。本物の奇跡を起こすだけに信者もまた多いから水面下で大問題に発展している。
信者へなるだけで力を授かることが出来るゲーム世界も多いからプレイヤーもなんちゃって信者が多くてガチの信者と見分けが付かないことも問題に拍車をかけている。
一部の宗教にはマインドコントロールの疑いがあって、警察内部に専門の対策本部が設立されているほどだ。
「上野さんはどうして、私を助けたのですか?」
「どうしてとは?」
「だって私はにわかと言えどトーラス教のシスターですし、教会騎士団を敵に回してまで助ける理由なんてないでしょう」
暗い顔で梨桜はそう呟く。思えば一度も梨桜は助けてと救いを求めたことがない。
ハーレム先輩にも俺達にも救いを求めて入ったはずの教会にさえも。人の善意というものを信じられないのか。
トラウマの類いかな。いや、それとも魔法契約の効果か。未だに契約を守らせようと無意識の内に誘導しているのだろうか。そうだとしたら余程の魔法になるな。
「なんでだろう」
「え?」
「助けようと動いたつもりじゃなかったんだ。ただ……」
窓から見える青空を見て上野は呟いた。
「普通の人になりたかったんだ」
・上野
ヒューマンドラマ主人公。聖人タイプ。
偽聖女の影響で人間のあり方に苦悩をするようになったが、本来なら持ち前の広大な心で周囲の人間を心酔させていくタイプの主人公。ホームドラマや青春ドラマなどで周囲の人間関係や各種問題を心の清らかさやカリスマで解決していく献身枠。
他者を救う行動に出る時、最大級に運命力が発揮されるはずだったのだが……。
上位プレイヤーは運命力の対象外である。
今現在も偽聖女の為に運命力は行使され続けている為、主人公であるにも関わらず運命力の補助が受けられなくなっている。今回の件で一度、覚醒はしたものの主人公としては半人前と言わざるを得ない。
事態打開の為には今一度、偽聖女と対面する必要があるだろう。
・偽聖女
法廷に出てテレビにも映されたにも関わらず詳細がハッキリしない。
人種は西洋人だったような、いや黒髪だったか? 何度もテレビの録画や写真を見返すことで本人の姿を見ることは出来るのだが認識が追いつかない。名前も同じく伏せられてはいないのだが、誰も呼ぶ人間は現れなかった。
おそらくはキリスト教を信仰しているものと思われる。




