第三十五話 ちみっこ冒険者
俺達は結局、危険な初級ダンジョンを梯子して最終的に初心者ダンジョンに戻ってきたことになるわけだが。
それで稼ぎが低かったから初級ダンジョンに行ったのは徒労に過ぎなかったかといえばそんなことはなかった。
まだ試行錯誤している装備素材はもちろん、ステータスアップに重要な新しいモンスター肉も手に入ったし、首狩り兎の存在で反応速度に関する素早さパラメーターの設定も少しは詳しくなった。
特技は対応する職業熟練度の分だけ補正で強力になっていく。クラッシュなら戦士の戦闘職業が、ショットなら盗賊の戦闘職業が重要だ。
スラッシュは戦士・盗賊のどちらでも習得可能になるから二つの職業熟練度が加算されるかというと、残念ながら違う。
どちらでも習得可能な特技なら、最も高い職業熟練度が参照されることになる。これが職業を選別した方が強い理由でもあるんだが。
これを逆算して考えると全ての職業が習得可能なダッシュの特技は盗賊だろうが戦士だろうが補正は同じだということになる。
一律して素早さに20の加算をするダッシュ。でも気力操作を覚えられる戦闘職業は発動時間を短くすることで更に効果を高めることが可能だ。
十秒の効果時間を一秒にまで短縮して発動する。これが発動時間を操作できる限界なんだが、十分の一まで時間を縮めたから十倍の速さになるというほど単純じゃない。
厳密に数字で測れるものじゃないから体感だが倍も効果が出てればいい方だろう。これは限界まで効果時間を延ばしても二十秒が限界だったことからも確かだと思う。
自分の場合はモンスター肉でステータスアップしたのも含めて素早さ15に、ダッシュ40で55の最高速度になる。
だが、そのスピードを戦闘で出せたことはない。自分自身のスピードが速すぎて反応が追い付かないのだ。
これは恐らくは素早さパラメーターに隠しステータスとして反応スピードが設定されているんだと思う。
高橋に協力してもらって速さ比べをしてみたところ、気力操作をしていない通常状態のダッシュに負けることになった。
高橋の素早さは恐らく30付近。それでダッシュを加算すると50。それ以下が反応限界になる。
気力操作で高橋に調査に付き合ってもらった結果、反応スピードは45。素早さの三倍だという結論になった。
なるほど。戦士が盗賊に弱いわけだ。高橋は90までのスピードに反応できてダッシュで70の素早さで動けるのか。
限界までダッシュで加速した高橋の動きはギリギリで見えたから知覚速度は五倍まで可能ってあたりかな。
高橋が首狩り兎の視認には成功しても反応できるかは怪しいってことは首狩り兎のスピードは90付近。他のパーティメンバーでは見ることも不可能。
脱兎の特技が半端じゃないな。防御が紙だったことからもマイナス要素がある代わりに恩恵は高い特化特技ってとこか。
特技の使用にはHP消費が必要だから体力は減っていない。常時防御-20の代わり特定条件で素早さ60アップってあたりか?
特定条件が逃げることだったろう一角兎はともかく、首狩り兎は命の危機あたりが条件で盗賊の韋駄天相当の特技を保持して防御貫通特技で攻撃してくる。
質が悪いってもんじゃないな。
しかもゴブリン戦線と中級クラスのダンジョンモンスターからは気力操作・魔力操作くらいは平気でやるとハーレム先輩に聞いたから首狩り兎の上級モンスターは更に加速してくるはず。
それか特定条件を緩和して遠距離から脱兎特技で詰め寄って来て不意打ちに暗殺をしてくる。
兎系モンスターの最終派生ってゴブリンと同じく亜人の兎獣人なんだよな。射手職と盗賊職特化の種族。器用貧乏の人間だと基本性能で負けるのは仕方ないのか。
だが、まだ首狩り兎なら防御貫通を無効化して防御力に体力を加算する気功特技を手に入れたら即死の危険は恐らくない。
あとは視認できるようになればブレイクの範囲攻撃で始末できるはず。素の素早さの五倍まで視認できるなら18くらいあれば見えるようになると思う。
決して手に負えない怪物じゃない。うん。
初心者エリアに出没する一角兎にも過剰反応してるメンバーもいるからな。この情報は周知しないと。
「でも、今の俺らじゃ油断すると即死案件だぞ」
「黄昏兎の草原なら一角兎しか出てこないって。へーきへーき」
「ダンジョン災害が起こってないと頻度は低いけど、モンスターって通常状態でも進化するからな」
「初心者エリアの一角兎だと舐めてたら実は首狩り兎だったなんてオチに?」
「進化したモンスターは祖先の生まれたダンジョンに里帰りする習性があるから安心してくれ。本能みたいなもんだ」
「鮭が生まれた川に産卵しに戻ってくるようなもんか」
「里帰り中に遭遇する前フリにしか聞こえない」
「それリアルラックなさすぎだろ」
「まだモンスター肉で当たりを引けてない俺の前で運の話をするな!」
「マジでか。え、何種類か新しいモンスター肉があったよな、全滅?」
「不安でまずは一種類ずつ試してる。まだウルフ肉しか食ってない」
「なら平気だろ。ウルフだと俺もダメだった」
「やっぱ高位のモンスターだとステータスアップしやすいな。俺、トータルで5は上がった」
「俺は4」
「まだ全種類を食えてないな。3」
「レベルアップでも2ポイントしか上がらないことを考えると馬鹿に出来ないな。モンスター食」
「レストランで専門の特殊レシピを頼むのに必要な金額とか調べてきたぞ。素材持ち込みにも関わらず最低価格、千ゴールド。何かあるな」
「おー、やっぱ小野は情報収集だと頼りになるな」
「高い。高いが、ガチャをするくらいなら支払うべきか……」
「せめて気功の秘伝書を買ってからな。散財するのは」
「今のペースなら3万ゴールドも早めに揃えられそうだよな」
「前はあんなに高く感じたのにな」
モンスター肉のステータスアップは4ポイントのパラメーター向上だったな。
一番、低い器用パラメーターが2も上がってくれて助かった。以前上がった奴も含めると6ポイント。3レベル分の強化と考えると馬鹿に出来ない。
やっぱダンストは、いやゲーム世界は秘匿情報をどれくらい知っているかが強化に重要な要素だな。
現実世界でも内臓部位の肉とか好き嫌いが別れていたしゲテモノ食いとか少数の趣味嗜好だった。
まだ動物系のモンスターだから平気で口に出来るが、ゴブリンとか食おうと思えないもんな。
でもモンスター肉の強化を知っているなら食うという選択肢が……いや、嫌だけど。
レストランの特殊レシピってこういう方向性の可能性もあるな。モンスター肉のステータスアップの確立を上げるとか、特殊な調理法でレシピ自体にステータスアップの確立が独自にあるとかじゃなく。
普通なら食えないモンスターを食えるように調理してくれるっていう。
狂戦士を発見したプレイヤーとかスライムを生きたまま丸呑みにしたんだよな。体力パラメーターが低い生物を内部から溶かすスライムを。
もしやクトゥルフ神話系列のゲーム世界出身者とかじゃなくて、ただのガンギマリか?
そこまでステータス強化に命を懸けられるかな。俺だってさすがに迷うぞ。
未来の食事風景に戦慄しつつも今日も猪突荒野で狩りを行う。
慣れたもので魔法班が仕留めた獲物を丸ごとアイテムボックスに放り込んでいく。一人では持ち上げるには手間がかかるから複数人で協力して空間に浮かんだ歪に押し込む。
空間がひび割れたようなこの景色は何度見ても違和感があるな。普通に手を突っ込んでもアイテム内容が思い浮かぶだけで害はないとわかっているんだが。
現実や別のゲーム世界で堂々と使うには目立ちすぎるかもしれない。
だけど現実にアイテムを持ち込む以外では荷物を運ぶ負担を減らすことが出来るのがアイテムボックスの一番の魅力なんだよな。
認識操作の魔法でもいずれ覚えるべきか。隠密で隠すにはさすがに無理があるからなぁ。
「なあ、魔法を使って狩場を荒らしてるのってお前らか?」
突撃イノシシの群れを何度か全滅させた後、冒険者パーティにそう声をかけられた。
以前から猪突荒野ではそこそこ冒険者を見かけたんだが、再び狩りをするようになってから冒険者の数が多くなっているのには気が付いていた。
牧場草原にいたほどの過剰人数でこそないが、周囲を見回せば必ず人間の姿を見る程度には多くなっている。
まあそれでも普通に戦って仕留められる突撃イノシシならわからなくもないが、幻影庭園でも同じ状況となると話が違う。
魔力操作の情報が広まったとしか考えられない。
こうなると化物ヒツジと同じく獲物としか突撃イノシシも幻覚狐も見えないだろうから、トラブルになるんじゃないかとは思っていた。
牧場草原と同じように談合が始まるのも時間の問題だろうと。だから高価な結界の魔道具も使用しなかったんだしな。
でもまさか、最初に声をかけてきたのが現地人の年下の冒険者パーティだとは思わなかった。
中学生の集まりに見える。何人か小学生くらいの年齢の子供もいるような気がするんだが、突撃イノシシの討伐はさすがに難しいんじゃないだろうか。
「特技や魔法を使えるんなら、もっと上のダンジョンに行けよ」
「いや、君の言うこともわかるんだけどね。こっちにも事情ってものがあるんだ」
「嘘吐け。ビビって安全地帯に引き籠ってるだけだろ。牧場草原でも似たようなのが一杯いるぞっ」
「だっせーよな。お前、本当に男かよ」
「なー」
初心者ダンジョンにパーティを連れて来た竹林が責任を感じたのか現地人の年少パーティを相手にしてるんだが、馬鹿にされてコメカミがひくついてるな。
交渉相手を任されないで良かった。子供とかどう扱えばいいのかわからん。暴力はもちろん脅してると見られてもマズい。
プレイヤー、いや現地人から見て渡り人か。俺らは世界規模の余所者だからな。周囲にいる現地人冒険者の目線が心なしか冷たい。
「すぅー、ふうっ。なるほどね。俺らがビビってる小心者だとしよう。仮にね、仮に」
「前置き長いな。さっさと続き言えよ」
「だからってダンジョンで狩りをするのに文句を言われる筋合いはないな。君らが突撃イノシシを狩れなくて困っているなら純粋に君らの力不足だろう?」
「あ、こいつ開き直りやがった!」
「ダンジョンの入り口付近の群れを根こそぎ討伐しておいて、言うことじゃねーんだよ!」
「格上が初心者ダンジョンに潜るなら、せめて奥まで行ってボスに見つかる危険くらい甘受しろよ。最低限のマナーだぞ!」
一気にぎゃいぎゃいと騒がしくなる年少パーティ。
竹林。お前の負けだ。これ以上は俺らが恥ずかしくなるから、大人しく退散しようぜ。
「ちょっと、何を騒いでいるの!」
女性の声がして竹林と年少パーティが集まってる地点に走ってくる。
俺ら以上に格上の装備をしていて素早い。でも、あの装備、どっかで見た気がするな。すごく。
「うわ、ハーレムメンバーじゃん。このクソ生意気なガキ共と知り合いだったのか?」
「色々と言いたいことはあるけど最初に言っとくわ。私をハーレムメンバーと呼ぶな。殺すぞ」
朝練で何度か見たことある顔だな。名前は憶えてないけど、小野に文句を言っていたギャルっぽいハーレムパーティの一人だ。
装備の更新をしてないから美里達のガチ勢と区別は簡単に付く。
ハーレム先輩がいないと外にも出ようとしなかった、ある意味慎重なプレイヤー達だ。
「それで何の騒ぎよ、これは」
「聞いてくれよアカリねーちゃん。こいつら突撃イノシシの群れを狩りつくして他の冒険者が稼げないようにしてるんだぜ」
「しかも入口付近の群れな。文句を言ったら俺らの力不足が悪いって開き直ったんだ」
「他のパーティメンバーで包囲した上でだぞ。こんなの脅しだろ」
いや待ってくれ。他はともかく俺らが年少パーティを包囲して見えるのは向こうが俺らのパーティに突っ込んできたからだぞ。
凄く反論したいが、ここでムキになって口論するとそれだけで印象が悪くなる。子供ってこんな風に周囲の力関係を把握して有利に立ち回ったりするよな。小賢しい。
「アンタら……」
「いやいやいや。脅してなんかないって」
「冒険者が多くなってるなとは思ってたけど、そんな暗黙のルールがあるとか知らねえもん。俺ら」
「牧場草原ではぐれ羊を探して討伐するのが怠くて猪突荒野に来てるんだしな」
「最近になってからだよな。こんなに大勢の冒険者が来るようになったの」
竹林に任せて傍観していたパーティメンバーも不利を悟って擁護し始めた。
万が一、戦闘に発展したら普通に負ける可能性があるし、勝っても外聞が悪いなんてもんじゃない。最悪、ハーレム先輩まで敵に回るぞ。
「つーか、お前ってそんな慈愛に満ちたキャラじゃないよな。何で一人で年下パーティの面倒みてんの?」
竹林。お前、実はコミュ障だろ。KY(空気が読めない)とか言われたりしない?
それともウェーイ系ってここから距離を縮めていくのか。俺には真似できないから巻き込まないでくれ。
「べっ、別にアンタらには関係ないじゃん!」
お? 痛いところを突かれたのか途端に挙動不審になったな。周囲を見ても他のハーレムパーティの姿はない。
これはもしや無断で独断行動しているのか。でも初心者冒険者の庇護なんて褒められこそすれ隠すようなことじゃないと思うんだが。
いや、待った。何で猪突荒野と幻影庭園の冒険者が増えた。魔力操作の情報が広まったからじゃないのか。
そして年少パーティも魔力操作を習得している。そうじゃないとこの齢で突撃イノシシを狩ろうとは思わないだろう。
プラス魔力操作は希少技能で知っている人間は少ない。貴族関係者か、ハーレム先輩みたいな実力者に指導してもらわなければ。
「秘匿情報をバラまいたせいでハーレム先輩のところに帰れなくなってる?」
「中島、結論だけ言われても飛躍しすぎてて何を言ってるのかわからん」
「ええっと、例の秘匿技能の情報元は限られてるよなって。貴族関係者が情報を漏らすと思えないし、そうなると猪突荒野と幻影庭園に妙に冒険者が増えたのは」
「ハーレム先輩の教え子から広まったってことか」
「確かに猪突荒野に小学生くらいの子供がいるのは変だよな」
今度は俺らが疑惑の視線で見る番になった。ハーレムパーティのアカリは視線を逸らして黙り込んでいる。
それは事実だと白状してるようなものだぞ。
「アカリねーちゃんを虐めるんじゃねえ!」
「ハーレムを囲ってるような男に義理立てする必要なんかないって!」
「魔力操作を教えてくれたのは俺らがちゃんと生き延びられるようにだ! ストリートチルドレンなんてアカリねーちゃん以外、誰も助けようとしなかったじゃねえか!」
「この馬鹿、犯人ですって白状するんじゃない!」
「だってよぉ……」
「クソっ。ケビンの野郎、金目当てに裏切りやがって。あいつのせいで変に目を付けられるように」
「絶対、許さねえ」
何となく周囲にいる年少パーティの言葉から事情はわかったが、二つだけわからないことがある。
暴漢を恐れて外に出ようともしなかったハーレムパーティのメンバーが何故、一人でストリートチルドレンの子供達と一緒にいるようになったのか。
美里と弥生が外に飛び出してすぐさま駆け付けたハーレム先輩が全く姿を現さないのは何故か。
何か変に拗れているな。魔力操作を広めてしまったとしても他からの横やりを警戒こそすれど家から追い出したりはしないと思う。
それに俺ら以上にハーレムパーティは力も金もあるんだから、先輩が手を出さなくても協力くらいはしてくれそうなんだが。
シチュエーション的にヒーロー志望の美里とかは張り切りそうだし。案の定、こっちのパーティも田中が前のめりになっている。
まあいいか。ここで暗黙のルールを知らなければもっと質が悪い輩に絡まれていたかもしれないしな。
他の初心者冒険者達と折り合いをつけるにはダンジョンの奥でそこそこの群れを狩る程度にしなきゃいけないだろうし、時間は余る。
3万ゴールドを稼ぐまで初級ダンジョンに行くのも危険だし、問題解決の手助けに動いてもいいだろう。
田中とかやる気のある連中が頑張ってくれるだろうし。俺も出来ることがあるなら協力くらいはしようか。




