第三話 よくある死闘
走り始めるとゲームシステムの影響はすぐ体感できた。普通は呼吸が苦しくなって胸が苦しくなったり身体が動く反動で痺れたりするもんだ。
そういうマラソンの負荷が一切、感じられない。筋肉が動いて疲労してるのも心臓の鼓動が激しくなってるのもわかるが実感がない。
自分の身体がテレビ画面越しに見るようにあやふやだ。苦しくないから呼吸もいつも通りで、ぜいぜいと大きくなったりもしない。
心配になってステータスウィンドウを見てみると早速HPが減っている。やはり、おかしいのか。
意識して呼吸を大きくして肺を動かす。自然にやってたことが出来なくなるとこんなにも不便なのか。
レベルが上がれば、まったく気にならなくなるらしいんだが不安感がすごい。やっぱステータスとかゲームシステムを取り込むとか早まったか?
今更な後悔に顔を歪めながら道を見回す。モンスターの気配はない。初心者プレイヤーの為に設置をされた町の方角を記した看板もあった。
プレイヤーの初期スポーン地点はいくつかある初心者エリアに設定されている。
現実になっても出てくるモンスターは弱いし、非アクティブなんでレアモンスターが出てこない限りは安全だ。
そもそもダンストはタイトルにある通りダンジョンが主体のゲームだ。フィールドは最高難易度でもレベル20~30もあれば簡単に移動できる。
ゲーム世界になってレベル上限が撤回されてると言っても必要経験値の関係から大きくは変わっていないはず。
その分、蟲毒状態になってるダンジョンの危険性が増しているが、モンスター同士は食事以外で争うことはあまりない。
適度な間引きで冒険者ギルドがダンジョンを管理している。あるいはゲームでのラスボスに当たる魔王と部下の魔族達が。
過去のダンジョン蟲毒で生まれた魔王と魔族達はもしかしたら人間以上にモンスター氾濫で起きる災害を恐れている。管理しきれないと判断したら即座にダンジョンを潰すはず。
まあ、自然のマナ結晶がダンジョンだから、潰すよりも早く魔族や魔王が生まれて下克上をされたりするんだが。
人間すらもダンジョンから生まれたっていう設定なんだからお互いに協力しろよとは思うが人種問題に国境問題に宗教問題と厄ネタオンパレードで無理ゲーだ。
何処かで聞いたような話に開発会社よくやるなーと感心してたが現実になるんなら自重して欲しかった。
「グルルッ」
喉を鳴らすような音が今、確かに聞こえた。
嘘だろ、おい。周囲を見回してもそれらしき姿は見えない。草原地帯と言っても背の高い植物が生い茂っていて潜まれたら素人では発見できないと知っていはいたが、ここまでか。
初心者エリアにおけるレアモンスター、ウルフ。餌となる小動物すら少ないフィールドに縄張り争いに負けてやってくる一匹狼。
ダンストの初心者プレイヤーの一番の死因になるモンスターが最も死にやすいタイミングで襲い掛かって来やがった。
町にはどう考えても逃げ込めない。残る手段はログアウトをするか、ここで抗うか。
「くっそが、こいや!」
迷うまでもない。こんな序盤ですぐにログアウトしては上位プレイヤーどころか冒険者としてやっていけるわけもない。
しかも十年の寿命という高すぎる授業料まで支払う羽目になる。冗談じゃない。
右手に持っていた薬草を急いで口に入れると木刀を両手で構える。が、遅かった。
「っ!?」
振りむいた時にはもう右足をかまれていた。近くに走ってくる予兆すらなかった。野生の狼ってここまで強いのかよっ。
マラソンの時には死ぬまで痛覚が働かないくせに攻撃されたら猛烈に痛い。ゲームに実装されてるせいだ。
すごい勢いでHPが減っていくが悲鳴を押し殺して薬草を飲み込むと勢いが穏やかになった。ウルフのレベルは5はあって攻撃・隠密ビルドだが、筋力はそこまででもない。
攻撃力は筋力・素早さ・器用を足して三で割った数字だ。ウルフは素早さに特化して隠密技能を所持しているから初撃で殺されるパターンが多い。
でも噛みつきは最初のダメージ以外は筋力パラメータ依存の持続攻撃だ。薬草で初撃さえしのげれば、こちらの方が有利。
「ギャィンッ」
倒れ込んで木刀を振れる姿勢でもなかったから目玉に指を突っ込んでやった。ゲームといえど急所はクリティカルとして実装されてるから、さぞ痛かろう。
だが油断は出来ない。少なくともダンストではHPがなくならない限り心臓を抉られようが首だけになろうが回復手段さえあれば死なないのだ。
「死ね、今すぐ死ね、抵抗するな!」
目玉を抉られて転げ回っているウルフを滅多打ちにする。器用が低いせいで何発か外れる上に重要な部位には当たらない。
それでも当たりさえすれば筋力と素早さで攻撃力の数字以上のダメージになることもある。現実とゲームの法則が複雑に絡み合ってて考察するほど頭が痛くなる。
戦闘中なのにネット情報が頭に次々と浮かんできて現実感がない。自分はゲームをやっているのか、生物を殺しているのか。
気が付いたら全身をぼろぼろにされたウルフが息絶えていた。武器が木刀だったおかげで返り血はない。初心者エリアといえど血の匂いをさせていいことはないから配布武器はよく考えられていると思う。
「ああ、ナイフもないから解体も出来ねえな……」
ぼんやりとしながら、そんなことを思う。疲れた。
殺し合いに現代人が簡単に馴染めるわけがなかったんだ。そりゃ死人も多い。
でも、格上を殺した恩恵はあったようでレベルアップしている。低いHPにハッとして薬草を探す。まだ、安全地帯にいるわけじゃない。
中島充希(1/8)ステータス
『Dungeon History』
・レベル3 ・職業なし
HP6/30 MP20/20 攻撃15(10+5) 防御12(9+3)
筋力15 体力13 素早さ10 器用5 精神8 知識12
・呪文なし ・特技なし
・技能『採取』『察知』
・装備『木の棒(攻+5)』『冒険者の服(防+3)』
ステータスは体力と精神が1上がって察知技能を習得か。ダンストは低レベルの内はステータスの上昇がしぶい。
そのぶん、初期のレベル差は無視できるからモンスター戦はもっと楽だと踏んだんだが。
訓練でもステータスは上昇するから戦闘訓練をしていない現代人だと不利なのか、もしかして。
薬草の回復量は20HPだから、マラソンとウルフとの戦闘で44HPも減っている。薬草で26まで回復させても一撃死がありうるのか。
防御力は体力・素早さ・器用を足して三で割った数字になる。攻撃と同じく盾の使い方や体裁きでダメージはいくらでも変わるから、素の状態の防御力は体力パラメータを参照した方がいいと言われている。
でも装備では補いきれない素肌も何故か装備をしてると頑丈になるという話もある。状況に応じて防御力と体力、どっちを参照してるのかわからない場合も多い。
たしかモンスターの攻撃に防御力を貫通して体力とHP勝負に強制的に持ち込む特殊なものがあるんじゃないかとか議論されてたような。
ゲームでは攻撃・防御の項目が別個であるのは装備の補正以外にもアクセサリーや呪文・特技の補正が直接いくからだ。システム的に上昇しうる外枠の力といった感じか。
ダンストのゲームシステムを取り入れた以上、HPがなくなるとかすり傷だろうと死ぬ。心臓や首をやられても部位欠損の状態異常で継続ダメージを食らうから高確率で死ぬ。
低レベルの内は現実よりも不便になるのがゲーム世界だ。可能な限り安全に早急にレベルアップをしなければならない。
「ゲームなら攻撃力・防御力が適応されないなんてありえないのに」
攻撃が空振りしてミスはしても攻撃コマンドを選べば必ず攻撃をしてくれた。状態異常もないのにコマンド通りに動かないなんてありえなかった。
装備があれば攻撃には必ず使用できた。引きずり倒されて素手で抗うなんて状況は想定されていなかった。
「これが現実となったファンタジーか」
ゲームでは描かれなかった現実。雑魚モンスターに当たり前のように蹂躙される人間。
この世界で人間は動物の一種でしかなく、世界の支配者は大いなる自然そのものだった。