第五十二話 生命の雫
「ハーレム先輩!」
「早間ね」
苦笑しながら訂正するハーレム先輩。教会には会うなと遠回しに勧告されていたはずだが、何故この場にいるんだ。
勧告を無視したのか? 大の為なら小を切り捨てるのが先輩だが、組織のメンツは考慮しないのか。あくまで弱者の味方という立場を貫いているということか。
「今更、私なんかに何の用よ……」
「君がようやく弱音を吐いたみたいだから、急いで来たんだ。中島君達には感謝しないとね。後、教会にも」
何処か寂しそうに先輩は微笑む。結局の所、梨桜は先輩に相談することは一度もなかった。
それはつまり心から信頼されることはなかったということだ。誰にも優しいってことは誰にも肩入れしないってこと。
先輩が最も救おうとしていただろう種類の対象から拒絶されるだなんて皮肉もいいところだ。
「その魔法契約は存在自体を隠蔽するように働くみたいだけど、教会と同じように家に張ってある結界で無効化できたと思ってたんだけどな」
「当たり前だ。たかが魔法で神のご加護を再現できるか。教会は懺悔をする場所でもあるんだぞ」
低い苛立ちを感じさせる声がハーレム先輩の言葉を遮った。第三者がいるのか。
一瞬前には確かに無人だった場所に西洋鎧を着込んだ白い騎士が屹立していた。丸い縁取りに教会の鐘、あのマントに刻まれた紋章は教会騎士団、テンプルナイトラウンズの証。
広い聖堂とはいえ全く気づかなかった。教会の神父が田中にこの場に来るよう誘導したと聞いたが、グルで抹殺を図ってきたのか?
いや、会話を聞くと魔法契約に対処する為か。やはり呪いに対するスペシャリストなだけあって全てお見通しなんだな。
テンプルナイトの片手には血塗れで横たわる男性が引きずられていた。あれは。
「光ちゃんっ!」
栗原が叫び声を上げて走り出す。やっぱりあれは上野か。
注意深くテンプルナイトを見ていても邪魔をする様子はない。味方と考えてもいいんだろうか。
「体力回復ポーションは逆効果だから使うな。拷問に何度も使われて生命力が弱っている。生命の雫を使用したから放っておけば自己再生していくだろう」
「へえ、上級ダンジョンの素材を使うだなんて太っ腹じゃないか」
「嫌味か。たかが一万ゴールドしかせん」
ふうん。ポーションを飲み過ぎると気分が悪くなっていたのは生命力が低下していたからだったのかな。
消費アイテムも最高峰は高額だ。内部の泉でいくらでも採取してこれるといっても上級ダンジョンを出入りするだけで命懸けだから量が限られる。
あと、やはり上野は騎士団内部で拷問されていたか。殴りつけたテンプルナイトもいただろうしな。
生きてるってことは異教徒だと判明していないはずだが些細な問題か。教会騎士団に逆らった時点で粛正する理由には十分だ。
拷問されてもログアウトしなかったということは奴隷の首輪でも付けられていたのかね。地球の史実と違って教会が奴隷制度を認めているからなぁ。
「何でこんな、酷い」
泣きながら上野を抱き上げる栗原。上野は歯や爪を全て剥がされて元の顔がわからなくなっている。
罪悪感に梨桜の顔色も青くなっているな。田中もテンプルナイトを睨み付けている。ダンジョンでモンスターに同じレベルの怪我を負わされることもあるんだが、人間にやられるというのはやはり違う。
「間違っても彼に喧嘩を売らないようにね。騎士団長オルフェウス。名持ちの更に上。上級冒険者の一部しか許されない称号持ちだ」
教会騎士団テンプルナイトラウンズ、ソルト支部騎士団長、裂帛のオルフェウス!
現地人の英雄の一人。高レベルプレイヤーに並ぶ武力を持つとも言われる最高峰の騎士か。
「お前が言うか、天秤の早間」
「あまり好きな称号じゃないんだけどな、それ」
当然のようにハーレム先輩も称号を持っている。称号は本人の自称ではなく、周囲から付けられた通り名みたいなものだ。
「それにしても随分と早かったね。戦車・戦闘機に各種の銃で武装した山賊団が相手だったのに」
「搭乗型ゴーレムに鉄の玉を高速射出するだけの魔道具。大量生産が売りの低価格兵器に苦戦するとでも思ったか」
ダンストのシステムに順応しきれてないせいで威力低下してるとはいえ生身で現代兵器を凌駕するのか。
教会騎士団やべえな。伊達に人類の守護者を謳ってないわ。
それに現代兵器で武装した山賊団ってもはや豪族みたいなもんだよな。国から離反して自分達の国を建国でもしようとしてたのかね。
トーラス王国の王を神とするトーラス教にとって革命家とかテロリストは重大な背信者と変わらないのか。
裏にプレイヤーの陰が見えるのが怖いが、科学技術が流出してるから現地人だけでもその気になれば兵器の設計は出来るんだよな。
ゴーレム工場みたいにダンジョン核を利用する方法もあるし。
「まさかその隙に屑共に名を貶められるとは思っていなかったがな。無能な味方ほど恐ろしいものはない」
怒髪天を衝くように額に青筋を浮かべるオルフェウス。怒りのオーラがプレッシャーとなって襲いかかってくる。
あまりもの圧迫感に普通に立っていられずに膝をついてしまった。これは戦闘態勢をとることすら難しいな。
「下手人はもう捕まえたのかい?」
「既に殺した。魂を幽閉して関係者の一斉検挙に役立てているところだ」
裁判もなく問答無用なあたり中世マインドだが、ファンタジー的な力で誤認逮捕もないのか。一周回って現代よりも優秀な捜査官に見えるな。
でも死後まで苛まれるとか冗談じゃない。下手に敵対するくらいなら素直にログアウトした方がいいみたいだ。
「お前らの世界にも屑が蔓延っているようだが、まさか生かしておくなんて言わないだろうな」
「あちら側の世界は死刑にするのも大変なんだよ。現場判断で殺すなんて論外だ」
「ほう。屑共の生きやすそうな世界だな。それでこの女は見捨てる気か?」
「まさか」
ハーレム先輩の笑顔が酷薄そうな笑みに変わる。
「やりようなんて幾らでもあるさ」
忘れてた。この人も愚者には容赦ないタイプの人間だったんだよ。




