第四十九話 教会騎士団
状況は最悪ではないが良好とも言い難かった。
教会騎士団、テンプルナイトラウンズ。名持ちの超大型クランで首都に本拠地を置き、トーラス王国で近衛騎士団に次いで影響力を持つという半公営団体。
現実の中世ヨーロッパに実在した騎士修道会がモデルの教会勢力の武闘派だ。
神王トーラスの加護を受けているエリートで、ダンジョンシステムで考えると人間の上位種族。基本性能からして次元が違う連中。
僧侶職が最下級の同一種族なら、普通の人間は進化に行き詰まった亜種に過ぎない。選ばれし者達。
まあ、種族的な優位だけで戦闘力が違うなら人間がモンスターに敵うわけがないので職業、つまり研鑽の方が遙かに大事だって話だが。
それでも初心者冒険者に負けるなんて普通はありえないから目撃者がいるのに教会騎士団の主張も否定されてないのだろう。
これで上野が異教徒だってバレたら一発アウトだな。魔王の手先だっていちゃもんをつけられても不思議じゃない。プレイヤーはガチの魔族派閥も存在するし。
敵組織として考えると最悪なんて言葉じゃ済まないが、幸いなことにソルト支部の団長を含む上層部が現在は任務で街にいないという。
つまり現状は現場の暴走であって教会騎士団の総意じゃない。近々、団長も帰還する予定らしいので時間さえ稼げば問題は解決するらしい。
助けられた教会も騎士団に苦情を言っているようで迷惑をかけたと田中に謝ってきたという。
有り難いが、これは上が帰ってくる前に上野を処刑してしまって問題を隠蔽する可能性を上げてやしないだろうか。
話が雲の上すぎて出来ることが何一つない。デモを起こそうものならテロリストとして普通にぶっ殺されるだろうしな。
「今は切り替えてダンジョン探索を頑張るぞ。初心者ダンジョンとはいえ、俺らのパーティだけじゃないんだから」
「そうだな。せっかく他のパーティが現地人冒険者に話を通して一部の場所を占拠できたんだ。湧く端から狩っていかないと勿体ない」
「いや、アタシらが狩っちゃ意味ないでしょ。指導に徹しなさいよ」
「つーか、お前ら暗黙の了解を無視しすぎなんだよ。もっと空気を読め、大人だろ」
俺らのパーティにハーレムパーティの一部、元ストリートチルドレンの年長者パーティに男女混合のクラスメイトパーティ。
結構な人数が連携訓練も兼ねてダンジョンで共に探索するようになっていた。
ここまでの勢力になると現地人冒険者も排除に動こうとしないで協議に応じるようになる。
一定人数のメンバーがいないとそもそも一部とはいえダンジョンの占拠なんて段階まで話が行かないからな。ネズミの巣穴以外。
あそこだけは常に冒険者が常駐するようにしておかないといけないから、冒険者ギルドが完全に仕切ってくれる。他は一般の冒険者同士で威嚇しあってるのが現状だが。
突進してくるイノシシを必死の表情で対処してるのを見ると懐かしい気持ちになるな。まだ大した時間は経っていないはずだけど。
命の危機を頻繁に感じていると時間がもの凄く濃い気がする。一瞬一瞬が生きているって感じるというか。
ボクシングや剣道なんかの試合を経験した人間なら理解できるんじゃないだろうか。試合時間はわずか数分間に過ぎないのに丸一日、戦い続けているように錯覚するって状態を。
まあ、今回みたいに謀略的に殺しに来られると話は全く違うけど。嫌になるな、全く。
内心で鬱になりながらもダンジョン探索がてら連携と指導を続けて数日。事態が動いた。
上野が処刑されたわけでも釈放されたわけでもない。
教会から騎士団への苦情が取り消されたのだ。被害にあったシスターに嘆願される形で。
何でも件の泥酔した騎士とシスターは実は恋仲で、喧嘩してたのを周囲に襲われていたと勘違いされたのだとか。
やってくれる。
ハーレムパーティから抜けて教会に入って何日だよ。一ヶ月も経っちゃいないだろ。その間にハーレム先輩のことを忘れて恋人を作ってたと。
まあ、そこはいい。そういうこともありうる。
でもじゃあ、なんでその場で釈明しなかった。上野だけじゃなくて恋人の騎士も今回の件はヤバいだろ。教会が騎士団へ正式に苦情の声明文を出してるんだぞ。
それを数日後にわざわざ訂正させる? 上野が実はハーレム先輩の知り合いだと判明した後で?
教会騎士団にとって都合が良すぎるだろうが。クソがっ。被害者に圧力をかけやがったな。
もうそろそろ、騎士団長が帰ってきてもおかしくないって時に、事件自体がなかったことになった。被害者が被害届を取り下げる形で。不起訴処分という奴だ。
こうなると上野の処遇はどうなるんだ。善意の第三者って立ち位置で日本なら逮捕されることはないが、ここじゃ暴漢から被害者を助けたヒーローを牢屋にぶち込むような所だ。
俺らを捕まえようとしてないあたり、上野が異教徒だってことはバレてないみたいだが、現状でもしれっと行方不明にされてもおかしくない。メンツが立たないからな。
それか、なめた真似を教会騎士団にしないよう見せしめに処罰するかだ。どのくらいの罪に出来る。
「被害者に面会することって可能か、田中」
「……おそらく、大丈夫だ。教会側も怪しんでいるからな。協力してくれるだろう」
さすがにパーティ全員で会いに向かうのは隠蔽が大変だから、俺と田中、小野に上野の友人の栗原で行くことになった。
本当はハーレム先輩を会わせたいんだが、教会側がそれは渋ったからな。嫌われてるなハーレム先輩。
初心者支援の慈善事業もやってるし冒険者ギルドからの評判は良かったから、何か理由があるのかね。
うーん、死者蘇生に関して神様に文句を言ってたから、そっち関連で何かあったのか。それとも魔族との戦争時に権力闘争でもしたか。
あるいは一番最初にプレイヤーがやって来たときに人種問題で派手にやらかしたかのどれかかな。
心当たりが多すぎて絞り込めない。単に冒険者上がりが出世しただけで軋轢が出そうでもあるし。
どれにしろ、援護は貰えない。どんなゲームシステムを取り込んだのか会話コマンドで最良の結果を出すハーレム先輩の力が今こそ必要なんだが。
せめて美里や明里を連れて行けたらな。連れ戻されるのを警戒してるのか、それも駄目だった。
初対面の男連中で説得できると思えないが、会うだけ会ってみよう。パーティメンバーの命の危機に何もしないでいるのはすわりが悪い。




