第四十七話 殺人鬼と冒険者の境界
ちょっとした雑談から意気投合して、現実での連絡先を交換すると今回の技能指導の時間は終わった。
一回じゃ習得できるはずもないから何回かに分けて指導は続けていく予定だ。
最初は面倒くさいことになったと溜息を吐きたい気分だったが、思ったよりも面白い奴らだったな。リーダーの名前は八木か。
俺らのパーティにもオタクは多いけど、あそこまで吹っ切れた奴は珍しいっていうかオタクだって主張するのが憚られる雰囲気がまだ残っているんだよな。
コミックに出てくるようなヒーローが現実の職業にまでなっているのに変な話だが。
「訓練は終わったみたいだね。最後にちょっとだけ話をさせて欲しいんけど、いいかな?」
「え、ええ。構いませんよ」
ハーレムパーティの方で何か動きがあるな。古参だという女性が遠慮がちに接しているのを見ると外部の人間だろうか。
日本人だからプレイヤーだと思うんだが見たことのない顔だ。
『傾注!』
ヒュィィンと耳鳴りがしたと思うと自然と話し声が静かになって件の女性を誰もが見ていた。
今のは魔法か? 少なくとも呪文詠唱もなかったしダンスト内の魔法ではないな。機械かスキルを使用したにせよ、別のゲーム世界由来の力だ。
「私は現実にいるソルト街の貴族プレイヤーの使者、北上といいます。この家には仕事柄、よく来ているから知ってる人も多いんじゃないかな」
繰り返しゲーム世界と行き来しているってことは寿命の問題はある程度は解決しているってことか。それで貴族プレイヤーの下にいるってことは高レベルプレイヤーだな。
狼のような野性的な雰囲気の女性。軍人っていうほど規律だっているわけじゃない狩人めいた空気。この女性がハーレム先輩の本命か。意外だ。
もっとヒロインめいた儚げな女性を想像していた。個人で道を切り開けるなら干渉しないってのがハーレム先輩の流儀みたいだから。
「ゴブリン戦線に挑戦するプレイヤーには先達として、ちょっとした忠告をしておかなきゃと思って話をさせてもらってるんだ」
ハーレムパーティの表情は複雑そうだが、反発は思ったよりもないな。変な話だがハーレム先輩が認めているのならと一定の信頼があるように見える。
「この都市のダンジョンは極端に言ってしまうと殺人への抵抗を減らして兵士を量産する為に設置されている」
ざわっと動揺の声が広がる。女子の声は少ない。ハーレムパーティは既に説明されていたのかね。
「いきなり戦場に出ると新兵は練度に関わらず心を病むパターンが多いんだ。人は同じ人を殺すのに本能的にブレーキが働くように出来ている。健康的な精神の証って言い換えてもいい」
弥生が魔法の誤射で冒険者を続けられなくなったように、グロが駄目で早期にログアウトするプレイヤーが多いように、そういう人間は決して少なくない。
「だから、何段階かに分けて知らず知らずの内に慣らしていく。まずはネズミの巣穴で大ネズミの相手をする。害虫に対する嫌悪感っていうのは殺戮への躊躇より大きいからね。人類がそれだけ苦しめられてきたってことなのかな。遺伝子に刻まれて忘れられないんだろうね」
気持ち悪くてゴキブリが殺せないって人はいても、ゴキブリを殺すことに反対する人はいないからな。
本能的な殺戮の躊躇を本能的な生存本能で塗り替えているのか。
「そうやって血に慣れたら次は大型の動物。ベジタリアンや動物愛護団体がいるように初めて相手をすると無理だって人も多いよ」
化物ヒツジを狩ろうとした時、格上のモンスターに挑む不安感はあっても動物を殺す忌避感はそういやなかった。何百匹も大ネズミを殺した後だったからか。
「その次に相手をするのはゴブリン。明確な知性を持った相手で進化をすれば人間と変わらない存在。単なる虐殺じゃないのかって現実では非難されることも多いよね。でも生物を殺すことに慣れてゴブリンの脅威を実際に目にすれば、そんなことは考えなくなるんだ。ダンジョン災害が起これば真っ先に襲われるのはこの街だし、ゴブリン戦線で亡くなる冒険者も多い。この街の親しい知人を守る為だって大義名分もある。少なくともプレイヤーじゃない現地人にゴブリンの擁護なんてしようもんなら気が狂ったと思われるよ」
プレイヤーの総数が多くなるにつれ聞かなくなったが、最初はゲーム世界で生き物を殺してレベル上げをするプレイヤーは精神異常者だって論調もあった。
若者の倫理感の欠如なんてテレビ特集も見たことがある。こういう世間の風潮と戦っていたのが中二病芸人と言われるブラックファントムだ。
「最後がクエストで依頼される山賊なんかの犯罪者。ダンストは日本ほど治安も良くないから依頼以外で会うこともあるね。正当防衛は日本でも認められているから納得しやすい。ここまで行けば戦時中なんかに召集されても兵士として役に立つんだ。常備兵を大量に雇えるほどソルト街は財政が豊かじゃないから、こういう政策を進めてる」
そこまで言った後、女性は大きな溜息を吐いた。
「でもね。現代日本で正当防衛とはいえ殺人をした人間がどういう目で見られるか想像つくよね。本来なら何があろうと人殺しなんて良くない。それが現代の倫理感なんだ」
確かにそうだ。いや、そうだった。ヒーローとヴィランという言葉が出てきたように、現実もゲーム世界に触れて変容してきている。
果たしてヴィランを殺害したヒーローが白眼視されるのか? 疑問に思う程度には現代社会も変わってきてるな。
「ダンストで武力でもって問題を解決していると現実に戻っても思うんだよ。気にくわない奴を殺して口を塞いでやろうかって。実行に移さなくても選択肢として考えちゃう」
殺人に対してのハードルが下がるのか。次元が違うが、あの有名な偽聖女のように。どうせ生き返るんだから殺してもいいやって風に。
特に戦国を舞台にしたゲーム世界は影響が強そうだな。何万もの軍勢がぶつかって殺し合いを続けているなら死を数字としてしか捉えられなくなりそうだ。
「だからゴブリンと戦う前に改めて考えて欲しい。倫理感ってのは時代によって社会によって大きく変わるもので、必ずしも殺人が最大の禁忌じゃないんだ。軍人が血も涙もない冷血漢かといえば違うよね? 心が麻痺して何も感じなくなったとしても、それでも守るべき何かがある。プレイヤーを続けていくと、どうしても殺人は避けては通れない場合があって。でもだからって快楽殺人犯と同じになったわけじゃないんだ」
無差別に死をばらまくような殺人鬼と戦士の違いか。誇りとか、そういう話になるんだよな。
現代風に訳すならTPOを守れって風に捉えてる。要は社会の枠組みから外れるなってことだ。
「どういう生き方なら納得できるか。未来に希望を持てるか。心の土台となる何かを見つけて欲しい」
以上、ご清聴ありがとうございました。と、北上さんは頭を下げた。
パチパチ……という静かな拍手が大きな喝采になるのにそう時間はかからなかった。
これは釘を刺しに来たな。ダンストで犯罪者から身を守ることは許容しても現実で同じ真似をするんじゃねえぞって。
後は冒険者に向いてない人員の排除か。何人か、今の話を聞いてログアウトをしようか迷っているプレイヤーがいるな。
偶発的に殺人を犯してしまって一生涯を苦悩して過ごすとか、最終的に自殺するパターンもありえるだろうし早めに冒険者を諦めさせるのも良心的なのかもしれない。
ダンストはステータスに精神パラメーターなんてものがあるから、苦痛でも耐えてしまう場合もありえるだろうし。
精神的外傷か。全くせっかくゲームが現実になったのに上手くいかないことばかりだ。




