第三十七話 ブラック会社の本質は奴隷商
荷物の削減も兼ねて突撃イノシシの焼肉で飯を取った後は、さっそくスラム街から脱出するべく準備をすることになった。
と、言ってもアイテムボックスがあるから引っ越しは簡単に出来るし元から何時でも逃げ出せるように荷物は纏めていたらしい。数分もあれば作業は終わった。
まあ家賃を払って住んでるんじゃなくて廃墟を不法に占拠してるだけだろうしな。何処から文句が来るかわかったもんじゃないから準備万端なのは理解できる。
大変だったのはむしろ年少の子供達の引率だ。只でさえ幼い子供は言うことを聞かないし、初対面だから懐いてもいない。
下手に頭がいい子もいるせいで売り飛ばされるんじゃないかと逃げ出す始末。お前一人で逃げても本当に売り飛ばされるか野垂れ死ぬだけだぞ。
察知技能と気力感知を覚えていて本当に良かった。年長組が必死になって纏めても人数が多すぎるんだよな。
俺らがたまたま協力することにならなきゃ何人かは行方不明になっていたと思う。
先行させていた高橋が途中で美里達を応援に連れて来てくれた時は本当にホッとした。
危険なスラム街近くに女子を連れてくるとか後でハーレム先輩に怒鳴られるかもしれないけれど、戦力が違うんだよな。
「明里! 本当にもう、心配ばっかりさせて。ログアウトせずにスラム街にいるって聞いた時は心臓が止まるかと思ったわよ!」
「ゴメン水樹。何か成り行きでね」
「いやガチで正気じゃねえって」
「無事で良かった。本当に良かった。もう二度と無断で外に出ていったら許さないから」
「気持ちが重い……」
「水樹ってヤンデレだよね」
久しぶりに会ってはしゃいでいるのか女子同士で抱き合ったりして親睦を深めている。
まあ状況を考えたら普通は十中八九、ログアウトしてるものな。
「アユム、あの子達が保護したストリートチルドレン?」
「ああ。そうだぞ」
「まだ小学生にもなってないような年の子もいるのね」
「まあな……」
「悔しいなぁ。ヒーローになるって言っておきながら足元の事すら見えてなかった」
「俺もだ。明里の方がよっぽどヒーローしてるよな。話しかけても打ち解けることすら難しいんだよ」
「お姉ちゃんなのよ普段から。気配りとかが上手くてさ、自然と気を許しちゃう」
「すげぇな」
美里と田中のヒーロー志望者は今回のことで思うことがあったのか話し合っている。
一歩、間違えたら奈落の底まで落ちていきそうな危うい状況だったと思うんだが。最終的にご都合主義的に上手く行ったからって手放しで称賛するような話だろうか。
ここで引っかかるのが捻くれ者の所以だな。俺はヒーローよりもヴィラン気質だと自分でも思うわ。
膨れ上がった冒険者集団にわざわざ関わろうとする人間もおらず移動はスムーズに済んだ。運が良かったな。
そこら辺のチンピラが目にも映らない速度でこちらを蹂躙してくる可能性すらあるんだからファンタジー世界は怖い。
一定以上の実力者はハーレム先輩の脅威を理解して手出ししないと思うんだが、後先を考えない末端にすらまだ敵わないだろうからな。
無事にハーレム先輩の家に入っていくストリートチルドレンの子供達を見送ったら俺達の役目も終わりだ。
説得は女子に任せれば問題ないだろう。下手に関わると伊藤みたいにこちらが動く羽目になるかもしれない。
放置をしたらどうなるかわからないと見てて不安になるくらいの塩梅がハーレム先輩を動かすのに最適だからな。
自力で問題を解決できると思わせてはならないんだ。
翌日の朝練にストリートチルドレンの年長組が参加するようになったことからも、分析は間違っていなかったようだ。
まだ会って一日しか経っていない割にハーレムパーティと随分と打ち解けているように見える。
少なくとも問答無用で追い出されるような事態にはならなかったか。弱者には優しいが愚者には厳しいところがあるからな。場合によっては切り捨てられるんじゃないかと心配だったんだ。
他にも何人か初心者支援と銘打ったハーレムを築いた先達プレイヤーはいるそうだが、ハーレム先輩ほど寛容じゃないらしいからな。
道端のナンパに付いて行くのと同じくらいの危険度って話だ。冒険者ギルド直々に推薦されたらしい先輩ほど真面目に初心者支援をするプレイヤーは珍しいとか。
まあ、奴隷の首輪がある中世社会でハーレムを作るだけで搾取もせずに支援するってだけで先達プレイヤーは皆、紳士扱いだが。
うん。少なくとも別ゲーム世界にログインするのは奴隷の首輪に対抗できるだけの強さを得た後にしたいな。
具体的に精神パラメーターがどれくらいの数値で抵抗できるんだろうか。高レベルになるほどステータスはインフレするから詳細不明なんだよな。
まあ、別世界でも即死案件は文字通り死ぬほどあるらしいから何処まで鍛えても終わりはない気もする。それこそ上位プレイヤーになるくらいでないと。
「レストランの特殊メニュー、食ってみたぞ」
「お前、気功秘伝書の為に貯金してるってのに無駄遣いすんなよな」
「千ゴールドでパラメーターアップが出来るなら安いだろうがっ」
「はいはい、どっちにしろ何時かは試す必要があったんだから言い争わない」
「それでどうだったんだ。俺らの推測は当たってた?」
「材料は持ち込みだったよな」
「いや、それは希少食材だけだ。最低額だとスライムの炭酸水と大ネズミのステーキだった」
「スライムはともかく大ネズミは死後に病毒を発生させるだろ」
「フグみたいに毒を取り除けばいいってわけでもないしな」
「何か調理師の生産職を持つ人間が生きたままさばくことで毒の無効化が可能だとかで」
「えぐい」
「まあ魚もぴちぴちの新鮮な生きた奴をその場でさばいたりするし」
「それよりステータスはどうなったんだ。上がったか?」
「ちゃんと1ポイント上昇した。初めてモンスター食品でパラメーターアップしたな」
「食えないモンスターを食えるように調理するのは確定。後はレシピ毎にステータスアップするのか、ステータスアップの確立を上げているのか」
「たぶんレシピ毎だと思う。もう同じメニューだと特殊効果はないって明言されたからな」
「確定で上がるのか。しかもモンスター肉とは別枠で。これは強い」
「知らなかったら希少素材とかを売ったり無駄に食ったりしてたかもな。これは憶えておかないと」
「あ、蜜林檎はモンスター食材じゃないけど特殊レシピの材料になるんだって聞いたぞ。他にもダンジョンにはそういう材料が多いってさ」
「なるほど。妙に高いなとは思ってたんだよ」
「初級ダンジョンで比較的に手に入れやすい蜜林檎はともかく、もっと希少な奴も探せばあるかもな」
「あのクソ高いお菓子類も特殊効果があるのか?」
「いや、それは単純に輸送費とかの問題でしょ」
「普通に甘味が希少なんだと思う」
「別に食事って強くなるために食べる物じゃないからな」
「特殊メニューにもお菓子はあるよ。値段はもっと高いけど」
「俺も行ってみるかな。千ゴールドくらい平気だろ」
「うん。確定でステータスアップするなら無駄遣いじゃないな」
「嵌って散財するなよ。ちょっとした能力上昇よりも気功特技の方が必要不可欠なんだぞ」
「へいへい」
「わかってるって」
レストランの特殊メニューか。もはやステータスを金で買うようなもんだな。
この世界の裕福層も元の世界と同じく生半可な存在と思わない方がいいみたいだ。平民主人公が貴族に喧嘩を売って勝つ描写がラノベには多いけど、普通は処刑されて終わりだよな。
現実で貴族が死ぬパターンは暗殺か革命であって喧嘩じゃない。護衛がいるしな。武力は財力で買えるのだ。
まあガチの事故死に病気で死ぬこともあれば体面上そういうことになったパターンもあるから恥をかかされたと思えば殺しに来る厄介な生物が貴族なんだが。
ちょっとした動向で自分から死ななきゃいけないかもしれないとかストレスがヤバいな。プレイヤーの中には貴族に成り上がる人間も多いって聞くけど平気なんだろうか。
まあゲーム世界の貴族って強けりゃオッケーな、なんちゃって貴族も多いから問題はないのかもしれない。
テーブルマナーや言葉遣い一つでアウト、晩餐会で権謀術数を張り巡らせるような探り合いなんて現代日本人に出来るとは……いや、システム能力によっては可能なのか。
マナーってのはちゃんと出来るかどうかで身内判定をする中世時代の身分証明なんだが、プレイヤーなんて異邦人がいると機能しないな。
いや、そこまで出来るプレイヤーは交渉可能な相手だから身内判定でいいのか。
よく貴族ってのは同じ貴族以外は人間扱いをしないと非難されるが、実際に貴族じゃないと暴力で問題を解決しようとする人間が昔は多すぎるんだよな。
商人は商人でマフィア紛いの暴力集団としてギルドを結成してるし各種ギルドで縄張り争いをしてるしで油断ならない。
村も以前に聞いたように山賊によく変貌するしで力のない無力な存在とかそういないんだよな。いても直ぐに死ぬか発言も出来ないし。そりゃ倫理なんて言ってられないわ。
比較的に良識的な存在が教会なんだが、修道女とか昔は性奴隷として酷使されていたっていうし俗世と無関係な存在じゃない。
普通に教会のお偉いさんだと権力争い始めるし免罪符とか言って罪を金で許したりするしな。時間経過で美化されすぎてるんだよな。
まあ、現代社会でDVや育児放棄やイジメがあるから倫理観が低いかっていうとそんなことはないから偏見の目で見すぎてるのかもしれん。
それに神が実在するダンストでリアル中世と同じ状況にはならんだろうし。でも代わりに階級制度を認められているせいか奴隷解放とかの動きも全く起こらないんだよな。
モンスターは進化するからダンジョン核の神にとって階級制度は馴染み深いものだろうし疑問に思わないのかも。ここは仕方ないのかもしれない。
現代社会だって戦争が続けば倫理なんて容易く崩壊するし、ゲーム世界の出現で下層階級として奴隷が復活しそうな気配もある。
現地人を支配化に置いて現代に連れていけるゲーム世界もあるんだよな。法整備も整えられてないしグレーゾーンとして見逃されてる状況だ。
賃金も支払わなくていいし酷使できるとブラック会社でよく活用されているんだとか。この半年で求人広告が明確に減っているという話だ。
まあ同じ日本人を雇うとなると最低賃金だろうと高いしな。そりゃ単純労働なら外国人ならぬ安い異世界人労働者を活用するか。
科学技術と魔法技術の融合と進歩でAIも人間とほぼ同じ身体を得て実用化されるって話もあったな。宗教的な批判と倫理的な拒否感で導入はまだ見送られているが。
このままだと一部の職種とシステム能力を手に入れたプレイヤーくらいしか仕事のない格差社会が実現しそうで怖いな。
社会保障を手厚く、いやベーシックインカムを導入して無条件で金をバラ撒くくらい思い切った政策を実現しないと餓死者が続出するディストピアになるんじゃないか。
どうなるにしろゲーム世界で鍛えて万一に備えておくのが無難か。倫理はやっぱり時代が進むにつれて力こそが至高の前時代に退化していくのかもしれないな。
・明里
実は何かの主人公というわけではない普通のモブキャラ。
漫画でゲストキャラとして一回だけ出てくる個性が尖ってる登場人物の類い。
後述する主人公の運命力に導かれて場を引っかき回したが、素の状態だと2D6のサイコロに運命を委ねることになるので、家出はかなりの博打だった。
モブだろうと場合によっては主人公以上の存在感を示す実例である。
・明里にスリを仕掛けた少年+ストリートチルドレンの留守番役の少女ラナ
現地人のW主人公。転移者アンチ系。
貧乏ながらも健やかに暮らしていた少年少女が現代からやって来た理不尽なチートに蹂躙されて復讐と成り上がりを決意する一大叙事詩、に出てくる主人公枠。
片割れが死ぬと運命力の上昇と覚醒を果たし復讐譚の色が強くなり、離別だと運命力の上昇とラブロマンスの色が強くなり異性が寄ってくるようになる。
物語の序章として転移者を無差別に引き寄せていたが、やって来たのが善人の明里だったことから物語の前提が破綻した。転移者に助けられたことで運命力が低下し、前作主人公たる早間の運命に取り込まれたことで更に運命力が低下。もはや普通のモブと変わらない状態になっている。
だが、主人公であることが幸せであることとイコールではない。
本来なら離れ離れになるはずだった両思いの二人が幼少期から続いて隣に居続けられる現在は、主人公であるIFよりも遙かに幸せなことなのかもしれない。




