第四話 文明の証
初めての殺し合いにグロッキーになってたが、薬草を食べてHPが回復したら少しは落ち着いた。
ウルフ相手には心もとないHPだが、それでも数字として死にかかってると表示をされると平静ではいられなかったから、薬草があって良かった。
残りの薬草が尽きる前に補充をしたいし、ウルフの死体を解体して素材に変えたいが、道具がないし余裕がない。
せめて一番、価値の高い牙だけでも回収しておこうと木刀で何度も頭蓋を叩く。血が飛び散ってモンスターが寄ってこないか不安だし、感触が気持ち悪い。
リアルすぎる戦闘とグロが苦手で寿命の代価を支払っててもすぐにゲーム世界からログアウトするって奴も珍しくない。
数千万人はいるっていうゲーム参加者の内、一番に多いのは死者や現役プレイヤーじゃなく、こういう引退プレイヤーだ。
一度でもゲーム世界にログインするとゲームシステムを取り込むから社会問題になっている。ダンストが初心者推奨ゲームになってるのは短時間の滞在でも技能を習得できるからって面もある。
「それでもプレイヤーはどんどん増えるだろうな。海外にチェーンメールが渡った以上、止めようがない」
この現象が広まって現実ではわずか半年、海外に広まって四ヵ月くらい。それで70億以上いる人口の内で数千万人ほどと考えると、まだまだ増えていくだろう。
これからの戦争は戦闘機や戦車じゃなくて生身の人間が活躍する時代に逆行するのかもしれない。
グチャグチャなった頭部から牙が綺麗に取り外せたものだけを回収していく。薬草の入ってた袋に収めて腰に結び、薬草はすぐに使えるように右手に。
レアモンスターだから町に着くまでは出現しないとはもう思わない。そもそも初心者エリア以外では普通に生息するモンスターに過ぎないのだ。
初心者エリアが現実になっても機能していると考えるのは危険なのかもしれない。このD世界は3期生がもうログインしてるわけで、つまり原作の時間軸から二十年は経っている。
しかも原作とは登場する国家も宗教も違う。つまり治める神様も違うってわけで原作のように放任主義かもわからない。
僧侶職がある以上、魔族での魔王と同じように人間の上位存在として神様がいるって図式は変わらないはずだが。
「そういや、回復魔法はどうするかな。ダンストの神様を崇められる気はしないし、別のゲーム世界ではレベルシステムに次いで妨害されるし」
こういう啓示を与える神様が実在するゲームでは、神は妨害さえなければ他のゲーム世界や現実にすら影響を与え始める。
特に海外で社会問題となっているのはこういう部分だ。日本でも新興宗教と同一視されて信者は白眼視される。
「いや、先のことを考えるのは今を生き残れてからだ」
上位プレイヤーと同じ領域の存在を考えるのは3つはゲーム世界を経由してからでいい。
それまではプレイヤーといえど取るに足らない存在に過ぎない。歴史に名前が残る活躍をして初めて目に留まるってのが先達の意見だ。
夜が来るまでに町に辿り着く。そんなことにすら命を賭けなければいけない。何処にでもいる数千万人の一人。
それが現実だとフィクションのはずのゲームが教えてくる。
でも、生き残れれば誰でも英雄になりうる。それがゲームの良いところだ。
さっきまで影も形もなかったモンスターが何処に潜んでいるのか、明確に見える。薬草とは違う光で覆われた場所に踏み込まないように慎重に走る。察知技能のおかげだ。
最も警戒しなければならないウルフが隠密技能を持ってるせいで発見できるのが器用対決なのが不安だが仕方ない。
確実に発見するには盗賊職を手に入れて察知技能を鍛えられるようになってからで、職業を手に入れるには最低限10はレベルが必要だ。
そこまでレベルを上げるくらいなら、町でパーティを組んだ方が簡単に早く対処できるようになる。
それに盗賊になるのは器用が低すぎて向いてない。ステータスの弱点を補強するため盗賊になるのはパーティを組むんなら避けるべきだ。
ステータスは偏っていた方が役割分担をしやすいし、漫画やアニメのようにソロで孤立をしたら不遇を抜け出す前に簡単に死ぬ。コミュ障には辛い環境だ。
でもコミュ能力よりも戦闘力の方がパーティでは重視されやすいし、なんとゲームによってはコミュ能力すらパラメーターにあるからレベルアップできる。
一部の人間に非常に人気なゲーム世界だ。
配下が手に入るタイプのゲームも珍しくないから上位プレイヤーに推薦されたゲームでもある。コミュニケーションに悩む人間は実は意外と多い。
「おっと」
進行方向にいたスライムが飛び掛かってきたので木刀で払う。お馴染みレベル1の雑魚モンスターだ。攻撃力は最初から上がっていないが15もあれば一撃で殺せる。
スライムに攻撃されてもダメージは現状でもないから低レベルのいい経験値だ。危険なのは体力5以下の場合、口内から侵入されて核が無事だと中から消化されるってパターンだ。
身体の出来てない子供とか小動物がスライムの餌食になることもよくあるらしい。
大人なら逆に胃の酸がスライムを溶かすから被害はないのだが、死骸でも食用にするのは忌避感が強いらしく畑の肥料にされたりする。
先達プレイヤーは生きたままだと炭酸が効いたジュースみたいになるからと果汁を絞って一緒に飲んだとか。正気か?
意外とスライムは核の部分はゼリーみたいに歯ごたえがあって、他はジュースみたいに瑞々しいからと遭難した場合にはよく食べられる。
でも害がないからって体内から身体を溶かすモンスターを生きたまま丸のみにする人間は現地人からしても狂人だ。
狂戦士の職業獲得の為に必要だと後から判明したけど、最初に試した人間が狂っているのは否定しようがないんだよな。
もしやクトゥルフ関連のゲーム世界の経由者か。挑戦する人間は少ないが寿命を克服できるゲーム世界の一つだから一定数のプレイヤーはいる。
他のゲーム世界でダンストでいう精神系のステータスを鍛えれば発狂するリスクはかなり低く出来る。むしろ他のゲームにはないSAN値が手に入るから上位プレイヤーの推薦ゲームにすら入っている。
精神が体力と同じで発狂のダメージを減らしてくれるならSAN値はHPと同じで時間経過で正気度を回復させてくれるからな。現実準拠でクトゥルフ関連に遭遇すると如何に高レベルでもマズいらしい。
問題はクトゥルフ系のゲームは発狂しづらくなった程度で何とかなるような甘いものではないっていうことか。
でも問答無用で現実に邪神が来襲してくるような事態になってないだけ救いがある。現実に影響を及ぼすにはプレイヤーを介在させるしかないし、他のゲーム世界の神様が妨害してくれてる。
フィクションだとクトゥルフ系の邪神は真面な神様よりも強いってのがスタンダードだけど、現実にはゲーム世界界隈でクトゥルフ系は弱小勢力でしかない。
これはゲーム世界はプレイヤーの参加者数によって拡大していくって性質が原因だ。見ただけで発狂するような化物が徘徊するゲームなんて現実で行くような奴、そんないないからな。
まあ、如何に弱小勢力だろうとクトゥルフ系は一介のプレイヤーが出会えばマズいのは変わらないんだが。
「あ、明かりだ」
町ではモンスターが近寄ってこないように夜間には常にかがり火を常設している。薄暗くなってきたから火を灯し始めたんだろう。
どうやら何とか初日の試練は突破できたらしい。後はパーティさえ組めれば、しばらく死に怯えることもないはずだ。