第四十二話 モブの悲哀
「そうか、初心者の宿屋を卒業するのか。随分と速かったな」
宿屋のおっさんに話を通すと簡単な手続きで宿を変えることが出来た。これから住む宿屋自身も名持ちの名店だから素行が悪いと許可が出なかったりするんだとか。
一見さんの場合は割増料金で宿代を請求されて、馴染み客になったら割引されたり長期間の宿泊が可能になったりする。
その間に情報収集をされてるんだな。中世はやはり余所者に厳しい。
情報は冒険者ギルドを通して行き交い都市のお偉いさんにまで伝わるようになっている。
冒険者と一口に言ってもゴロツキ紛いのろくでなしから将来の英雄候補まで幅広いし、プレイヤーの情報なんか詳細は調べようもないもんな。
でも、この都市の場合は貴族プレイヤーが納めているから、下手なことをすると現実で警察に取り調べを受けることになったりするかもしれない。
ゲーム世界との繋がりを保って治安を良くしようと日本政府も色々な取り組みを行っている。海外と結んでいる犯罪者の引き渡し条約をゲーム世界の一部地域とも結んでいるのだ。
時間の流れが違うこともあって上手くいかないことも多いが、その努力は社会が新しい時代に向かうには必要不可欠なものなんだろう。
「色々とお世話になりました」
「お世辞はよせよせ。大した関わりもなかったろう」
礼儀として頭を下げるとざっくばらんに切り捨てられた。まあ、せやな。モブ程度にしか思ってなかったよ。
ラノベじゃ宿屋の可愛い看板娘とか冒険者ギルドの受付嬢とかとフラグが立ったりヒロインになったりするけど、ダンスト内じゃ両方オヤジしか見かけなかったんだよな。
何、キャラ未実装なの? とんでもない不具合じゃない?
「可愛い看板娘とかいたら気に入られようとしたかもしんないですね。冒険者ギルドとかも受付はむさ苦しい男しかいないですし」
「ゴロツキのたむろする冒険者ギルドで女を矢面に出す馬鹿が何処にいんだよ」
「俺らの世界のフィクション……御伽噺とかじゃ、お約束なんですよ」
まあ、ナンパしようと受付に居座るような冒険者が後を絶たないなら仕事にならないか。
それに本当にいても声を掛けづらいだろうしな。気まずくなるだけならまだしも、それが理由で他の冒険者に因縁でもつけられたら堪らない。
冷静に考えたらラノベに出てくる冒険者ギルドの受付嬢って争いの火種にしかなってない気がするわ。別にいなくていいよな。
絵面がむさ苦しいって理由で登場させるのかね。まあ、俺らのパーティって男しかいないし、アニメとかになったと考えたら絵面が酷いことになるもんな。
それでやっと登場する女性キャラクターが他人のハーレムメンバーか。これは苦情が出る。
「そんで看板娘ね。渡り人は似たようなことを言うな」
「これもお約束ってやつですね。冒険者が命掛けの探索から帰ってきたら待ってる人がいるっていう日常の象徴みたいな感じで」
知り合って短期間しか経ってないのに伊藤と弥生がカップルになったのも、これが理由だろうなぁ。
明日、生きてるかわからないってのは相当なストレスだから、逃避先を自然と求めるもんだ。しかもその相手も冒険者なわけで。自分が危険な目に合うと相手の身を心配するっていうスパイラル。
非日常でのドキドキを恋愛のドキドキと混同するというか、ゲーム世界から帰還した途端に破局するカップルも多いという。
ま、雑誌の受け売りだ。実際に恋愛経験のない俺がどうこう言うもんじゃないか。
「なるほどな。それで只の宿屋の看板娘が魅力的に映るのか」
「娘さんがいらっしゃるんで?」
「もう結婚したがな。渡り人と現実とやらに行った」
こっちのロマンは実在していたか。まあ、もう売り切れてるけど。そうだよな、ヒロインが主人公と結ばれた後ならモブは姿も見れねえよな。
「もう四年も前の話だ。元気にしてるかね……」
「えっと、四年なら向こうじゃまだ半月くらいしか経過してないです」
「そうか。それなら子供も生まれてりゃしねえな」
ちょっと泣きそうになってるじゃんか。何で宿屋のオヤジとこんなディープな会話をしてるんだ。モブじゃなかったのかよ。
「あの、その。反対はなさらなかったんで?」
「お前さんらにはこの都市は平和に見えてるんだろうが、俺らみたいな戦う力を持たない奴らからするとな、色々と不安なんだよ。万が一を考えると娘にはもっと良いとこで暮らして欲しくってな」
確かにダンジョン災害で都市が丸ごと滅ぶ可能性もあるし、そこまで行かなくても人攫いとかもいるしな。
ちょっと前にも大規模犯罪組織を一部とはいえ高レベルプレイヤーが連合を組んで滅ぼしているし、水面下では危ないのかもしれない。
「結婚相手も話してみたら良い感じだったし。下手にこの都市の男と結婚させて奴隷みたいに酷使されるかもと考えちまうとな」
中世で妻は旦那の所有物だ。財産権もないし自由もない。内実はかかあ天下かもしれないが表向きはそうだ。
法律が変わったとはいえ、いや変わったからこそプライドを刺激されて女性蔑視が蔓延してる危険性もある。確かに現代日本へと送り出した方が幸せになるかもな。
現実は現実でゲーム世界の影響で不穏なんだが。ヒーロー達が治安維持に尽力しているし、そう酷いことにはならないと思う。おそらく。
「おっす、手続きは終わったか?」
「大丈夫ですか?」
「ん、おお。この紹介状を見せれば宿泊できるようになるぞ。これからは一ヵ月間の先払いになるから覚えておけよ」
岩田が来てくれて助かった。他人の家庭事情を延々と聞くはめになるとこだった。
宿代は一ヵ月の先払いで一万ゴールドぴったり。一日で333ゴールドくらいになる。
初心者の宿は雑魚寝で20ゴールド、四人部屋で50ゴールドなことを考えるとかなり高いが食事・風呂付とサービスは良い。
1万ゴールドの秘伝書が100万円で売れたことから無理やりに現代の賃貸料に置き換えると、一月毎に雑魚寝は6万円。四人部屋は15万円。高級宿は100万円になる。
ソルト町、いや都市は開発が急激に進んでいる大都市なことを考慮に入れると妥当なとこだろうか。高いけど。
初級ダンジョンを探索する冒険者は一回で100万円近くを稼ぐ高給取りだし問題はないんだが、日本円で考えると躊躇するよな。
富の再分配とか国の行政機関が全く考慮しないから上と下の格差が酷いことになってる。まあ、今は現代もゲーム世界の影響で経済格差はヤバいけど。
寿命すら延ばせるようになった裕福層とか昔の貴族より質が悪いんじゃないだろうか。武力も持ち合わせているしな。
ウルフに襲われた一番最初にログアウトを選択していたらどうなっていたのか。寿命が10年短くなって後悔をしながら進学の為に勉強とかしたり……。
考えたくもないな。安月給でブラック会社に入社して扱き使われているのが見える見える。
まだ冒険者になって大して時間も経ってないし、それほどの実力でもない俺達でも一日で100万円も稼げるとか判明したらもう就職活動とか真面にやってられないや。
行き来するたびに10年の寿命が縮まるとか物価の変動が激しすぎて安定しないとか、反論は思い浮かぶが、だからって今更な。
現地人をブラック会社が採用して奴隷のように扱っている話は以前したが、逆に言うとそれはブラック会社に勤めていた会社員が辞めてゲーム世界にプレイヤーとして参加したことも意味してるんだよな。
成功する奴が一握りだろうと現実逃避も含めてゲーム世界にログインする奴の気持ちもわかる。時間が経って寿命が減るほど不利になるし。
俺が若い内にゲーム世界の存在が判明して良かった。まだログインして数ヵ月しか経ってないけど、そう思う。
たった数ヵ月の間に何度か命の危機を味わっているけど、その分のリターンもやはり大きい。冒険者ってそういう商売だよな。崇高な意味でも下世話な意味でもロマンがある。
ステータスの仕組みとかも個人的に好みだし。今はちょっとでもこの数字を上げてやろう。ゲーマーの血が騒ぐ。




